被災者の命、現場で何が問われたのか

2011年5月11日

今回の「工藤泰志 言論のNPO」は、緊急医療の現場で問われた「行政の壁」、遅れた薬事法の規制解除など、実体験に基づいたお話を交えながら、かなり突っ込んだ議論を行いました。

ゲスト:
上昌広氏(東京大学医科学研究所特任教授)

(JFN系列「ON THE WAY ジャーナル『言論のNPO』」で5月11日に放送されたものです)
ラジオ放送の詳細は、こちらをご覧ください。


「被災者の命、現場で何が問われたのか」

工藤:おはようございます。言論NPO代表の工藤泰志です。毎朝、様々なジャンルで活躍するパーソナリティが、自分たちの視点で世の中を語るON THE WAY ジャーナル。毎週水曜日は、「言論のNPO」と題して、私、工藤泰志が担当します。

震災一週間は時間との戦いだった

 さて震災から2カ月が経って改めて考えているのですが、被災者の方の命を救うという点で僕たちは十分なことをできたのか、ということです。この問題はしっかりどこかで検証しないといけない。その後、僕たちもいろんな話を聞いたりして何となくわかってきたのですが、まさにこの被災者の命を守るという点で、震災直後に民間の医療レベルでは様々なドラマがあったということが明らかになっています。このような未曾有の災害時には、行政とか国の役割、緊急の取り組みということがとても重要ですし、その役割は必要だったのですが、でもその役割だけでは圧倒的に足りないわけです。やはり民間の取り組み、つまり命を守るという点が非常に大事だったと思います。ただ実は話を聞いてみるとその動きが行政の対応の遅れとか様々な問題で、様々な障害に直面していたということも、その後指摘されています。私はこの問題を今日考えられないかと思っています。

 ON THE WAY ジャーナル「言論のNPO」。今日は医療の現場ということから民間の支援の在り方を問うという点で、私の友人なのですが、東京大学医科学研究所特任教授の上昌広さんとお話をしたいと思います。
後から電話で彼と話をすることになっておりますので、その話を通じて、民間の支援の在り方、つまり医療現場の問題、何が問われたかということをみなさんと考えられないかと思っています。

緊急医療の現場で問われた「行政の壁」

 しっかり考えれば、まさに津波が起こり、困っている人たちの命を守るという点でいえば、1週間が勝負だったわけです。その後、NPO、NGOや多くのボランティアの方などが被災地に入り支援の輪が増えましたが、まさに時間との闘いだった。その1週間の時に僕が友人のお医者さんたちと話したら、一番苦労されたのは何なのかというと、人工透析だったと言われました。例えば、阪神淡路大震災の時は、がれきの下から救出した人たちへの医療行為、緊急医療というのがあったのですが、今回は津波で多くの方がなくなられた。ただ、避難されたかたでも慢性疾患や環境のストレスで寝たきりになる高齢者の方も多い。その中で人工透析を受けられる人たちは1週間以上人工透析ができないと、本当に大変なことになってしまう。では、その人たちを医療現場にどうつなげばいいか、という点で、被災地と首都圏でも非常に大きなドラマがあったわけです。
 人をつなぐためにそれぞれの人たちが友達同士を通じたり、大学の先輩後輩を通じたりして、どこかのお医者さんのところに運べないかとか、そういう動きが行われていました。その際に直面した問題があったわけです。それを今日はちょっと考えてみたいと思います。上さんに電話がつながって話が聞けますので、このあたりから上さんに医療現場の問題について話を聞いてみたいと思います。

東大医科学研究所の上昌広教授に聞く

工藤:もしもし、上先生ですか。
上:はい。

工藤:上先生はまさに医療救済の取り組みをされていると聞いているのですが、その際、現地で色々な人達を救命する時に、色々な行政の規制がかなり障害になったという話をこの前、上さんがおっしゃっていたのですが、話を聞いていて特に気になったのが薬の問題ですね。つまり、病院は来た人たちに薬をいっぱい出したいのだけど、その薬がなくなって融通し合わなければいけなかったのですが、それに対する通達というか、それが非常に遅れたので現場で混乱が起こったという話なのですが、これはどういうことだったのでしょうか。


