日本は国際秩序の行方が不透明化する中でも、多国間主義や民主主義を世界で主導する努力を続けるべき
―言論NPOは「東京会議2020」に向け、国際秩序の議論を開始

2019年11月25日

2019年11月25日(水)
出演者:
古城佳子(東京大学大学院総合文化研究科教授)
納家政嗣(上智大学国際関係研究所特任教授)
下斗米伸夫(神奈川大学特別招聘教授)

司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)


 言論NPOは、世界10ヵ国の有力シンクタンクトップを東京に集めて世界的な課題を議論する来年3月の「東京会議2020」に向け、国内での議論を11月25日、開始しました。 

 議論に参加した東京大学教授の古城佳子氏、上智大学特任教授の納家政嗣氏、神奈川大学特別招聘教授の下斗米伸夫氏の3氏は、「米中対立に基づく世界の不安定化は新しい均衡への模索が原因であり、混乱は長期化するが、これは米国の覇権体制の交代ではない」との現状認識で合意。

 そうした中でも、日本はルールに基づく多国間主義や自由、民主主義の価値を守るため、世界でリーダーシップを発揮する努力や、米国との同盟関係を基軸に中国とも協力を進め、米中対立が長期化する中でも日本の立場を確立することが、日本の将来にとっても重要との考えでほぼ一致しました。

kudo.jpg 冒頭、司会を務めた言論NPO代表の工藤泰志は、国際秩序の行方を巡り、言論NPOがこの1年間、各国の有力者を招いて議論を重ねてきたことを紹介。「米中対立が世界経済の分断につながるという見方があり、最近では米国で『香港人権・民主主義法案』が可決されるなど、政治体制や価値観の問題と通商問題とが絡んできている」と今年の世界の動きを総括した上で、「今起こっている変化を踏まえて、米中対立の今後をどのように考えているかを、改めて聞きたい」と、3人に見解を求めました。


アジアへのパワーシフト、そして政治・経済・技術・宗教が複雑に絡む
これまでの国際政治の尺度では測れない世界へ

j.jpg 古城氏は、今後の予測は「難しい」と切り出し、その理由として来年の米大統領選の行方が不透明であることに加え、米中摩擦は技術の覇権争いを通じ、経済と安全保障が密接に結びついていることを挙げます。そのため、経済分野だけで完結し、妥協が図られてきたこれまでの経済摩擦とは異なり、米中対立が「経済合理性だけで決着するのはかなり難しい」との見方を示しました。

 また古城氏は、デジタル技術での米国の優位に中国が急速に追いついてきていることは間違いないとしながらも、米国がどのように覇権を守るのかという戦略が、現段階でははっきり分からないという見方を示しました。


n.jpg 納家氏は、現在の国際政治の特徴として、これまでの欧州中心の世界から、中国が世界のGDPの3割を占めていた19世紀以前のような「アジア中心の世界に戻りつつある」との視点を披露。こうしてパワーバランスが変化する中、力の均衡状態に行き着くまでの模索を国家間が続けていることが、今の不安定な状況の本質であると述べました。しかし、その結果として、中国が米国に取って代わることは基本的にはない、とも結論付け、「中国の力が伸びていることは事実だが、その伸びた状態で米中関係は膠着していく、というのがこれからの展開であり、その中でどのようなルールを作り出していくのかが重要だ」と語りました。

 さらに、トランプ米政権のこの1年間の政策は「全てボロが出ていて、中国にとっては敵失になっている」とし、「北朝鮮にしても中国への追加関税にしても何も成果は出ず、中東などの安全保障も、相互に整合性の取れない思いつきの政策ばかりだ。こうした中、欧州の同盟国は米国から離反し、中東各国もバラバラの政策をとっている」と指摘。これらの要因から、国際秩序の混乱はしばらく続くのでは、という見通しを語りました。


s.jpg 下斗米氏はロシア専門家の観点から、米露間のINF(中距離核戦力)全廃条約が失効し、START(新戦略兵器削減条約)の2021年以降の継続も見通せない中、ロシアが中国と組むというシナリオが、この秋から語られ始めていると紹介。ロシア側から見ても、世界はますますアジア、ユーラシア、中国の時代に入りつつあると述べ、「国際政治を見る尺度を今までよりも柔軟にしないと、変化に対応できない、新しい時代になった」と語りました。

 また下斗米氏は、この状況は単なるパワーバランスの組み換えではなく、自由や民主主義といった理念にも変容を迫っていくと指摘。「国際政治学では、経済のようなソフトパワーと政治を分けて考えるのが、この数十年の常識であり、宗教を議論しないのもエチケットだった。しかし、訪日したローマ教皇は、宗教上の理由から核による抑止は認められないと語っており、中東の紛争も最大の要因は宗教対立だ」と、国際社会の様々な分野が複雑に絡みつつあり、世界を見る視点の全面的な転換が迫られている、と語りました。


