次の日本をつくる言論

「2008年 日本の未来に何が問われるのか」 / 発言者: 松本健一氏(全5話)

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第4話 権力奪取のための二重路線なのか

 2008年の世界は北京オリンピックもあり、そこまで世界は経済や外交の分野で、中国を先導者として走っていくという形をとるでしょう。7月頃の段階で、その後の状況が見え初めてくるだろうと思います。

 世界で今年、焦点が当たる動きは、まずイラク撤退の仕方の問題が1つです。アメリカでは大統領選もあり、今、どうみても大統領候補者たちは、イラク戦争遂行の方向を誰も言っていない。アメリカは自由と民主主義の国であり、ブッシュ政権はその敵を討つという"ハンチントンの罠"に落ちた戦略で走ってきたのが、それはもう誰も信じていていないという状況になっています。今年は、ユニラテラリズム(一極行動主義)をとれなくなったアメリカとしては、中国の力が相対的にどんどん大きくなってくる中で、中国との関係性をよく持っていきたいという行動をとるでしょう。特に民主党がそうです。そして、中国のほうも、共産党一党独裁の路線はとり続けますが、それでは国民はもう満足しない状態になっています。共産党幹部だけがいい生活をする、利権を握っている、あるいは地位を手に入れられる、そんなことではだめだ、建前としては国民国家の方向を目ざすという方針を示さなければならない、と共産党の幹部たちもわかっている。国家主席を民主投票で選ぶということは当面あり得ないとしても、地方の市長ぐらいは民主投票にしていかないといけないと。つまり、国民を守るための国民国家というものをつくらなければ、近代の国家としての役割を果たせない、ということです。

 たとえ共産党が国家機構の上にいようと、あるいはイスラム聖職者が上にいるようなイランのような国であっても、国民を守るのは我が国家、いや首相や大統領の役割であるというふうに言わない限り、必ずその政権基盤がひっくり返る。逆に言えば、世界の人々はいま、その意識において自分たちの権利や自由はどうなるのかという方向に変わってきています。この国民の要望や欲求にこたえられないような政権は全部ひっくり返っていきます。それゆえ、中国共産党のほうでも、国民にある程度の政治的な権利や自由を与える。経済的な富はすでに与えられる所には与えられており、それゆえに都市と農村、沿岸部と内陸、そして富裕層と貧民の大きな格差が生まれています。この格差を是正しなければならない。共産党政権は労働者や農民のことを考えていると言うけれど、現実にはどんどん格差が開いていき、我々国民のところには大した利益は来ないのではないかと疑い始めているところです。

 ですから、胡錦濤報告も「和諧社会」というスローガンを掲げる。最終的には国民のほうにも利益が行き、政治的な権利も分け与え、国家が人権も守っていくという建前をとらざるを得ない。共産党一党独裁政権と国民国家づくりとは、全く異なる路線ですが、建前とすれば、そのような矛盾をなんとか調和させていきたい。今は北京オリンピックに向けて走っているところですから、まだ北京・上海周辺におカネが回るわけです。労働者も、地下鉄工事をやっていれば、ちょっときついし、大気汚染がひどくなっているとしても、給料が2倍3倍になっているからいいではないかと思っている。しかし、それは多分、北京オリンピックの施設が全部つくり終わった段階で終わりです。

 一方、日本の将来ですが、人口減少社会を迎えて日本は、あるところで大きな路線変更をしなければなりません。日本の国をどのような体制にしていくか。成長ではなく持続の社会へ、そして女性が仕事を持っていても子どもを生んで生活しやすいような国に変えていくというような、基本的な国の体制の問題です。若い世代が希望が持てると皆が思える国にしていかなければならない。

 今の20代、10代の後半の若い人々が、今、日本の社会に希望を持っていません。今の日本がまあいいと思うと答えるのは、みんな60、70代の人たちです。高度成長を支えた世代は、自分たちがよりいい生活できる豊かな社会を目指そうとし、日本は実際高度成長してきた。この人々は、年金の問題でも不安は出てきていますが、その人々は年金はもらえるのです。しかし、少子高齢化になったときの今の10代の後半の人、20代の人々は年金は払っても30年後、40年後にはもらえない可能性のほうが高いわけです。未来は希望の社会ではなく、お父さん、お母さんの過去の時代はよかったと思っている。

 中国も2015年には少子高齢化になっています。これは、日本の十倍規模の人口ですから、かなり深刻な問題になります。人口が増え続け経済の成長が続くという状況は絶対になくなる。それもごく近いうちにそうなると考えたほうがいい。私は大学の入学試験の留学生面接をしていますが、これまで中国はまだ経済発展をしている途上国であるという意識で、日本に留学して来ても学費が払えるかどうかわからないので、どこがあなたたちの学費を出してくれるのか、生活費はどうするのか、それを確かめるというのが面接官の第1の役割でした。この場合、従来は日本にいる親戚の人や日本の中の支援者が奨学資金で出してくれますと言っていた。それが、2003年度の試験の頃からですが、お父さんとお母さんが出してくれますと言うのです。

