不安定化する東アジアの「解決」で政府と民間に何が問われているか

2013年9月20日


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2013年9月24日(火)
出演者:
川島真氏(東京大学大学院総合文化研究科准教授)
神保謙氏(慶應義塾大学総合政策学部准教授)

司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)

工藤泰志工藤:言論NPO代表の工藤泰志です。さて、昨年9月から日本と中国の間は尖閣問題を巡って政府外交が事実上停止しています。両国政府は対話をするため、なんとか糸口をつかもうとして努力はしているのですが、今現在その目途は立っていない状況です。そうした状況の中で、民間である私たちがこの状況を乗り越えるため何ができるのか。そういうことを考えるため、定期的に外交の問題を議論していきたいと思っています。

 今日は第1回目として、この東アジアの不安定な状況の中で、政府と民間の取り組みに何が問われているのか、について議論をしたいと思います。

では、ゲストの紹介です。慶應義塾大学総合政策学部准教授の神保謙さん、そして、東京大学大学院総合文化研究科准教授の川島真さんです。

まず、東アジアが不安定になっている状況の中で、日本の外交というものを、皆さんは今の時点でどう評価しているのでしょうか。


現在の日本のアジア外交をどう評価するか

神保謙氏神保:日本外交は当然、日本の内政の安定性と非常に大きな連動があります。2006年の第一次安倍政権以降、日本の内閣は1年おきに交代を続けてきたわけですね。外交は相手国との合意形成や国内の妥協を図り、それを中長期的に担保していく事が大変重要ですが、今回の第二次安倍政権の登場まではそうした外交の継続性が担保できなかった。したがって、相手国からみれば、日本の外交的合意が翌年以降も本当に継続できるのか、という疑念こそが日本との本格的な外交交渉を避ける要因になったことは想像に難くありません。それが、昨年12月の安倍第2次内閣の成立によって、内政の安定的基盤回復への期待が生まれました。好きであろうと嫌いであろうと、これから3年間は安倍政権と付き合っていかざるを得ない、という状況を日本の国内で作り上げることができたということは、これからの外交上のある意味、資産といえるのではないか、と期待はしています。

工藤:確かに、毎年総理が代わるという状況では、日本の政治自体が、その信頼を失ってしまう、という問題があります。

川島真氏川島:神保先生は、政権の継承性の問題や信用の問題を指摘されました。安倍政権がこれから安定政権になることは、良し悪しは別として、大変大きな機会だというお話でした。もちろん、それはその通りですが、外交は相手がある話です。今、日中関係に限って言うと、中国側も非常に国内が不安定な状態ですので、そもそも政府間外交でどれだけのことができるのか、というとかなり限界がある。そういう中では、日本政府はよくやっていると思います。つまり、投げられる球をなるべく投げる。また、叩くべきところは叩くということでやっています。また、今年の4月の日台漁業協定のように今までの政府では考えもしなかった方策も打ち出しています。そうした意味で言うと大分工夫はしているのではないかと感じます。

 ただ、繰り返しになりますが、相手国との関係という問題もあるので、日本政府としてできるところまではやっているけれど、まだまだ不十分で、限界があるという印象を持ちます。

工藤:東京のオリンピックも決まり、日本の世界に向けた存在感というか、注目を集めているという点で非常に良い現象もあると思います。ただ一方で、少し前までは日本の強硬な姿勢が周辺国に対して摩擦を招いて、何か日本が孤立していくのではないか、という声が世界各国でも出ていましたし、そういうような局面も実際にあったような気もします。国際的に日本に追い風が吹く中で、周辺国の懸念というのはかなり改善されたのでしょうか。


大きなチャンスを迎えた日本

神保:期待と懸念の両面があると思います。期待は先ほど申し上げたように、安定政権の安定性に対する期待。日本の停滞していた経済が、安倍政権のいわゆるアベノミクスの下で回復をして、力強さを取り戻すのではないか、という期待。それ自体が、日本としっかりと外交をしていこうという各国の動機に結びついていると思います。

