今回の震災で科学者はどんな役割を果たしたのか

2011年5月24日

今回の「工藤泰志 言論のNPO」は、東日本大震災から2ヶ月で、何が問題となってきたのかを、科学技術の側面から議論。ゲストは、危機管理専門家の古川勝久さんです。

ゲスト:
古川勝久氏(危機管理専門家)

(JFN系列「ON THE WAY ジャーナル『言論のNPO』」で5月18日に放送されたものです)
ラジオ放送の詳細は、こちらをご覧ください。


「今回の震災で科学者はどんな役割を果たしたのか」

工藤:おはようございます。言論NPO代表の工藤泰志です。毎朝、様々なジャンルで活躍するパーソナリティが、自分たちの視点で世の中を語る「ON THE WAY ジャーナル」。毎週水曜日は、私、言論NPO代表の工藤泰志が担当します。
 
 さて、今日から、私たちは、震災から2カ月が経ったということで、この間で浮き彫りになった日本の課題について、しっかりと考えてみたいと思っています。
 今日はスタジオにゲストをお招きいたしました。言論NPOのマニフェスト評価委員として力を貸していただいているのですが、科学技術の政策にも非常に詳しい、古川勝久さんです。古川さん、よろしくお願いします。

古川:よろしくお願いします。

工藤:この2カ月間をどう総括していこうかと思っていたのですが、専門家と言われている人達が、今回の大震災の中でどのような役割を果たしたのか、ということが非常に気になっていました。特に科学者たちの役割です。私たちは、原発問題を含めて、科学技術の情報なり、色々な判断材料を欲していたのに、その情報を誰から聞けばいいのかとか、政府の対応についての批評など、情報が少ない中で非常に不安が募っていたと思います。そこで、科学者はこの震災でどういう役割を果たしたのか、ひょっとしたら十分に役割を果たしていないのではないか、と思っていたところに、古川さんがそういう主張をされていて、東大でシンポジウムまでやっておられた。そこで、スタジオに来ていただいてお話を伺おうと思ったわけです。
 古川さん、今回の震災で、科学者は役割を果たしていなかったということでしょうか。


なぜ科学者の発言は自粛されたのか

古川:そうですね。震災もそうですが、福島原発事故の発生直後、人々が不安にさいなまされている時に、科学技術の世界からタイムリーで正確な、しかも、難解な科学技術の知識をわかりやすい形で発信するという取り組みは、残念ながら見受けられなかったと思います。がんばっている人達は、ほんの一握りの科学者個人の先生方でした。例えば、内閣府に日本学術会議という組織がありますが、具体的な動きは見えなかったと言わざるを得ないと思います。

工藤:なるほど。先週お送りした医療の世界では、まさに命ということですから、ボランティアという形で、色々なお医者さんが動いたのですが、しかし、科学者も原発の問題を考えると、これも命に関わる問題で、やはり役割を果たさないといけなかったと思います。古川さんは、そのような情報をメールマガジンで伝えていまして、私も古川さんの役割は非常に大きかったと思っています。ただ、この前、古川さんがおっしゃっていましたが、先程の学術会議の問題もそうですが、色々な人達が発言しようと思うのだけど、それを止められてしまう、と。やはりそういうことを話したらマズイのではないか、という判断から発言を抑制されたり、発言が自粛されたということがあった、と聞いたのですが、どういう実態だったのでしょうか。

古川:まず、福島原発事故の発生直後、後で分かったことなのですが、例えば日本原子力学会とか、後は、早稲田大学の先生方を中心になって運営している、サイエンス・メディアセンターとか、幾つかは非常に良質な情報発信の場があったのですが、まだ一般に知名度がほとんどなく、知られていなかった。こういう中で、中堅や若手の学生や研究者が、色々な情報発信をしようとしていた方々も一部いたのですが、大学の方から止められたり、教授のチームの中でやっていますので、なかなか情報発信しにくい状況があったと聞いています。

工藤:僕もそうだったのですが、あの震災直後の時は、とにかく沢山の本や色々な論文を読んで、原発の問題を色々知りたかったのですが、どこの何を読めばいいか分からないわけです。NHKには学者が出ていて解説がありましたが、それ以外はほとんど分からないのです。このような危機の時には学者も積極的に発言し、そういう風な情報を伝える義務は、やはりありましたよね。

古川:間違いなく。
工藤:なぜそれを止めるのですか。


古川:そういう学会の体質、あるいは大学という組織の体質の問題が1つあると思います。それから、研究者の立場から困っておられたことが2点ほどあります。1つは、どんなにその分野に詳しい方であっても、間違えることはありますし、不確実なことはわからないと。ただ、不確実性に関するコミュニケーションを、一般の方とどうすればいいかわからない、ということを悩んでおられる方もいらっしゃいました。
 更にもう1点は、特に原発とか原子力関係の研究者は、相当な方々が電力会社から何らかの研究資金などを、過去にもらっていたようなこともあり、自分がそういう経緯がありながら、発信する情報について信頼して聞いてもらえるのだろうか、こういう悩みもあったということでした。

