言論NPOの新年の決意

2005年12月31日

新年明けましておめでとうございます

 2006年は、私たちが「言論NPO」を立ち上げてから5年目の年になります。
私たちが目指したのは、当事者意識を持った質の高い議論や政策論争の健全なマーケットを作り出し、日本の言論に存在感と緊張感を取り戻すことでした。
 この間、私たちは日本の政治と有権者の間に政策の実行をめぐる緊張感ある関係を作り出すために国政マニフェストと政府の政策実行の評価を3回行い公開してきました。
 また対アジア戦略を軸に2030年の日本の将来構想をまとめるために作業を進め、政党側と議論を行ったほか、政府レベルで関係悪化が続いている中国との間で民間版の継続的な議論のプラットフォームを昨年夏、中国の4大新聞、チャイナディリーと北京大学国際関係学院と提携し実現させました。

 2006年、私たちはこうした作業を更に進化させ発展させる準備を進めています。
その内容を一部紹介させていただきますと、まず評価は毎年、マニフェスト評価書として公表し、評価作業は各分野公開で行います。また2030年の将来構想に向けて議論を行ってきたアジア戦略会議は1月から本格的に議論を再開し、日本の外交戦略に対する提言機関に発展させます。中国との議論は8月に会場を今度は東京に移して第二回目のフォーラムが盛大に開催されることになっています。


 私たちが新年、特に決意を新たにしているのは、9月には小泉政権の退陣が予定され、後継者に政権が引き継がれるということです。日本の改革はまだこれからが本番であり、その継続は必要と考えますが、この間、政府の政策の評価などを通じてはっきりしてきたのは、この国に問われている様々な課題に対して「解」を政治もまだ見出していないということです。「解」とは大きく言えば急速に進む高齢化と人口の減少社会をどのように経営し、そのために従来型のシステムをどう作り変えるのか、という問題です。さらにアジアの台頭が続く中で国際戦略を将来に向かってどう形成し、日本のどのような存在感を国際社会の中で作りだすのかという問題もあります。
 私たちの小泉政権への評価が厳しいのは、制度の破壊は行ったが、実はそうしたビジョンや制度設計の作り直しを提案できず、国民と合意を形成する努力を欠いているからです。 総裁選挙はその意味では重要なタイミングとなります。そうした全体構想を日本の政治に迫ると同時に「解」を作り出すために議論を様々な形で始めなくてはなりません。
 
 私たちが非営利組織(NPO)で日本の言論に挑戦を始めたのは、既存メディアを中心とした日本の言論のあり方に問題があると考えたからです。日本のメディアには自らの不祥事が相次いで表面化するなど経営のガバナンス面で問題を抱えながら、日本の社会にいまだに強大な影響力を持っているという異質な状況があります。
 私たちが問題にしたのは、そうしたメディア自身の構造問題以上に、多くのメディアは日本が歴史的な変革期にもかかわらず、いまだに興味本位で議論や批判のための議論を繰り返しているという問題があります。この状況は私たちが「言論不況」と主張した5年前も今も基本的に変わってはいません。

 言論の問題は日本の民主主義のあり方と表裏一体の関係があります。言論NPOが誕生したのは小泉政権が発足した直後のことでしたが、その時、日本の改革は大切だが、それを一人の政治家に任せるのではなく、私たちが自らも問題として考えようと主張しました。マニフェスト評価を先駆けて行ったのは、政治家にお任せの傍観者的な議論から有権者が主体で個人が当事者意識を持って議論し、政治を判断し選択できる日本の政治に変えたいと考えたからです。
 ところが、昨年9月の総選挙では多くの有権者は小泉氏を支持し、圧倒的な勝利となった自民党に事実上白紙委任してしまいました。この結果、次の選挙まで増税や医療制度などの論議や決定に国民は参加できなくなってしまったのです。
 民主主義の国には、多くの人が直接的、感覚的に政治家を支持をする広くて薄い民主主義と、議論を積み重ね、または自ら判断して賛否を行う民主主義の二つが存在しています。感情的な決定に大きく揺れすぎる政治はやはり危険でそのバランスが必要と考えます。私たちはそうした強い民主主義の部分を守るためにも質の高い言論が積み重なる空間を大切にしたいと考えています。

 新年も言論NPOの活動にご理解、ご支援をいただければ幸いです。

2006年1月1日
                         特定非営利活動法人 言論NPO
                         代表  工藤泰志

[言論ブログ]2006年の日本には何が問われているのか