by Google 運営者 お問い合わせ
2009年01月01日

 日本こそ「根本的な変化」が必要 認定NPO法人 言論NPO 工藤泰志

2009年 新年あけましておめでとうございます。

新しい年、世界では経済危機の影響が広がり、アメリカでは1月20日にオバマ大統領が誕生します。歴史的な危機への対応と新しい秩序に向けた変化。その世界的な大きな流れの中で、私がこの新しい年に思うことは、日本の政治にこそ「根本的な変化(チェンジ)」が必要だということです。
私が、日本の政治に「根本的な変化」が必要、と考える最も大きな理由は、今の日本の政治、あるいは政治家が、今ある危機に誠実に対応する意思すら欠いていることです。
つまり政治が機能していない。その象徴が、世界的な危機が日本経済に直撃する中で国民を代表して取り組むべき国会が、「言論の力」を失っていることです。

年末、言論NPOは「今回の危機対応と日本の政治」に関して多くの有識者と議論を行いました。そこで議論になったのは米国の議会と日本の国会の対応の違いです。
アメリカではこの危機で時間が迫る中でもあれだけの政策を総動員するプロセスの中で、なぜ金融危機が起きたのか、その間の経済政策にどんな間違いがあったのか、誰がどういう責任を負っていたのか、自動車のビッグ3については経営者を議会に呼び出し説明責任を問い、それを国民に示した上で政策の意思決定をしました。

この未曽有の経済危機に関しては行き過ぎた金融主義やブッシュ政権の危機対応の失政の問題はあるとしても、政治がそして議会が課題解決に強い意志で向かい合う姿勢は、日本の政治とは比べものにならないほど誠実で民主統治の規律に基づくものです。


政治の緊張感ある行動が国民の政治への意識を変えていく

新しい年、そのアメリカではオバマ新大統領が強力な布陣でこの危機に臨む態勢を整え、圧倒的な国民が彼とともにこの困難の解決や、行き過ぎた資本主義によって失われた民主主義を市民のもとに復権させること、で合意もしています。

もちろん、その前途は厳しい。ただ、今の日本の政治と比べるとその取り組みの違いにがく然とするほどの差を感じます。かつては金融危機に取り組んだ日本もこの歴史的なグーロバル危機が日本に及んでも被害者であり、ある意味で他人事なのです。

では、日本の政治や国会はこの危機にどう向かい合ったのでしょう。
経済危機の日本での展開は年末の間際に派遣労働者の解雇という雇用調整となって本格化しました。その最中に先の国会で唯一行われた党首討論は「なぜ補正予算を出さないのか」という話だけで45分が終わってしまいました。

政府は「生活防衛のための緊急対策」を出し、解雇された労働者の住宅確保などの相談窓口の受付や事業者への助成金や地方への財政支援などを公表しましたが、その対策の内容がこの国会で専門家も呼び集中して議論されたわけではありません。

この危機の構造を徹底的に議論し、定額給付金なども含め財政政策を出動させるのであれば、97、98年の小渕内閣の財政出動がどこまで効果がありどんな限界があったのかということを、当時の政策に当たった人たちを呼び出して徹底的に検証する。企業や金融支援の内容や企業の内定取り消しや派遣労働の解雇の実態を国会で国民に見える形で議論を行う。

さらに言えば、私は雇用調整が本格化する中で社会の不安を抑え込むには、個別の企業や労働組合任せにするのではなく、経団連や連合といったナショナルセンターが雇用のワークシェアリング(注)での合意を進める段階にきていると考えます。短期には賃金の一定の抑制と労働時間の抑制をする代わりに企業は雇用を保証する。そのためにこそ政府は動くべきなのです。

そうした政治の緊張感ある行動が国民の政治への意識を変えていくものです。が、残念ながらそうした議論や行動は、国会や政治の舞台において与野党ともにほとんど見られず、直近の選挙対策と自民党内の混乱に追われたままの状況下で、首相も暦通りの正月休みを取ってしまいました。

さらに、テレビの討論番組では、生活保護の申請が適切に受理されていないと指摘するNPO関係者に、そういう実態があるなら報告すればいいと開き直る政治家までいます。

注:ワークシェアリング(work sharing)とは、「雇用機会、労働時間、賃金の組み合わせを変化させることで、一定の雇用量を、より多くの労働者の間で分かち合うこと」であり、雇用の維持・創出のための手段のひとつです。80年代から積極的に導入してきたオランダでは、政労使間の合意によりフルタイム労働者とパートタイム労働者の均等待遇を実現し、パートタイム労働者への労働のシフトを進め、失業率の低下を実現したとされています。


健全な政治姿勢への期待が、社会に届かない風潮

国民の間に広がる生活の不安に対して、日本の政治はどうして陣頭指揮に立って取り組まないのか、と私たちは疑問を抱かざるを得ません。

年末の言論NPOの議論に登壇していただいた斎藤誠教授((一橋大学大学院経済学研究科 マクロ経済))が述べた言葉にとても重く感じるものがありました。

「企業の場合、倒産するかもしれないというときに経営者がやるのは、給料も何もかも返上して陣頭指揮に立って、従業員とともに経営の難局を乗り越えることです。ここ数年で日本経済が調整に迫られるマグニチュードはかなり厳しく、この一年の日本経済は調整が迫られる。国民にもこれから非常に強い負担を強いていく時に、そういう現実や現状を国民一人一人が受け入れられるように、政治家が言葉や態度で示すべきではないのか」

齊藤教授は、麻生首相は冬のボーナス300万円を返上し陣頭指揮に立つ段階では、とも述べていましたが、そうした健全な政治姿勢への期待が、社会に届かない風潮にこそ今の日本の問題があるのです。

危機は全てがマイナスばかりではありません。今回の緊急対応に真剣に向かい合えば、日本はいずれ中国などアジアの先行する回復を元に経済は高い水準で底を脱する可能性はあります。それだけではなく、健全な危機感があるからこそ、それをばねに危機後の日本の社会の在り方、ポスト危機後の世界の中への日本の対応を議論ができるのです。ただし、それが可能なのは、日本の政府や政治への信頼の回復が前提なのです。


国民全体に向い合えない「分断された日本の政治」

私が今の日本に「根本的な変化」が必要と考えるのは、もうひとつ大きな理由があります。すなわち、今の日本の政治は国民やこの国の未来に向かい合うよりも、自分の支持者や支援者の利益を守ろうとしているのであり、国民が直面する危機を他人事、あるいは全てが政局の枠組みの中でしか、構想できなくなっているという点です。

こうした現象は政治だけの問題でもありません。派遣労働者が組織的に解雇され、内定の一方的な取り消しが相次いでも経済界も労働界からもまだ目立った発言がなく、広告の減少を意識する多くのメディアもこうした現実に正面から向かい合うことができないでいます。これは、資本、労働、メディアという日本の社会を構成する主要な部門がそれぞれ分断され、国民、あるいは公(おおやけ)に対して持つ深い責任意識や社会的な機能よりも、この危機から自分のあるいは自分に関係する利害だけを守れば、あとは傍観者として装うという態度が顕著になっているからではないでしょうか。 

目前に起きている社会問題を自らの問題として捉え考える社会性を失いかけ、この問題に関係者がひとつになって取り組むというよりも、むしろ個別の利害を追求しているという構造から抜け出せないでいる。こうした構造が、国民全体に向い合えない「分断された日本の政治」を作りあげているのです。


有権者自身が変わらなければ、日本の政治も変わらない

2009年、世界はこうした日本とは異なる方向に向かっています。分断された社会を一つにまとめ危機への対応と国の未来に向かう動きと、公(おおやけ)の問題にも個人が自分の問題として向かい合う、という動きです。そうした市民側からの民主主義の復権の動きは、アメリカのオバマ現象だけではなく、この日本でも問われているのだと、私は考えます。

市民は政治的には有権者として、経済主体としては消費者として存在しています。有権者や消費者が、いまの状況を自分の問題として向い合い、強い対抗力を作り出せれば、いまの政治の状況を変える力があるからです。

年末、私たちは「麻生政権の100日評価」という緊急アンケートを行いました。そこで浮かび上がった結論も「変化」でした。詳細な内容は1月6日に公開しますが、政権交代はあくまでもそのきっかけに過ぎず、多くの人は日本政治の「根本的な変化」を求めていたのです。

新しい年、日本の政治は政権交代に留まらず、それぞれの政党を作り直すくらいの変化が、問われなくてはなりません。この国の政治が変わらなくては、日本は未来を失う、それくらいの危機感が私にはあります。

その中で、私たちが考えなくてはならないのは、こうした日本の政治を許している有権者自身にも大きな責任があるということです。つまり有権者自身が変わらなければ、日本の政治も変わらないと、と思うのです。

有権者自体が、自らの利益だけを優先し変化に向かい合わないとしたら、抵抗勢力は国民ということになってしまいます。そうではなく、社会や政治の問題を自分の問題として捉え考えることが私たちに求められています。有権者自身が新しい政治に向けて変化を求める、そうした強い市民社会が、この国には必要なのです。


「言論の力」にこれまでにも増して問われる決定的な責任

私はこの国の「根本的な変化」のためには、「言論の力」がこれまでにも増して大きな決定的な責任も持っていると思います。

そうした自覚をもとに、言論NPOは新しい年、この国に、市民社会を主体とした強い民主主義を作り出すため、そして「根本的」な変化を求めて、本気で議論を挑み続けます。

2008年12月07日

 日本の民主主義が危ない(学生インターンとの対話)

