なぜ、いま選挙なのか ――その意味を問う

2014年12月03日

2014年12月3日(水)
出演者:
小松浩(毎日新聞論説委員長)
杉田弘毅(共同通信編集委員室長)
沢村亙(朝日新聞編成局長補佐)

司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)


工藤泰志工藤:安倍首相が衆議院を解散して12月14日の投開票に向けて選挙戦に入りました。言論NPOは有権者がこの選挙をきちんと考えるための判断材料を提供するため、本日から八夜連続で様々な政策の議論を公開したいと思います。

 そのスタートとして、なぜ、いま選挙なのか、この選挙にどういう意味があるのか、メディアの論説及び編集の幹部の方とお話ししたいと思います。討議をお願いするのは、毎日新聞論説委員長の小松浩さん、共同通信編集委員室長の杉田弘毅さん、そして朝日新聞編成局長補佐の沢村亙さんです。

 それでは、本日は選挙の本質についてお聞きしたいと思います。まず今回の選挙を、どのように受け止めているかお聞きします。小松さんからお願いします。


党内の政争、政局を避け、ボールを国民に投げた安倍首相

小松浩小松:いろいろ言われていますが、総理大臣というのは常に解散権の行使を考えており、今後二年間をみて、集団的自衛権や原発再稼働など重い課題を抱えている中で支持率が下がり、政権弱体化につながるのではないかと懸念している。そこで、四年間の任期を新たに手にするためにはいつがベストか、ということを考えたのでしょう。それが今回になったというわけです。

 もう一つ、安倍首相が解散に踏み切る背景にあったのは、党内政局の回避です。消費税を上げる、上げないに関して、党内の多くは予定通り2015年10月からの引き上げに賛成でした。そんな中で仮に選挙に打って出ないで、党内論議だけで先送りを決めようとしたら、相当な議論になったでしょう。場合によっては路線対立から、政争、政局になる可能性もあった。そこで、解散総選挙という形で国民にボールを投げた。これによって党内政局が一定程度抑えられたと思います。ですので、大きな意味でいうと、初めに言ったように現時点の解散がベストであったということ。また、短期的に言えば、年末年始の消費税政局を避けたいという思いがあったのだと思います。


アベノミクス、安保政策、原発再稼動 ――国民が、判断する機会が与えられた

杉田弘毅杉田:私は国際畑の仕事が多いのですが、地球的な動きの中で日本の選挙を見ると非常に面白いと感じました。一つは、なかなか海外の人に説明するのは難しいのですが、例えば大統領制の国であれば、任期四年など決まっていますし、議員内閣制の国でも、イギリスのようにある程度の期間、任期終了近くまで議員を務める、解散はないというのが一つのコンセンサスです。このように政権主導で解散総選挙を行うのは先進民主主義国の中では珍しいと思います。

 もう一つ、海外に対して説明しにくいのは、日本が今、極めて重要な局面にあってアベノミクスが今後どうなるのか、或いは集団的自衛権の行使容認の決定がどのように具体的に肉付けされるのか、そして日中首脳会談が実現し、外交がどうなるのかなど世界中が注目する中で、解散による政治空白ができるのはもったいないのではないか、というのが素直な見方です。

 では、なぜ解散総選挙に打って出たのかというと、それは小松さんがご指摘された通りという感じがします。一つ付け加えれば、今回の解散は、安倍首相の狙いや意向とは別に、国民的に見ればチャンスとなる選挙になるのではないかと思います。というのは、過去の政権に比べ安倍首相は非常に大きな政策上の決断をしていますが、これらは必ずしも2012年12月の前回の総選挙の時に争点としなかった点が多い。そのため国民が判断する機会はなかったので、アベノミクスや安保政策、原発再稼働など一つひとつの政策について自分なりにどう考えるのかというチャンスが与えられたと感じています。気になるのは国民の関心が高くない点ですが、冷めた反応が出ているのは残念だと思います。

工藤:安倍首相は記者会見で消費増税の先送りをし、次は景気条項もつけないと話しました。それで、信を問いたいと言っています。沢村さんは、今回の解散をどう考えていますか。

