日本の市民社会で何が始まっているのか - 政府の統治の喪失と、新しい変化の担い手とは

2011年11月08日

11月8日にダイヤモンドオンラインに寄稿した原稿です
最近私は、私が代表を務めるNPOや様々な場で市民社会の議論を行っている。非営利の世界に、質の向上を目指す新しい変化を作り出すために、今年の初めには、3年がかりでまとめた非営利組織の評価基準を提案し、エクセレントなNPOを目指すための市民会議も立ち上げた。
こうした議論を行っているのは、政府や政治の統治に信頼が薄れる中で、この状況を変えるのは強い市民社会しかないのではという強い思いがあるからである。


世界が転換期にある今
市民社会の役割を重視したドラッカー

あのP.F.ドラッカーは、すでに、1995年の著書『未来への決断』(ダイヤモンド社)で、世界が転換期にあること、さらに、その転換期は、「2010年から2020年まで続く」と断じ、その根拠を知識社会に見いだし、その際に市民社会の役割を重要視している。

世界では中東を始めとして民衆の蜂起が起こり、これまでの独裁的な体制が壊され、アメリカでも貧困を問題にした住民のデモが金融街で多発した。この日本でも、これまで当たり前と考えてきた原発問題などの集会に5万人を超える市民が集まる、という動きが起こっている。

正直なところ、私はこうした動きを、ドラッカーが言っている転換期だという確信があるわけではない。また、世界で広がっている動きと日本の状況を同じものだと考えているわけでもない。しかし、これまで遠くに見えていた政治の様々な問題を、自分たちの問題として考える動きは、この国を変える原動力になるのではないか、という期待がある。

そこで今回は、私が最近行った2人のゲストとの議論を通じて、市民社会で何が起こっているのか、について皆さんと考えてみたいと思っている。


1人は、私が代表を務めるNPOの理事でもあり、大学評価・学位授与機構准教授でNPOの研究で有名な田中弥生さんであり、もう1人は、かつてはフランス大使も務めた小倉和夫前国際交流基金理事長である。
田中さんは、最近、『市民社会政策論』という本を出版している。日本の市民、ボランティア、政府の役割を分析し、日本の市民社会の中に、ある変化が始まっていること、そこに色々な課題があるということを、かなりしっかりとまとめている。
 彼女はアメリカのクレアモント大学時代のドラッカー氏のお弟子さんであり、彼が亡くなるまで、膨大な往復書簡を通じて日本の市民社会や教育制度に関して意見交換をしている。そして小倉さんは、そうした市民社会の様々な活動に、助成を通じて関係してきた。 
その小倉さんや田中さんは、世界で広がる統治への市民の反発や、今の日本の市民社会の現状をどう見ているのか、2人の発言を紙上で構成してみたい。


世界で広がる市民の統治への不信の動きをどう考えるか

工藤:小倉さんは世界で広がっている市民の動きをどう考えていますか。

小倉:私は既存の制度とか政党に対する市民の不信は、世界的な現象だと思います。日本もそうですし、アメリカやヨーロッパもそうです。そこでは、政治というプロセスそのものに対する不信というものが、非常に根強く出てきてしまっている。その原因がどこにあるのか。それが、わかれば、素晴らしいのですが、国によっても違う要素があるでしょうから、僕はそう簡単ではないと思います。しかし、政治に対する不信というものが、あまりにも市民の中に浸透してしまった。また、そのことを言うこと自体が、何か1つの流行みたいなことになってしまったわけです。だから、政治の中身よりも、むしろプロセスそのものに対する不信です。

工藤:大統領選に絡んでいるかもしれませんが、アメリカでは貧困に対する反発に、一般の人たちが参加している。またリビアなど中東では国が変わってしまうような状況です。何かを変える大きな転換期にきているという感じはないでしょうか。

小倉:確かに市民の政治への参加の仕方というものが、非常に変わってきている。つまり、今までのように、1つの制度化されたプロセスを通じて市民が参加するのではなくて、流動的な参加の仕方になり、現に、そういうことが中近東で起こっているわけです。ただ、流動的になっているのは、独裁政権やそれに近しい政治が存在したとか、格差が広がっているとか、色々な理由があるので、私は、これが民主化のための民衆的な動きの勝利だと簡単に言うのはまだ早いと思います。


