【インタビュー】大切なのはデフレ解消での政策協調

2002年10月15日

koll_j020710.jpgイェスパー・コール (メリルリンチ日本証券チーフエコノミスト)
Jesper Koll

ジョンズ・ホプキンス大学卒。1984年OECD調査統計部、京都大学経済研究所研究員、SGウォーバーグ証券、JPモルガン調査部長、タイガー・マネジメントを経て、99年メリルリンチ証券入社。日本経済の調査に携わり、経済産業省の産業金融小委員会等、 政府諮問委員会にて政策提案策定に参画。著書に「日本経済これから黄金期へ」。内外の雑誌・新聞に多数寄稿。

工藤 今、小泉政権は何をやるべきなのでしょうか。

コール 今、日本に大事なことは、政策のプライオリティーとコーディネーションをはっきりさせることです。本当の優先順位、その第一政策目標は何なのかということをまず、小泉政権ははっきりさせなければならない。マーケットはそれが一番知りたいわけです。今は、皆さんが不良債権・不良資産について議論していますが、その結果と原因を考えないといけないと思います。結果は不良債権ですが、その原因はデフレにあると。だから、デフレが解決しないと、どうしても銀行問題・不良債権問題は解決できないということを考えるべきなのです。

だからこそ、プライオリティーとしてはデフレに対する政策が一番上にきます。しかもあと半年、1年ではなくて、2~3年以内に本当に日本がデフレからインフレに出来るか、本当に日本の名目GDPはマイナス成長からプラス成長になるか、そういうことが第一の政策目標であるべきだと思います。だから根本的には、インフレ目標は非常に大事な政策であると、私は思います。もちろん、そのインフレ目標を与えるためには一つの政策だけでは実現できない。なぜかと言うと、日本のデフレ問題は、価格のデフレだけではなくて賃金デフレもありますし、国際的な競争力や不良債権の問題、産業構造の問題もあります。非常に複雑な問題なので、インフレ目標を与えるためには、金融緩和だけでは不十分で、どうしてもコーディネーション、協調的な政策が必要であると思います。

したがって、金融緩和、財政緩和、規制緩和と民営化、さらに不良債権に対する政策、その4つのセットはやはり必要です。この1、2ヵ月の第二次小泉内閣の第一の問題は、はっきりした政策目標を掲げ、そのために政策協調ができるか、その能力があるかにつきると思います。

工藤 今は銀行に対する公的資金の問題、不良債権の問題に関心が集中していますが。

コール まずみんな、銀行の話をしたい。「あの銀行の不良債権は」とか「不良債権のある企業に対しては厳しくなる」とかそういう話はみんな好きなのです。銀行の問題では具体的なアクションがまもなく出るでしょう。でも、それだけではだめなのです。現在のデフレからインフレまでいくには、必ず時間がかかります。CPIがプラスになるにはどうしても大体2年間はかかる、政府はそこまで描いて、進めななければならないのです。具体的には政府と日銀の協調が必要です。日銀は去年の10月から。非常にドラスティックな量的緩和をやりました。そのドラスティックな量的緩和はちょうど半年しかやっていない、その後は中立的になって、4月1日からは、季節調整でやるとベースマネーはゼロ成長にもどっている。だから、小泉首相や竹中金融財政担当大臣は、銀行や不良債権に対して厳しい政策を出すと同時に、日本銀行には量的緩和を再スタートさせる、ということがパッケージで動かなければならないと思います。その手段として、長期国債あるいは短期国債の引き受けを行うべきです。もうひとつ考えなくてはならないのは、こうしたデフレ解決の政策目標に対して、円安はデフレからインフレには絶対必要である、ということです。これには、評論家の間でもアメリカや中国が黙っていない、というような声がありますが、そんなことは関係ない。日本のために何をやるべきか、という議論が今必要だと思います。

私は同時に財政緩和もやるべきだと考えています。これは公共投資拡大よりもやはりネット減税で、規模としては国民所得の大体0.5%の2.5兆円という考え方を、私は持っています。

工藤 どこの税金を減税すべきと考えていますか。

コール ほとんどが法人税です。今、一番大事ことは、効率性があり、きちんと税金を払っている企業に対して減税をやるべきです。国際競争力があり効率性のある日本企業に対しては、もっと優しい税制を作らなければならない。原点に戻り、何が今、第一の政策目標か考えると、デフレに対する政策です。税制改正は今、第一の政策目標ではありません。日本の税制はおかしいというのは、私もそう思いますが、税の構造改革は今のプライオリティではないのです。短期的な経済見通しで考えても設備投資はそろそろ買い替え需要が始まります。そうなると、法人税減税がそれをプッシュすることになります。

