「北京‐東京フォーラム」で学生たちは何を思ったのか

2009年11月13日

 先日開催された「第5回 北京‐東京フォーラムin大連」には、日本から5名の学生インターンが参加しました。学生たちはこの歴史的な舞台に参加して何を感じたのでしょうか。フォーラム閉幕直後の11月3日深夜、会場のホテルで彼らに話を聞いてみました。

<発言者(学生インターン)>
石田由莉香、楠本純、河野智彦、角陽子、水口智
<司会>
工藤泰志(言論NPO代表)

政治家は「言葉」で時代を動かせるのか

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工藤: 皆さん、ご苦労さまでした。「北京‐東京フォーラム」も無事終わりました。インターンの皆さんやボランティア、大連市民の方々には運営のお手伝いをしてもらったのですが、その支えがなかったらこのフォーラムは成功しなかったと思います。
 この対話は毎回、それぞれのテーマがあります。たとえば今回は、日中関係やアジアが、大きな転換点を迎えていると思います。中国の経済的な台頭はすさまじく、日本では政権が交代し、鳩山政権が誕生しましたね。東アジア共同体、という話もあります。そういう変化もあって今回、僕たちはアジアの未来に向けて本気の議論をしようと思って臨んだわけです。それがインターンの皆さんにはどう映ったのか、それを今日はぜひ聞かせてほしいと思います。ではまず、石田さんどうでしょうか?

石田: 私は今回初めて参加したのですが、特に渡部恒三さんが印象深かったです。壇上に上がってスピーチを始めた瞬間に、その場の人が全て引き込まれるというか、みんなの目線が集中したじゃないですか。そこに「やっぱりすごいな」と。「政治家ってこういう人なんだな」と思いました。40年以上政治家をやってこられたということで、中国とのエピソードも話されていましたが、やはり一人が壇上に上がるだけで場の雰囲気が…

工藤: 政治家というのは日本ではあまりパッとしないイメージですが、何がこれほどまで大きなインパクトを与えたんでしょうね?あの存在感は、完全に会場の空気を変えてしまいましたよね。角さんはどう思う?

角: やはり、それだけの経験を積んでいて、色々なこと、状況を全てわかったうえで発言した、という感じがしました。

工藤: 「政治対話」の司会者だった松本健一さんが大連に来る前に、中曽根さんと話をしたとおっしゃっていました。そこで政治家の話をしたときに、「政治家にとって一番大事なのは言葉だ」と中曽根さんが言ったと。確かに、政治家の発する言葉の重さは、その中身うんぬんは別として、その一言が状況を変えてしまうということがある。今までは何となくそうなのかなと思っていたけれども、本当にそうだということがわかりましたね。やはり政治家の言葉には重みがある、渡部さんは会場の雰囲気を読みながら、場を全てコントロールしていましたね。あれは「すごいな」と僕も思いました。すごいだけじゃなくて、やはり日本で新しい政治が動いているときに、その方向性やなぜ日本の政治が変わったのか、それを、非常に正確に伝えられたなと思った。日中の対話にとって非常に大きかったと思います。男性陣の皆さんはどうですか。

水口: 僕は「政治対話」の後半部分の担当で大連理工大学に行ったんですが、そこでも渡部さんは完全にスターでしたね。お話なさったのは全体会議と大体同じエピソードだったんですが、学生の方は日中国交正常化の詳しい歴史をやはり知らないんでしょうね。そこにああいった生の体験、それこそ具体的な話から始まって、どこからどういった道を通って周恩来さんに会って、国交正常化の道筋をつけたというお話があった。
 あともうひとつは中国残留孤児の話ですよね。厚生大臣のときにハルビンに行って、日本の残留孤児を育ててくれた中国の方にお礼を言ったという話です。そこから、確信を持って、「どんなことがあっても日本と中国は一緒になって世界に貢献すべきだ」ということを断言するわけです。何の躊躇もなく。それで学生がみんなわーっと盛り上がり、パネリストの人たちも前向きの議論を始めたんです。東アジア共同体の議論とか、今まで中国はあまり相手にしなかったり、あるいは「何か裏があるんじゃないか」と疑っていたような態度から、それを実現するにはどうしたらいいか、EUやフランスとドイツの例をどう考えるのか、あるいは「それを実現するためにあえて問題点を言いたい」とか、すごく未来志向の議論になっていった。