 工藤は、米中対立が、中国そのものの体制を疑問視したものではないかと指摘し、相互の主権不干渉などを柱とした国連の平和原則との整合性を疑問視。「今の状況は国際的な統治のあり方に変容を迫っているのか、それとも、国連の原則自体がもともと虚構にすぎなかったのか」と問いました。

 古城氏は、かつての日米貿易協議における米国の対日要求や、中国も含めたWTO加盟国に求められる「市場経済国」化への努力を例示。現在の米国の対中姿勢も、このような経済政策への要求にとどまっており、国連憲章が禁じる政治体制への介入とは異質なものであるという見方を示しました。


覇権の行方はまだ誰にも読めない

 工藤は、パネリストの発言が一巡したところで、「今の混乱は今後も続き、世界は分断に向かうのか。日本政府はルールベースの自由秩序を守り発展させようという意思を持っているが、それは実現可能なのか」と、改めて問いました。

 古城氏は、混乱は当面続くと予測。その理由にトランプ政権の政策が予測不能であることを挙げ、「各国は、今までのように米国の政策方針に合わせて外交政策を組み立てることができなくなり、その結果、政策立案のサイクルが近視眼的になっている」と懸念を表明します。

 そして、日本は多国間主義を守る努力を続けていくべきだとしながらも、様々な世界の課題に影響力を持つ米国が「多国間の枠組みは自国に利益がない」という判断に至る中、「各国が国内の支持を得ながら、米国抜きでの課題解決にどこまで取り組めるのか」と、その実効性に疑問を呈しました。


 納家氏は、「世界経済の分断はない」との予測を改めて提示。ソ連や日本が台頭した際のように、米国は技術面で遅れを取っていると思うと過剰反応する傾向があるが、「その際も全面的な分断につながることはなかった。米中経済の相互依存の状況を考えると、経済関係が完全に分断されることは基本的にはない」と述べました。その上で、米国の技術的な優位は揺るがないとの意見を披露。「5G(次世代通信規格)で中国の優位が取りざたされるのは、通信に必要な移動基地局の数の多さゆえだが、5Gにはそれだけでなく、センサーやルーターなど様々な機器が関連する。それらを組み合わせ、システムとして通信を実行する力では、どの国も米国にかなわない」と指摘しました。

 また、中国について納家氏は、「習近平主席は、成長の果実を国民にある程度与えた上で、デジタル技術による国民監視を実現し、社会を安定させていきたいと考えている。しかし、今、経済成長が減速し、少子高齢化への対応も迫られる反面、税制や金融の構造改革は国の体制にかかわる問題であり、うまく進んでいない」と分析。さらに、習近平氏が掲げる「人類運命共同体」も単なるスローガンにすぎないとの見方を示し、中国が覇権国になることはない、と展望しました。


 その覇権の行方について下斗米氏は、英国から米国への覇権の移行が、二つの世界大戦という甚大な犠牲を払ったにもかかわらず円滑に進んだ理由について、「覇権の構成要素のうち、ソフトパワーの多く(国際法、言語、自由貿易体制など)が英米間で共有されており、それがハードパワー(軍事力)とともにパッケージとなって円滑に引き継がれたからだ」と解釈。「今、米国の覇権は終わりつつあるが、では、そうしたパッケージを提供する国が今後現れるのか」と自問します。下斗米氏は、「中国と同規模の人口を有し、民主主義の価値を持ち、デジタル技術も成長しているインドが第三の大国として台頭するのか。また、デジタル通貨が基軸通貨であるドルに代わるのか。一方でロシアが金の保有量を増やす動きもある」と様々な事象を挙げた上で、「それは誰にも読めない」と結論付けました。


「平和的変革」の成否は、米中間で価値を共有できるかにかかっている

 そこで司会の工藤は改めて、「覇権国が交代する局面とは言い切れないとすれば、今の局面をどう解釈すればいいのか」と問いました。

 古城氏は、「どの国も戦争をしたいとは思っていないので、『平和的変革』の可能性は追求し続けないといけない」とした上で、その条件として、「各国間で共有する価値、目標がないと、軍事力だけが暴走する危険性がある」と指摘。「とりわけ世界第一、第二の経済大国の間で価値の共有がなされていないことが平和的改革への最大の障害であり、それがうまくできるか試されている局面ではないか」とし、「悲観的に考えれば米中で共有の合意が得られない中で、このまま分断が進むのか、米中以外の国が共通の価値を示して、何らかの形を作っていけるのか、その努力のさなかにいる」と、日本への期待も込めて語りました。

