第2回アジア言論人会議報告(1) 民主主義をどのように発展させるべきか:民主主義の後退とアジアの役割

2017年5月05日

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 5月4日、インドネシアの首都ジャカルタで、「第2回アジア言論人会議」が開かれました。会議のテーマは「民主主義をどのように発展させるべきか:民主主義の後退とアジアの役割」です。

 アジア言論人会議は、昨年8月に言論NPOの呼びかけで、インド、インドネシアを代表するシンクタンクの首脳が集まり、東京で第1回が開催されました。これを受けて第2回は、参加国をフィリピン、マレーシア、シンガポールに拡大し、今回はこの3カ国と日本、インドネシアの5か国の代表が議論を交わしました。

 テーマは表題の通りですが、背景には「欧米を中心にポピュリズム、自国第一主義、排外主義が広がり民主主義が危機に直面しています。また、東アジアにおいても権威主義的政権や政治リーダーが現れ、国民の支持を得る現状が起きており、民主主義の発展を弱めています。そこで、私たち言論NPOは、アジアや世界での民主主義を巡る議論を開始し、こうした民主主義への試練に真剣に向かい合うため、国境を越えて世界のオピニオンリーダーと議論し、協力していくことが今、必要な局面だと考えています」(工藤泰志・言論NPO代表)という強い問題意識があります。

 言論人会議の出席者は言論NPO代表の工藤泰志含め、各人の略歴は末尾をご参照ください。


民主主義より経済成長優先だったアジア諸国

IMG_0303.jpg 午前中に開かれた第1セッションのテーマは、「世界とアジアの民主主義の現状と課題をどう見るか」です。司会を務めた言論NPOの工藤が「民主主義というものが先進国、新興国を問わず、様々なチャレンジに直面しています。この状況をどのように我々は考えていけばいいのか。私たちが考える民主主義は、多くの人が自由を得て政治に参加して、有権者に託された政治が課題解決のために取り組む。課題解決ということがここでは重要なキーワードになると思います。(アジア言論人会議が)個人の自由をベースにして、課題に向かい合う、そうしたサイクルが始まることに貢献できればと思っています」と、会議への意義と期待を述べた。

IMG_0310.jpg これを受け元インドネシア外務大臣のハッサン・ウィラユダ氏が基調報告を行った。
同氏は「民主主義の経験において、アジアには大きな欠落がある」と、厳しい現状認識を示した。「アジア太平洋地域の56か国のうち、3分の1ぐらいしか民主化されていないと私は思っています」(ハッサン氏)。

 近年でいえば、欧州では冷戦後の1990 年、当時のフランス大統領ミッテランは、第 16 回フランス=アフリカ諸国首脳会議において、今後のアフリカ経済支援に関して民主化を義務づける「ラボール宣言」を発表し、旧東欧圏に民主化の波が広がった。アフリカでも2002年にアフリカ連合が成立して、アフリカ連合憲章に各国政府が調印したが、民主主義が地域のアジェンダとなっている、と説明。これに対して、アジアでは民主主義を推進していこうとする地域的な共同体は、まだ存在しないと指摘しました。

 同氏はその背景には二つの要因があると分析しています。「アジア地域では経済成長、経済開発に力をいれるという傾向が非常に強い。中東などにおいては、政治的な要求が高いという状況があるが、アジアでは経済にずっと力を入れていた。それからもう一つ、プッシュファクターの欠如が考えられる。1党制度や権威主義的な国々が高い経済成長を実現してきたため、民主主義を押すプッシュファクターが欠如している国がアジア地域にはある」(ハッサン氏)。さらに、欧米で台頭するポピュリズム、ナショナリズム、排外主義も「民主主義への魅力というものが、アジアにおいてで低くなった1つの要因」と付け加えました。

IMG_0333.jpg 同氏は「民主主義への道のりというものは、一歩進めば二歩下がる」と、ミャンマーが民主化への道を歩み出す一方で、タイが軍事政権に後戻りした例を挙げ、「アジアの民主国家は、それぞれの経験、それぞれの観点というものを共有し、世界に発信していくべきではないか。例えば、アジアの一部諸国は、民主主義が受け入れられることを証明している。しかもイスラムも含めた多様性のある寛容な民主主義というものが受けいられているので、それを広げていくのはどうか」と、課題解決への提案を行い基調報告を締めくくりました。