工藤: 政治は言葉で時代を変えますよね。今までの日本の政治家を見ても、そういう人はあまりいなかった。「この国の政治家はどうしようもないな」と。でも考えてみれば、二大政党制の中で鳩山政権に政権が交代して、ひとつの政治が変わったということで、何というか、アジアに対して、大きな展開を始められるんだな、と期待が膨らみました。

河野: 渡部さんのことで言うと、日本にいると日本の人もメディアも、政治家を信用していないというか、政治家の言葉の意味もわからないし、「どうせ自分の利害だけ考えているんだろう」みたいな見方が多いと思うんです。でも実際に同じ場所にいて話を聞いたら、やっぱり空気も変わるし、やはり日本の政治家である渡部さんが発言したということを中国側も重く受け止めている。それを見て、政治に対する信頼感が上がったというわけではないですが、その重要性の認識は変わりました。
 あと、イメージと実際が違うな、と感じたのは、世論調査もそうですが、普通に日本で生きていると、中国のイメージはそんなに良いものではない。でも、「安全保障対話」では、パネリストの人たちがすごくやり合っているわけですね。具体的な協力の可能性を探りつつ、対立点については議論を戦わせていた。そういうのを見ると、うわべじゃなくてちゃんと議論している場があったんだな、ということを、近くで見ていて感じました。


地域間では具体的な協力が始まっている

工藤: なるほど。今回、色々な日系企業の北京の総代表の人たちと話をしましたが、この「北京‐東京フォーラム」という対話のチャネルをみんな知らない。だけど、こうした対話の存在を知ってみんなびっくりしているわけです。日中間でこんなに本気で議論する場があるということを知らなかったと。でもね、こういうチャネルをつくっていかないと、アジアの将来はもうどうしようもないわけです。そういう意味では今回のフォーラムは、かなり成功したなと僕は思うんですね。
 「地方対話」はどうでした?今までは日中の政府間の動きを民間の議論で補強しようとしてきたんだけど、国同士の議論と地方間の議論は車の両輪なのではないかということで、前回からこの対話を始めたんですが。

石田: 国だとやはり漠然として大きすぎるというのと、距離としては今一歩遠いという感じがします。でも、いろいろな方が強調されていたのですが、地方では、国と比べてサイズが小さいので、生活に肉薄していて、交流が点ではなく面的なものになると。地方での交流は、ひとつその地域に関わる交流、たとえば経済交流を始めたとすると、その地域の政治や文化などにも関わっていくことになる。そういったことをすごく感じました。そして、そういう都市は日本と中国にはたくさんある。でも、地方の交流は深化しているのに、国と国との関係になるとずいぶん感じが違うのはどうしてかなと思いました。

工藤: 角さんは、僕と一緒に視察に行ったじゃないですか。 大連市のハイテクパークを視察してみて、どう感じましたか。

角: ああいうことを中国でやっているということを今まで私は知らなかったので…あのパークが日本の企業、大企業だけじゃなくて中小企業ともつながっているということを会議室で説明されたときに、そういうレベルでの交流があるということを私自身は生活の中で感じていなかったので、驚きました。