日本の市民社会では何が起こっているのか

工藤:日本はどうでしょうか。原発問題で何万人も集会に集まりました。

小倉:私もデモの中に参加したわけではないのですが、新宿で一緒に歩いてみたこともあります。おっしゃることは感じました。やはり、自分から遠い問題だったものが、自分にとって実は近い問題であり、直接に関係する問題なのだということが分かってきた。原子力というものは、元々非常に遠い問題だったけれど、実は近い問題だった。そういう意味で、色々な問題が、市民が本当に自分達の生活に直結し得る問題なのだ、という意識が出てきたということは、非常に大きな変化ではないでしょうか。

工藤:今の日本の雰囲気は、課題を解決し、何かを変えたい。自分もそれに対して貢献したい、みたいな動きですよね。

小倉:おっしゃる通りです。先程の政治不信と結びついていると思うのですが、課題解決のために権力機構とかそういうものだけにお任せしますと...

工藤:政府にただ頼ればいいという状況では、もうないと。

小倉:そうです。それで、自分達は選挙なりを通じてやればいいという制度だけでは、うまくいかないのだと。自分達でやらなければいけない。ある意味で、僕は政治不信の裏側だと思いますが、逆に言えば、そういうことが健全な意味で育ってきている。それがある意味では1つの政治なのですね。だから、政治の在り方が変わってきている。インターネット世代にとっては特にそうした傾向があるということなのでしょう。


ドラッカーが日本の市民社会に見い出したもの

工藤:田中さんは、生前のドラッカーは先生ということで、往復書簡を通じて日本のこともかなり話し合ったと聞いていますが。

田中:阪神淡路の震災時でしたが、彼が強い関心を持っていたのは、そこに多くのボランティアが集まり、それが大きなエネルギーを持っていること、そしてサリン事件のことでした。政府ができないことに市民が取り組み、その社会との関係を模索して漂流している若者がいる。そこに社会の変化を見出していたのです。

ドラッカーは、こうした現象は知識社会の特徴で、人々にとって自分と社会をつなぐ精神的よりどころは、もはや企業の職場ではなく、社会的課題の解決に関与し、実感の場を提供してくれる非営利の活動にあると指摘、それは経済・社会の安寧にとって不可欠で、
日本でも必ずこうした潮流が生まれると力説していた。 

そして、その後、先進国を中心に市民運動は新たな展開をみせています。これまで限られた人々の活動ととらえられがちだったが、自らのキャリアの一環として選択する若いエリート層が急増している。米国の教育系NPO「ティーチ・フォー・アメリカ」はハーバード大学学部卒業見込み生の11%が応募するほどの人気で、昨年は全米就職ランキング1位に躍り出ています。

工藤:田中さんが、この「市民社会政策論」で言いたかったことはなんですか。

田中:この「市民社会政策論」には、3.11後の政府、NPO、ボランティアを考える、という副題がありますけれども、東日本大震災を経て日本にある変化がはっきりと見え始めたように思います。例えば、1万人ぐらいのお医者さんがボランティアで現地に入ったと言われています。その他にも、企業人だとか、今でも学生も含めた色々な人たちが、こうしてはいられない、被災地のために何かアクションを起こそう、ということで動いています。それも、単なるボランティアというよりは、非常に専門性の高い、技術を持った人たちが集まって、救援活動をしたり、救命活動をしたりしています。そこに、専門性というものが加わってきて、非常に高度な市民活動が展開されています。

また、私の身近にもたった4人の学生が集まって、グループをつくり、延べ5700人の学生を被災地に送っています。

工藤:一方で、新聞を見ていても感じるのですが、「市民運動」と言うと、反政府で怖い感じがあります。古いイメージと何かが共存しているような感じがするのですが、その辺りはどう見ていますか。

田中:8月末に菅前首相が退陣されましたけど、その前後、あるいは新聞によっては5月ぐらいから菅首相批判をシリーズのようにずっとやっているわけです。その批判のキーワードが「市民運動家の限界」でした。そこでは、市民運動家というものは、政策テーマをコロコロ変え、脱小沢、脱官僚、脱原発、という仮想敵をつくり、常にそこを攻撃する。そして、非常に権力に執着するのが市民活動家の特徴だ、みたいな書き方をされたのですよ。こうした言われ方には違和感がありましたが、私は、古いタイプの市民活動と、先程の若者が非常にがんばっているという市民活動の潮流が変わってきていて、そこの端境期にあるのだと思います。

