竹中平蔵氏 第1話:「アジェンダ設定という難問」

2007年2月16日

070216_takenaka.jpg竹中 平蔵(慶應義塾大学教授,グローバルセキュリティ研究所所長 )
たけなか・へいぞう

1973年一橋大学経済学部卒。89年ハーバード大学客員准教授、90年慶應義塾大学総合政策学部助教授を経て96年より同教授。2001年経済財政担当大臣に就任後、金融担当大臣、郵政民営化担当大臣、総務大臣を歴任し06年9月に退任。11月に慶應義塾大学教授・グローバルセキュリティ研究所所長、 12月より現職に就任。

アジェンダ設定という難問

安倍政権の100日に限って言うならば、そこに何が一番求められるかというと、「アーリースモールサクセス」をどうつくるかということが最大の課題だったと思います。

内閣の運営というのは、大変難しいことがたくさんあって、政策というのも簡単に答えが出る問題と出ない問題があります。ただ、小さいけれども成功例をつくりあげる、つまりアーリースモールサクセスをつくるというのは、政権発足後はとても重要です。

では、結果はどうだったかというと、外交に関しては少なくともスモール以上のアーリーミディアムサクセスか、アーリービッグサクセスがあったと思います。それが政権発足後の一番最初に来ました。むしろ、その成功が先にあったものですから、経済政策と内政に関するアーリースモールサクセスをつくるという努力が疎かになったのではないかと思います。アーリースモールサクセスは、その意味では経済政策についてはなかったということだと思います。

もう1つは、安倍政権で改革は続いているかという問題です。私は続いていると考えています。メディアは非常に厳しい批判をしたのですが、私は 2007年度予算を結構いい予算だったと考えています。ですから、一番重要な本筋のところで本筋を踏み外してないのです。そこは、きちんと評価をしてあげなければいけないと思います。特に、小さな政府をつくるという点で歳出削減の範囲を、中川政調会長時代につくったシナリオのより厳しいシナリオに沿った形で厳しく予算をつくっている。これは評価すべきだと思います。

その上でのコメントになりますが、政策を実現するには、4つのプロセスを経なければなりません。1つはアジェンダ設定がきちんとできているかです。何を行うのかということは、経済的にも政治的に極めて重要ですし、またいつやるかというのも大変重要です。2番目がそれを実行するための基本方針、3番目が制度設計です。これには法律案をつくるということもあります。4番目が合意形成です。そのそれぞれで見て評価は行わないとなりません。

今回の言論NPOのアンケートにもあるように、安倍政権が何をやりたい政権かわからないというのは、実はアジェンダ設定が必ずしも十分にできなかったということなのです。繰り返しますが、安倍政権は本筋を踏み外してはいません。しかし、これがある種、アーリースモールサクセスの問題ともつながってくる問題となるのです。アジェンダ設定をするのはどこの役割だったか、やはり経済財政諮問会議なのです。

あとは、改革に向けて総理の情熱、つまりパッションですが、それは十分感じられます。つまり憲法改正をやる。それはインパクトが大きいと思います。また、外交についてもやっている。もちろん小泉さんと安倍さんではパッションの表し方は違いますから、別に同じである必要はありません。興味の表しどころも違いますから、それも違って当然です。

問題は、戦略は細部に宿るというところなのです。政策というのは、細かいところを積み上げていくのが政策で、その細かいところをしっかりと見ないと政策の評価はできません。その細かいところは官僚が一番ノウハウを持っているので、いつも官僚が骨抜きにするということになっている。それをそうさせないようにする。それが一つのポイントなのです。

実は私も不良債権処理のときは、色々な人の力を借りて非常に細かい基準をつくりました。だから、不良債権はなくなったのです。郵政民営化のときも非常に細かいところで官僚のやり方を逆手にとって改革を進めたことがあります。1つの例を挙げれば、全国あまねく郵便局を設置しろというのが郵政族の引き続きの議論です。「全国あまねく」という言葉にすごくこだわったわけです。しかし、それをやったら現状維持で、新しい経営者の裁量など発揮できないわけです。ですから、結局、どう書いたかというと、「あまねく全国で利用されることを旨としてやる」と書いてあります。「あまねく全国に設置する」とは書いていない。あまねく全国で「利用」されること、しかも、「旨として」設置する。これは実は私たちの最良の戦略で、いつも官僚がやる手を私たちは逆手にとってやったわけです。

そういうところのコントロールが、残念ですが、今の状況では必ずしも十分にできていない。重要なのは、やはり補佐官と担当大臣です。総理はそんなところまで見られませんから。だから安倍政権は大筋は踏み外していませんが、ほころびが少しあって、それに加えてアジェンダ設定が諮問会議でできなかった、それが今の評価になっていると思います。

ただ、もう1つの国民の評価は、やはり改革を続けられるのは安倍政権しかない。そういう評価も暗黙のうちに国民の間にあると私は思います。安倍政権に対する厳しい見方というのは、裏を返せば期待の表明でもある。実物経済そのものは相当いいですから、ほころびがあっても、経済はすぐに悪くならない。ところが、3年、5年、このほころびが積み重なっていくと、やはり成長力がそがれていきます。そのほころびをいかに摘んでいけるかというのが、これからの 100日後の重要な課題だと思います。

竹中 平蔵(慶應義塾大学教授,グローバルセキュリティ研究所所長 )