工藤: でもたとえば、電話で104をダイアルしたらインドのバンガロールに世界中からアクセスできたり、日本からも104を回したら大連市のコールセンターにつながったりするみたいに、ひとつひとつが世界中とつながっていくような時代になっているわけだよね。それは今回の大連市の説明にあったんだけど、世界経済というものは、日本と中国も含めて、つながっているじゃないですか。国と国がどうだという理想的な議論よりも、完全につながっちゃっているわけです。環境問題についても、「環境問題をどう解決するか」という大きな議論よりも、具体的な環境技術協力の話とか、大気汚染や水質汚濁をどう改善していくかとか、そういう動きがもう地域間では具体的に始まっている。日中間ではすでにかなり大きな、無視できない動きが始まっているわけです。でもそれが議論の世界になると、どうしても期ズレが生じてしまって、なかなかそれは報道されない。
 水口君も視察に一緒に行きましたが。

水口: 視察で感じたことでいいなら、「中国はすごい大国になるな」と思いましたね。ITパークではなくて郊外で、203高地から東鶏冠山に移動している時に、道端に工事現場があったんですね。何かの柱がたくさん立っていて、たぶん鉄道の高架の支柱をつくっていたんでしょう。どうして何もない野原というか原野に、いきなり高架の鉄道をつくろうとしているのか。市街地から30分もかかるところにまで広げて、しかも地面に線路を引けばいいのに高架にするというのは、そこまで市街化するということを予定しているということでしょう。だから、大連という地方都市ですらそこまで広げて電車をつなげているわけで、「一体どこまで成長するのかこの国は」と感じました。

工藤: 建設中のビルもたくさんあって、あの状況を見ていると大連市は東京を超えると思ったよね。世界経済がそこまで大きくなっているのかということを感じた。日本はどうですか。

水口: そういうマインドが日本にはないですよね。

工藤: それはまずいな、ということでしょう。

水口: そうですね。大きなインフラをつくろうというマインドはもういらないと思いますが、うまく軟着陸して収めようというか、経済とか色々なものが縮こまるのを、激変緩和をしてうまく小さくなっていこうという雰囲気を最近の日本に感じるんですね。何というか、国としてプラスの政策を打ち出すのではなくて、マイナスの問題を何とかうまく処理しようということばかりで、年金でも医療でもそうなんですけど、日本として何か新しい政策を打ち出すことが、まあ政権交代で少し変わったのかもしれないけど、そういうことを感じてなくて…


中国の大国化への歩みと日本の閉塞感

工藤: 203高地や旅順から帰るときに、大連市では、照明も違った。日本の、東京の街が明るすぎるのではないかと、このくらいの暗さでいいんじゃないかなと思いました。しかし、街はそう明るくなくても、大きな勢いを感じました。一方の日本は当然、このような経済成長というレベルではなくて、もっと高度なかたちで新しい時代を考えないといけない状況になっているわけです。でも今はその方向が見えない。国としての方向性が見えないのに、中国がかなり明確な、具体的な成長を見せてきていると。そう感じたわけですね。

楠本: 僕が疑問に思っているのは、日本で国全体としての目標のようなものを設定することが、果たしてこの先可能なのかどうかということです。中国の方が、そういうことをやりやすいという面はあるでしょうけれども。

工藤: でも、その経済成長の先にある姿をどう考えているのかということがわからないから、隣国は不安になっているわけです。ただ、実際に北京や大連に来てみると、間違いなく成長し、発展しているのが、わかる。この状況を、皆さんはどう思いますか。
 
水口: 僕が考えたのは単純な話で、中国が成長しているといっても、たとえば大連のITパークなどでは「もっと日本企業に来てほしい」と言っていたり、今日のフォーラムでも日本の技術とか進んでいるところを教えてほしいと、中国側は何度も何度も言っているわけじゃないですか。それを日本の方が曲解というか、くせ球として考えすぎているのではないかなという気もします。勘ぐったりしないで、単純に協力してあげればいいじゃないかと。

工藤: 狭い発想ではなく、国境を越えろということね。

水口: そうです。別に深いことを考えずに。学問的にはバンドワゴン、勝ち馬に乗るということなのかもしれませんけど、「協力してほしい」と言ってもらっているうちが華ですよ。「いらない」なんて言われたらそれこそ終わりですよ。「日本の技術なんて必要ない」なんて言われないうちに協力して、切れないくらいの絆をつくる、そっちの方向でいいんじゃないかなと僕は単純に考えていますが…

工藤: 河野君はどうですか?

