「新政権の課題」評価会議・安全保障問題/第5回:「イラク問題への対応をどう評価するか」

2006年11月09日

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言論NPOは「新政権の課題」と題して、各分野の専門家を招き、継続的に評価会議を行っています。第二回目の評価会議は、先日発足した安倍政権に問われる「安全保障」問題について、倉田秀也氏(杏林大学教授)、道下徳成氏(防衛研究所主任研究官)、深川由起子氏(早稲田大学教授)を招いて、議論を行いました。

「イラク問題への対応をどう評価するか」

工藤 イラク戦争ではアメリカの有志連合の中で日本が、言葉は悪いのですが、まっさきに支持を表明し、忠犬ぶりで動いたという状況です。同じくアメリカと組んだ主要国の政権が倒れる中で、安倍政権は、地球規模での日米関係という、一緒に汗をかくというロジックを踏襲しています。イラクへの派遣、撤収を行ったのは小泉政権です。これは結果としてどう評価するのでしょうか。アメリカでは、あの戦争は大義はなかったという議論で、政権が追い詰められていましたが。

深川 報道はそうですね。今、メディアには、そういうバイアスがあります。どうしても記憶は薄れていきますが、中間選挙の前ですから、記憶の薄れ方を何とかとどめるために議論を巻き起こし、応戦しているうちにもう少し記憶をとどめられるというのは当然あるので、両方の意図が一致して起きている話だと思います。

工藤 結局、イラク戦争に対して日本が自衛隊を派遣をし、法律的には苦労はあったのですが、無事それを撤収させた。この派遣の意味は結局、何だったのでしょうか。

深川 結局、湾岸戦争以来ずっと問われてきた、世界の中でどういう役割をして、どういうポジションを占めるかということに対して、縮小均衡ではなく、拡大均衡の路線でいくという意思は表明したのではないでしょうか。要するに経済力のダウングレードに合わせて縮こまるという戦略もなかったかどうかはわからないですが、少なくとも経済も回復させる、世界の中で大きい役割も果たしたいという路線を示したという気はしました。

工藤 例えば選挙監視団とか、国づくりのお手伝いをするのとは違って、アメリカが何かする時に、日本が全世界的に一緒にやるという流れになる可能性があります。これは日米同盟と言ってもおかしく無いですね。中間選挙でどうなるかわかりませんが、微妙なところに進んできましたね。

深川 その流れは、結局、国連の常任理事国に立候補する流れとほぼシンクロナイズして出てきています。小泉政権は、これには最初は消極的だったにもかかわらず、突然積極的になった。この点は一貫性は全くありませんでした。この路線をとる以上、グローバルにやらざるを得ないのでしょう。

倉田 日米安保条約と日米同盟は次元が違います。確かに、日米安保条約は日米同盟の法的な取り決めなのですが、日米安保条約には2つの有事しか想定されていません。日本の施政下におけるいずれか一方に対する武力攻撃と、いわゆる極東における国際の平和と安定を脅かすような事態、この2つしかないわけです。イラクにおける戦争でアメリカに対して協力するというのは日米安保条約では読みにくい。アメリカがこの戦争は国際社会全体に関わる戦争だと言い、日本は日米安保条約による取り決めとは別の次元で協力した。日米同盟のうち、日米安保条約では読みきれない部分が肥大化している。

工藤 安倍新総理も、小泉政権下での流れを引き継ごうとして、世界、アジアのための日米同盟を謳っています。これは、安保条約とは違うという話ですね。

倉田 集団的自衛権の問題を語る時、一緒に汗をかこうと言って、後方支援しかしません、あるいは戦闘状態が終わってからの復興支援しかできませんというのではまずいというのが、安倍さんの言い方なのでしょう。日米同盟を世界規模の同盟にするというのは、日米安保条約では読みきれない日米同盟の部分において、役割分担はあるにせよ、日本が協力できる部分を拡充するということです。例えば、アメリカの艦船が攻撃を受けたとき、集団的自衛権を行使でないからといって、日米同盟は維持できるでしょうか。汗をかくという表現は、集団的自衛権について少なくとも解釈改憲はすべきだということなのだと思います。

道下 イラクについては、3つに分けて評価する必要があると思います。まず1つは、宣言政策上の目的を達成できたか。法律がこういう目的のために行きますと宣言している目的、要するにオフィシャルな目的が達成できたかということです。

第二は、より大きい国際戦略上の意義。それは日米同盟の評価とか、日本が国際社会の中でどういう役割を果たすか。あるいは、その貢献を通じて日本にどのような利益があるか。

第三は、日米関係の中で他の分野に及ぼした意義。例えばイランが今おかしくなっていますが、アザデガン油田の開発については、対テロ戦争に日本が積極的に協力しなかったら、アメリカが「うん」と言ったかどうか。これをやったおかげで日米関係がいいから、他の面で得したというところを全部総合して考えないといけないのです。