学生: 2008年も終わりに近づいていますが、言論NPOでは来年に向け、今どんなことに取り組んでいるのですか。

工藤: 議論の「仕込み」をしているところです。私は今まさに言論側の役割が問われていると思っています。最近、言論NPOを応援していただいている人にお会いした時にもそれを、よく言われのですが、私にもここで議論を始めなくてはという強い思いがあります。

オバマ氏は来年の1月20に新大統領になります。アメリカの危機は世界的な金融危機に広がり、実体経済にも大きな影響が出ています。ただ、今回の事態はこうした経済の問題に限らず、戦後のドルを軸とした世界経済の構造に変化を迫っているように見えます。経済の危機に対応するだけではなく、その先にある国際社会での日本の進路を考えなくてはならない、という局面に今の日本はあります。

私がとても気になっているのは、そうした世界経済の変化だけではなく、民主主義の問題です。金融危機の背景にはアメリカの対外債務のドル化というべき借金資本主義の破たんという問題がありますが、資本主義の暴走と言うべき金融偏重や競争至上主義で弱体化した民主主義の復権ということがもう一つのテーマにありました。それがオバマ現象につながったと思います。


ところが、世界がこれほど大きく変わろうとしているときに、日本の進路を問う議論がこの国には全く出てこない。あるのは選挙意識した相手を攻撃するだけの議論ばかりです。

当事者意識を持ってこの事態に向かい合い、日本の課題解決に取り組もうというのではなく、この局面になっても人ごとのように、または誰かの批判をするためだけの議論が見られる。それが最近出ている様々な社会的な驚くべき事件や、政府の役人でいながらそれに反することを発言しても、言論の自由と開き直る風潮を許す何かがある。

これはとても危険な状況だと思うし、こうした状況下だからこそ、健全な議論が日本の政治を動かす民主統治の流れは守る必要がある、と思うのです。

言論NPOが7年前に立ち上げた時に主張したことも、健全な議論の舞台を広がることで強い民主主義をつくりたい、ということでした。今まさにそれが問われている、と思うのです。僕が今、「仕込んでいる」と言うのは、そのための議論を始めようと思っているからです。


学生: 具体的には何を考えていますか。

工藤: 今の政権は、政策決定に関してもスピード感がなく、党内や官庁をまとめきれないことが、首相の発言の混乱という形で表面化しています。

選挙を前に自民党の混乱も新聞報道などでは見えており、日本の政治はある意味で言えば自滅というような状況にも感じます。ただ、そうであるならば、野党の民主党などの政策が対案としてしっかりとしているか、といえばまだそうではない。

ここで共通しているには、今の政治はバラ撒きの競争でしか、ないということです。その内容が足りないとか、やり方が下手であるとこか、ある意味でそれだけの選挙のためだけの議論のために国会が使われている。そうした政治をただ私たちは見ているしかないという事態なのです。

現時点でいえば、日本の政治はしっかりした経済対策を早く出して決定し、その上でこの国の未来に向けての課題解決で本当の政策競争を行い、国民に選挙で信を問う段階にあると、私は思っています。

ただ、その内容がただのバラ撒きの競争でしか、ないというのであれば、それは私たち側の有権者側の責任であり、そういう政治を私たち自身が求めているということになってしまう。それでいいとは私は思いません。

ポピュリズム的な風潮は、この国の可能性を壊してしまう、と私は思います。それを、変えるためにも、政治を有権者の間に緊張感を取り戻し、監視を基に組み直す必要があります。今年もわずか20日ばかりですが、私たちが行っている政府や政党の政策やマニフェスト評価の議論を公開して行うつもりですし、それに現政権の評価を開始しないとなりません。

率直言えば、約束に基づいた政治ということが機能していない状況下でその政策の評価を行うことは本質的には困難であるわけです。ただし、そうした状況を変えるためにも政策を不断に監視し、議論し、それを政治に迫っていく努力が必要になるのです。

2009年はまさに日本の進路が問われる年になると思います。これからの日本の進路に関する議論が始まっていないことに僕たちは強い危機意識を抱いているわけで、それに向けた議論も今準備をしています。言論NPOのウエッブを活用したチャネル、「ミニ・ポピュラス」や公開フォーラムなどいろんなしくみを使って徹底的にやっていきたいと思っていますので、皆さんにもぜひ参加していただきたいと思っています。

2008年09月18日

 第4回 東京‐北京フォーラムを終えて

 今回のフォーラムは今までの3回に比べて分科会の議論は質の面でも数段良くなったと思います。それは日中間の現状の課題解決に皆が向き合う、という本気の議論にかなり近づいたからだと思います。第1回のフォーラム開催の時には、日中対話なんかやっても中国は建前的な議論しかしないから、本音の議論になんかなりっこない、と皆に言われました。確かに僕もそう思ったし、中国側も自分の政府の立場で説明することが議論だという感じが強かったのも事実です。今回も、実は新しく来た人の中には、そのような説明口調になる人もいました。ただ、それにもかかわらず、実際の舞台では議論がかなり噛み合った。これはどういうことなんだろうと思って考えてみると、やはりこの「東京‐北京フォーラム」は、日中の参加者が本音で議論する舞台なんだという意識がかなり定着してきたのではないか、と僕は思います。

 本音で中国と本気で議論を行う、というのはそう簡単なものではないのですが、そういう舞台になったきっかけの1つは議論が世論調査の結果と連動して行われるからだと思います。特に、1回目のフォーラムの時、世論調査結果を見て、中国側のパネリストの顔がかなり変わったのを今でも覚えています。その時の調査からわかったのは「中国人の半数以上が日本が今でも軍国主義だと思っている」という驚くべき結果でした。日本人と中国人の認識の差がはっきりと出ていたのです。お互いの交流は極めて少なく、ほとんどの認識は、自国のメディアに依存してつくられている。そうした脆弱な相互理解の実態が明らかになりました。これはまずいと中国側も判断したようで、第1回目のフォーラムはあの厳しい日中関係の最中でも、お互いにかみ合った議論ができたのです。

 2つ目のきっかけは、やはり第2回の東京でのフォーラムで、安倍晋三さんが日中首脳会談への大きな一歩となる発言をしたことだと思います。これは民間の対話でもお互いが尊重しあい、共通の課題に向かい合えば何かが実現できるという手ごたえを参加者に実感させたと思います。

 今日フォーラムが終わった時に、今までの中で一番良かった、と多くの人に声を掛けていただきました。日本と中国が本気で議論ができる場へ更に成長している、そう思った人も多くいました。でも、議論の舞台がそういう形で整ってくると、今度はパネリストの議論力が問われるようになります。本当に真剣な議論を行うのなら、遠慮をしないで相手に議論を挑むべきで、建前だけではなく、課題解決への答えを出そうという努力が参加者に問われているのです。それができなかったとしたら、それが今の対話の水準なのです。
 このフォーラムが素晴らしいのは、お互いが真剣に議論し、その内容が全部オープンになって両国民に見られていることです。今回は日中の課題になっている食品の安全性の対話には、中国側から政府の担当者が参加しました。この時期にそう言う人が来ただけでも画期的なことですが、その議論がすべて公開されているのです。

 ただ実を言うと、最終日の挨拶でも言ったのですが、本音としては、ようやく間に合ったということが、僕の気持ちの中では非常に強いわけです。まだ本当の意味で、民間対話が成功しているかどうか、言い切れない部分はあります。今はアメリカの金融危機の問題が発生し、世界が混乱の最中ですが、そういう中でも、アジアの今後について自らが考え、解決への方向を議論していくことが大事になってきています。こうして課題に真剣に向かい合う対話の舞台がこの民間対話なのです。国際的な大きな変化が迫る中で、ハイレベルな議論はその変化に向かい合わなければなりません。そのための対話の舞台づくりが、今年何とか間に合ったと思うのです。このフォーラムを舞台として、アジアの未来を自分たちが切り開くため、僕は議論の力でそれ行おうと思っているわけです。あとは、その場で、日中双方がどう具体的な議論を作り上げるのかです。この舞台をもっと前進させようと多くの人が支えてくれているのは、その理念に共感してくれたからです。

 僕はその意味でいえば、この日中の民間対話はこれからが本当の正念場だと思っています。僕たちが目指しているのは、日中のこの対話の舞台を、いずれアジアに広げ、この議論の内容を継続的に世界に発信させる仕組みを作り上げることです。本気の議論の舞台をアジアに作ろうというこのドラマは、これからまだまだ続きますし、僕はそれを必ずやり遂げたいと思っています。今回の議論については、公式サイトや今後出版する報告書を見てもらいたいですね。

2008年09月15日

 今回の調査結果をどう見るか

9月8日の記者会見で日中共同世論調査の分析結果が発表されましたが、工藤さんは今回の調査結果をどう見ていますか?