 他方でもう一つの見方は、かつて日本は世界の経済ナンバー2の国で、かつ日米関係が強固であるということ自体が、アジア太平洋地域の諸国にとって相当な迫力だったわけです。ところが、2010年代に中国が日本の経済規模を追い越した。日本のパワーの相対的な低下というものが中長期的なトレンドということになっていくと、いつまでも日本を中心にアジアを見るわけにはいかないだろう、ということになってくる。中国やその他の新興国とどう付き合っていくのか、という中で、日本が多角的なプレイヤーの中の一つという位置付けに変わるとなると、かつてのような「頼れる日本」と比べると、存在感が低下してくるという現象は、これはもう長期的なトレンドとしては避けられないであろうと思います。したがって今、この2つの現象が同時に起きているということではないかと思います。

川島:そういうことももちろんあると思うのですが、日本は同時に相対的優位をまだ維持できていると思うのですね。やはり、世界第3位の経済大国ですし、また技術力などいろいろな面で優れているところもあると思います。

 先ほどの工藤さんのお話にあった、オリンピック絡みのこと、あるいは日本が孤立しているのではないか、という話から考えると、やはり中韓との関係を見れば、孤立しているように見える、ということは否めないですし、汚染水の問題で大きな批判を浴びたことも事実だと思うのですね。ただ、今回のオリンピックを考えると、今後の7年間はある意味で大きなチャンスであるとも言えるわけです。2008年の北京オリンピックを思い出せばわかりますが、これから7年間、国際社会からいろいろな面で日本は注目を浴び続ける。そして、この東アジアの中で、神保さんがおっしゃるようなエマージェングパワーの国々、すなわち中国であり韓国であり、あるいはアジアの国々と日本が、歴史の問題を含めてどのように付き合っていくのか、という目線が世界中から向けられてくるわけです。

 ここで日本がどのように対応するのか。また、震災の問題や汚染水をどうするのか。これらの点で日本は世界の目線にずっと晒されていくわけです。そこで日本が上手に国家のイメージを作ることができれば、この21世紀は日本にとって非常に大きなチャンスになると思います。

工藤:今の話は私も同感です。今、日本は非常に大きなチャンスを貰っていて、このチャンスを活かせるかどうかが、安倍政権の東アジアの対策にも問われているのだと思います。

さて、今日の議論の前に私たちは有識者調査を行いました。言論NPOに登録している6000人の有識者を対象にアンケートを行ったところ、「尖閣問題をめぐる日中の対立に関して、あなたが最も懸念しているものは何ですか」という質問に、意見が2つに見事に分かれました。一つは、「東シナ海における偶発的な事故における、つまり望まない軍事紛争の発生」が44.3%でした。それから、もう一つが「国民間でのナショナリズムの過熱によって両国の本格的な対立になってしまうのではないか」という答えが37.9%でした。この2つの回答に、ほとんどの有識者の関心が集中したのですが、神保さんはこの結果をどう考えますか。


「エスカレーション」をどう制御するか

神保:この2つの回答には、私自身もかなり共有するものがあります。やはり2000年代に入ってからの、特に東シナ海と南シナ海の状況ですね。この海の秩序をめぐる対立が十分に制御されていないという問題が、この地域の安全保障のまさに第1級の課題として浮上してきたのだと思います。

 かつての冷戦下においては、対立や危機が大きな紛争に発展してしまうことへの懸念こそが、むしろ紛争を抑止してきたという図式があったわけです。ところが、現在の日・中、あるいは中・フィリピン、中・ベトナムといった関係においては、その対立のエスカレーションの高まりを制御する図式にはなっていない。かつてアメリカのブッシュ政権のはじめの頃には海南島付近でのEP3と中国の軍用機が空中衝突の事件があったり、その後、オバマ政権になって音響測定艦、インペッカブルめぐる事件がありました。そして、日中関係では2010年9月の尖閣沖での漁船衝突事件がありました。