工藤:それで自粛ということですか。
古川:自粛した要素もあったと思います。


日本だけが市民への情報提供が不熱心

工藤:ただ、SPEEDI(スピーディ)を使って、風向きによる放射能汚染の状況がすぐに分かる仕組みがありましたが、それを政府が公表しなかった。一方、海外では色々な形でデータを収集し、公表していましたし、世界は日本の状況を徹底的に知りたくて、日本にいる自国の国民に知らせようと思って動いていました。しかし、日本に関しては、SPEEDI(スピーディ)の情報の公開は止められ、後から、首相補佐官が悪かったと謝っていましたが、しかし、そのデータさえあれば、市民は色々な行動ができましたよね。

古川:パニック神話ということがよく言われています。つまり、不用意に不確かな情報を出すと、市民にかえってパニックを与えてしまうのではないか、したがって、そういうことは避けた方がいいということが言われています。これは、ある意味で善意に基づいた判断だとは思うのですが、ただ間違った判断だと思います。こういうものを、依然、科学技術者側の相当数の方々が持っている、という事実はあると思います。

工藤:つまり、色々な情報を市民に提供して、市民の判断をサポートしようということではなくて、市民に誤解を招くから、伏せておこうということですよね。それは間違っていますよね。

古川:おっしゃる通りですし、間違っていると思います。むしろ、適切な判断というのは、情報を出さないことではなくて、情報を出して、より懇切丁寧に説明すること。こういう教訓は、過去の色々な事件からも学んできたはずなのですが、まだまだこういう誤解を持っている方々が多いと思います。

工藤:ということは、パニック認識というよりも、自分たちが批判されたくないという傾向があるのではないでしょうか。

古川:もちろん、そういうインセンティブを持っている人達も少なくないと思います。特に、原子力という分野になりますと、元々テーマ自体が政治性を帯びて議論されることが日常的な分野でありますので、そういうことに積極的に関わることによる、そのポジションに対するリスクとか、そういうことも、もちろんあったと思います。

工藤:日本の科学者というのは、自分たちの科学者としての使命感というよりも、政府とかから批判されたくない、でしゃばったことをするな、という意識の方が強い、政府の下部構造みたいな状況になっているのでしょうか。

古川:全員が全員、そうではないとは申し上げます。中堅とか若手、あるいは年配の方でも心ある方々は、リスクをとろうという人はいらっしゃいます。ただ、今の大学にしても、研究機関にしても、先程申し上げた学会にしても、こういうところのマネジメントをされておられる方々の間には、工藤さんが指摘されたような傾向は、多分に見受けられるように、私個人としては感じています。

工藤:気象学会の会長さんが、情報を色々な形で公開することを自粛するべきだ、止めるべきだとおっしゃったとのことですが、学会のような民間団体の人が、どうしてそういうことをいうのですか。

古川:本来、そういう権限は無いのですが、あらぬ不安を招くべきではないので、自粛しろという通達を会員に投げたと。ただ、この会長さんがご存じなかったのは、先程、工藤さんがご説明されたように、既にその時点で、ドイツやフランス、カナダや韓国を始めとして、政府機関が色々な前提に基づいたシミュレーションの結果を公開していましたので、何で日本だけ公開しないのか、という批判をお忘れになっておられたのではないかと思います。

工藤:僕たちは、今回の震災時の情報発信では政府の対応にも問題があると思っているのですが、一方で、専門家自身も自粛して、閉鎖的なような気がしています。つまり、防災の一番重要なことは、個人が自分で自分の身を守らなければいけないわけです。そのためには適切な情報が不可欠です。それに対して、メディアの役割もあるのですが、専門家が機能しないで適切な情報が流れないとすれば、非常にマズイ事態になると思うのですが、いかがでしょうか。

古川:本当におっしゃる通りだと思います。例えば、緊急時に多くの人達が、どういう人に話を聞いたらいいのかということ。信頼性のある科学者にどういう方がいらっしゃるか、というデータベースがない。色々な言説がありますが、本当にエビデンスに基づいた情報や説明なのか知りたい、そのための論文はどこにあるのか。そのようなデータベースは、有料ではあるのですが、それを見て頂いても、すぐに分かるという方は、ほとんどいないと思います。つまり、一般の市民に向けて、難解な科学技術のことであっても、本当に市民が知りたいことを、タイムリーに届ける、伝える、そういう風な姿勢や取り組みが、学会とか組織として、科学技術者側に欠けているということは言わざるを得ないと思います。