遅れた薬事法の規制解除

上:被災地では薬が足りなかったので、ある病院からない病院へと融通しようとしました。ところが、平時においては薬事法の規制があって、病院間同士、あるいは薬局間同士で融通できないことになっていました。この規制のために、足りないのがわかっているのに隣の病院に送れなかったのです。

工藤:なるほど。

上:実際、政府の方も通知を撤回していったのですが、病院間同士は震災から7日後の、3月18日。薬局間はさらに12日遅れて3月30日までそれが続いていました。

工藤:そうなってくると11日が震災ですから、緊急医療の段階では非常に混乱があったということですね。

上:そうです。おっしゃる通りで薬がなければ命に関わるのはもう明白ですから、現場が法律違反をやらなければいけなかったわけですから、非常に困りました。

工藤:つまり、大学病院が薬を先にいっぱい買って、それを地元の医療機関に提供するとか、そういうことは薬事法違反なのですね。

上:そうなのです。薬事法違反に問われる可能性があったので非常に現場が混乱しました。
「こういう時はやってしまえ」という方もおられれば、「やはり、違反は問題ではないか」という方もいました。特に官公庁がそういう態度をとったものですから、現場の方々は非常に混乱しました。

工藤:なるほど。あと、この前おっしゃっていたのは保険証の問題ですよね。つまり、被災された方は保険証もないし、とにかく病院にかかりたいということになったと思うのですが、これに関する通達は速やかに出たのですが、その通達が現場に届かなかったということですか。

上:そうなのです。普段、皆さんは病院にかかられると一部のお金を払いますよね。震災後、政府が一部のお金も支払わなくてもいいという通知を出したのですが、肝心の被災地の薬局や病院にはそれが届きませんでした。通常通り一部のお金をいただいて、3月末の診療報酬の請求というのですが、保険組合に請求する時にどうするかということで、大問題になりました。肝心の被災地にかえって混乱を与えてしまいました。

工藤:なるほど。これ「届かなかった」というのはどういうことですか。FAXとかでは伝わらなかったということですか。

上:そうです。被災地の方は停電しているところもあれば、もちろん電話やFAXは通じないものですから、厚労省の通知をいちいち読むわけにはいかないですよね。ですから、そんなのは知らなくても当然ですから、通常通り、従来通りにやっていたわけです。


「規制のための規制」になっていないか

工藤:なるほど。そうなってくると、実際にはかかった人がいるわけですよね。その人たちのお金はどうするのですか。被災地にいて救助をしているお医者さん、病院がほとんど負担を被る、負担するということなのですか。

上:いえいえ。実際は一時金で支払ってしまった方に返さなければいけない、という形で、非常に細かいことでお手数を、お手間をおかけしているという状態ですね。

工藤:ああ、なるほどね。この前話を聞いてもっと驚いたのが、人工透析の件です。つまり、今回の震災で非常に緊急性があったのは、人工透析の患者さんがいてこの人たちは1週間くらい透析ができないと、かなり大変な局面になると。これを地域の病院の人たちが、他の病院に運ぶためにバスを借りたり、何かをした時に通行許可が取れなくて動けなかったとか、そういうことがあったのでしょうか。

上:ええ、おっしゃる通りです。被災地から他の病院に移す時にバスをお願いしたのですが、民間バスの場合、ガソリンの確保に非常に難儀されたのです。緊急車両の認定があればすぐに通れるのですが、そういうものに関しては、基本的に民・民(民間同士)の動きというものを政府は念頭においていないので、それに難儀し時間を取られました。

工藤:つまり、自治体間の病院とかであれば緊急車両の認証ができたのだけど、その時に、民間同士の色々な動きが始まっていたわけですね。

上:そうなのです。今回の地震の特徴は、政府とか県など、被災地にある自治体がパンクしました。結果的には、民間の自立的ネットワークでかなり補ったのですが、そもそも、民間同士のネットワークが動くというかたちで緊急車両などのシステムができていなかったので、その承認を得るため、あるいはハンコを貰うために現場は非常に苦労しました。

