安倍政権の100日評価 / 佐々木毅氏(全4話)

2007年2月12日

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佐々木毅(東京大学前総長・学習院大学教授,21世紀臨調共同代表,言論NPOアドバイザリーボードメンバー) ささき・たけし

1942年生まれ。65年東京大学法学部卒。東京大学助教授を経て、78年より同教授。2001年より05年まで東京大学第27代総長。法学博士。専門は政治思想史。主な著書に「プラトンの呪縛」「政治に何ができるか」等。

第4話:「小泉政権に対する両義的関係」

安倍政権が進める官邸主導はいろいろな混乱を招いていると言われている。私もこれはうまくいかないように思える。私自身、傍で見ているわけではないから実際のところは分からない。ざっくりした言い方になるけれども、総理を含め、今の官邸の主要メンバーは大臣をやったことがない。つまり、日本国政府のメカニズムがどう動くかについて体験がない。これが意外と大きい。

安倍氏も官房長官だけで、財務大臣とか総務大臣とかいわば政策実施官庁の長をやったことのない人たちが政権の中枢、官邸にいる。そのこと自体は良くも、悪くもないように見える。そういうチームで実際この国の政府を動かすというのは物すごく厄介なことだと思う。

しかも、国民の選挙を受けていないというのが1つハンディキャップになっている。これを補うというのは本来的に非常に難しい。


それから、もともと強い司令塔がないので、ではどうしようかという話になったときに、各省の抵抗なり何なりを抑えることはなかなか難しい。小泉さんは経済財政諮問会議主義だから、あれで突破をした。それはそれでいろいろ議論はあったが、過渡期としては内閣を機能させるための補助機関だったとも言える。

あそこで決めて閣議決定へ持っていって、それで政策の実行をする。だから、そういう意味であれは弱い内閣機能を実質化するために一部の大臣をそこへ入れて、民間人がいかなる権限があったかについてはいろいろ議論の余地はあるが、ともかく民間人も含めて内閣の活動を活性化させることに寄与したといえる。

経済財政諮問会議がそうした司令塔として機能することがある時期から非常にはっきりしたからこそ、そこへ全部課題を集中することができた。


私は当初、安倍内閣が発足したときに、これは「疲れることになる内閣」だなと思った。いろんな会議や委員会を内閣につくり、担当の補佐官を任命している。しかも、各省には似たようなものがある。教育改革でも再生会議と中教審があるが、どこの省庁にもいろいろ似たようなものがある。そうした重層的な構造が問題を複雑にしている。

どこまでが誰の権限で、誰がどこまで縛られるのかということについて分からなくなり、仕事はしているのに決まったものが実行されない。頑張っている割にはおもしろくないから、いろいろ不満とか不規則発言も出かねないという状態にある。

5人の補佐官がいるが、この人たちはみんな働きたいが、なかなかうまく回らないという意味で、意思決定のシステムが非常に拡散的になってしまった。

個人の能力というか、権力というのには限界がある。限界があるときは限界があるように使わないと、自分で消耗してしまう。自分が直接やるのがいいのか、どういう場でやるのがいいのかをまず判断しないとならない。場は作っても本当の意味でケアできるのは数は限られる。それ以上増えたらどうしようもならない。そういう意味で、意思決定の仕組みのデザインについてあまりにも安倍政権は準備不足だった。


しかも、安倍政権はそれを解決しようとするよりも、いろんなことを言われるとまた会議をつくる。そういうことを繰り返している。悪く言う人は、つくるためにつくっていると。また他の人には、その会議の結果を考えるよりも一見、動いているように見えるというイメージで会議を増殖させていると、非常に冷ややかに見ている。だから、作った途端に誰も興味を持たなくなる。これは非常に消耗する、まずい状態に陥り始めていると私も思っている。

経済財政諮問会議1本がよかったかどうかは私も疑問はある。ただ本当に政策を実行しようとすると、やっぱり権力を集中しなくてはならない。いろんなものの優先順位も決めないとならない。監視するほうも一つならその議論をみんな注意して見て、こいつはけしからんとかとやるが、それが一気に4つも5つも起こると、誰も注目もしなくなる。

試金石としては、教育再生会議がやったいろんな提言を3月には法案にすると言っている。あれがもし守られなかったとき、どうするか。デッドラインまでに法案が出てこないときはどうするのかというような問題。ある意味では責任問題となる。例えば文部科学大臣はどうも教育再生会議の言っていることを一々取り上げるつもりはないかのような発言もされている。

補佐官に政治家を任命したことについてはどちらとも言えない。問題は何を期待して政治家を任命したのかと言う点だろう。総理の周辺でいろんな問題を直接扱いたいという気持ちはわかるが、扱った後どうするのという話まで考えていたかどうかは分からない。

こうした状況に陥ったのはある意味では理解できなくはない。安倍氏には小泉さんの時代にやられていなかった物事が非常に目についたのだろうと思う。小泉内閣との差別化をして、小泉さんがやらなかったいろんなことをやりたいと思っただろうし、補佐官にも仕事をしてもらおうといろいろな会議を立ち上げた。その気持ちはよく分かる。

しかし、仲間が集まったのではだめで、ワークする仕事ができるチームを作る必要があった。その意味ではチームと仲よしクラブの違うわけで、結果的にチームがうまく機能したわけではない。

こうした状況を見て感じるのは、安倍政権はいろんな意味で小泉政権を非常に気にしているという政権だということ。小泉政権とは差別化したいと思っているが、小泉政権はこうやってきたし、君らはそれと違うのではないかと言われるのも非常に気になる。小泉政権がなければここまでいろんなことをする必要もあるいはなかったかもしれない。

だから、そういう意味で、とにかく直接間接に小泉政権のイメージというものが上に乗っかっている内閣だと思う。

そういう意味では、小泉政権の影というのは大きい。


この政権は仲間的でよく言えば民主的だが、人事の入れ替えをやらなければいかんという話が去年から起こっているのは、このチームをもう少しグリップのきいた仕事ができるものにしなければという見方があるからである。

今年になって、それが不規則発言でさらに増幅されているわけだが、このままでは支持率の反転はなかなか難しいように思える。

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