原発でのロボット導入が遅れたのはなぜ

工藤:そういう反省が出てくると非常にいいのですが、一方で、疑問に思ったのはロボットの分野です。つまり、原発事故の際に生身の人間が、決死の部隊という形で放射能を除去するために洗ったり、放射線の濃度を調べたりしていましたよね。その後、ロボットが導入されました。では、なぜ初めからロボットを使わなかったのかと。日本のロボット技術は、科学技術の中でも最先端だと言われていましたけど、なぜ、そういうことができなかったのでしょうか。

古川:いくつか要因があると思いますが、1つには、官邸がどういう風な認識をしていたのか、指示を出していたのか。ここはやはり検証される必要があると思います。当然、ロボット関係ということになりますと、文科省も含めた色々な省庁、あるいは、様々な国内の学会であったり、海外の軍事関係の企業であったり、役に立つロボットは山のようにあるのですが、どうもその情報が、事故発生直後の初期の段階で、官邸の方に集約するような指示すら出ていなかったようです。最終的には、アメリカ政府が推薦してくるロボットを、そのまま日本は導入したということです。日本国内でも、心ある非常に優秀な災害ロボットはあります。東北大学の田所諭教授とか、いいものを作っているのですが、そういう情報が肝心の方々にタイムリーに伝えられなかった、という問題は非常に大きな問題だろうと思います。

工藤:ということは、日本は科学技術については、非常に先端的で、かなり進んでいたと言われていたのですが、その情報が共有されていないとなると、ただの自己満足になっていませんか。

古川:実は、この状況というのは、この事故発生前の平時から、科学技術界の問題として、度々指摘されてきたのですが、結局、まだ直っていない。そういう問題が、今回露呈したと言っていいと思います。例えば、海外の軍事ロボットで、原発災害などで使用できるものにどういうものがあるのか。日本学術会議とか、日本の国内のしかるべき学会のトップとかに、ご存知でない方々が多いのですね。他方、アメリカやイギリスなどの海外の軍事関係の企業などは、日本国内にどういう風なロボットがあって、どこの省庁が持っているかとか、非常に詳しいわけです。やはり、科学技術と実際の問題に対処する関係機関との距離が、平時からいかにかけ離れて大きいものであったか、こういう問題が問われなければいけないと思います。


日本の科学技術は村のように閉鎖的なのか

工藤:こういう機会に分かったということは、非常にいいことだと思うのですが、原発にしてもそうですが、色々な分野で科学技術の村というような閉鎖的な、既得権益的なものがあるわけです。その中だけの議論になっていて、それが国民なり日本の課題解決のための1つの大きな分野として、認知され、広がりを持っているものになっていない、ということなのでしょうか。

古川:もちろん、個々人とか、グループやネットワークによっては、まさに科学技術を色々な社会問題解決のために使おうと、大変なご尽力をされている方々もいらっしゃるのですが、なかなか。やはり少数派だと言わざるを得ないと思います。例えば、1つに、先程から日本の科学技術界は、軍事ロボットの情報や動向を把握していなかったと。これは、平時から軍事研究には携わらないという御旗の下に、自衛隊や米軍と交わってはならないという風な名目を立てているものですから、こういう時に使えるものがあるということを、ご存じないわけですね。

工藤:ということは、自衛隊もロボットの状況を知らないわけですね。
古川:そうですね。少なくとも、今回は知らなかったと思います。
工藤:そうなってくると、竹槍で突っ込む状況ですよね。
古川:竹槍と言いますか人海戦術で、まさに突っ込んでいったわけです。


社会の仕組みを市民型にすべき

工藤:今日は、また1つ考えさせられる、震災で分かった課題ということが浮き彫りになったのですが、これは、日本のパラダイムというか、考え方を変えなければいけない段階に来ているのではないかと。つまり、市民なり消費者なりが、自分たちで生きていく。その人たちが中心になる社会の仕組みに変えないといけない。供給側のグループが何かをやっているのではなくて、科学者や専門家は、市民のためのサポートなり、判断材料の提供という役割が問われてきているのではないか、という気がします。ただ、前途は暗いわけではなくて、古川さんみたいな人もいるわけですから、そういう問題が科学技術の世界で始まっているわけですね。

古川:これからもどんどん始めたいと思っていますので、ぜひ参加して頂ければと思います。

工藤:わかりました。そういう形で、流れを変えるということは、こういうところも変えなければいけないということを、皆さんも感じていただけたかと思います。ということで、時間になりました、今日はゲストに、言論NPOのマニフェスト評価委員で、本当は安全保障の評価委員として手伝っていただいているのですが、危機管理の問題を専門にやられております、古川勝久さんにお越しいただきまして、今回の震災で科学技術がどういう役割を果たし得たのか、ということについて考えてみました。古川さん、今日はどうもありがとうございました。

古川:ありがとうございました。