 納家氏は、古城氏の考えに賛意を示しながらも、今が国際政治の「端境期だ」という見方を示しました。その上で、「国際政治の安定化はサイクルを描いて展開する。今は、力関係が大きく変わって、もしかしたら、戦争もあり得るかもしれないとそれぞれが疑いを持ちながら、ルールを作ろうと努力している段階。それがG7が作ったような安定した秩序になるかというと、国内体制の違いもあってそれでは安定しない。しかし、それでは難しいということになると、どこかで矛を収めて、安定した枠組みを作ろうということになる」と語りました。そして、その際でも、世界が共有すべき有効な価値は「ルールベースでの自由と民主主義以外にないと思う」と強調しました。

 下斗米氏は、「戦争と平和は全く別の秩序と思われがちだが、実は隣り合わせの関係だ」と発言。その上で、これまでの戦争のあり方を、「19世紀、クリミア戦争を除いて大国間の戦争がなかったのは、英国にコントロールする力があったこともあるが、戦争は専らプロが行うものだったからだ。しかし、20世紀の二つの大戦が莫大な犠牲者を生んだように、素人がかかわる戦争ほど恐ろしいものはない。逆に、米ソ冷戦は『冷たい平和』であり、大国間の直接対決はなかった」と振り返ります。

 その文脈から、21世紀には、「民間防衛組織同士が戦い、同時にメディアを使った情報戦も展開され、それが株価やエネルギー価格にも影響し、戦争の行方を左右するようにもなる。その意味では20世紀の方が例外だったのかもしれない」と指摘。「宗教を含め、我々が想定しないようなきっかけで紛争が拡散する可能性もあり、そこに技術、人工知能がどのように絡むのか、今では誰も読めなくなっている」と現在の不透明な状況を語ります。


国境を越えた市民の連携は、国内課題の解決と国家間合意が前提

 ここで司会の工藤は、「今の世界では、グローバル化への反発による保護主義の台頭もあり、国家間対立が前面に出ている。しかし、スウェーデンのグレタ・トゥーンベリさんによる気候変動対策の抗議運動のように、市民が国境を越えて課題解決で連携する動きもある」と別の視点を提示。「これからの世界は国家主導の対立構造になるのか、それとも国境を越える新しい動きが主導する可能性はないのか」と問いかけました。

 古城氏は、パリ協定から離脱した米国でも、自治体や市民のレベルでの温暖化対策は進んでいるように、そうした市民発の動きが途切れることはない、との認識を提示。しかし、「所得の低下など、自らの短期的な利害が脅かされたときに、環境のような長期的な課題を人々が考えられるのか」と問題提起し、各国で台頭するポピュリズムも、そのような「とにかく今の困難を何とかしてほしい」という要求に基づくものだ、と指摘します。古城氏は、この観点から、各国の政府が格差の拡大など国内の課題に対処しない限り、長期的な危機に対する国境を越えた動きも限定的なものになる、との見方を示しました。

 納家氏は、国家間にある程度の協調がないと、多国間主義的な取り組みはうまく機能しない、とし、長期的な課題解決には市民の動きだけでなく、国家間の合意に基づきルールを形成・実行することが不可欠だという見解を提示しました。ただ、グローバル化の影響で国内世論が分極化し、極端な政策を掲げるポピュリストがあちこちで台頭していることが、国家間が協調して長期的なビジョンを持って取り組むことの障害になっている、とも語り、市民間の運動は絶やすべきではない、としながらも、「それがまず国内の政治に影響を与えなければ、国家間の合意や環境問題の進展も難しい」と語りました。

 下斗米氏は、「今起きていることは、国家あるいは主権が一番大事だと考える人たちと、人口や気候変動といったそれ以前の地球規模の課題を解決する動きとのせめぎ合いだ」と解釈。その上で、これからの国際政治を考える重要な要素は「人口」だとし、「インドは若者を中心に14億人近くの人口を有し、カトリック信者も14億人、イスラム教徒は15~16億人、アフリカの人口もそれと同じくらいだ」と列挙します。そして、「それだけの大人数をまとめるリーダーシップが不在であり、課題への向き合い方がわからなくなっている」ことが、各国の市民に高まる不満の要因でもある、と語りました。


「市民社会はどうあるべきか」という視点で技術進歩と向き合うべき

 続いて工藤は、AIなどのデジタル技術と、自由と民主主義との関係について問題提起。「民主主義の前提である個人の自己決定を、便利だからという理由で人々がAIに委ねてしまう危険性がある。それは中国が目指す秩序の姿でもある。自由と民主主義は管理社会にとって代わられるのか、デジタル技術やAIが統治に与える影響を人類はどう考えるべきか」と問いました。