これについては是非僕たちのWebサイトを見て頂きたいんですが、今回の世論調査はかなり重要な内容になったと思っています。3年前に僕たちがこの世論調査をした時は、反日暴動が中国であって、世論調査を実現するということ自体が難しかったんですね。でも、僕はやっぱり、デモをはじめ色んな形で抗議している中国の人たちがどういう意識なのかを知りたかったんです。この世論調査を行うことで、その民意をきちっと正確に僕たちが理解出来るし、その上で今の政策課題にきちっと取り組むことが出来るので、その内容を僕たちは非常に重要視していたんですね。

今回の調査結果では、非常に考えさせられる事がありました。それは日本と中国の世論に意識の差というか、世論が逆に動いていることです。去年から今年は日本と中国の政府関係が非常によくなってきました。胡錦濤さんも今年来ましたしね。つまり政府間関係はかなり良くなったので、中国の方は非常に日中関係に好意的な、かなり前向きで建設的というか、かなり良いイメージを持っている。にもかかわらず、日本の世論は逆に厳しくなっている。どうしてこんなに逆になっているのかということが、今回の世論を分析するときに一番僕たちが考えた点でした。

クロス分析など色んな分析をしてみたのですが、その中でわかったのは、中国の世論は政治を軸にして対日イメージを作っているということです。それは日中間の歴史の問題や、ある意味で政治の問題が課題となっていたという状況の中で、そうした意識を持つ傾向が強まっているのが分かります。しかし、面白いことに日本はそうではないと言うことなんですね。日本はむしろ生活者とか、消費者的な視点で中国を見ていることが、今回はっきりしたわけです。


それはどういう点を見てはっきりしたんですか?

僕たちは世論調査で、「日中間を阻害するもの、障害になっているものは何なのか?」という質問をしました。3月にはチベット問題、5月には聖火リレーの問題、そしてその後に胡錦濤氏の訪日があり、またその期間を通じてずっと、食の安全の問題があったと。だから、そういう点を質問に入れなきゃいけないと僕たちは思っていました。そこで、たとえば中国における愛国的な動きの問題とか、人権の問題とか、食の安全とか、そういう項目を結構いれておいたんですね。だけど一般の日本の国民は、少なくとも人権や愛国的な動きにはほとんど反応せず、一番反応したのは食品の安全性だったわけですね。日中関係というのは元々歴史問題というのが阻害要因になっています。しかし今回の調査を見てみると、この食の安全問題が半数近いんですね。「お互いの国に行きたいか」という設問でも、行きたくないという人が半数を超えています。その理由を見ると、やはり食の問題が出てくるわけですよ。世論調査の中に日中関係を阻害するものは何かという項目があるんですが、46.2%の人たちが中国産品の安全性の問題と答えている。これはもう歴史問題に匹敵するくらい大きくなってる訳ですね。

つまり、日本国民にとって食の問題、自分の生活観で理解できる問題というのは非常に大きいという事が今回分かった。とすると、今まで日中間の政府間関係があまりよくなくて、その中でお互いに対する印象が非常に悪かったのですが、政府間関係が良くなることによって改善した中国と、政府間関係は改善したけれど生活レベルで見て非常に違和感を感じてきた日本の世論、という点に今回の調査の非常に大きな特徴があったわけです。実をいうと、これはひとつの大きなテーマを僕たちに与えてると思うんですね。つまり、政府だけではなくて民間の視点、生活の視点というものがそのまま世論に大きく反映するという事が分かってきたわけです。そういう意味では、食の安全問題というのは日本と中国が本気で解決しないとまずい。私も当初はそこまで思ってなかったけど、非常にそれが今回の調査に出てきちゃったわけですね。

一方で前から指摘していたのですが、日本と中国には直接的な交流がほとんどないんですね。中国の国民は1%未満しか日本に行ったことがない。日本はそれよりは少し多いのですが、ほとんどの人がメディア報道でお互いに対する国のイメージを作っちゃってるんですね。しかし、メディア報道の責任も大きいのですが、一方でその間接情報に頼らないとお互いを理解できないという、閉鎖された、交流が少ないこの社会に大きな問題があると私たちは思っています。今回もその構図は変わってないんですね。

同時に中国の人は日本の事を半分くらいはいまだに軍国主義だと思ってるんですね。直接的に友達がいるとか、実際に日本に来た人などは自分の目で見てそれが違うということが分かるんですが、そういう経験がない人はテレビなどのメディアの報道を信じる。だから、メディア報道のあり方もあるけれど、やっぱりその根底にはお互いのその交流の薄さがゆがんだ相互認識を作ってしまうという事が今回の非常に大きな問題だったわけです。この二つが、今回の世論調査で浮き上がった問題だったわけですね。

では、世論調査の結果を受けて今回のフォーラムの中ではどういう事を議論されるのでしょう。

今回のフォーラムでは、特に「メディア対話」分科会で、世論調査で浮かび上がった日中問題そのものについて徹底的に議論しようと思っています。両国を代表する有識者、メディア関係者を集めて徹底的に議論しようと思ってます。是非皆様に直接会場に足を運んで参加して欲しいのですが、会場に来れない方も、議論の風景をインターネット会議方式で中継するので、それを見て議論に参加してほしいと思っています。(注:言論NPOサイトより事前の登録が必要です。お申込みはこちらなので、ご自宅でも仕事場でもね、仕事場でみると怒られちゃうかもしれないけど(笑)、見て頂いて、この両国の正反対に動いた世論とその中で浮かび上がった日中間の問題をどう考えていけばいいのかという事を議論しますから、それに色んな形で参加して欲しいと思います。


メディア対話分科会の他に、工藤さんのお勧めの分科会はありますか?

お勧めといえば全部お勧めなのですが(笑)、あえて言えば、今年は日中平和友好条約が提携されて30年です。この30年を踏まえて、これからの日中関係や、アジアの未来について政治家同士が議論する政治対話がお勧めです。中国側パネリストも、外務大臣経験者などがかなり来るんですね。政治対話は、前半は椿山荘の会場で、後半は東京大学の福武ホールで学生の前で議論します。登録さえしていただければ、無料で見れますので、ぜひ会場に足を運んでいただければと思います。

僕たちは、他にも食品の安全問題(食料対話)や、環境問題(環境対話)と安全保障問題(安全保障対話)、また今回は「地方対話」分科会を新設して、アジアと日本の地域対話も今回はスタートさせます。オリンピックも終わった直後、しかも日本はまさに総理大臣が辞任を表明し、総裁選が行われている真っ只中で、私たちはアジアについて、また日中のこれからについて本気の議論をしますので、是非参加していただきたいと思ってますね。

2008年09月02日

 福田首相の辞任表明について

Q. 福田首相が辞任表明しましたが、その点に関してどう思いますか?

驚きました。8月19日に僕は総理と会ったんですけど、そのときは、非常に前向きだったし、国会のことも語っていたからです。僕たちの東京-北京フォーラムに関しても非常に関心を持っていました。今年は特に日中平和友好条約30周年という、日本と中国が国交を回復した歴史的な区切れのときで、今の時期の意味もわかっていらっしゃった。そういう意味で非常に驚いたというのが今の心境ですね。

Q. 福田首相は1年足らずで辞任を表明しましたが、その点に関しては?

政治を投げ出すことはまずいと思います。ただ、福田総理はいろんな状況の逆境があって追い詰められて退陣したというよりも、今のまま臨時国会を開いても攻めに転じられる保証がなかったという見極めをしたのではないかと思います。でも、総裁選をしても攻めに転じる保証もない。それが福田総理の苦悩のように思います。

ただ僕がここで感じるのは、国民との合意に基づかない政治には非常に脆さがあるということです。安倍さんのときに参議院選挙はありましたけれど、2005年の小泉さんの郵政解散以来、有権者との政権公約をベースにした選挙が全然行われていない。ということは、国民との合意に基づかない政治が続いているということです。内外の課題が大きくなる中で、日本の政治は国民の約束に基づいた形を取り戻すチャンスをずっと狙っていたのですが、それがうまくいかない。日本の将来のデザインや設計と、増税を含めた負担の問題に、日本の政治がそれらにきちんと国民に説明できないという状況が今この事態を招いていると思います。

確かに、いろんな状況で困っている人はいっぱいいらっしゃるけれども、しかし将来こうなっていくんだ、そのためにこういうことが必要だという説明があれば納得できる。日本の政治はなかなかそれができない。

福田政権の1年間を見ても結局国会の中で行われたことは選挙のための戦いだった。だから僕も何回か「未来を語れない政治になっている」と警告したのですが、それができるかどうかの瀬戸際に日本の政治があると思います。福田政権では結局、その立て直しができなかったということです。
 
僕は日本の政治はかなり重症でこの間の失敗から立ち直ることは容易ではないと思っている。今の日本の課題をどう解決するかというビジョンや政策競争が日本の政治の舞台で始まらないと、日本の未来は見えないと思います。政党内で総裁が変わってもそれだけではもう無理な段階で、やはりこの状態は民意を問うしかないのが、今の日本の政治だと思います。これから自民党の総裁選挙があり、また民主党も、対立候補がいないという状況ですが代表選があります。その政党の党首選びから国民にオープンにしていって、そのプロセスを国民に見せた上で国民との約束をするというサイクルにこれから変えないと、日本の政治は本当に国民から離れてしまうのではないかと思っています。そういう意味で、僕たちは評価という視点でそうした政治へのプレッシャーをかけなければと思っています。9月15、16、17日に日中の対話(注:第4回東京-北京フォーラム)もあって大変なのですが、そろそろ私たちも日本の政治の評価の動きを本格化させようと思っています。


聞き手:インターン 安達佳史(早稲田大学)

2008年08月22日

 福田総理を表敬訪問して   

福田総理を表敬訪問されたとのことですが、感触はいかがでしたか?