 こういった問題は一体どういう形で制御することが可能なのか。この偶発的な事故が起こって、それが比較的高いレベルの軍事衝突につながってくる可能性というのは、危険が制御できないという意味では、冷戦期のヨーロッパよりも高いというのが私の認識です。日中両国がお互いに戦争を避けたいと思っているにもかかわらず、対立のエスカレーションを制御できない危険性がある。実はこの問題は依然として深刻なままの状態であると思っています。

工藤:今の話は私もそう思っています。エスカレーションを制御できない状況は、国民感情の問題にも表れている。ナショナリズムの過熱をお互いに増幅している様な国民感情が、さらに両国の対立を煽ってしまう。そして政府がそれに引きずられ、有効に対応できなくなる。国民感情と一体になったような政府間の対立というのは、非常に怖いような感じがしているのですが、川島さんはどう思われますか。

川島:偶発的な事故によって、ナショナリズムが過熱し軍事紛争が発生する、ということも十分ありえますので、おそらく偶発的事故というのはこの問題をエスカレーションする契機になるでしょう。

 そして、もう一つ言えることは偶発的事故があったからといって政府がすぐに戦争に踏み込まないとは思うけれど、双方の国の世論が沸騰すると、政府も戦争をやらざるを得ない。こういうシナリオを有識者の皆さんが読み込んで、この調査結果になったのだと私は思いますね。

 そして、これは逆に言うと我々は何をすればいいのか、ということを示しています。それはまず、突発的な事故が起きた場合に、それを収めるための枠組み作りです。そして、突発的な事故がナショナリズムに転嫁しそうな場合に、それをどう抑止すればいいのか、どうすればメディアがそれを煽らないか、という仕組みづくりも必要である、ということをいみじくも示しています。

 実際、日中戦争も実は突発的な事故が連鎖して長い戦争に入っていったわけです。ですから、1937年7月7日の盧溝橋事件が起きた瞬間には蒋介石も日本の政府もこれが日中戦争の始まりだとは全然思っていなかったわけです。そういった突発的事故の連続の怖さについては歴史の経験に学んでいくべきだと思います。

工藤:このアンケートは、その意味では僕たちが考えるべき課題を浮き彫りにしている、ということだと思います。

 もう一つ、皆さんに質問があるのですが、この前、G20で安倍さんが習近平さんと立ち話をした。その事実がどうだったのか、を僕が知っているわけではないのですが、少なくとも両国が何らかの形で対話なり、関係改善したいと思っていることは確かだと思います。ただ、その改善がうまくいっていないというのが現在の状況だと思うのですが、この政府間外交の立て直しが、これからうまくいくのか、またその見通しはどうなのか、ということです。これも、有識者に聞いてみたのですが、両国の対立が、「年内に解決する」というのは0%ですし、「年内の解決は難しいが、1,2年の間には解決する」というのがせいぜい10%。最も多いのは「いずれは解決するが、かなり長期化すると思う」の45.8%。「そもそも解決はできない」というのも38.6%あった。こういう見方があるということについて、神保さんはどう考えますか。


「解決」のために何をすべきか

神保:両首脳間で具体的にどういうやり取りがなされているのか、というのはやはり、政府の中に入らないとわからないことも多いと思うのですが、報道等で知る限りにおいて、現在首脳が実際に会って、会談を行うための、条件というのはかなり厳しいものだと思っています。仮に報道の通り、中国が安倍総理に会う条件が、尖閣諸島をめぐる領土問題自体の存在を認め、かつ70年代に中国側が発言したとされる、いわゆる棚上げ論というものを、日本側としても受け入れるということが条件ということになりますと、そもそも尖閣諸島における領土問題は存在しない、という日本の立場とは原則的に相容れないということになるわけです。ここまで明示的に条件闘争をしなくても、何らかの形で、お互いの面子がつぶれないような形で、折り合う条件はないものか、ということを探っている状況だと思います。