 よく考えてみると、1人っ子政策で生まれた学生が大学を卒業し、20歳になった。1人っ子政策が始まるのは1980年からでした。それが2000年に20歳になる。2003年のときからその人たちが日本に留学の受験に来たわけです。シックスポケットという言葉があります。1人の子どもに対して、子どもが20歳だとすると、お父さん、お母さんは40代初め、おじいさん、おばあさんは60代初めで、そのおじいさん、おばあさんは4人いるわけです。その6人のポケットで1人の子どもを皇帝のごとく育て、留学までさせてやる。最終的に、この子どもたちが戻ってきて働くようになったら、我々老人の年金の体制も整え、生活も支えてくれると考えていますから、1人の子どもにみんなでお金を出すわけです。

 日本人ですと、留学しても、日本人が一番甘えん坊ですし、外国では対抗して就職できないこともあって、外国の大学や大学院を出ても、大体9割は日本に戻ってきてしまう。ところが、中国の場合には、今は留学生の4割が戻ってこない。有能であり、欧米、あるいは日本などでちゃんと自分なりに仕事をつくり、あるいはベンチャー企業を立ち上げたりして、国家や中国政府の世話にならないで生活していける人々が、そういう能力、技術を持った若者が中国に戻ってこなくなる。これが将来的に中国の活力を奪う。そういう1人っ子政策のツケが出てくるということと同時に、中国の人口自体は2015年あたりで増えなくなるにしても、有能、高技術者の人が中国に戻ってこないとなると、かなり危険な状況が出てくるだろうという気がします。

 日本では早期の解散・総選挙という話も年末までは出ていましたが、それをしたところで自民党は到底、選挙では勝てない。民主党との連立もうまくいかなかったということもあって、早くて3月以降ということになるでしょう。民主党のほうとすれば、本来は今だからこそ、こういう政権をつくる、その政権がつくる国家目標、国家デザインというものはこういうものであると描き、それを独自の政策として出していかなければならないのです。しかし、当面は相手の失点をたたくだけで民主党のほうに票が入ってくるという方針をとるのではないか、と思われます。つまり、年金問題や天下りなど、自民党の長期政権のウミやツケ、その失点をたたくだけでも、政権をとれる可能性がある。しかし、本来は政権政党を目指す、あるいはそうなるという目が見えてきた現在は、国家のデザインや国民の生活をどうしていくのか、国際社会の中における日本の立場やプレゼンスはどういうふうにしていくのか、といった政権政党の姿を出していかなければいけない。

 いずれにしても、国民から見れば、日本の将来の姿を描くことを提案してくれない既成政党に対するもどかしさがあって当然でしょう。だからこそ、言論NPOがそれを先んじてすべきなのだと私は思っています。今は、大学の先生なども選挙予想屋あるいはテレビのコメンター風になってしまっており、年金問題ではこういう失態があるとか、役人はああいう答え方をしてはいけないなどと言っているだけでお茶をにごしてしまっている。言論NPOは、実はそういう国家デザインを描くということが政治家に必要とされていると言うと同時に、自らこういう国家デザインを提示しますと言っていくべきと思います。

 政治家というのは、やはり大変な嗅覚があるわけで、これは政策として使える、役に立つ、あるいは、これはたしかに国家の長いスパンで考えなければならないことだ、とかぎ分ける能力は非常にあるのです。そこに、言論NPOは賭けていくべきでしょう。

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発言者

松本健一氏松本健一(評論家、麗澤大学国際経済学部教授)
まつもと・けんいち
profile
1946年群馬県生まれ。東京大学経済学部卒業。京都精華大学教授を経て現職。主な研究分野は近・現代日本の精神史、アジア文化論。著書に『近代アジア精神史の試み』(1994、中央公論新社、1995年度アジア・太平洋賞受賞)、『日本の失敗 「第二の開国」と「大東亜戦争」』(1998、東洋経済新聞社)、『開国・維新』(1998、中央公論新社、2000年度吉田茂賞受賞)、『竹内好「日本のアジア主義」精読』(2000、岩波現代文庫)、『評伝 佐久間象山(上・下)』(2000、中央公論新社)、『民族と国家』(2002、PHP新書)、『丸山眞男 八・一五革命伝説』(2003、河出書房新社)、『評伝 北一輝(全5巻)』(2004、岩波書店、2005年度司馬遼太郎賞、毎日出版文化賞受賞)、『竹内好論』(2005、岩波現代文庫)、『泥の文明』(2006、新潮選書)など多数ある。

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