小倉:非常に難しい問題は、市民運動が政治化していくのがいいのかどうなのか、ということです。私は、この点についてはよく考えた方がいいと思います。というのは、よく市民運動のリーダーが政治家になったり、政治運動に転換していくわけです。革命がまさにそれにあたるもので、当然そういうことはなくちゃいけないし、あってもいい訳なのですが、ただ、市民運動の目的が、最終的に政治的な団体なり、政治的な運動に昇華していくなり、発展していくのだということはあっていいのですが、必ずしもそういうことになるべきだとは思いません。


今の変化を理解できない、既存メディアの報道

工藤:こうした動きは、なかなかメディアの報道だけでは判断できません。

小倉:私はよく例に挙げて申し上げているのですが、世界サミットというものがあります。これは、スイスで行われているダボス・サミット、政界と経済界の世界の権力機構の代表が集まって、世界の在り方を議論する。それに対して、この前、世界サミットというものができたわけです。それはまさに、インドやブラジルが後押しして、フランスの社会党も後押ししました。日本は、本件について報道したのは赤旗だけです。朝日新聞ですら報道を全然していません。しかし、世界中からNGOやNPOを含めて、8万人から12万人集まっている世界の大会なのですが。

工藤:メディアは非常に大きな動きがあっても、なかなか報道しませんよね。

小倉:それは、テレビにしろ、新聞にしろ、日本の巨大メディアそのものが権力機構と一体化してしまっているのですよ。全部とは言いませんが、そういう一体化している面があって、市民はそれをもう見抜いていると思います。

田中:私はメディアの肩を持つわけではないのですが、色々な現象が錯綜しているので、ある側面しか見ないと、どうしても理解不能に陥ると思います。

例えば先ほど工藤さんが触れた、原発問題の9月19日の集会ですが、6万人が集まりました。6万人の人が集まったとなれば、これは1つの現象ですから、当然メディアは書きますけど、やはり新聞によって書き方が全く違います。例えば、一面で大きく書き、特集を組んだ新聞社も3社ほどありますが、残りの主要3社は雑記事扱いでした。


自分たちの問題として主要な課題に取り組もう

工藤:小倉さんから見れば日本の中で大きな現象、つまり、生活者が生活感覚や自分の問題として考えるということは大きな流れだと。しかし、これがどういう風な大きな転換になっていくかということが...

小倉:先程申し上げた世界サミットの動きを見ても、みんなが議論している。勝手な議論を始めると結論も出ない、それからお互いの連絡もあんまりよくない、組織化されていない。だから、世界のメディアにも報道されない。結論も何も出ない。しかし、市民運動というものは、ある意味でそれでいいのではないかとも思うわけです。それが組織化されると、権力機構に限りなく近づいていくわけです。これは皮肉になってしまうのですが、市民運動の良さというのは、ある意味ではそのこと自体が課題解決型、課題意識型であれば、ある程度、条件は必要ですけど、それに対して市民が何らかの形で、能動的に反応していること自体に、このプロセスに意味があると考えたらいいのではないでしょうか。

工藤:今の動きが、日本を変える原動力になると思っていますか。

小倉:それはその原動力にならなければいけないと思っています。まだ、その原動力になるぐらいに力強いか、ということではクエスチョンマークがあると思います。

この2人と議論をして、私が感じたのはこの国も変化のまっただ中にある、ということだ。この国の政治は20年近くも課題解決を怠り、今の状況の持続が難しいのにも関わらず、その崩壊を食い止める作業も進んでいない。統治への信頼が崩れ、既存のメディアからはこの変化が見えにくくなっている。

では、この日本では何がこの変化の担い手になるのか。その答えが2人との議論にあったと思う。原発問題もそうだが、選挙制度や年金などの社会保障、財政などこれまで遠い世界の話を、多くの人たちは自分の問題として考え始めようとしている。

その答えを政府に期待するだけでは、何も変わらないと感じ始めている。それを自分のものと感じ、政治に主張し始めた時に、その変化は起こる。

統治への不信は、世界もこの国も同じである。ただ、欧米と異なるのは、日本では知識層や統治側と一般の市民との関係が、断絶したり、距離が大きく開いている、というわけではない、ということである。

代表を選ぶだけでなく、課題に対して自らの問題として取り組む。そうした新しい民主主義のモデルは、この国ならできるのではないか、と私は考えている。

言論NPOは今月末に10周年を迎える。この節目に私は、10年前に始めたこのNPOの活動をさらに進化させなくては、と考えている。

健全な議論の舞台は、健全な民主主義のインフラとして今なお重要な課題だが、議論を公表するだけでは、この国は変わらない。多くの人の参加で、政治に直接意見をぶつけるための取り組みを私たちも始めようと考えている。