非常に感触は良かったと思っています。僕としてはやはり総理にもこの対話に参加していただきたいと思っているのですが、国会の事情があるので本当に来れるのかまだ確証はありません。ただこのフォーラムの重みというか、民間対話の重要性というのは、総理も非常に考えていただいておりましたので、私も来ていただけるのではないかと非常に期待しています。

実をいうと、日中関係が最悪だった3年前に僕たちはこのフォーラムを立ち上げました。そのときは反日暴動も起きていて、政府間の外交もほとんど停止している状況でした。その中で僕たちは、やはり政府だけではなくて民間がきちんとした議論をしなければならないということで、徹底的に議論するためにこのフォーラムを作ったわけです。

このフォーラムは民間の対話です。日中関係やその課題の解決には大きな役割を果たせる議論の舞台でもあると思っています。だから、フォーラムには民間人の有識者や学者、ジャーナリストや経済人だけではなくて、やはり政府関係者や政治家もこの舞台に来て議論をしてもらいたいと思っているわけです。そういうことを考えると、日本の総理にもぜひご挨拶していただけないかと、僕たちは思っています。

フォーラムまであと二十日余りとなり、準備も本格化しています。ここで皆に一つお願いをしたいのですが、このフォーラムをお手伝いしたいという人は、ぜひ事務所に来ていただきたいということです。このフォーラムは本当に手作りです。費用は日中両国で折半しているし、裏方はボランティアやインターンに支えられて成り立っています。このフォーラムは誰かに頼まれ取り組んでいるわけではなく、まさに自分たちの意思で取り組んでいます。日中関係だけではなく、アジアや世界の中で日本がどういう風に生きていけばいいのか、またアジアや大国となった中国について、しっかりみんなで議論して考えていこうと。そういう意味では、このフォーラムを成功させるためには皆の参加や協力がやはり必要なんです。僕はこのフォーラムは、傍聴するだけではなくて、やはり皆にきちんと参加してほしいと思っています。ボランティアやお手伝いもとても大切な参加の形なのです。皆さんの参加をお待ちしております。

聞き手:インターン 布施智恵(国際基督教大学)

2008年08月14日

 テレビ朝日のメールマガジン

 毎日暑い日が続いていますが、いかがお過ごしでしょうか。
 北京オリンピックで連日熱い戦いが繰り広げられていますが、僕は一か月後に迫った「東京-北京フォーラム」の準備で、毎日汗をかいて飛び回っています。
 さて、先日、友人に頼まれてテレビ朝日のメルマガにこんな文を書いてみました。皆さんのご意見をお聞かせください。


「国民は抵抗勢力なのか」(テレビ朝日a-friends 報道ブーメラン 第442号に掲載)

 僕たちが、日本の政党のマニフェスト(政権公約)や政府の政策実行の評価を始めたのは、最初が2003年11月の小泉政権下での総選挙だから、もう5年にもなる。この間、4回の評価を公表してきたが、そのたびに評価はかなり厳しいものとなった。

 評価が厳しいのは、僕たちの評価がSMART基準(明確性、測定可能性、達成可能性、妥当性、期限明示)などの評価体系と基準にもとづく真面目な評価を行っているからで、逆から言えば、政党の公約がまだ国民との約束、あるいは契約と言える内容になっていないからに他ならない。


 マニフェスト運動を主導した北川正恭氏から、かつて「お前みたいに厳しいと誰もマニフェストを書けなくなってしまう。運動にならない」とからかわれたこともある。が、内容が伴わないものは国民との契約とはいえず、内容のひどさに目をつぶることは、どうしてもできなかった。

 ちなみに、マニフェストの評価と同時に公表した政府の約20の政策分野をまとめた評価は、小泉政権の第1回目の評価が60点、2回目が36.1点、3回目が44.1点。安倍政権が39.5点と、小泉政権の初期を除いて、いずれも50点にも至っていない。

 こうした作業には各分野の専門家も交え毎年、のべ100人近い人が参加する。最近、評価作業を行っているとこう疑問を呈されることが多くなった。

 先日も日本評価学会の政策評価の分科会でマニフェスト評価の講義をした際の質問で、いきなりガツン、ときた。「政党は約束を履行する意思もないのに、こんな作業、むなしくないですか」。こんな時には、いつも「有権者との政治の間に緊張感がなかったら、日本の政治はただのお任せ政治、そんな日本でいいのだろうか」と、言うことにしている。だが、内心はかなり複雑な思いが高まっている。おっしゃる通り、この数年、日本の政治は「約束に基づいた政治」にこだわっているように見えない。ただ選挙をどちらに有利に展開するか、つまり自分の生き残りだけが専らの関心に見える。

 選挙に基づかない政権が2つ続き、いまそのそれぞれで約束された課題は、例えば基礎年金への税金の負担の引き上げや、財政再建のプライマリーバランスの達成なども、反故にされかけている。これでは、何のための評価かと問われても反論のしようがない。でもこうした評価を通じて思うのはむしろ、今の日本は政治全体、いや政治家に対する不信感はかなり大きく、多くの人には日本の将来はどうなるのか、見えなくなっているのではないのか、ということだ。
 

 今年の6月後半、日本の政治は信頼できるか、というアンケートをメディアの新聞記者も含めた有識者200人に緊急に行ったことがある。驚いたのは、94%が日本の政治家が課題解決に責任を果たしておらず、また取り組んでもいない、と答えたことだ。政権交代に期待はあるが、民主党の政策を支持する人はわずかに過ぎない。思い出せば、この十数年、政治改革の動きは、2大政党制と政治主導の仕組みを作り出すことが目的だった。小選挙区が導入され、また公務員制度の改革も始まった。

 だが、政権交代がいよいよ目前になったのに、政党間で日本の将来に向けた課題解決で競争が始まったわけでもない。国会では党首討論を避ける党首があり、選挙目当ての足の引っ張り合いとサービスの競い合いが繰り返されている。日本の未来に向けて負担を国民に提案できる覚悟もない。つまり、今だけにしか視野が届かず、未来を語れない政治の姿が、今の日本にある。

 では、何が間違ったのか。様々な理由があるが、僕がここで敢えて問いたいのは、そうした政治を選んだ僕たち民側の問題である。当然、メディアの問題でもある。先の有識者アンケート調査の後の大手新聞の現役の編集幹部らと座談会を行ったが、その議論の際に胸に引っかかった発言があった。「こんなに政治不信があるのに、なぜ韓国のように国民は怒らないのか。韓国ではメディアも襲撃された」。未来が見えないのに、怒れない民とは何なのか。そこにもう一方の日本の問題がある。

 かつて日本の政治はポピュリズムだ、と言われた。この国では政治は仮想敵を作って、それを叩くことで国民の人気を煽る傾向がある。小泉さんは官僚と族議員を主体とする抵抗派という仮想敵を作った。でも、官僚を叩けば溜飲を下げられる時代から、今は政策自体が問われる時代、政策のポピュリズムに進化した段階なのである。その進化に乗り遅れているのが、テレビメディアだと思う。

 道路特定財源の一般財源化の時にテレビを見て違和感を覚えたのは、「ガソリン代を下げろ」の大合唱がテレビの場面で繰り広げられたことだ。国民が自分の財布を意識して税の使い方を考え始めたのはかなりの進化である。それがただ、「ガソリンを下げろ、道路は無料で計画通りに作れ」で終わっては、国民自体が抵抗派と言われてもやむを得まい。

 実は道路財源の一般財源化と言いながら、揮発油税のある部分は臨時交付金で始めから地方の道路建設のために間引きされている。ガソリン税の負担を下げろと言うのであれば、本来は道路網の整備の見直しこそがこのアジェンダなのである。

 国民の財布を揺るがす負担とサービスの水準への決断は、高齢化が急速に進む日本の未来では今後も様々な局面で問われるだろう。にもかかわらず、未だに敵を作ることでしか、議論を作れないとしたら、メディアもその存在理由を問われるだろう。

 
 日本の政治が未来を語れず、マニフェストの約束にこだわらないのは、政治や政策に真正面から向かい合えない民間側の弱さも背景にある。民(たみ)は政治を変える改革派なのか、それとも抵抗派となるのか、それこそ、問題なのである。

2008年07月24日

 北京から報告です

 北京での1日目が終わりました。今日は、大使館や、対外友好協会の陳昊蘇(ちんこうそう)さん達と会ったんですが、そこで感じたことは、日中関係はかなり改善してきたということです。議論の中で、日中間の課題に向きあい、解決するような知的な交流のレベルをこの数年の間に上げることが重要だということを、日中の多くの人が思っていることを知りました。僕たちのフォーラムが他と違う点は、交流や友好ではなく、今の日中関係でネックになっていることを真剣に議論し、話し合う対話の舞台を作り上げたということです。そういう意味で、「東京-北京フォーラム」が非常に重要だという認識を多くの人たちが共有し、また期待されていることを痛感しました。現在、オリンピックや地震の対応もあり、中国側は要人の渡航制限をしています。にもかかわらず、中国側からは大規模な訪日団が組まれようとしています。このフォーラムは、両国民に対して議論の内容が全て公開されます。両国の国民が、日中間やアジアの未来について考えてくれるような判断材料を提供したいと思っています。

  「東京-北京フォーラム」は、05年の反日デモという最も困難な時に民間の対話が重要だということで立ち上がりました。危機の中から生み出されたこのフォーラムが、将来に向かってどう発展していくのか、ということを考える時期にきているのかなと思っています。今年は東京で開催する年ですが、年に1回東京と北京で交互にやるよりも、お互いが議論のチャネルをもっと多様化し、継続的に行うため、年に数回できないかという意見もあります。年に1回やるのも大変なので、すぐに実現できるとは思いませんが、この対話の舞台をどう発展させるのか、僕も真剣に考えなければいけないと思いました。