ソーシャルメディアが民主主主義に大きな影響

 次いで工藤が「アジアや世界の民主主義をどう考えているのか、それから自国の民主主義に関する課題も出していただきたい」と議論を進めました。

IMG_0312.jpg 最初に発言したマレーシア戦略国際問題研究所(ISIS)会長兼最高責任者のタン・スリ・ラスタム・モハド・イサ氏は、世界の民主主義に影響を与えている要因として、グローバリゼーションと反エリート主義、テクノロジーとメディアの変化、司法の独立性、人権とテロ対策を挙げました。

 例えば、人権とテロ対策では「マレーシアもインターナルセキュリティアクトという国内の安全法によって、いろいろな反政府勢力的なものを抑えている」と指摘し、両者の兼ね合いの難しさを指摘しました。さらに、テクノロジーによるメディアの変化の重要性にもっと意識を向けるべきだとして、次のように語りました。

 「ソーシャルメディアなどは乱用とまで言えるようになっている。(Facebookは)20億人のユーザーがおり、いろいろな意見がつながり、さらに促進されて広まっている。そういう意味では、バーチャル、仮想空間の中でのいろいろな政治論争が行われていて、実際に民主主義に賛成派なのか、反対派なのか。ソーシャルメディアのようなテクノロジーへの適応のところで、差も出てきている(イサ氏)。

 さらに、民主主義の発展度を測る指標の開発の重要性を指摘したうえで、民主主義を普及させるために「アジアは何ができるのか。アジアは非常に多様であり、アジア地域だけでも50カ国以上にわたるいろいろな政治・経済体制があります。ASEAN(東南アジア諸国連合)域内だけでも多様性があり、中央アジアなどは全く違う。アジアはそのように、多様性によって構成されている。民主主義をという点では、多くのヨーロッパやアメリカの先進国よりも遅れているが、では、どんな地域を模範とするべきなのか」と問いかけ「アメリカの民主主義もヨーロッパの民主主義も今や問題を抱えており、どんな民主主義を目指していくのかについては、それぞれの国が考えていかなければいけない」と、発言を締めくくりました。

IMG_0317.jpg アジアの民主化が世界的に見て遅れているというハッサン、イサ両氏の発言に対して、シンガポール南洋理工大学准教授のアラン・チョン氏から、「民主化というものは自国の規制、環境、経済的、社会的権利というところも、非常に関係してくる。もっと、具体的な事実が欲しい」という反論が出ました。


アジア各国で異なる民主主義の課題

IMG_0325.jpg 続いて、インドネシアのジャーナリストEndy Bayuniがメディアの立場から、同国の民主化の歴史を振り返り、課題を指摘しました。同国は1998年以降、ユドヨノ、ジョコビ両大統領とも、選挙によって民主的・平和的に選ばれてきた。これはインドネシアで民主主義が、手順という点できちんと整備されたことを意味しており、民主化は進んだと評価しました。そのうえで「民主的なカルチャー=異なる意見に対する尊重という点では、まだ発展途上だと思う。民主的なカルチャーは改善の途中であり、2019年にはまた総選挙があるので、果たしてどこまでの進化ができるのか見ていきたい」と、メディア人らしい感想を述べました。

IMG_0328.jpg フィリピンからはフィリピン大学ディリマン校行政・ガバナンス国立学校(UP-NCPAG)准教授のマリア・ファイナ・ディオラ氏が参加しました。フィリピンのドゥテルテ大統領はその強権的な麻薬捜査の手法が、国際的に非難を浴びています。

 ディオラ氏は人権擁護の活動に携わっていると自己紹介。同国の課題は1996年に改定され、人権を重視した新憲法が「国やいろいろな政府の組織の中で、新憲法で謳われていることが尊重されるのかどうか。フィリピンの国が進んでいくためには、このような普遍的な価値が一般の人たちにも理解され、政府の方向性を支持できるようなになることが必要だ」と、課題を指摘しました。さらに、「一般の人たちのために憲法に謳われていることを表面的にやっていくだけでは十分ではない。民主主義というものは、一般の人々が求めているということをいかに吸収し反映させるか。それを怠っていては、十分に機能しない」(ディオラ氏)。この指摘はフィリピンだけにはとどまりません。

IMG_0330.jpg マレーシアのムルデカセンタープログラムディレクター兼共同創設者であるイブラヒム・スフィアン氏は、民主主義と各国の文化や慣習との関係をみると「非常に興味深いフィードバックがある」と述べました。例えば、「デモクラシーはいろいろな人に、いろいろな考え方をもたらしている。ベトナム、カンボジア、ラオスなどでは、彼らがいう民主主義を非常に重要視している。日本や韓国では、そういったデモクラシーは軽く考えられているかもしれない」。おそらく民主主義の歴史が長い国の方が、それが与件としてあまり意識されないのかもしれません。また、グローリズムに積極的なリーダーほど、政治的にもリベラルな方向性を持っている傾向があるとも指摘しました。