沢村沢村:税金を上げるから信を問う、というのはわかりますが、上げないからその信を問う、というのはたしかにわかりにくい構図です。一方で、一年半後には上げます、その時は景気条項を付けないで上げますと。これは税金を上げるということで信を問うという話なのか、とも取れます。このへんが非常に分かりにくい。よく"大義なき解散"と言われますが、実は"大義ない"という言葉は安易に使わないようにしています。"大義"というのは、本来は国家とか君主に対する忠義を想起させる言葉です。が、先ほど杉田さんもおっしゃっていたように、これは有権者にとってチャンスでもあるといえます。私たちは今まで安全保障関係の政策について、民意を問うべきだ、と主張してきました。それで今回、解散したら民意を問うな、というのはおかしい。つまい有権者側としては民意を発するチャンスです。とりわけ、前の選挙で政治的にはねじれが解消されましたが、政策的なねじれは残っています。国内的にはアベノミクスで構造改革、痛みを強いると言いながらもなかなか"第三の矢"なるものが出てこない。外交的には、米国との同盟関係を強化すると言いながら、一方で米国すらをも不安にさせる近隣外交を政権がとっている。その辺のねじれが問われるべきではないかと思います。

工藤:安倍首相が谷垣幹事長の話を引用して「代表なくして課税なし」と言い、信を問うべきだと言っていますが、その言葉自体は正しいと思います。ただわからないのは、安倍首相が「前回の総選挙で消費税についての判断をしたが、その方向を変えるために信を問いたい」とも話していますが、消費税を上げるとマニフェストには書いていないし、景気の状況を見ながら増税の判断をすると言っているだけです。選挙で信を問うというより、やはり判断を先送りして選挙をこなして何かをやりたいという意図が見えます。信を問う、とズバリ突いてくるなら、信を問うような課題やその解決方法を出してほしい。どう判断すればいいでしょうか。


消費税を政争の具にはしない ――忘れられた三党合意

小松:税は政治であるというのはその通りですし、税制上での大きな変更のために信を問うというのは理屈の上では間違っていない。しかし二年前の三党合意の時はそうではなかった。つまり、誰だって増税を嫌うので、政治家はポピュリズムになる傾向があり、長い間、政治は増税なり大胆な税制改革ができなかった。だからこそ、増税について国民の意思を選挙では問わない、特に消費税については政争の具というか選挙の焦点にはしないで皆で将来を考えていこう、というのが二年前の三党合意でした。それで日本の政治は一歩前に進んだ、というように評価していましたが、結局、また、税金を上げる、上げないについて国民の信を問う選挙戦に戻してしまったことは残念だと思います。ですが今回、消費税を予定通り上げるという主要政党はないので、これが争点にはならない。争点になるのは、杉田さんがおっしゃったように、この二年間にかなり安倍政権の政策の方向性は見えてきたので、これを是とするのか否とするのか。その中には、経済政策のみならず、原発や安全保障、近隣外交など多岐にわたるテーマがあります。単に消費税の先送りだけを焦点にあてた選挙にはすべきでないし、そうしてはならないと思います。

工藤:杉田さんにお聞きしたいのですが、アベノミクスには色々な批判がありますが、それについても信を問いたいと言って、安倍首相はアベノミクスを争点化する姿勢を示しています。「争点は政府がつくる」と言っていたのを聞いたことがありますが、アベノミクスを争点化するという考え方はどう思いますか。


アベノミクスに問われているのは

杉田:アベノミクスは、恩恵を受けている人々とそうでない人々の間で受け取り方は大きく変わってくると思います。ただ、もう少し大きな意味での国の形を日本人が問われていて、日本人が答えを出していくべきです。その一つにアベノミクスがあると思いますが、日本のように人口減少、高齢化社会の中でどういった将来像を描いて、それに着地させるためにどのような経済政策をつくるべきなのかを考えないといけない。それはすなわちアベノミクスだ、あるいは新自由主義だという人もいるかもしれないし、北欧型のやり方がいいのではないかという人もいるでしょう。そういった広い範囲の争点設定をして、その中でのアベノミクスや経済政策がどうあるべきかを問うべきでしょう。そういう問いかけを私たちしていくべきです。

