「第6回非営利組織評価研究会」 報告

2008年5月26日

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 2008年5月19日、都内の学術総合センターにて非営利組織評価研究会が開催されました。第6回目となる今回は、これまで海外11カ国の市民社会の実態について10年以上にわたって調査してきた辻中豊氏(筑波大学教授)をゲストスピーカーに迎え、「比較による日本の市民社会の実像―市民社会国際比較調査:11カ国調査の経験から」をテーマに議論が行われました。

概要

080519_tsujinaka.jpg 辻中氏はまず、自身が市民社会の研究を始めたきっかけについてふれ、市民社会の規模とメカニズムについて実証的な研究をするに至った経緯を説明されました。 つまり、日本社会における、民主化に果たす市民社会の役割と新自由主義政策下における公共サービスの担い手としての市民社会の役割について、国際比較分析をすることによって明らかにしようというものです。

 そして、まず日本の公務員の数を引き合いに出しながら、日本は他国に比較してすでにきわめて小さい政府になっている。そうであれば公共的な領域を政府以外のアクターが担っているわけであるから、この理由を明らかにすることが目的だったと述べました。

 市民社会を量的にはかる手段として、民間非営利組織の団体数や職員数が挙げられます。米国のサラモンは1980年代から90年代にかけて、世界的に民間非営利団体数が増える傾向にあることを指摘し、これを「アソシエーション革命」と名づけました。そこで、日本でも「アソシエーション革命」が起こっているのか、その検証も行いました。

 辻中氏は、11カ国の市民社会の国際比較調査結果の概要を説明しました。1900年から2006年までの各国の非営利セクターの年毎の設立数を表すグラフを示しながら、日本以外の国では80年代から90年代にかけて設立数が急激に伸びているが、日本のみが終戦直後に設立数が急激に伸び、その後は徐々に減少していることを指摘しました。次に辻中氏は、日本の市民社会を構成する非営利セクターを町内会・自治会、社会団体、NPOの3つ区分し、それらの設立年の推移をグラフに示した上で、日本では非営利セクター全体の「アソシエーション革命」は起きておらず、NPOに関してのみその現象が見られると結論付けました。その原因として辻中氏は、日本の市民社会の構造は基本的に戦後型のかたちを継続しているからであり、戦前に多く存在していた自治会や社会団体等が戦中に国によって整理され、戦後に新たに作り直されたことで、終戦直後の団体設立数が急増したのですが、それ以降、同じ形態を続けていると、しました。

 その上で辻中氏は、調査から見えてきた日本の市民社会の特徴は、他国に比べて農業団体・経済団体などの営利関係や企業関係の団体が非常に多く、逆に福祉・教育関係の団体が少ない点にあるとし、これは自民党の長期政権とも関係が深いと指摘しました。また自己の団体がもつ政治的影響力の強弱についての全国調査からは、自治会や町内会などが自己の行政に対する影響力を高く認識している点が特徴的であると述べました。NPOの特徴ですが、他2つの団体と比較すると政策過程の上部に参入できず、信頼感や自己影響力が低いという結果でしたが、新興ゆえの弱さかもしれないと、指摘しました。

 こうした調査結果から、辻中氏は日本の市民社会にはアドボカシーはないものの、政治や行政に対するロビイングとモニタリングは多くの組織が実施していて力はあるのではないか。先進国で一番小さな政府の仕事をこれらの市民社会組織で分担している状態と述べました。

 その後会場では、辻中氏の調査やその手法に関する活発な質疑応答と議論がなされました。その中で辻中氏は各国の行政と公共セクターの関係についてふれ、国家が公共領域を担いきれていない状況下で市民社会が担わざるを得ないという状況が、日本を含めた複数の国で見られると指摘しました。その上で日本においては、公共セクターは高度に組織化・洗練化されて、明確な区別はないが多くの機能を担っており、全体としては「クモの巣のようにファジーに国家が成り立っている」と述べました。

 また、日本における「アソシエーション革命」についても議論されましたが、参加者からは、日本の市民社会組織は国家の制度的変化に反応する形で増加しており自発的なものとはいえない。これはアメリカ以外の各国に共通する特徴である。制度変化なしに市民社会組織が自発的に増加するアメリカが特殊なのであり、日本の市民社会を分析する際には、「アソシエーション革命」という視点ではなく、むしろ政治や制度の動きから説明したほうがいいのではないかという指摘がなされました。これに対しては辻中氏は、制度的変化に対する反応としての市民組織の増加は確かにあるが、政治と市民社会の動きは表裏一体の関係で相互に関係しあうものであるとも答えました。 

 最後に、本研究会の代表の田中弥生氏が議論を振り返って、「要求型の個人ではなく、時には社会貢献をするという個人も一緒に増えないと、『公』が活性化されないのではないか。個人の態度が変わらないと、小さな政府を公共セクターが補うという小さな政府の担い手論も実現しないのではないか」、「日本の市民社会組織がどの程度、個人の社会性育成やエンパワーメントに貢献してきたのかという点もレビューする必要があるのではないか」と述べました。これに対して辻中氏は、寄付と思わずに神社や仏閣などに金も労力も出す個人も多いことに触れ、個人が公共のためと思わずに出している金などを可視化していくことがまだできていないと述べました。その上で、公共の担い手がプロとして十分な仕事をし、個人はそれに対して寄付をする、そのような文化に変えていくためにも、現在の市民社会が担っている仕事を目に見える形にしていくことが学者の役割だと思っている、と締めくくりました。

 今回で第6回目を迎えた本研究会では、他国における市民社会や非営利組織のあり方について深い議論が行われてきました。こうした議論で得られた知見を大いに参考にしつつ、日本の非営利組織をどのようにとらえ、いかに再設計するかが本研究会のミッションです。言論NPOは、今後もこの研究会での議論が非営利組織の発展に資する活動を継続していきます。


 次回は6月19日、野中郁次郎先生を講師に向かえ、公共サービス分野における知識経営とイノベーションというテーマでお話を伺います。