工藤:なるほどね。つまり、今回、こういうことは、全然明らかになっていなかったのですが、確かに、緊急医療はまさに命を守るということで、時間との勝負ですよね。

上:おっしゃる通りです。

工藤:それに対して、民間の人たちが一生懸命取り組んでいるけど、そこにはかなりの苦労があったということですね。

上:そうですね。特に今回の場合は、「何のための規制か」ということを考えないといけないと思います。東北自動車道が渋滞するのを避けるための規制だったら、果たしてこういう規制が有効だったのかどうか、というのを考えるべきです。実際に今回は、規制のための規制になって、肝心の命が危機にさらされてしまったわけなのです。


不可解な観光庁の通達

工藤:そうですね。これは非常に大きな問題で、やはりこういう有事の時のあり方、それから規制のあり方について、市民目線で考えないといけない局面だという風に感じました。最後にもう1つ質問があって、現地の病院の方を、千葉の鴨川もそうだったのですが、被災地以外のところに収容して治療すると。その時にその病人の方を、被災地以外の宿泊施設に泊めて、外来診察としてやろうと思った時に、観光庁の通達が、ホテル組合か旅館組合かに加入している人達だけに、災害救助法に基づく公費負担で一日5000円を支払うという形の適用になったために、ペンションや民宿で受け入れたところが結構あったにもかかわらず、そういうところに入った人たちに対してお金が出ない、ということになったわけですよね。それでお医者さんたちも非常に困った。そういうことがあったのですか。

上:ええ、そうなのですね。被災地の方で老人ホームなんかに入っておられる方、在宅で医療を受けている方が避難される時にペンションや小さい旅館の方々が熱心に受け入れてくれたのですが、そういう方々は旅館組合に入っていないため、組合経由政府というルートに乗らなかったものですから、政府の方はお金を支払わないというかたちになって、非常に現場が混乱しました。

工藤:なるほどね。これは通達とか。この意味はつまり、行政機関というのはこの通達をすごく重視するわけですね。

上:はい、そうなのです。

工藤:すると民間で何か動いても、「通達でそうなっていないから」とかそういうことだから全然動きが止められてしまう、ということだったわけですね。


「平等」と「時間」はトレードオフ

上:そうですね。とにかく、今回の被災の特徴は、時間がなくて刻々と亡くなる方が出てきましたから、時間と平等性みたいなものがバーターにかかったのですね。やはり自治体や政府は「平等」ということを前提におきますから、どうしても後手、後手になって、みるみる被災者が増えていきました。その平等性を担保するための規制ですから、有事の場合にはかえって命を危険にさらした側面が否定できません。

工藤:つまり、これは行政が行う救済や被災者に対するサポートと、民間同士が行うことというのは、明らかに思想が違うわけですね。

上:そうなのです。

工藤:つまり、行政はやはり「公平性」で誰からも批判されたくない、ということで時間がどんどんかかってしまう。

上:そうなのです。

工藤:ですよね。だけど、こういう迅速な対応が求められる時は、まさに民間のボランティアがどんどん自発的に動かないといけない。そうしないと救済できませんよね。そこに行政の壁があるということですか。

上:そうです。ちょうどインターネット型のネットワークシステムでうまくワークしました。つまり、ピラミッド型の統治型というかそういうシステムが破綻していたのです。インターネット型のシステムというのは、米軍が有事を思ってつくったわけですから、まさに今回ワークしたわけです。やはり、政府への一本化とか情報統制というのは有事に対してはあまり有効ではないと思いますね。

工藤:話は変わりますが、今回の義援金もそうだし、支援物資についても、私たちがNPOやNGOの人たちと話をすると、倉庫に山積みしてあるけどそれをなかなか配布できないと言っていました。ひとつの考え方からすれば、どんどん配ってしまえばいいのだと。

上:そうです、そうです。

工藤:そこを平等にやろうとか思ってしまうと時間がかかってしまう、ということがありますよね。一方で、そうでなければ、それを分配する市民の人たちがどんどん自発的に出てこなければいけない。どちらにしても、官が単なる平等だけでやると時間がかかってしょうがない。