工藤:沢村さんは紙面作りの編集をされていますが、紙面計画的に安倍首相のどのような点を浮き彫りにしようとしていますか。アベノミクスですか。

沢村:アベノミクスは重要な要素ですが、今回はアベノミクスが不十分だから選挙で問うのか、あるいはうまくいっているから問うのか、そこが分かりませんし、そもそもアベノミクスの評価が定まっていない。株高で潤っている企業もあるけど、それが下まで浸透するかはまだ見えないのに、それを問われても判断するのは難しい。ですから、そこは一歩引いて、そもそも何のためのアベノミクスか、何のためのデフレ脱却かを考えねばならないですね。要するに成長しなければいけないといっても、日本の人口が減少し、高齢化が進む中でどのようなモデルを築くべきなのか。それを考えないといけない。日本に限らず先進国の課題はどこもだいたい同じで、成長が一気に加速したり新しく景気を刺激したりする画期的な要因というものはなく、一方でその不満から各国でナショナリズムが広がっている。今度の選挙で日本は、そうした状況をふまえて新たなモデルをいかに示すか、そこがほんらいは問われていると思います。地方や女性まで等しく機会が巡ってくるかという問いも必要ですし、国民が分断するような政治スタイルでそうした課題に取り組めるのかという広い問いかけもしたいと思います。

工藤:今回の選挙ですが、安倍政権のこの二年で皆さんの関心があること、どのようなところに着目したらいいのか。また、それをどのように評価されているのか、ということについて、小松さん、お願いします。


地球儀俯瞰の外交、来年は勝負の年

小松:安倍政治二年間の中間総括のような選挙になると思います。衆議院選挙というのは、政権交代が当然、前提として行われるわけですが、今回は過去二回と違って、そういう空気は強くない。むしろ巨大与党に対し、高い評価が与えられるのか、或いは、ある程度お灸をすえるような投票行動になるのか、その辺が注目点になってくると思います。

 ですから、投票行動として結果的に安倍政治を継続させようというかたちで出るのか、基本的にこれで良いけれど、もうちょっとモデレートにやって欲しいとか、もう少し与野党伯仲して国会で議論が見たいと思えば、それは与党の票・議席が減るというかたちで出てくるかもしれません。安倍政治の中間評価、それから、ひょっとしたらこれから四年間解散がなければ安倍政権が続くということを前提に考えると、トータル六年の安倍政治の全体像みたいなものをどれだけ見通して、投票行動に反映させることができるのか、これが個々の有権者に問われてくると思います。私個人で言えば、いくつか論点はあると思いますが、やはり、原発と歴史認識の問題というのは安倍政治の特徴の一つだと思います。原発の事故があって依存度を出来るだけ軽減させると言っていますが、実際は川内原発の再稼働問題を控えていて、結局、この政権が目指すべき将来のエネルギーミックスという姿が良く見えない。原発事故の総括とその後の日本のエネルギー社会をどう考えるか、一人ひとりの日本人の生き方、そういったものをそれぞれが考えて、本当に原発はある程度必要なのかどうか、あるいはゼロという目標を掲げてそれに向かって進んで行くべきなのか、その岐路に立っていると思うので、そこはじっくり考えて一票を投じてもらいたいと思います。

 歴史認識も、来年戦後70年ということで、近隣との和解や協調ということが非常に大事なテーマになってきます。安倍総理は明確な歴史観の持ち主であると同時に、実際の外交では折り合いをつけて、対中外交も首脳会談の実現までもってきたと思います。しかし、これもまた読みにくいところがあります。どのような対近隣外交をするのか、強硬一辺倒でもないでしょうし、かといって一気に和解が進むとも思えない。そういう中で戦後70年を日本がどのように迎えれば良いのか、そういうことも考えながら是非一票を投じてもらいたいと思います。この問題はなかなか難しいのですが、やはり日本にとっては国際協調しかないと思う。安倍さんは世界50か国を廻って、一定の存在感を発揮して、発信力が非常に強かった。これは歴代政権の中でも突出して印象的だったと思います。もし彼の外交の最後の狙いが、地球儀を俯瞰したあとの東アジアの安定とか秩序づくりに戻ってきて、中国と韓国と話をするのだということなのであれば、来年はその勝負の年というか、正念場の年になってくると思います。そこはこの選挙中の論戦を良く見極めていきたいなと思っています。

工藤:杉田さんどうですか。安倍政権二年の中で、特に注目しているという点はどこでしょう。


試験的なアベノミクスが模範を示す?