 現在の中国は、オリンピックがすぐそこに迫っていて、街にはボランティアの人たちの姿が見られます。車の制限もあり、道路もかなりスムーズに移動できます。オリンピック終了後のフォーラムまで残り60日もなく、時間との戦いです。準備はこれから本番ですが、日本側の主催者として何としても成功させないといけないと改めて感じました。

 明日、カウンターのチャイナデイリーと議論して、本格的な準備の打ち合わせをします。そこで意思統一をして、それをベースに東京できちんとした議論づくり準備を始めなければいけないと思っています。

 以上、北京から工藤でした。

2008年07月13日

 民主党との政策討議『マニフェストフォーラム』について

 民主党の国会議員と言論NPOのマニフェスト評価委員が激突するフォーラムが、いよいよ明日開催されます。皆さんがこれをご覧になっているときはもしかするともう終わってしまっているかもしれませんが、政党に政策を直接問うという試みは、僕たちのマニフェスト評価作業にとっても初めての試みです。僕たちが特に問題視しているのは、日本の政治が日本の課題解決に取り組むよりも、選挙を意識した攻防に明け暮れていることです。特に政権交代を求める民主党の政策は支持できないという声が多いということが、僕たちの行ったアンケートからも明らかになりました。民主党はいったい何を考えているのか。そこで僕は民主党の政調会にネクスト大臣との議論を要望しました。

 内心、NPOが政党の政策を問うという試みは政治の世界では理解されないのではないかと思っていました。ところが、民主党からの返事は「受けてたつ」というものでした。

 7月14日には民主党の結党10周年パーティーが行われます。その前ならネクスト大臣を4名出せるということで、この企画は一気に動き出しました。

 言論NPOのマニフェスト評価委員は、いずれも各界の専門家の方々ですが、今回のフォーラムではその中でも、前述のアンケートで関心を集めた「社会保障」「財政」「農業」の各分野の専門家4氏が、こちらからも登場します。

 フォーラムはお昼からということで、残念ながら来られない方も多いと思いますが、そのような方々のために、インターネット中継を行い、議論に参加できるしくみも導入します。さて、民主党はこの3分野で何を国民に約束しようとしているのか、僕は明日、これを明らかにしてみせます。(これから勉強しなくては…)

2008年07月03日

 工藤の活動報告―「第4回 東京‐北京フォーラム」に向けて

 6月30日は「東京‐北京フォーラム」の分科会の打ち合わせで、東京大学に行ってきました。数えてみるとフォーラム当日まで、あと70日ほどしかありません。中国はその前にオリンピックもあり、今は地震の問題もあります。しかもこのフォーラムはオリンピックの直後に開催されるということで、これはまさに歴史的なタイミングです。私たちのこの民間対話は、日中関係を大きく、太いものにして行く可能性を秘めているものです。

 日本では、昨今環境問題が大きく叫ばれていますが、もうひとつ、食料に関する問題があります。世界的に食料の確保が非常に難しくなり、日本は食料自給率が39%と、ほぼ輸入に頼っている状態です。中国も今は自給率100%を超えていますが、小麦など一部の食料を輸入に頼り始めています。経済成長に伴い、中国でも食料が大きな問題になるでしょう。この問題をどのように考えていけばいいのか。これが今回の分科会のひとつのテーマです。

 この日大学の先生たちや農水省の人と協議していて気づいたのですが、日中間で食料について対話を行うことはこれが初めてだということです。経済や環境の問題と日中関係はもはや切っても切れないものになってきているにもかかわらず、食料問題はほとんど協議されてきませんでした。しかし、対話というのはそういうもので、なにかきっかけがなければ動き出しません。私たちの食料対話は、食の安全性のルールづくりを、政府だけでなく民間レベルで取り組んでいくことや、両国の食料自給に関することもテーマとして扱っていくことになるでしょう。このような対話は、たいてい大きな事件が起こったときに生まれ、その処理で終わってしまうことが常だったことを考えると、今のうちに食料の安全保障も含めて対話を行うことには非常に大きな意味があると思います。

 これらについて、この日は東大で、先生たちとある程度考え方を共有しました。これをベースに、私たちは中国との交渉に臨み、適切な人に日本に来ていただき、徹底的な議論を行いたいと思っています。

2008年01月01日

 新年 あけましておめでとうございます。 工藤泰志


言論NPOの工藤です
新しい年をどのようにお迎えでしょうか。
私たちが、この言論NPOという非営利組織を立ち上げて
7回目のお正月となります。


新年に、私がまず思うのは
この新しい年を日本が未来に向かうスタートにできないかということです。
私が未来にこだわるのは、この数年、日本の政治は今(いま)にこだわり
未来に向けた問いかけや
将来社会の設計も国民に提示できないままだからです。

年金をめぐる論議はその典型です。
高齢化や人口減が誰の目にも明らかになっているのに、
改革は言葉のレトリックにとどまり、その出口をめぐって国民に広がる
議論はなく、その姿を有権者が実感できない。
そうした課題を克服する新しい活力ある良循環も作り出せない。
そんな状況が、
日本の社会に今の閉塞感をもたらしているのだと思います。

この数年、世界は大きく変化を遂げています。
アジアはダイナミックな歴史的な発展を迎え、世界は地球環境やテロなど
国境を超えた様々な課題に
答えを出さなければならなくなっています。
日本は、変化をとげる世界の動きに向けたメッセージ力を欠いたまま、
内向きの課題の答えすら出せないでいていいのだろうか。
そう私たちが新年に強く思うのは、
このままでは
世界や未来からも取り残されてしまわないかと、危惧するからです。

今年の選挙こそ、
未来を語れない政治を私たちは拒否すべきなのです。
ただ、そのためには
有権者自身も変わらないとなりません。
今の状況は、有権者が自身の選択の結果でもあるからです。
そうした政治と有権者との間の緊張感こそ、政治に新しい変化を生み出すのです。

もうひとつ私がこだわっているのは、
市民社会の力をさらに大きなものにすることです。
やや厳しく言えば、
政府を批判するだけや、お任せするだけではだめです。
官僚の様々な不祥事は問題外ですが、
何もできない政府でも困るのです。
一方でそうした政府にただ依存するだけでも、未来は描けません。
私たち自身が、公(おおやけ)を自ら担い、責任感を持って社会に参加する。
そうした新しい自立した場、コミュニティが、
日本の将来にきわめて重要だと思うのです。

私たちは7年前に日本の言論をより活性化させて、さらに未来に建設的な対案力のある
議論作りを非営利組織で行おうと
活動を始めました。
私たちの試みは、そうした市民が公を担う試みでもあります。
健全な市民社会には健全な言論が問われ、
かつ真剣な議論の積み重ねが
強い民主主義社会を作り出すからです。

私たちが行っている議論の舞台は
この間、国内だけでなく、アジアにも広がりました。
新年、私たちはこの議論の舞台を様々な人との協働で広げ、
有権者のための判断材料やこの国の将来についての対案を生みだすための
議論づくりに新たな気持ちで取り組みたいと考えています。

新年も言論の試みにぜひ、ご参加ください。
 
2008年1月1日

2007年03月17日

 講演録:「地域再生とパートナーシップ ~『公』の担い手とNPOの役割~」(その4)

この記事の続きを読む

2007年03月16日

 講演録:「地域再生とパートナーシップ ~『公』の担い手とNPOの役割~」(その3)

この記事の続きを読む

2007年03月15日

 講演録:「地域再生とパートナーシップ ~『公』の担い手とNPOの役割~」(その2)

この記事の続きを読む

2007年03月14日

 講演録:「地域再生とパートナーシップ ~『公』の担い手とNPOの役割~」(その1)

2月19日(月)、青森県主催のパートナーシップ・フォーラム2007において、基調講演をさせていただきました。
そのときの内容を、今日から4回にわたって公開させていただきます。

この記事の続きを読む

2007年02月02日

 首相は何を約束したのだろうか

昨夜、久しぶりに北川正恭さんと会い、弁当をいただきながら、二人で長い時間話し合った。その際に、少し気になっていたことを聞いてみた。
「そのまんま東は早稲田で弟子だったの?」
新聞記者も来て同じ質問をしたそうだが、答えは会ったことも、教えたことも無かった、である。
でも、自分は気がつかなかったが、マニフェストの大会の会場の隅で真剣に話を聞いていたそのまんま東氏の姿を見かけた人はいたという。
北川さん、かなり嬉しそうで、「彼は、たけし軍団の代わりにマニフェストを宮崎に連れて行った。もうマニフェストをかけない候補は当選できない・・」と、
一気に話していた。

いつも変わらぬ元気な話を聞きながら、私は、もう一つ気になっていたことを考えていた。
通常国会冒頭での安倍首相の施政方針演説のことである。

私がこの演説にこだわったのは、今の安倍政権が、選挙を通して国民に直接選ばれた政権ではないからだ。ここは重要なところなので、強調しておくと、
安倍氏は、参議院での郵政民営化法案の否決で解散を断行し、圧倒的な勝利を得た、小泉氏の基盤に乗って誕生した政権に過ぎない。
逆に言えば、安倍氏は国民とはまだ直接、約束を交わしていないのである。