 2つ目に、さはさりながらということなのですが、首脳外交の条件とは別に、日中の様々なやり取りというものを見ていると、例えば、中国は最近、朝鮮半島の6者協議に関して、もう一度対話の機運を盛り上げて、6者協議のプロセスを復活させたいという意図で、官民の研究者も踏まえたいわゆるトラック1.5会合を開催しました。そこで6者協議の首席代表級を招いた際に、実は日本にもハイレベルの参加を中国は強く求めていました。さらに言うと、中国は2012年にかなりアジアに関しては厳しい外交をしていた。特にASEANに関しては、議長国のカンボジアに対して、ASEANの南シナ海の領土をめぐる問題を土俵に乗せるな、と圧力をかけたのですが、今年に入ってからはこのASEANに関してはかなり融和的な外交にシフトしている。さらに、対米関係にしても首脳会談をはじめとして、災害救援とか、人道支援といった分野では、軍事演習も含めた参加への打診をし始めた、ということを考えると、実は日中という軸よりも、地域とかマルチという軸において、徐々に日本と中国とのインターフェースが増えてくるというシグナルというものがずいぶん出てきたのかな、と思います。これをどのように捉えていくのか、ということが大変重要な局面になるのではないかと思います。

川島:この調査結果は、外交に対するある種大変厳しい見方を示していると思うのですね。もちろん、解決とは何か、という定義の問題はあると思うのですけれど、やはり主権、国際法の問題など政府レベルの外交では無理そうだ、折り合いそうにない、ということを多くの人が思っているということを示していると思うのですね。

 今、神保さんもおっしゃったように、中国側は、まずはこの問題が領土問題であることを認めなさい、続いて1970年代にあったと言われている棚上げにするのだ、と言ってきているのです。日本としては、外交問題であることは認めるが、領土問題は認めない、というスタンスを取っているわけです。

 ただ、棚上げ論についても、言葉の定義の問題なのですが、1970年代の棚上げ論というのは、日本が実効支配をしていることを前提として、そして、ここの問題を取り上げない、という意味での棚上げなのですね。今、中国が言っている棚上げというのは、お互いがイーブンの位置で主権を行使する、というものです。これはお互いに公の船を入れ合うという話で、従来の棚上げ論とは中身が全然違う。日本から見れば棚上げという言葉を使うかどうかは別として、日本の実効支配というものを前提としてくれるのであればいろいろと話し合う余地がありますが、そこは今、折り合っていないわけです。そうした意味で、やはり新しい言葉探し...つまり日中双方で折り合えるような言葉というものをどう探すのか、ということが課題になるわけです。その時にお互いの主権や領土をめぐる主張を組み込むような話だと対話は当面難しいと思うのです。

 先程のアンケートの1問目の話にもありましたように、今、一番懸念されていることはこの問題がエスカレーションすることなのです。そうすると、そうした突発的な事故が起きにくい環境を作ることを、もし「解決」というのであれば、お互いの派遣する船の数を規制するとか、あるいは何か事故があった場合にどう対応するのか、という話ができるようになれば、それは主権問題は全く解決しないけれど、この問題がヒートアップしないようにする装置を作るという意味になるわけです。「解決」をどう設定するかによって答えはずいぶん変わってきます。

   

 尖閣問題を巡る日本と中国の対立では政府外交が機能しない中で民間の役割が問われ始めている。主権問題を背負う政府外交に対して、民間側は紛争の平和解決と事態のエスカレートをどう抑え込むか、に関心が移っており、両国間で動きが始まろうとしている。
 膠着化する尖閣問題の「解決」で何が問われているのか。日本の若手識者が話し合った。

議論で使用した調査結果はこちらでご覧いただけます。

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