上:そうなのです。「時間」と「平等」というのがバーターの状況だったというのを認識して、ある物からどんどん配るという考えに立った方がよかったと思いますね。

工藤:ああ、なるほどね。やっぱり民間同士、つまり民間の自発的なこういう救済の動きというのは非常に大事だと。これを支えるような仕組みというか、これを丁寧に考えて欲しいなと思いました。今日は上さん、どうも本当にありがとうございました。

上:ありがとうございました。


市民の自発的な行動こそ大事

工藤:上さんは今福島に行ったりしているので、電話出演になりましたけど、上さんが提起していることというのはすごく大きなことだと思います。お話の中には色々なメッセージがあるのですが、やはり1つは、「平等」と民間の「自発性」という問題です。行政には行政の役割があります。今回のような非常な大規模な災害の時は、行政がかなり色々なことをやらなければいけない。その役割は非常に問われたけれども、行政機能が失われたり、庁舎が全て壊れてしまったり、という自治体もあり、この立て直しは確かに急務だったわけです。しかし、仮に行政が動いたとしても、ここまでの大変な災害になると行政だけで対応できるわけではない。
 そうすると、民間の人たちが自発的に動かないと命は救えない。まさにそのような形のコラボレーションが、いかに速やかに迅速にできたかということが勝負だったわけです。特に医療現場では、それが1週間以内という段階だったのですが、ここに大きな問題が少し見えてきた。つまり行政の役割は重要なのだけど、行政はやはり責任を取りたくないから公平ということを考えてしまう。公平な分配のルールが決まらないから、ちょっと待てと。
 義援金がなかなか配られなかったのもそうでしたよね。義援金としてお金を出した人の中では、何でお金が流れていないのだ、早く支払ってほしくて貯金箱から出したのにと思っていた人が結構いたと思うのですが、しかしそこはいかに公平に配分するか、のルールができないと配分できない。
 だけど、そんなことを言っていたら、困っている人たちを救えなくなるかもしれない。そうした一人一人のニーズをつなぐのが民間だったわけです。だから民間の役割、自発性というのはすごく大事なのです。
上さんのお話で驚いたのは、こうした市民の自発的な動きに対して、行政の対応が遅れ制約になっていた、ということです。その象徴が規制の問題でした。


 上さんと後から話したのですが、タクシーもそういう規制があったそうです。秋田の駅前にはタクシーがいっぱいいたので、秋田からタクシーで物を運ぼうと考えた人もいたそうですが、営業区域の問題もあり、なかなか行けない、という風に言う人もいたそうです。やはり非常時には、今までの業界保護とか公平という発想だけではなく、全てが被災者の命の救済に向けて動かなくてはならない。それも速やかに決断しなくてはならなかった。そういう点での、政府の対応とか行政の対応が一刻を争う形で問われていたんだと思うわけです。

 僕たちは先週も今週も、被災地に対する民間の支援という問題を違う角度から考えてきました。被災地はまず一番初めは命を守るというところから始まったわけですね。この命を守る人たちが現場を見ていたら、やはりお年寄や病気の方を始めとして、色々な人達が取り残されているという現実は今もあるわけです。
 この人たちにどう具体的に対応すればいいのか。
 それから、医療ということに関しては専門的な議論が必要になる。復興という形になると都市問題、今度は働く場の確保。行政も今では復興の動きが始まってきましたが、これらの課題に対しても行政だけではできません。行政だけではなくて、みんなの英知で、しかも自分たちの参加で、動かさなければいけないというまさに総合力が問われているのだ、という感じがしました。
まさに僕たちの大きな取り組みで何か流れを変えたいという気持ちが今日もした、という感じでした。

 ということで、今日もまた時間になりました。今日はみなさんと、「被災者の命、何が現場で問われたのか」ということについて、医療問題の規制という問題を1つのテーマに、民間の支援の在り方について考えてみました。
では、今日はこれまでにします。また来週よろしくお願いします。ありがとうございました。