杉田:注目すべき政策ばかりで、メディアとしてはウォッチし甲斐のある政権だと思うのですが、大きな政策としては、やはりアベノミクスと外交安全保障政策ということになると思います。アベノミクスについて言えば、やはり非常に大きな試験的な経済政策になると思います。これがどの程度の成果を出すのか、ということは国際的にも非常に注目されていますし、先進民主主義国が共有している課題をどう解決するかという方策の一つとして提示されているものです。世界中の経済学者が真っ二つに賛否両論に分かれているという感じです。アベノミクスが成功すれば、日本は世界に模範を示すような達成感を得られるということになると思います。一方、上手くいかなくなって、さらに日本の経済が悪くなると、残った政策は何なのかということになってしまう。そうなると日本だけではなくて、ヨーロッパも含めて非常に暗い未来が待ち受けていることになるので、本当に地球規模の重要な政策の実験が、まさに一つの可能性のある政策が進んでいるということになります。

 二つ目は、外交安全保障。安倍さんは50か国廻って、積極的な外交をやってきた。日中首脳会談も行いましたし、日韓首脳会談の道も少しずつ開けているようであります。こういうことは評価すべきだと思うのですが、一方で全体的なビジョンが少し見えにくいところがある。やはり中国との関係を緊密にしていかないと地域が安定しないし、日本の将来もなかなか難しくなるだろう、ということがあります。そこの部分が、まさに緒についたばかりなので、これが今後、果たしてどれくらい実を結んでいけるのかということが大きな課題です。日中が接近するとアメリカが嫌がる、嫉妬するという見方をする人もいますが、最近のアメリカは自らの力の限界も知っていますから、やはり日中は東アジアの安全保障のネットワークの中で大きな役割を占めてほしいということを期待しています。そういう枠組みの中に中国を取り込めば、それは対中政策としても非常に意味があるということになりますから、そういった大きな枠の中で東アジア外交を考えられるかどうか、成果をあげられるかどうか、その辺も一つポイントになると思います。

工藤:杉田さん、海外のメディアが大分前からアベノミクスは失敗したと書いたりするなど、世界はかなり厳しい見方をしているのではないですか。


懐疑的な欧州メディアは嫉妬の裏返し?

杉田:これまでもアベノミクスで株価が上がったことに対して、特にヨーロッパのメディアが懐疑的でした。ここ1~2週間でも、アベノミクス的手法が通じないのではないかということで、論調を張っている例が見受けられます。ヨーロッパの場合は財政均衡というドイツ型の財政の在り方、経済政策を非常に重視していますし、特にEU内ではヨーロッパのリーマンショック以降、ギリシャやスペインなどの危機がありましたが、そういった危機に対してドイツ主導の歳出削減ということで、補助金カットで経済回復を諭してきたところがあります。しかし、ここでアベノミクスが上手くいってしまうと、これまでのヨーロッパのやり方が間違っているというような判定になってしまう。これに対して、ヨーロッパの所謂、エスタブリッシュメントなメディアとしてはちょっと危機感を感じているというのが本当のところなのではないでしょうか。

沢村:自民党が前回の総選挙で大勝したのは、民主党政権への幻滅も強かったと思いますが、停滞した経済を何とかしてくれるのではないかという自民党への期待があったと思います。アベノミクスへの期待もそこに尽きていました。当然のごとく、しばらく経済政策に力を入れてやってくれるのだろうと思っていたら、数をたのみにした政策に力を入れてきた。特定秘密保護法がそうですし、集団的自衛権の行使容認にしても、与党内での議論はやったのかもしれませんが、国会という場所できちんと議論したのか、国民を十分に説得したのか、要するにデュープロセスが果たされたかという点が問題なのです。仮に痛みを伴う構造改革であっても、経済をよくするためには任さざるを得ないと思っていたら、別な政策アジェンダに力点を置いてきた。何が優先順位なのか。さらに、優先順位を実行するにあたってどういうプロセスを踏むのかというようなところに不信の根っこがあると思う。そこはやはりしっかりと安倍さんも説明しなければいけない、と思います。