河野: そうですね。さっきの話とも重なりますが、やはり国と国とで対立しているというのではなくて、たとえば経済の分野では対立だけではなくてウィン・ウィンの関係でいけることも多いので。それならば別に政府と政府でやらずとも、たとえば大連市という地方政府と日本の地方政府との関係から築きあげていくということで、最終的には国として良い関係を築いていった方がいいのではないかと思いますね。

工藤: 確かに今回は地方のトップが大勢、この大連市に集まりましたよね。しかも議論が非常に具体的になってきた。「日中関係をどうするか」という総論的な話や、「地球環境をどうするか」とか「低炭素社会をどうするか」という理念的な話よりも、地域間は具体的な話をしている。だからもっと現実の、リアルな状況に対して具体的な議論にした方がいい、ということですね。

河野: そうですね。

工藤: しかしこれは意外に大変だぞ。石田さんはどうですか?

石田: 私は「地方対話」に出たのですが、「地方対話」ではさっきの水口さんや河野さんが言ったみたいな話になっていたんですね。実際にそういう話は地方の現場レベルでは動いていて、日本国内だと高齢化とかで市場が縮小していくので、外に市場を求めるということで中国とかに出ていきたいという中小企業がいる。それを地方政府がバックアップすることが必要な役割になる、ということがひとつ、両国がウィン・ウィンでいくためのテーマだったんです。「それはそうだな」と思ったのですが、でも、さっきも言ったのですが、なぜ地域レベルの話になると逆に具体的な話になるので、あまりこう「日本」の国益とか「中国」の国益という話よりも、「どっちにとってもウィン・ウィンになるからからつながろう」となるのに、なぜ国のレベルになった時にはそういう話にならないのか。そこが、いくら地方でつながって根を張っても、幹とか枝とか花の段階になった時、というのは国のレベルだと思うのですが、歴史問題など解決しない問題があるせいで、日中関係はコンフリクトを起こしているなと。地方の現場の知事さんの話を聞いていて、逆に地方はものすごく進んでいるということがわかったぶん、どうして地方と国では乖離が出てしまうのだろうかと…


「東アジア共同体」に対する中国の反応は

工藤: なるほど。現実的な経済協力や具体的な協議が始まっているのに、上のレベルで、日中がどうしたいのかということがなかなか見えない。今回は、鳩山さんが東アジア共同体という議論を始めたので、フォーラムではその議論ばかりになっちゃったよね。多分、民間の対話では共同体の議論が行われるのは、初めてだったと思うけど、分科会の議論はどうだったのかな。

楠本: 全体会議ではそういうことを感じるところがあったけれども、分科会の中ではあまり感じられなかったように思います。

工藤: 分科会の中でそれほど大きな展開にならなかったというのは、アジア共同体というアジェンダ設定が分科会にはなかったからだろうね。

楠本: 僕は「経済対話」の担当だったんですが、ドル機軸通貨体制や人民元レートの切り上げなど、通貨制度に関するテーマはよく議論にのぼるけれども、日本と中国では基本的に主張が違う。お互いに「違いますね」ということは、対話をすればわかるわけです。でもその先をどうすればいいのかなと。

工藤: 冒頭に「政治の言葉が重要だ」と言ったけれども、政治の一言が、今までの積み上げ的な議論を超えてしまう場合があるわけです。今はそういう局面に入れるかどうかの瀬戸際になっている。だから最後に行われた記者会見での中国の新聞記者の質問は「東アジア共同体」ばかりだったでしょ。