IMG_0322.jpg 多民族国家であるマレーシアとしては「たくさんのコミュニティがあり、政党などもそれぞれ民族単位であり、それぞれが主張し合っているので、その中できちんとバランスをとることが必要だ。マレーシアでは、これから総選挙が行われますが、社会がナショナリズムやポピュリズムに後戻りしているような現象が起きているときに、課題はこういった環境の下で、いかに民主的な原則を促進、推進できるかということだ。その国のコミュニティ間における意見の違いを容認し、制度として軽減化できるように、いろいろな話し合いをするように期待している」と述べ、午前中のセッションが終了しました。


言論人会議パネリスト紹介

日本

IMG_0303.jpgYasushi KUDO/工藤 泰志
言論NPO代表
認定特定非営利活動法人言論NPO代表。2001年、言論NPOを立ち上げ、代表に就任。2005年に日中の民間対話である「東京-北京フォーラム」を創設し、以来10年以上にわたり同フォーラムを主催するとともに、日中間の世論調査を毎年実施している。2013年には日韓対話を創設し、日韓間でも相互理解の現状について世論調査を行っている。2012年より、米国外交問題評議会が主催する国際シンクタンク会議(CoC)において日本代表を務める。


インドネシア

IMG_0310.jpgHassan WIRAJUDA/ハッサン・ウィラユダ
元インドネシア外務大臣

外交官として、国連大使、エジプト大使、政策事務総長などを歴任し、インドネシア外務大臣(2001-2009)、および大統領顧問(2010-2014)を務める。ASEAN、アジア太平洋地域における民主主義および人権の促進、東アジア地域における安全保障協力促進を推し進めた。バリ民主主義フォーラムおよび平和民主主義研究所を設立。

IMG_0325.jpgEndy bayuni / エンディ・バユニ
ジャカルタポスト編集長

Agus Widjojo / アグス・ウィジョド
元軍人、33年間インドネシア国軍に従事、軍内の識者として著名。軍の政治関与を減らし軍の民主化を主導。安全保障セクターの改革、軍の民主化プロセスを研究。


マレーシア

IMG_0312.jpgTan Sri RASTAM Mohd Isa / タン・スリ・ラスタム・モハド・イサ
マレーシア戦略国際問題研究所(ISIS)会長兼最高責任者

マレーシアISIS会長兼最高責任者。元外務次官。外務省やマレーシアの外交ミッションにおいて、パキスタンへの高等弁務官や、ボスニア・ヘルツェゴビナ、及びインドネシアの大使、そして国連の政府代表などを務めた。現在、太平洋経済協力会議(PECC)の国内委員会会長、アジア太平洋安全保障協力会議(CSCAP)会長、そして同会議の共同議長(2015-2017)を務めている。

IMG_0330.jpgIbrahim SUFFIAN / イブラヒム・スフィアン
ムルデカセンターのオピニオンリサーチプログラムディレクター兼共同創設者。センターにおいて政党関係者、政府機関、そして地域や国際機関の高等教育における顧客のポートフォリオを管理。マレーシア投資銀行において金融プロジェクトスペシャリスト、そして国際開発協会においてマネージャーを務めた。インディアナ大学のケリー経営学部にて教育を受け、MBAをミシガン州立大学で取得した。


シンガポール

IMG_0317.jpgAlan CHONG / アラン・チョン
南洋理工大学准教授

南洋理工大学多国籍研究センターの准教授。ソフト・パワーの概念や、シンガポール及びアジアにおける国際関係を形成する際に、アイデアがしめる役割について広く著書を出版している。2002年から2009年までシンガポール国立大学において准教授を務め、2012年よりスイス連邦工科大学にて非常勤講師、2013年から現在までUNISIMの外部審査官を務めている。ロンドン・スクール・オブ・エコノミックスにて博士号取得


フィリピン

IMG_0328.jpgMaria Faina L. DIOLA / マリア・ファイナ・ディオラ
フィリピン大学ディリマン校行政・ガバナンス国立学校(UP-NCPAG)准教授

UP-NCPAGのテニュア准教授。行政のリサーチメソッドを学部生、院生、そして博士課程向けの学生に、フィリピンの行政システム論と実務そして第三セクターのマネージメントを大学院生に教えている。タイのマヒドン大学(2014)とマハーサーラカーム大学(2013)で客員教授を務め、現在はリーダーシップ・市民権・民主主義センターでディレクターを務めている。博士号を2009年にUP-NCPAGにて行政学で取得。

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