 外交について言うと、6月に私がドイツに行った時、ちょうど第一次大戦の開戦100周年ということで、さまざまなイベントがあったのですが、なかでもドイツ外務省が主催したシンポジウムのタイトルがショッキングでした。すなはち、緊張する今の東アジアはは実は現代のバルカン半島ではないか、尖閣諸島は現代のサラエボではなかろうか、という問いかけなのです。要するに外の目が、いつ東アジアを基点にした紛争が顕在するのかという点に注がれていた。第1次大戦の教訓から彼らはトラブルがいったん顕在化してしまえば、下手をすると一気に大きく拡散してしまいかねない危機感が強い。今回、ようやく日中首脳会談ができたので、少し安堵感もあるのかもしれませんが、全体構造として関係改善が永続的になるかどうかも不明です。日本はもちろん、世界の関心でもあり続ける感じがします。

工藤:さて、定数是正の話ですが、国会が一票の格差で違憲判決を受けている状況、政治というものがきちんと取り組んでいない状況の中で選挙が行われるという問題。それと沖縄知事選の結果、県民が振興をベースにした普天間移設に対する協力に関してNOを突きつけた。これは、争点かどうかはわかりませんが、どのように今回の選挙の中で考えればいいか。小松さん、いかがですか。


問われるべき定数是正と辺野古移転へのNO

小松:定数是正は二年前の党首討論で、当時の野田総理と安倍自民党総裁が約束をした。もちろん全体として各党の意見を踏まえた上でということになっているので、必ずしも二人が決めたから出来るという話ではない。しかし、第一党と第二党のトップがテレビ中継で約束した事実というのは重いと思います。二年経って、結果としてできなかった責任は非常に大きい。税制とは直接関係ありませんが、消費税問題を議論するにあたって、政治の姿勢を示すという意味で約束した話ですから、安倍さんが今回の解散で強調していた、税は政治であるという考え方に立てば、これはセットの問題として厳しく有権者は問うべきだと思います。

 普天間の問題は、毎日新聞の社説は白紙に戻して再交渉を主張しました。知事選で10万票もの差で辺野古への移転はNOと民意が示したという事実と、現地の名護市、あるいは沖縄全体の世論を考えた時に、これは辺野古が普天間の唯一の解決策かどうかという以前に、すでにこの問題を前に進めることが客観的に難しくなったと見ていいでしょう。そういうことを来年は真剣に議論しないと、沖縄と本土の溝が取り返しのつかないことになってしまうなど、様々な分岐点になってくる可能性があると思います。選挙でも当然、問われるべきですし、来年一年間の大きなテーマになってくるでしょう。

杉田:定数是正は私もそう思います。普天間は、あまりにも日本政府の積極的なアプローチの不足を感じていて、もう少し能動的な対応を地元沖縄及びアメリカに対して示していかないと、事態は悪化する一方です。いま沖縄では独立論のような動きも出ています。そうした方向に動くとは思いませんが、、沖縄独立論が出ていること自体を我々は重く受け止めるべき話だと思います。

沢村:定数是正は民主主義の根幹に関わることであり、法治国家としての在り方が非常に疑われる事態ではないでしょうか。今回の沖縄県知事選を見ていて、今まではなんとなく沖縄への振興策を充実させるということが、ある意味、言葉は悪いですが「アメ」になるとの期待する向きが本土側にあったのではないか。それに対し、彼らは、そうではないという長年積もり積もった一つの民意のかたちを示した。これは今後、日本の国のかたちが問われることにもなり得るのだという想像力を私たちは持っていくべきだと思います。