石田: 4分の3というか、4分の3.5くらいがそうでした。

楠本: 分科会は下から議論を積み上げていくという発想が強くて、政治が唱え始めた「アジア共同体」という大きな理念と、そこでの議論がつながっていない部分もあったのかなと思います。


民間対話の意味とは

工藤: 今までの議論が、フェーズ的にも大きく変わり始めているよね。でも、政府間で東アジア共同体を議論するよりも前に、民間でこういう議論が始まっているということの意味はすごく大きいと感じませんか。

角: 特にメディアの分科会だから感じられたことかもしれないですが、民間だからこそ、そういうことを気にせずに本音で議論できるというか。特に分科会の後半がすごくて、本音で相手にぶつかるというか、かなり率直な質問を相手にぶつけていて、こういうことは政府間ではなかなかできないなと思いました。

工藤: 僕も「メディア対話」の前半に出たけれども、あまりにどうしようもなくて、絶望的な気分で会場を後にしたわけですよ。ただ後半に出た人たちの顔がみんな輝いていて、口々に「すごく良かった」「感動して涙が出た」と言っていたので、「一体何が起こったんだろう」と思いました。司会の国分先生が議事進行をかなり厳格にやってくれたこともあると思うけれど。

角: 「そんなことを言ってもいいのかな」と思うようなことを質問したりしていて。聞いていて面白かったです。

工藤: 本音で何でも言い合えるようなチャネルが、国際関係においては必要だということですね。

石田: 私の場合は地方だったので。外交の場合はどうしても「国と国」という話になりがちですけれど、地方の場合は、私も全然知りませんでしたが、本当に身近なレベルでの交流があって、身近な生活の延長が外国につながっているんだろうなということを、本当だったらかなり実感できるのだと思いました。海外と自分との間で肉体的な実感というか、肉薄している実感というものがあるんだなということ自体に、感動したというか。それから、国という話になったときに、それと比べてまだすごく差があるというか。

工藤: 今まで外交というものは、外務省とか国家がやっているものだと思われていた。でもそうではない展開が、民間とか地域レベルで始まっているということだよね。そういう重層的な関係の中で外交が行われている。

石田: はい。知事さんとかもみんな、東アジア共同体というものをつくっていくときに、都市と都市とか地域と地域との交流が基礎になるということをすごくおっしゃっていて。それがすごく印象的でした。

工藤: 良かったね、そういう話が聞けて。

石田: はい。なかなかそういうチャンスはないので。

工藤: 最後に河野くん。

河野: そう言われると緊張しますが・・・
 民間側が動いているというのは外交以外でも同じだと思います。言論NPOでは非営利組織の議論などもやっていますが、政府の限界ということが言われていて、それに対して市民が動かないといけないと。

工藤: まさにこの現実がその局面でしょう。

河野: 国際関係でも、基本的には安定的な関係が続いていくので、その中で何かを動かすというか、好転させないといけないというときに、民間がそれを担えるというのはすごくいいことだなと思います…


未来は自分の手で切り拓く

工藤: つまり「参加」こそがこの対話の全てなんですね。「偉い人たちが何か議論をして、自分たちは手伝っている」という思いではだめなんですよ。みんながこの時代を動かす流れの中に参加している。その感じが、このフォーラムの意味なんですよ、本当は。
 外交も経済も、全てのドラマは誰かがつくるのではなくて、自分でつくれる。それを若いときにみんなに知ってもらいたい。外交も同じです。その困難は大きくても、そういう状況に本気で向かい合うことが、時代に参加することになる。人生は一度しかないし、僕たちは同じ時代に生きているわけだから、頑張ろうな。それが僕の今の気持ちです。

水口: インターンがいなくてもフォーラム自体は確かにつぶれないかもしれないけれど、議論は日本に伝わらないでしょう。ボランティアの留学生も含めて、キーボードの打ちすぎで手が痛いのを必死に我慢して伝えていた。議論の内容をリアルタイムで伝えることがこのフォーラムの目的の半分くらいだったわけだから。