 これに対し古城氏は、「今のところは、技術進歩に対する民主主義のチェック機能が効いている」と回答。そして、「自己決定を技術に委ねるのを嫌だと思う人がいる限りは、技術が自己決定を奪うような社会にはならないのではないか」と楽観的な見通しを示しました。

 納家氏はまず民主主義について「民主主義の強みは復元力だ。例えば国際関係が緊張した際など、権力集中によって対応しなければならない局面もあるが、それが終わったとき、民主的な体制に戻ることができるかどうかが重要になる」と述べました。

 その上で、「技術は放っておくとどんどん進んでいくので、どれくらいのスピードで、どのように導入するのかを統制しないといけない」と、技術に向き合う視点を提示。その際、「我々はどういう社会を望むのか」という点から議論しなければいけないとし、「欧州でGDPR(一般データ保護規則)のような規制が導入されたのは、市民社会のあり方を巡る議論が出発点だった。日本を含むアジアでは市民社会という考え方が強くないが、本来はその視点から技術を統制していかなればいけない」と指摘しました。

 そして納家氏は、「これまでは技術の進歩が規制に先行していたが、技術が行きすぎだという声が出てくれば規制の動きも出てくる。今はやっと、GAFAにどのような規制をかけるか、という話が始まったばかりで、日本政府も動くだろう。だから、そんなに心配する話ではない」と、古城氏と同様に、楽観的な見通しを示しました。


 下斗米氏は、「第四次産業革命」という概念が話題になり始めた4年前、シベリア・サハ共和国のヤクーツクを訪れ、現地の人たちから「この問題を日本人はどう考えるのか」と尋ねられたエピソードを紹介。「技術に対する感度の鋭さに驚いた」と語ります。そして、AIの普及で失業者が増える懸念に言及し、「自分たちはこれからどうやって生きていくのか、技術は自分たちの課題にプラスになるのか、彼らの知的コミュニティでは真剣に考えている。彼らは日米欧とは違った価値観を持っており、プーチン体制のもとで民主主義を教え込むことももはや不可能だが、こうした議論が国境を越えてつながるところに一つの希望がある」と述べました。

 一方で、こうした地域では、技術革新によって我々の経験を飛び越えて課題が進んでおり、そのため、「同時代性をどう担保するかが課題だ」としました。


世界が大きく変化する中、日本に問われた立ち位置は

 最後に工藤は、こうした世界の大きな変化の中、日本に問われている立ち位置や取り組みを3氏に問いました。

 古城氏は、日本が多国間主義をリードする重要性を強調。「米国と異なり、日本は多国間の協力で問題を解決する枠組みがなく、単独では何もできない国だ。そのため、多国間の枠組みはアメリカなどとは異なって大変重要な枠組みであり、そこでリーダーシップをとっていかないと、米中対立の中でどこを向いているか定まらないうちに、どの国とも連携できなくなってしまう」と主張しました。

 納家氏はまず、米中対立が長期化するという見通しのもと、日本の安全保障体制を強化する必要性を訴えました。具体的には、「日米同盟は維持しつつ、日中が安保面でもある程度、協商や協力の状態を保ち、米中の間で自分の立場を確立することが重要だ」と主張。同時に、「アジアは各国の利害が違いすぎるし、中国の国力が大きすぎるので、地域の秩序をアジアの国だけで形成することはできない」とし、米国のこの地域への関与をつなぎ止め、均衡を保って、その中で日本が生きていく方法を見つけ出すことの必要性を唱えました。

 同時に、納家氏は、日本自身が自己革新を遂げるためにも、世界の標準に合わせた形で、公共性の観点から民主主義をバージョンアップすることが重要だと強調。そして、価値を共有するEUや東南アジア、インドとの連携も、日本に問われた課題だとしました。

 下斗米氏はユーラシア大陸を俯瞰する視点から、「海洋国家が大陸国家を経済力でリードする時代は終わった」と、改めてパワーバランスの変化を強調。また、近代社会の終焉に伴い、ユーラシアで民族や宗教など多様なアイデンティティが表出していることが、新しいタイプの紛争の種になりかねないとの認識を示した上で、「ロシアの中国への接近もその中で起こっており、アイデンティティの対立や中国も一枚岩ではない」と述べ、そうした複眼的な視点を持つことが、今後の国際秩序を展望する上で重要だと述べました。

 さらに、個人のレベルでも世界との直接交流を通し、文化や民主化の度合いにおける多様性を受け入れていくことが必要だとしました。


 司会の工藤は、「東京会議2020」でも支柱となる原則や構造の議論ができた、と振り返った上で、今後も国際秩序の議論を継続的に行っていく考えを示し、座談会を締めくくりました。