また、これらは単純にプラス・マイナスのバランスシートがどうだったかという話ですが、同時に考えておくべきは、日本が国際社会において、どういう秩序感を持って動くのがいいかという長期的な話で、短期的にはここで得した、ここで損したと言えますが、アメリカ中心の単極で、それにバンドワゴンして勝ち馬に乗るという形にして、国連はどうでもいいとするのか。それとも、国連中心主義的なものにするのか。あるいは、また別の形とするのか。その辺の自分のポジショニングというのを別に考えないといけないところです。

イラクの評価は、国際的な水準で見て、この規模の国でこの規模のGNPを持って、この規模の国際的な利益も得て、国際社会の一員である国で、あの貢献は決して大きすぎるものではないのです。要するに、今回、あんなに少ない資源の投入でこれだけの利益が得られたというのは相当得している。ただ、今までアメリカにもらった憲法上の制約によって、積極的に軍事的な貢献はできませんと言いつつ、少しやるから、すごく評価されるという面があります。

今後、色々できるようにしますと言って、実際、色々できるようになった場合、少しやっただけでは評価はされなくなるわけです。ですから、その辺が結構ジレンマで、やれるようになれば、それが普通になってしまうから、今のような形で得することはできなくなるわけです。ただ、色々やるようになれば、「日本は国際社会で普通の貢献ができる」、「先進国としての普通の感覚で、日本も責任を果たす普通のいい感じの先進国になったな」という評価を受けるようにはなるわけです。すると、広い意味での日本の地位というのは多分上がる。ただ、狭い意味での利害関係では損するところも多いということになる。

深川 今までやっていなかったものが、おずおず一歩を踏み出したからこそ、理解されたのであって、自分の自画像がないと、経済力に見合ってもっとやったら?という歯どめのない要求が来ます。中国は今度のヒズボラにも1000人も出すと言ったり、まるで津波の援助競争のように、日本が出てくることを考えて先手を打っていると思います。その意味では、中国にマージナライズされるという今後はいつも働いてゆくでしょう。ただ、経済力が現状ではまだ巨大すぎるので、いつまでたってもDACの1%を達成できないODAと同じで、人もソフトもいきなりは追いつかないでしょう。

倉田 イラクについては、死傷者がでなかったという意味で、確かに幸運だったといえるでしょう。でも、小泉政権でなくてもあれ以外の選択はしにくかった。一時期あった「巻き込まれ論」というのは、対テロ戦争では説得力を持たなかったでしょう。アメリカがテロ攻撃に遭って、アフガンでの戦争で報復をするというのに、協力しないというオプションはなかったという気がします。

工藤 しかし、結果として、安倍さんの政権構想に出ているように、ともに汗をかくというところまでいくのかどうか。少なくとも今まで特措法でやってきたものを、もう少し考えなければいけない状態のまま、進んでいいのかという課題が残った。

深川 あの時に死傷者が出たら、世論のぶれも一時期はあったかもしれないですね。

profile

061031-michishita.jpg道下徳成(みちした・ なるしげ)
防衛庁防衛研究所 研究部第二研究室 主任研究官

1990年筑波大学第三学群国際関係学類卒業、防衛庁防衛研究所入所。1994年ジョンズ・ホプキンス大学高等国際問題研究大学院(SAIS)修士課程修了(国際関係学修士)、2003年同大学博士課程修了(国際関係学博士)。2000年韓国慶南大学校極東問題研究所客員研究員、2004年安全保障・危機管理担当内閣官房副長官補付参事官補佐等を経て、現在は防衛研究所研究部第二研究室主任研究官。専門は、戦略論、朝鮮半島の安全保障、日本の安全保障。

061031-fukagawa.jpg深川由起子(ふかがわ・ゆきこ)
早稲田大学 政治経済学部 国際政治経済学科教授

早稲田大学大学院商学研究科博士課程修了。日本貿易振興会海外調査部、(株)長銀総合研究所主任研究員、東京大学大学院総合文化研究科教養学部教授等を経て、2006年より現職。2000年に経済産業研究所ファカルティ・フェローを兼任。米国コロンビア大学日本経済研究センター客員研究員等を務める。主な著書に『韓国のしくみ』(中経出版)、『韓国・先進国経済論』(日本経済新聞社)などがある。

061031-kurata.jpg倉田秀也 (くらた・ひでや)
杏林大学総合政策学部教授

1961年生まれ。85年慶應大学法学部卒、延世大学社会科学大学院留学、95年慶應大学大学院法学研究科博士課程単位取得。91年より常葉学園富士短大専任講師・助教授を経て2001年より現職。その間、日本国際問題研究所研究員、東京女子大学、東京大学などで非常勤講師。主著『アジア太平洋の多国間安全保障』等多数。

 言論NPOは「新政権の課題」と題して、各分野の専門家を招き、継続的に評価会議を行っています。第二回目の評価会議は、先日発足した安倍政権に問われる「安全保障」問題について議論を行いました。