私たちがこの正月を挟んで実施した「安倍政権の100日評価」では、「何を目指しているのか、よく分らない」が最も多くの回答を集めた政権の印象である。
これは一言で言えば、約束が無い政治なのである。
北川さん流で言えば、マニフェストをかけない政治。これでは評価ができない。
選挙が無いのであれば、演説内容で判断するしかない、と私は考えた。

実は、言論NPOが小泉政権の第一期の実績評価を公表したのは、03年の11月の総選挙のときだった。それまで日本の政党はマニフェストを作っておらず、そのため、実績評価は小泉首相の国会での演説、そしてその直後に公表された骨太の方針をマニフェストとみなし、評価を行ったのである。

実際、小泉政権には政権としての時間を区切って実行を約束する様々な測定可能な数値目標があった。それを私たちは約束と考えた。
ところが、安倍氏の演説は何度読み返しても、こうした約束が何もでてこない。
言論NPOの学生インターンの渡辺佑樹君が、昨年9月の所信表明との比較表をつくってくれたので、それを見ると良く分るが、
演説では、首相の考えや政策の方向は示したが、今政府が行っていることを並べただけで、政権として取り組む具体的な目標と工程を説明していないし、その実行を約束していない。
唯一、具体化されたのは、構想や計画をいつまでにつくるという時期のみだった。

これはよく政治が陥る間違いの一つで、目標設定と手段との混同がある。
会議も法案も目標を実現する手段に過ぎず、大切なのは実現する目標なのである。
形や器の話でごまかすのは、まだ中身がないからだ。

かつてイギリスのブレアー政権のマニフェストを研究したことがあるが、ここでの約束はかなり具体化されていた。若者の雇用増では教育を組み合わせて労働力化を図るために、具体的な目標を公約している。
その目標が具体的であればあるほど、それは、国民との約束として理解を得やすくなる。

私の疑問は、これだけではない。国会開催の前日、政府が閣議決定した「進路と戦略」という、まさに安倍政権のマニフェストになるべき計画の中身が、演説で全く言及されなかった。
「美しい国」は中身が分らないといわれるが、
この「進路と戦略」には、「美しい国」を実現するための経済面の戦略が描かれている。
そこでは、人口減少という成長制約の下で日本を5年間で「成長軌道」に乗せるとし、この2年間は「離陸期」と具体的に位置づけている。
その旗振り役の一人だった中川自民党幹事長は、その著書で、問題なのは格差ではなくアンフェアな格差であり、それは高い経済成長で解決できる、と言い切っている。

「美しい国」の実現という、安倍政権でしか通用しないこれまでにない特殊な計画を前日に決定していながら、その内容を国民に説明しないのも異様である。

ここではその是非は論じないが、
首相は堂々となぜ、これを主張し、国民の理解を得ようとしないのか。迷いがあるからなのか、選挙後までは本格論戦は格差であれ税であれ避けたいのか。そう疑ってしまう。

「安倍政権の100日評価」で、多くの有識者が選んだ安倍政権の課題は、構造改革は進めながらも、歪みの解決か、組み立てる構造改革へ転換をはかることだった。

政権が取り組むべき課題は、それに逃げずに向かいあうのが、リーダーだと考える。

ともかくも、国会は始まった。そこに、今度は柳沢発言問題での紛糾である。またか、である。
私は、柳沢発言は問題だと考える。しかし、だからと言って仕事を休んでいいほど、日本の政治は時間が余っているのだろうか。
野党のHPを見てみると、審議欠席の国民への直接的な説明は何も無い。
4日の愛知県知事選を睨んでか、名古屋の抗議集会の写真が載っている。なるほど、この騒ぎは選挙の前哨戦なのか。

永田町は自分たちのゲームで盛り上がっている。そう思うのは私だけだろうか。

2007年01月24日

 工藤のアンケート分析4 -最終回-

この分析も今回が最後となる。ここからは安倍政権の100日間の実績に関する評価について分析を試みたい。

まず、安倍政権の100日に関して全体評価を行うために、回答者には安倍氏の首相、リーダーとしての適格性として、
① 人柄
② リーダーシップと政治手腕
③ 国民に対するアピール度、説明能力の3項目
さらに政策軸として
④ 実現すべき理念や目標
⑤ すでに打ち出されている政策の方向
⑥ 実績
⑦ 安倍政権を支えるチームや体制 のあわせて7つの質問を行った。

全体で見ると、良い評価は「人柄」だけに集まっており、半数近く(46.6%)が「良い」「やや良い」と答えている。ただ、そのほかの項目はいずれも低い評価になっており、政策的な問題よりも特に首相、リーダーとしての資質や人事も含む政権構成のあり方で評価がかなり低くなっている。


特に評価が低いのは、安倍氏の「リーダーシップと政治手腕」(62.9%)、「政権を支えるチームと体制」(64.3%)、「国民に対するアピール度、説明能力」(76.6%)で、それぞれ6割を越す人が「良くない」「やや良くない」と低い評価をつけている。

回答者層別で見るとこうした判断は特にメディア関係者に多い。「国民に対するアピール度、説明能力」で「良くない」「やや良くない」と回答するのは87.0%、「政権を支えるチームと体制」は85.0%と際立って多い。

こうした安倍政権への評価と支持率との関係を見てみると次の特徴がある。


第一に、首相の人柄への評価は「支持」を得るための最低条件ではあるが、十分条件ではないことだ。安倍政権を支持する人はこの「人柄」の設問に全員が「ふつう」以上の評価を行っている。だが、人柄を「ふつう」以上と回答した人の中でも不支持は6割もいる。

では、この評価と支持・不支持はどう対応しているのか。まず官僚の場合、各項目での評価と「支持」との関係は薄く、各項目の判断を「良くない」「やや良くない」と判断していても、安倍政権を支持している人が多い。

特に「リーダーシップと政治手腕」、「国民に対するアピール度、説明能力」、「政権を支えるチームと体制」の3項目ではこの傾向が強く、安倍政権を支持する官僚の中にもこの項目で不満を持っている人が多い。

これに対して、メディアの場合は支持・不支持とこの個別の評価との関係は強く、特に支持しない層の9割程度が上記の3項目を「良くない」「やや良くない」と判断している。こうした傾向はメディアほどではないが、有識者にもある。

言論NPOではこの7項目の評価をレーダーチャートで示し、さらに5点満点で採点して公表している。集計結果では全体の平均点は2.2点となった。


次に安倍政権がこの100日間に行った①政権の人事②教育改革③国と地方④アジア外交⑤官邸主導体制など、18項目の個別の政策や対応について回答者に評価を求めた。ここでは「対応が適切だった」か、あるいは「今後は期待できる」がプラスの評価、「今後も期待できない」への回答をマイナスの評価と判断した。

全体で見てプラス評価が目立つのは外交課題で、特にアジア外交全般については7割を超す人がプラスの評価をしている。その反面、内政課題は「経済成長」以外はマイナス評価が相次ぎ、特に郵政造反組の復党問題やタウンミーティング問題などでは「今後も期待できない」との評価がそれぞれ6割を越し、世間の批判を浴びたこれら項目に対する評価はかなり低くなっている。

政権運営については、前政権のマイナスを埋めるのは比較的容易だが、プラスをさらに維持し続けるのは難しいとよく言われる。その点では前政権のマイナスはアジア外交であり、安倍政権は政権発足直後の10月8日には訪中では5年ぶりとなる日中首脳会談を成功させている。それが、外交全般への高い評価につながっている。

これに対して内政課題に対する評価は今回のアンケートで共通して厳しいものとなっている。アンケートでは個別政策項目とは別に、この復党問題と道路財源問題、官邸主導の問題を問うたが、その結果も個別政策の評価の結果と符合している。つまり、マイナスの評価が多かった。

回答者層別に見ると、ここでも厳しい評価のメディア関係者、有識者と今後を期待する官僚との間で落差が際立っている。メディア関係者はアジア外交関連と経済成長を除く13項目で半数を越す回答者が「今後も期待できない」と判断しているのに対し、官僚は「今後も期待できない」と半数が判断しているのは、政権の人事や官邸主導体制という政策の執行体制の問題と復党問題の3項目のみであり、外交や内政課題の11項目では、「適切」「今後は期待できる」が、「今後も期待できない」を上回った。

メディアが厳しすぎるのか、政策現場にいる官僚の判断が妥当なのか、それはここで論じられる話ではないが、その傾向は対称的で大雑把に言えば有識者はメディアに近く、大学生は官僚に近い。

こうした個別課題への評価が、安倍政権への支持率にどう反映しているかだが、メディアでは「今後も期待できない」と回答するほとんどの人が不支持となっているのに対し、官僚では支持・不支持と評価結果がここでも直接には結びついていない。


安倍政権はこの100日間、外交、内政の様々な課題に取り組んできた。しかし、このアンケートで浮かび上がったのは、安倍政権の目指すべき政権像や目標について、多くの回答者が理解できておらず、それを実現する揺ぎ無いリーダーシップや執行体制について信認をまだ得ていないということである。

安倍政権は、改革姿勢を打ち出すことで構築した前政権の政治基盤に乗って誕生した政権であり、郵政の関連法案を否決されたことで、総選挙を実施し、その結果、安定的な政治基盤を自民党は構築している。安倍政権は自身の信認を直接、国民に問い誕生した政権ではない。