工藤: この対話をやはり伝えたいよね。

水口: それに参加することができた…という一方で、こんなにいい議論をしているのに、手で打った文字を画面で見ると「何てつまらない文章になってしまうんだろう」という葛藤もあって。

工藤: みんなの原稿はそんなにおかしくなかったよ。

水口: テクニカルな問題もありますが、僕らが頑張って頑張って伝えているのが今の段階だけども、10年後もこの段階ではいけないんだろうなと思います。もっと市民が気軽に議論に参加できるようになってほしい。テクノロジーはあるわけだから、それを使う意志のある人にもっとたくさん出てきてほしい。国際会議だけではなくて国内の会議でもいいけれども、こういうことを試みない主催者にも、それを要求しない国民にも問題があるのではないか。それが今、言論NPOのような団体が取り組んでいる市民の活動みたいなかたちでもっと広がっていって、10年後にその道が国家や外務省の行う外交とクロスすれば、日本の外交にとっても、盛り返すチャンスになるのではないかと思います。

工藤: 自分たちの人生にどういう可能性があるのか。大きな展開が始まっているわけだからね。それをぜひ考えてほしいと思う。僕はもう歳だから、日本の社会を変えたいと思うけれど、間に合わないかもなぁ…

角: そんなこと言わないでください!

工藤: でも何とかしたいと思っていて。何らかの世界的な役割を果たしたいと思っています。その役割とは何なのかという合意形成から始まって、どうしていきたいのかということに関して、日本の市民も本気で考えないといけない局面に来たな、と感じているんです。

水口: 大連理工大の政治対話で、中国側のパネリストの方が「中日関係を良くするためにあえて問題点を指摘したい」と言ったんですね。ひとつは歴史問題だったのですが、さらにお互いのコアの利益を洗い出したうえで、それを尊重し合えるような関係になるべきだという話をしていました。それで、中国の利益は何かといったときに、いろいろあるけれども主に領土的なこととか台湾関係などが挙げられていたわけです。それで、じゃあ日本の利益は何なのかといったときに、「何を言うのかな」と思ったら、「日本はこれから経済的な存在感は落ちるけれども、国際社会の中で何らかの政治的なリーダーシップをとりたいと考えているのではないか」と。それを聞いて、図星というか「バレてる」というか。指摘されてしまっている、向こうから期待されているのかもしれませんが。そこまでわかっているのに…自分としてもそうしたいと思いますが、その先どうすればいいのかという思考は自分の中でまだ整理されていないです。

工藤: 大連理工大学での学生との対話はぜひ、全文を公開しなくてはと、思うね。日本の閉塞感は、この国が世界の中で何をしたいのかという合意がないということにあると思う。政治は未来を国民に語ってないし、先送りだけを繰り返している。それなのに、そんな日本を横目に、中国がかなり大きな展開を見せ始めた。
 マラソンで言えば、第1中継車が日本とアメリカを追っていたのに、気づいたらトップはアメリカと中国になっていて、「第2中継車の工藤さん、どこにいますか?」といったらずっと後ろを走っていたと…そういう状況ですね。それもしょうがないのかもしれないけれども、日本が国際社会の中で今後どうしていくのか。それを、市民が考え、政治を突き動かしていくしかないね。帰国したら、まず言論NPOで考えよう。そうしないと、少なくとも日本の政治からはその提起がまだないわけだから。今回はこういうかたちで、僕たちがまずアジアの現実を知って。しかも中国の地方都市においてもそういう現実があるということを知ったわけですが、日本側がどう考えていくのかということが今問われていると。
 今回の参加で、自分の未来を見つける手がかりをつかんでくれたのだとしたら、皆さんを大連に連れてきた甲斐があった、というものです。夜も遅くなりました。今日の座談会を終わりたいと思います。ありがとうございました。