工藤:最後は、政治と有権者という問題です。以前、マニフェスト型政治というものがありました。その考え方としては、政治というのは有権者が自分で判断して選ぶ。そして選ばれし人たちがきちんと仕事をしているか、有権者がきちんとチェックする。そうしたサイクルが回るような、ある意味で政治と有権者の緊張感というか、カウンターバランスが存在することが、民主主義が機能するということだと思います。しかし、今の政治状況は、野党がかなりバラバラな状況で、選ぶことがなかなか難しい。

 また、選挙、それへの公約というものが持つ意味ですが、まだ政治側が国民にきちんとした考え方とか解決案を提示して、信を問うという形を避ける傾向があるのではないか。民主主義での選挙の在り方を変えていかなければ、選挙は行われても有権者と政治の距離がどんどん遠くなる気がしています。そういうことをどう思っているか。今回の選挙で私たちが考えなければいけない視点というのはあるのか。小松さんからどうでしょうか。


過去二回より重い意味を持つ総選挙

小松:安倍政権というのはかなり明確な方向性を持った政権であると思います。いろいろな政策を見ていると、非常に個性が強いといいますか、目指すべき方向がはっきりしている。ですから今回の選挙は、過去二回に比べて重い意味を持っていると思います。過去二回は政権交代の選挙で、ふわっとした期待値といいますか、自民党を否定して民主にかけた。民主党を否定して自民党の復権にかけた。そういう期待値含み、あるいは政権政党に対する罰、といった意味が大きかったと思います。今回は明確な安倍政権の政治の流れに対して、有権者から見ると中間総括する機会を与えられたのですから、これを是とするのか否とするのか。それをはっきりと意思表示できるチャンスができた、と前向きにとらえるべきだと思いますね。政権が変わるとこれだけ政治が変わる、世の中が変わるのだということを国民は実感していると思います。そういう意味では、今の段階で関心が今一つ盛り上がっていないと言われていますが、実は過去二回と比べても、とりわけ重い意味を持つ選挙なのだということを繰り返し言っていきたいですね。

杉田:小松さんがおっしゃったように、非常に重要な選挙であることは間違いありません。問題は、民主党が野党として政府・自民党に対するきちんとした対立軸を示せてないということがあります。つまり選択肢を国民に示せてない。これは今の日本が抱えている問題が非常に複雑で、かつてのように保守対革新といった、そういった日本人の慣れ親しんできた政治の対立軸の中での右と左といった枠組みがもう成り立たなくなっている。その中で政治のリーダーシップとか、決められない政治とか、そういったスタイルの問題がある時期、重視、注目されてきました。ところが今、私たちが抱えている問題は、どれもこれもなかなか簡単には決められないイシューばかりです。となると、熟議して、国民の参加するような討論の場が持たれて、その結果、政策が何となく収斂していくというのが一番いい形です。その場で役割を果たすのが私たちメディアだと思うのですが、自己批判を含めて言えば、メディアも、なかなか政策の細部まできちんと把握して、こうなればこういう結果が出ますというところを自らの形で研究して提示していくという、そこの機能が弱まっているのではないか。或いは元々なくて、これまでは保守・革新という枠の中でいればよかったというところがあるので、そういった自らの形で研究して提示していくという機能が求められなかったのかもしれない。ですから、これからはますますそういう機能が求められていくと思います。日本の場合、残念ながらまだ大きな研究シンクタンクが育っていませんので、メディアに求められる役割は今後、非常に大きくなっていくでしょう。そこの部分はこれから私たちも高めていくべきところかなと思っています。

工藤:どうですか沢村さん、政治と有権者との関連で選挙という問題をどう捉え直せばよいのでしょうか。

沢村:世論調査では今のところ、政権支持率、不支持率が少しだけ逆転したりとか、野党が議席を伸ばしたほうがいいという回答が多かったりします。では、そういう人たちがどこに投票しますかという問いになると回答は全くバラけてしまう。要するに、「じゃあ野党」という話にはならない。それはひとえに野党がたくさんありすぎて、なおかつ何を主張しているのか見えにくい。これは日本に限った話ではないですが、少子高齢化時代、これまでのような成長がどうにも難しい時代においてとられる政治、政策というのは、従来とはまったく違ってきているのではないか。冷戦が終わって20年以上経つのにいまだに左とか右とか言っている場合ではないのではないか。ともすると、もっと痛みを強いる政策について議論や説得を尽くすべきでなければいけないにも関わらず、そこの細かい政策的な議論というものが、出てこない。日本がどこへ行こうとしているか分からない。ひょっとしたら選挙で何かがかわるとの期待を持てるかも自信がない、そういう状況がある気がします。だから、なかなかおもてだって見えにくい大状況をもう示すと同時に、それぞれの政党があえて語らないことにも目を向けて行かなければならないと思っています。