前政権の延長線上にありながら、政権運営でタウンミーティングや復党問題、道路特定財源問題を始めとした様々な失点や場当たり的な改革姿勢を巡る動揺も垣間見られた。それが、この100日間にまだ目指すべき政権運営で立ち位置が定まらないような印象を強めたとも考えられる。


安倍氏はもちろん100日目に評価されるとは思っていなかっただろう。しかし、有権者の目はそれほど厳しいのである。それを知ってくれるだけでも今回の調査結果は成功だと私は考える。あとは、今回指摘されたことを参議院選挙までに安倍政権がどう捉え、何をどのように政策実行過程に反映してゆくのか、である。

この点が明らかにされていかなければ、私たちが7月までにまとめる政権評価はさらに厳しいものとなろう。

2007年01月22日

 「そのまんま東当選」で思ったこと 

そのまんま東氏にはもちろん面識はないが、彼の知事就任には納得している。
選挙中、宮崎の人はかなり慌てていたようで、友人の中には、東氏が万が一当選したら、福岡へ引っ越しするしかないと本気で言うものまでいた。
そういう友人たちは今、どうしているのかな、と意地悪くも思うが、
私が東氏を期待したのは、別にいい加減な気持ちからではない。
彼のマニフェストを読んだからである。

私たちはこの4年間、いろいろなマニフェストを評価してきた。
マニフェストは、導入の頃は数値目標が書かれればそれだけでマニフェストと言われてきた。
しかし、実はそうではないと、最も厳しい評価をし続けたのが言論NPOである。

私はいつもこう言っていた。
「いいマニフェストと悪いマニフェストの違いは
地域の課題を抽出し、その答えを出すための手順が描かれていること、
さらに政策目標がその上位にある理念や思いと整合性があり、妥当性があること。」

つまり、簡単にいえば、
全国どこででも通用するマニフェストでは意味がないし、
何を何のためにしたいのか、その理念やビジョン(思い)が提起されないと、
メッセージは有権者に伝わらない。

この東氏のマニフェストを見て、妙に納得したというか驚いたのは、
「宮崎の危機をなんとか解決したい」と孤軍で走り回る強い思いと、それをどう解決するのかについて、素人とは思えないほど課題の整理がなされていたことだ。
具体的な政策では曖昧なところはあるにしても、
これを、“宮崎が直面している問題から外れたものだ”という県職員は一人もいないだろう。

もちろん、東氏のことを直接知っているわけではないため、褒めすぎている可能性はある。が、
何か、ここに今、私たちが取り組んでいる、現在の安倍政権の評価で見られた多くの人の不満の元があるのではないかと、ふと思った。

安倍政権の100日のアンケートでは350人に意見をいただいたが、ほとんどの人は、「首相のメッセージ力が劣っており、何を目指しているのか分からない」と回答している。
それがなぜなのか、この間、考えていたが、何か分かるような気もする。

昨夜、選挙報道を見ながら小泉前首相の秘書官の飯島勲氏が書いた「小泉官邸秘録」を読んでいた。その中にこんな文章があった。
少しまとめるとこんな内容だ。
「総理大臣になるというのは、それ自体が目的ではない。何か実現したい理想、この国や社会をこうしたいという目標があるはずで、その自分の理想を実現するために指導者への道を目指すのではないか。」

そして、飯島氏は、改革を進めるためには「明快な目標設定」と「明確なリーダーシップ」が必要で、小泉前首相には、「それを実現する明確なリーダーシップ、果断な意思決定、揺るがない意思」があるとまで言い切っているのである。

その評価は別にして、さて、安倍首相の場合は、どうだろう。

東氏の発言が「真意」か、本当に公約を実現する「明確なリーダーシップ」があるのかは、これから見ていくしかない。

ただ、当選後、東氏がこう言っているのを見て、羨ましく思うほど納得してしまった。
「私は宮崎で骨をうずめます。もう離れません。私は宮崎県を愛しちょります」
そこには地元の再生に揺るがない意思が確かに感じられる。
これでは、どんなに政党が集まっても、官僚出身の落下傘候補では勝てないなと思う。

2007年01月18日

 工藤のアンケート分析3 -官僚とメディア関係者の支持率の差には別の要因が寄与している-

回答者の安倍政権への認識を明らかにするために、私たちは様々な設問を組み立てている。この設問は可能な限り、言論NPOが持つマニフェスト評価の評価基準に準拠して構成されている。

支持率の設問に加えて、私たちは
①安倍政権は何を目指す政権か分ったか
②安部政権に本来求められている役割は何か
③その役割の実行は期待できるか
の3つの設問を導入している。この設問を安倍政権への支持率に加えて分析することで、回答者の安倍政権に対する現状認識を明らかにしようと考えたのである。

今回のアンケートで各回答者層に共通したのは、安倍政権が何を目指している政権か、について100日経った現段階でも「分らない」との回答が圧倒的なことだ。全体では69.4%とほぼ7割が「分らない」と答えており、この比率は回答者層別に見ても同程度である。

では、安倍政権は何を目指すべき政権なのか。これに対してはほとんどの人が構造改革路線は前提としており、構造改革自体を見直すという回答者は全ての層で1割未満だった。

今回、私たちがアンケートの対象とした政策現場に近い人たちや政策論に関心のある大学生の間では小泉前政権時に始まった構造改革について合意は形成されていることが分かる。ただし、構造改革は認めつつも、その負の問題への対応や壊す構造改革から新しく組み立てる構造改革へと、政策マーケットの関心は移り始めている。

回答では、まず小泉氏の構造改革を「追求し続ける」という層は全体で14.6%に過ぎず、メディアは6.0%しかなかった。これに対して、安倍政権の役割は、構造改革は継続してもその「歪みを修正する」内閣としての期待が全体の37.4%と最も多く、「壊す段階から新しいものを組み立てる」内閣が32.6%と続いている。特に「歪みを修正する」はメディアが41.0%、官僚が42.0%と4割を越えている。

しかし、それでは回答者が期待するその役割を安倍政権は実現できるのかについて、全ての層が現状ではまだ懐疑的である。全体で見ると「期待できる」は12.3%に過ぎず、「期待できない」が35.7%、「分らない」が18.9%、無回答が25.1%となっている。

つまり、回答者の多くの人は安部政権がまだ何を目指そうとしているのか、見えていない。いや見えていないだけではなく、安倍政権に問われているとそれぞれが判断する役割を実行できるのかについても、まだ信頼を得るに至っていない。これが100日後の安倍政権に対する、回答者の多くの基本的な認識である。

こうした回答状況は、けっして小さな問題ではないように思える。安倍氏が目指すべき政治について、メディアや官僚など周辺で理解を得ていないということは、国民全体に向けて合意を形成する努力を怠っていることに他ならないからだ。


これまでの結果をさらに設問間のクロスで分析すると、現状の安倍政権への基本認識について、ある興味深い傾向が浮き彫りになっている。それは、安倍政権の支持率と100日後の政権への期待の変化との関係である。特に全体の傾向とは認識に落差があることで際立っている官僚とメディア関係者に限れば、両者の支持率の差にそれぞれ別の要因が寄与している。

官僚は前に説明したように44%が安倍政権を「支持」し、残りの12%が「不支持」、さらに44%が「どちらとも言えない」と回答している。この中で「不支持」や「どちらとも言えない」と回答した人の半数近くが、安倍政権の100日を「期待以下」と見ており、安倍政権の政治や政策対応への失望が官僚の支持・不支持の判断に影響を与えている。

これに対してメディア関係者の認識は大きく異なっている。メディア関係者の安倍政権への支持率は11%と最も低かったが、不支持の62%のなかで「そもそも(安倍政権に)期待していない」はさらにその6割を越える。100日を「期待以下」と判断して不支持を選んだのは27%だから、その倍のメディア関係者が、極論をすれば安倍政権の誕生時から「不支持」を決めていたのである。

安倍政権に「そもそも期待していない」という層はメディア関係者が48%と他と比べて際立って多いが、その層は全員が100日経った現在でも安倍政権を支持していない。安倍政権の100日間はメディア層に存在するそうした所期の見方を変えることはできなかったばかりか、「期待」の低下を通じて、不支持をさらに増やしているのである。


メディア関係者に安倍政権に「そもそも期待していない」という層がなぜ半数近くと多いのかは、今回のアンケート結果だけで説明することは難しい。

が、その人たちがどんな意識の持ち主かはある程度分る。たとえば、この「そもそも期待していない」層の7割近くが安倍政権に問われているものは、「壊す構造改革」から「新しいものを組み立てる」内閣、あるいは「歪みを修正する」内閣だと回答し、かつそのほとんどがその実行は期待できないと考えている。この「そもそも期待していない」層で小泉流の壊す構造改革を追求することを期待している回答者は一人に過ぎなかった。

安倍政権の100日はそうした所期の期待や印象を覆すことはできなかったことになる。
言論NPOのウエッブサイトではその理由に対する個別のコメントを発言として全て公開している。それらを併せて読んでいただけると、回答者の意向を理解することができると思う。

2007年01月16日

 工藤のアンケート分析2 -安倍政権への支持率と期待の変化-

私たちの調査結果は新聞各紙でも取り上げていただいた。そこでの論調は大体が、安倍政権への支持率が一般の世論調査と比べても著しく低いこと、さらに官僚とメディアの認識動向にかなりの落差が見られることなどに集中している。
官僚が安倍政権に甘いのか、メディアが安倍政権に厳し過ぎるのか。一般の新聞記事を判断材料にしているブログなどでの議論は、この問題に関心が集まっている。