工藤 ところで、銀行の問題、不良債権の問題についてはどうお考えですか。

コール 銀行についての議論のほとんどは、「どうやって公的資金を入れるか」ということなのですが、これは実は私の目から見れば興味がない。それによる経済効果がないからです。これは、「銀行のコーポレートガバナンスにはどうやってアメとムチを作るか」という議論だけなのですが、つまりは銀行経営者が責任をとるということです。外国人の目から見て、こうした議論は必要ですが、経済効果に対して一番興味のあるところは、RCCの出口の問題、その不良債権の裏には土地とか人材があるわけなのですが、これをどんなスピードでマーケットに戻すか、実物経済に戻すか、ということなのです。不良債権の裏側には企業があります。どんな企業にもグッドな部分とバッドな部分がありますが、問題は、それを誰が決めるかということ。教科書的に言えば、マーケットに任せておいたほうがいいということですが、日本の状況を考えると、現実的ではないと私は思います。

まず、こうした切りわけを日本の銀行の場合は、一行もやりたくない。なぜかと言えば、日本の銀行マンは、「銀行は企業を助けないといけない」という意識を持っているからです。これは実は、私の目から見ると間違っている。銀行も、企業に対しては厳しい意見も出さないといけない。「この経営プランは全然ダメ、会社の半分ぐらいは売らなきゃダメ」。現代の銀行は、米国でもヨーロッパでもアジアでもそういうことをやっているのですが、日本の銀行マンは、これはやりたくないと考えている。だとしたら、別の公的機関、例えばRCCにお任せするのが現実ではないか、と思うわけです。それには、公共がやることには信用ができない、という議論があることは知っていますし、だからこそマーケットに任せろというのも分かりますが、例えば、話題になっているダイエーについてもその裏側にはたくさんの関連会社がある。それらを全てマーケットにお任せということは出来ますが、そうすると本当にデフレ効果があるわけです。本体をマーケットに任せることはできますが、関連会社をマーケットに任せるだけでは地域経済に関しては大変厳しくなってしまう。これは日本では問題が大きすぎる。例えばダイエーは、負債としては国民所得の2%ぐらいですが関連会社も含めると4%になってしまう。アメリカのRTCは全体の不良資産額が国民所得の4%でしたが、ダイエーは日本で言われている問題会社の一つに過ぎないわけです。こうした議論は五年前ならできたかもしれないが、コストを最小にするためにも今は残念ながらできないと思います。

工藤 では、銀行問題と不良債権の解決をどのようにな仕組みで進めるべきと考えますか。

コール 僕は教科書通りのきれいなやり方でやったほうがいいと思います。でも、現実的に日本の現状を考えると、やはりRCCを積極的に活用しなくてはならない。まず、銀行の引き当て強化の結果、公的資金は優先株ではなくて普通株で行い、その結果当然、経営陣は部長クラスまで責任を取る。それができたら次は銀行をサポートして、時価ではなく簿価で債権をRCCが買い取る。この二段階で考えなければならない。こうして再生ファンドの活用も含めて採算も取れる企業が生まれて来る。本来は銀行がそれをやれればいいのですが、できない以上、RCCにその機能を充実させるしかない。これは日本の銀行の将来の収益チャンスになると思うのですが。

工藤 最後に最近の株安についてどう考えていますか。

コール 株!? この議論が私は今一番、嫌なんですよ。「竹中ショック」とかいろいろ言われていますが、これは関係ない話なんですよ。「株がなぜ安くなったか」ということは忘れていただきたい。株は経済の、将来の鏡。今、不確実が多いんですよ。なぜマーケットが下がったかと言えば、国内政策はどういう第一目標でやるかということが分からなくなってしまったということだと思います。ある意味では、日本は今までの2ヵ月間、政策を切り売りし、いろいろとゼロファイト的な政策発表があった。日本銀行が株を買いますよ、減税、法人税減税はやりません、内閣改造はやりますよと、アクションはあったのですが、その整理がまだできていない。経済の将来像が分からなくなってしまったということなんです。だから、経済目標をはっきりさせて、それに対して全ての政策を統一させると言うことが必要なのです。それがないから、企業破綻や公的資金の問題だけが話題になる。これは竹中ショックということではないのです。

(聞き手は工藤泰志・言論 NPO代表)

コール 今、日本に大事なことは、政策のプライオリティーとコーディネーションをはっきりさせることです。本当の優先順位、その第一政策目標は何なのかということをまず、小泉政権ははっきりさせなければならない。マーケットはそれが一番知りたいわけです。