工藤:今の日本の政治というのは、どんな過程にあるのでしょうか。政党政治がきちんと機能して二大政党があるという形ができているわけでもない。一方で、例えば選挙の時にはポピュリスティックになってしまうし、国民に対してきちんと説明しないとか、野党はバラバラの状況です。これは政治・政党というものが、課題解決に対してきちんとした答えを出さないまま大混乱を深めていくプロセスにあるのか。その中で日本はかなり危機的な状況に入っているのか。もし、そうならば、そこで有権者の役割はどうなっていくのでしょうか。


白紙委任ではない ――熟議のない国会に求められる有権者の重要な姿勢

小松:安倍政権の二年間で、今おっしゃったような政党政治あるいは議会制民主主義の変質みたいなものが起きていると思います。どういうことかというと、例えば安倍さんは憲法96条の改正を当初掲げて、そういうのは国民が決めるのだと、議会は2/3ではなくて、過半数で提起して国民に聞くのだという議論をした。今回も本当に消費税の先送りが必要なのであれば、景気条項を使って政党の中で議論し、国会で議論して決めるというプロセスがあったのに、それを端折って国民に問う。つまり選挙で勝つことによって全権をもらうという発想にたっているような印象を受けます。その中には熟議というか、議会の丁寧なプロセスを踏んだ討論というのが全く抜け落ちているような気がします。その結果、過半数を取れば、選挙に勝ったということになるので、四年間の任期が与えられるわけです。それに対して有権者ができることは、白紙委任ではない、全権委任ではないということ。そして、選挙の後もいかにチェックしていくか、そういう有権者の姿勢というものが、今のような議会政治の弱体化というか、議会の熟議のない時代において一層大事になってくるのだと思います。

杉田:議員の質、政治劣化という言葉を私たちメディアは使っていますが、そういう中で議員個人の政策立案能力、課題解決能力、そういったものの質が変わってきている、という気がしています。世界のどの国もそういう傾向があると思いますが、アメリカでさえも党議党則というのが段々と厳しく締め付けが強くなってきて、その中で両党(共和党・民主党)の間でブリッジをかけて多数派を作っていくような穏健派的な政治家の存在感がなくなっている。そういう中で共和党のティーパーティーのような過激な自由主義者、民主党の過度なリベラル、そういった人たちが党内を牛耳って、より建設的な政策が出てこない。お互いを潰しあうことが一番の存在意義みたいな感じの政党制度になってしまっている。日本の場合も、より視野が広く、お互いの党にもう少しネットワークを深く広げていく、最大公約数、最少公倍数的なものを作っていく、そういった過程が最近見えてこない。なぜ、そうなのかというと、やはり一つは選挙制度の問題です。小選挙区制の中で、一人を選ぶということになると、その中で党の代表という形でしか選挙に勝ち抜けない。あるいは有権者の意識が少し弱まっていて、立派な仕事をしている議員への注目度が減って、その党のリーダー、あるいは党そのものにしか関心が向かない。そういった傾向もあるのかな、という感想を持っています。