実は私も、この支持率などの低さにある意味でショックを受けていた。集計結果では、官僚も別に政権に甘かったわけでない。全ての集計結果は100日時点での安倍政権に厳しい評価を突きつけていたからである。
最初に「告白」しておけば私自身、そこまで安倍政権に失望はしていなかった。失点は相次いでいるが、仕事はしようとしている。その安倍政権の試行錯誤のプロセスはこの100日の段階ではまだ見守るべきと思っていた。だが、回答結果だけを見れば、私の認識はかなり甘かったことになる。

今回の調査結果は、一般の世論の動向を集約した調査とは性格が異なるものである。回答者のサンプルは350人とかなり少ないが、大学生を除けば、ほとんどが政府の行動や政策内容を直接的な情報も加えて判断できる立場にある。
さらに回答者の大部分は一般の世論に向けて情報や考えの発信者ともなる立場の人たちなのである。この層がわずか100日時点でここまで政権に批判的になるのは、軽視できない問題でもある。この結果をどのように考えるべきなのか。それが、私の問題意識である。

アンケートは昨年の年末、2000人を超える人に電子メールで送付したものである。予算原案の提示や師走の忙しい最中だったが、中央官庁の官僚50人と現場の記者の100人が、年末のぎりぎりまでに回答を送ってくれた。
これに学者や経営者や大学生を合わせた350人の回答を集計したのが、この調査結果である。回答に伴う発言は全てウェブで公開している。回答者がいかに本音でこのアンケートに向かい合ってくれたかは、皆さんで読んで確認していただければと思う。


では、分析に入ろう。まず現状の安倍政権の支持率だが、今回のアンケート対象である政策現場に近い層での支持率は全体で24,0%しかなく、39.7% が不支持と明言している。「どちらとも言えない」という層は34.3%あるが、これまでの一般の世論調査と比べても際立って低い水準である。
これをさらに、政権誕生時の期待と100日後の現在の期待との対比で見ると、「期待以上」は4.6%,「期待通り」は13.4%と合わせても2割に届かず、36%が「期待以下」で「そもそも期待していない」も同数の36%あった。
 この二つの設問結果を並べてみると、現状の安倍政権への支持率は期待の変化と連動していることが分る。つまり、安倍政権になんらかの期待をしている層の中でこの100日間に期待を失った人が多く、それが支持率の低下にも結びついているのである。

もう少し詳しく見ていくと、この支持率の低さと期待の喪失に二つの特徴がある。
第一はメディアの記者の安倍政権への支持率は11%(不支持は62%)に過ぎず、これに対して官僚は支持が44%(不支持12%)とその対比が際立っていることである。安倍政権への支持率では大学生が25%、有識者が25%だから、回答者全体が安倍政権を厳しく評価しているが、その中で現場の一線の新聞記者などのメディア関係者の不支持が突出している。

メディアが権力に厳しい視点を持ち続けることはある意味では適切である。だが、なぜここまで厳しい評価なのかは、もう少し詳しく見る必要がある。これは後で言及することにする。
官僚の支持率は44%だが、私は別にこの水準が高いとは思っていない。政権を支える官僚層がメディアのように不支持が高かったらこれこそ大変な問題であろう。むしろ気になったのは支持率と同数の44%が「どちらとも言えない」と回答していることである。
これを期待の変化を問う第二の設問を加えて分析すると、官僚のなかにくすぶるある傾向が見え始める。全ての回答者と比較して官僚は実に46%と半数近くの人が100日後の安倍政権について「期待以下」と回答していたからである。
安倍政権を支えるべき官僚層が期待を失い始めている事実は、組織経営としては明らかに問題がある。この官僚の回答者は大部分が中核的な省庁の職員なのである。

この安倍政権の支持率で、どうしても気になるのが、「そもそも期待していない」という層が、4割近くも存在している事実である。特にメディアでは48%が「そもそも期待していない」と回答している。
安倍政権はそこまでの逆風下で誕生した政権だったのだろうか。

次回はこの疑問から分析を始めることにする。

2007年01月09日

 工藤のアンケート分析1 -アンケートの分析前に断っておきたいことが二つある-

昨年末から、正月を挟んでようやくこの週末で安倍政権の集計結果がまとまり、9日結果を公表することができた。まずこの試みへの皆さんの協力にお礼を言いたい。

年末の慌しい中、多くの方が回答に寄せていただき、正月が終わっても回答が事務所に届いている。これらは最終的にデータに反映させるつもりだが、とりあえず、350人の集計結果をここで公表したい。

アンケートというものは、往々にして批判的になりやすいものである。日本人は人を褒めることが苦手だからなおさらそうだが、そうした特質を省いても、安倍政権への不満は多方面に及んでいる。その最大の要因は国民への強いメッセージ力の欠如にあることはアンケート結果からもあきらかである。

それは話術やスタイルと言ったものではないことは、今回の調査で唯一評価が高かったのが首相の「人柄」だということからも分る。結局、何をこの政権は目指そうとしているのか、そのために政治家特有の情念と言うか、まさに自らの強い意志でそれをどう実現したいのか、それが見えないのである。

その点、回答者からはかなり厳しい意見が相次いでいた。「もともとその能力が欠けていた」「自分の思いよりも今年7月の参議院選挙での延命姿勢だけが見える」などなど。私はまだそこまで決め付ける気にはならないが、この間の官邸主導体制の混乱、復党やタウンミーティングの問題などの様々な失点は、その試行錯誤を許さないほど、回答者に深い失望感を与えている。

この調査結果の分析に入る前に二つほど断っておきたいことがある。

一つはこの調査自体、厳密に言えば、この100日時点の安倍政権の評価ではなく印象に過ぎないことである。

ただ、印象でもその印象が政策現場に近い、官僚や一線のジャーナリストにもたれているのなら、そこにはある種の直接の情報にもとづく評価が伴われている。今回、調査対象をそうした現在と将来の政策マーケットの構成員となるべき層に絞ったのは、印象であるとの制約はあるが、現時点での政策マーケットで活動をする人々の意見を集約したかったからである。

もちろん、評価には明確な基準とそれを体系化した評価の設計が不可欠である。私たちの設問が、そうした言論NPOの基準を様々な形で組み込んだのは、それを可能な限り評価に近づけたかったからである。だからこそアンケート結果を採点化するという、ある意味で冒険を試みることもできた。

言論NPOでは毎年選挙前にマニフェストの評価や政権の政策実行の評価を公表している。今回の調査結果はあくまでも100日時点での有識者の印象だが、これで私たちの試みは途切れるわけではない。今回の調査を判断材料の一つにし、7月には本当の評価を公表する予定である。

もうひとつは、この調査は政権批判のために行ったのではないことである。政治は有権者が選ぶものだが、そうした政治への有権者の参加を促すための契機にしたかったのである。

先進の民主主義社会では、メディアも含めて政治への監視が様々な形で行われている。実はこの安倍100日DAYSは、アメリカでもCNNなどがブッシュ政権で行っており、世界ではそう珍しい試みではない。私はそうした緊張感ある関係を日本の政治にも作り出したいのである。

安倍氏はもちろん100日目に評価されるとは思っていなかっただろう。しかし、有権者の目はそれほど厳しいのである。それを知ってくれるだけでも今回の調査結果は成功だと私は考える。あとは、今回指摘されたことを安倍政権は参議院選挙までにどう捉え、何をどのように政策実行過程に反映してゆくのか。
この点が明らかにされてゆかなければ、私たちの評価はさらに厳しいものとなろう。

そうした心構え、ある意味では弁解をしたうえで、評価結果の説明に入ることにする。

続く

2007年01月05日

 いよいよ年も明け、1月5日、言論NPOも活動を始めました

今年もよろしく御願いします。

2007年、最初に、私たち言論側に、そして言論NPOに新しい年、何が問われているのか。
言論NPOのアドバイザリーの方々に発言してもらいます。

年末、行った安倍政権の100日評価の集計が今日午前にようやく終わり、現在、分析に入っています。
連休明けの1月9日の火曜日、いよいよ集計結果と安倍政権に対する350人の発言を公開します。

2007年01月01日

 新年 明けましておめでとうございます。

新年明けましておめでとうございます

新しい年があけました。いかがお過ごしでしょうか。

私は、この新しい年は二つの点で、非常に重要な年だと考えています。
今年は地方の首長選挙や参議院選挙が行われます。
これを私は有権者が日本や地域の将来や持続で決断を問われる年だと考えています。
これは逆の立場から言えば、政治が日本や地域の将来で有権者の合意を
形成する努力を行うべき年でもあるわけです。

ところが、どうでしょうか。
日本の政治はそうした日本の将来に向けた提案とその実行のための施策を
私たちに説明しているのでしょうか。

この記事の続きを読む

2006年12月28日

 安倍政権の100日評価アンケートご協力へのお礼

安倍政権の100日評価の集計結果がなんとかまとまったのは、12月28日夜。
年末の慌しいときに、アンケートにご協力していただいた方に感謝します。
それにしても年末の3週間足らずの急の試みに、現役の記者さんや官僚の方も含めて350人に回答、あるいは発言をしていただいた。
この全ての内容は新春、全て公開しますが、
多くの人の本音の発言を読んで、私自身、刺激を受けました。
こうした声を大事に、新年はしっかりとした政策論議を行おうと、気持ち