「エクセレントNPO」とは何か

2010年3月09日

田中弥生氏

 非営利組織評価基準検討会が提案する「エクセレントNPO」とはどのようなものなのか。検討会主査である田中弥生氏(言論NPO監事、大学評価・学位授与機構准教授)が、そのポイントを解説します。


非営利セクターの現状と課題

 NPO法(特定非営利活動促進法)が施行されたのは、1998年です。その3年前に発生した、阪神・淡路大震災での国際協力NGOやボランティア団体の活躍、そしてふだん、ボランティアとかかわりのなかった多くの人々が救援活動のために行動を起こしたことが、法律制定の大きな引き金となりました。NPO法人は、日本社会において、人々との絆や相互扶助の関係を再構築しながら豊かな市民社会をつくっていくための重要なアクターとなることを期待されたのです。

 この10年あまりで、NPO法人の数は約4万団体にまで急増しました。地方の中間支援組織が様々な支援策を打ち出したこと、あるいは政府により認定NPO法人制度がつくられたことや、NPO法の認証条件のハードルを比較的低くし、法人制度を利用しやすくしたことで、法人数の増加を後押ししたのです。活動範囲も、医療福祉から経済活動の活性化までおおよそ想定し得る公共的な分野をほぼ網羅するほど多様になりました。活動規模や収入規模も様々です。また、政府の雇用政策や行政改革が、NPOをその実行手段として位置づけたことにより、ビジネス・チャンスを求めて、多様な主体がNPOセクターに参入するようになりました。

 もちろん、多様化そのものは否定されるものではありません。しかし問題なのは、何がNPOの本質なのか、その支柱になるべきものがよく見えなくなってきてしまっているということなのです。多様化と混迷を続けるNPOセクターには、「市民との距離が縮まっていない」という、ひとつの共通点があります。NPO法制定後10年を見てみても、寄付とボランティアの数はほとんど増えていないことがわかります。つまり、法人数は増えたけれども、日本の寄付やボランティアの底上げには寄与していないということなのです。

 しかし、NPO法が目指したのは豊かな市民社会だったはずではないでしょうか。そうだとすれば、NPOとは何のために存在しているのでしょうか。


「エクセレントNPO」とは何か

 では、NPO・NGOは何をすべきなのでしょうか。非営利組織が本来求められた役割を果たすためには、課題を解決し、社会を変えていくという「社会変革」の役割と、「市民性創造」のための参加の機会提供が、車の両輪として機能していく必要があります。

 正当な手続きのもとで、課題解決に向かって成果を出そうとする組織だからこそ、市民は寄付者やボランティアとして参加することを希望します。つまり、優れた組織だからこそ、市民を引きつけけることができるのです。

 そして社会変革と市民性の両輪に機能させるためには、母体である組織を維持する必要があります。今のNPOの現状を考えれば、安定性の確保が急務ですが、しかし、それだけでなく、常に課題解決に向かって前進しているような刷新性を内蔵している必要があります。

 国内外の第一線で活躍するNPO・NGOの実践者や研究者によって結成された非営利組織評価基準検討会では、これまで2年にわたって議論を重ねてきました。議論の中で私たちはまず、優れたNPOを定義する際には「市民性」「社会変革性」「組織の安定性」の3つが重要なテーマになると考え、そのうえで以下のような優れたNPOつまり「エクセレントNPO」の定義を提案するに至ったのです。

 自らの使命のもとに社会の課題に挑み広く市民の参加を得て課題の解決に向けて成果を出している。そのために必要な、責任ある活動母体として一定の組織的安定性と刷新性を維持していること。


「自らの使命のもとに」:

 明確な使命を持ち、それを組織の構成員のみならずボランティアや寄付者とも共有しようとする姿勢が重要です。また、自らの意思で使命を全うすべく、活動を運営するためには、自発性とともに独立性が重要となります。活動の政治的な中立性に加え、資金源についても、単一の資金源に依存しすぎないようにする工夫が必要です。

「社会の課題に挑み」:

 目の前で起きている問題だけではなく、背後にある原因や、そこから派生して起こる問題をも視野に入れ、課題として向き合う姿勢が肝要です。

「広く市民の参加を得て」:

 まず、ボランティアや寄付など、組織の活動に参加する機会を広く開いていることが重要です。さらに、ボランティアや寄付者を単なる労働力、資金源として扱うのではなく、組織の使命と目的を理解し、課題解決に向けて、ともに前進していることを実感してもらうように努めなければなりません。そのような実感や共感があるからこそ、ボランティアや寄付者は組織が取り組む課題をより深く理解し、組織の支持者となっていくことができるのです。また、受益者が参加者、さらには貢献者に転じていくこともあります。「広く市民の参加を得る」ことの先にあるのは、受益者が貢献者になり、貢献者が受益者になるような、持ちつ持たれつの関係が自然に育まれるような社会ではないでしょうか。

「課題の解決に向けて成果を出している」:

 この場合の「成果」とは、サービスの対象者数や物品の配布数、さらには入館料(売上)のようなアウトプットを意味するものではありません。社会のしくみや制度の改善、あるいは政策づくりをも視野に入れて、課題を解決しようとすることもあります。課題に挑み、その解決に向けて成果を出すということは、対象者への影響(短期的なアウトカム)、さらには社会のしくみの改善(中長期のアウトカム)を実現することを指しています。このようなアウトカムを出すためには、中長期的な活動計画を持ち、その達成状況を確認するための評価を行う必要もあります。

「責任ある活動母体として」:

 合法的に活動を営んでいることはもちろんのこと、より積極的に情報開示をすることも、公益的な活動に従事する組織には求められます。また、倫理観や道徳観に裏打ちされた規律の問題も重要です。透明性を持って意思決定機関の構成員を選出し、それを機能させることができているかという、ガバナンスの問題もあります。

「一定の組織的安定性と刷新性を維持する」:

 組織の使命に基づき目的を達成するためには、一定の持続性が必要です。持続性を担保するために最大の課題になるのは、安定した資金の確保ですが、事業収入など単一の資金源に依存するよりも、寄付や会費などを組み合わせて収入の多様性を保っているほうが、財務的な持続性は高まります。
 また、組織を漫然と持続させているのでは不十分であり、活動上の課題を発見し、それを活動計画や活動方法に反映していく力、つまり「刷新力」を強化していかなければなりません。組織のリーダーは、職員やボランティアなどの意見に耳を傾け、フィードバックしながら、刺激し合う文化としくみをつくることが求められます。


「エクセレントNPO」を軸とした「良循環」をつくる

 この「エクセレントNPO」の定義は唯一絶対のものではなく、一部の特別な人たちにしか実現できないことでもありません。私たちも、完璧な組織などないということは自覚しています。重要なのはそれを目指して努力することなのです。「エクセレントNPO」が一部の特殊な人たちの占有物に留まっているのでは意味がありません。検討会が求めているのは、「エクセレントNPO」がひとつの触媒となって、日本の非営利セクターがより自信と信頼に満ちたものになるような循環が起こっていくことなのです。
 
 では、優秀で力強いNPOつまり「エクセレントNPO」が牽引役となって、この国のNPOセクター全体の信用力を高めていくには何が必要なのかということですが、まずは、「エクセレントNPO」に人々が魅力を感じ、人々の参加や支援が集まること。そして人々の支援を集めることのできたNPOは、より大きなエネルギーを得ることで、課題解決に向けて成果を出すことができるようになります。すると、そのような姿を目指して他のNPOも頑張るようになるのです。このように、互いに課題の解決を競って切磋琢磨するような循環が生まれる必要であるのです。

 このような循環が生まれるためには、いくつかの課題を克服していかねばならないわけですが、まず、「エクセレントNPO」による活動や議論を「見える化」していくことが重要です。そのために検討会が策定を進めているのが、「エクセレントNPO」の評価基準なのです。私たちは、4月にもその基準を公表する記者会見を行い、この提案を世に問いたいと考えています。皆さんからのご意見もお待ちしております。

文責:田中弥生(言論NPO監事)