工藤:今の日本の民主主義は、が動いているのかというところが気になりますね。


強ければ正しいのか ――未成熟の日本の民主主義

沢村:日本はあるとき、イギリス型の二大政党政治、政権交代が可能な民主主義を目指して小選挙区制や、マニフェスト、党首討論など、いろんなものを取り入れました。私は特派員としてのべ六年間イギリスにいましたが、イギリスの総選挙で当選が決まった候補者は、「今日から私はこの選挙区の有権者みんなの代表です」と話します。要するに、勝った時点で、いわゆる自分や所属政党の支持者の代表ではなく野党支持者も含めた国民全体の代表という意識があると感じました。しかし日本の場合は、そこまで定着したとはいいがたいですね。候補者は、まず自分の支持者に対してお礼を言うわけです。先ほど指摘されたように政治家の質の問題もありますし、政策を作るプロセスも全然違います。今の日本は二大政党制への過渡期かもしれないし、それが本当に定着するかも分からない。一方、ヨーロッパでも北欧のように政党がたくさんあって、連立という形でコンセンサスを重ねていくとモデルもあります。もちろんヨーロッパ・モデルがベストだとは思いませんが、いずれにせよ選挙に勝った政党が勝手にどんどん決めていく、強ければそれが正しいのだといった風なスタイルは民主主義のあり方としては、まだ成熟していないのではないでしょうか。

工藤:民主主義をきちんと機能させるには、有権者は何を考えればいいのでしょうか。


プロセスを踏むのが民主主義という「政(まつりごと)」

小松:先ほども言いましたが、かなり明確な方向性を持った政権の継続か否かを問い、今後四年間の日本の社会がどうなっていくのか、はっきりしたイメージが湧く選挙だと思います。もちろん目先のいろんな政策も大事ですが、大きな流れ、今、目指しているような強い国、あるいは成長というものが良いのか。あるいは成熟、しなやかでしたたかで、そういった国がいいのか、あるいは人口減を何としてでも食い止めて、また成長議論に乗せるというビジョンだけでいいのか。あるいは人口減を前提として、マイナス成長もありうるという前提の下で20、30年後の日本をとらえればいいのか。そういった大局に立ち、流れをつかんで、一票を投じることが今回は非常に問われているのではないかと思います。

杉田:政治はよく「政(まつりごと)」と言いますが、そういった言い方をすると、「まつり」というのはやはりプロセスがあって当日があり、そしてその後に反省会みたいなのがあって、そこにどれだけ人々が参加できるかというところが成功のカギを握ると思います。民主主義の重要な点はプロセスだと思うのです。民主主義だって間違えることもあるし、独裁者のほうが国のために正しい決断をすることもある。ただ、民主主義のいいところはみんなで議論してこういう結果になったのだから、これに従っていきましょう、というプロセスを踏むことだと思います。そのプロセスを踏むのに一番良いのは、皆が、できるだけ多数の人が議論、そして政策の決定過程に参加することです。ですから、この選挙について関心がないというのは強い懸念を持っています。メディアとしてもできるだけ多くの人々が参加できるようなプロセスづくり、そしてプロセスの一つひとつのフォーラム作りみたいなのをやっていく必要があると感じています。

沢村:今までの選挙報道ではマニフェストや公約、各政党、候補者が言っていることを点検していくのが大事でした。これからは、それに加えて、何を語っていないのか、彼らが果たしてきちんと向き合っているかどうかが分からない問題、避けているような問題にも目を向けていかなければいけないのではないか。有権者としてそういう心構えが必要になっていくだろうと思います。例えば、安倍さんは増税を先送りし、二年半後にやりますと言っている。でも、果たして、それで大丈夫なのだろうか、そこに至るまでに、結局、国民にツケが回ってくるのではないか、不安があるわけです。昔だったら、痛みを避ける話はただ避けてバラ色のストーリーを示していれば有権者は喜んだかもしれない。でも、もう今はそんな時代ではないと思います。アベノミクスにもかかわらず、皆の財布のヒモは固い。なぜかといえば将来への不安がぬぐえないからです。不安に対していかなる処方箋を示していくか。人々が考える材料を報道機関も示していく必要があります。

工藤:皆さんの話を伺って、今度の選挙はとても大事だなという思いを強くしました。一つの大きな民意を示すためにも、選挙には棄権をせず投票してもらいたい。そういう雰囲気づくりを、私たちは行っていかなければいけないと思いました。今日を皮切りにこれから八回、様々な政策について今、言わなければいけないことをいろいろ議論し、有権者の皆さんに多くの視点を提供していきたいと思っております。有難うございました。