日本の民主主義は日本が直面する課題に対して答えを出せるのか

2016年6月16日

2016年6月16日(木)
出演者:
上神貴佳(岡山大学法学部教授)
内山融(東京大学大学院総合文化研究科教授)
吉田徹(北海道大学法学研究科教授)

司会者:工藤泰志(言論NPO代表)

 6月16日放送の言論スタジオでは、上神貴佳氏(岡山大学法学部教授)、内山融氏(東京大学大学院総合文化研究科教授)、吉田徹氏(北海道大学法学研究科教授)の3氏をゲストにお迎えして、民主主義をテーマとして議論を行いました。

課題の長期化、グローバル化に対応できなくなっている民主主義

工藤泰志 冒頭で司会を務めた言論NPO 代表の工藤泰志は、アメリカや欧州、日本など世界各地で国民の不安や反発に迎合して支持を集めていくようなポピュリズム政治が台頭している現象が起きていることをどう見ているか尋ねました。

 これに対し内山氏は、ポピュリズムの台頭を政治参加の裾野が広がってきた証左としつつ、「アリストテレスが指摘したように政治体制というものは循環するものだ」と述べ、現状を民主主義の変化プロセスの一局面であると分析しました。また内山氏は、民主主義というシステムは課題を解決していく上で中長期的には有効だが、「短期的にはそうではないかもしれない」と述べました。

 上神氏も、デモクラシーは国民国家や福祉国家の概念と組み合わさって、所得の再分配をしながら発展してきたが、現在は経済のグローバル化など国家単位で解決できない新しい問題に対応できていないと解説。その結果、別の形での対応としてポピュリズムが表れてきていると述べました。さらに、そういうコントロールできない問題が生じることに人々はフラストレーションを感じるが、それに対する処方箋は民主主義という仕組みの中には内在していないとも語りました。

 吉田氏は、デモクラシーそのものへの批判ではなく、それが十全に機能していないことに対する不満としてポピュリズムが台頭してきているとした上で、その背景にある短期的な要因としてリーマンショック以降、特に欧州で失業の増加や格差の拡大など経済的な先行きへの不安が高まり、中間層も没落への恐怖を抱き始めていることがポピュリズムを呼び込んでいると述べました。一方、長期的な要因としては、冷戦崩壊以降、「リベラル・コンセンサス」が進み、社会民主主義的な政党も市場経済的な経済政策を是認するに至ったことにより、取り残された労働者階級などが、既成政党への不満を高めたことを挙げました。

 吉田氏はさらに、現代の国家が直面している課題は、少子化やエネルギー問題をはじめとして、約4年の選挙サイクルの中で解決できないような問題が多いことを指摘し、課題を解決していく上で、「民主主義のサイクルはあまりにも早すぎる」と述べました。

市民側も民主主義の担い手としての行動を

 民主主義の担い手の問題として政党に話題が移ると、内山氏は政権獲得が至上命題である政党にとっては、選挙に勝つために感情や短期的な利益に訴えることが手っ取り早いと考えていると指摘し、「各政党がそういう短期的な勝利の誘惑に負けている」と述べました。そして、ある政党が短期的な利益に訴えかけてくると、他の政党も同じ戦略を取ってしまうが、そうではなく「長期的な利益、国益、世界益というものを見据えながら協力していくというスタンスにしなければならない」と主張しました。

 上神氏は内山氏の主張に同意しつつ、市民側、有権者側の問題として、「簡単な課題解決のソリューションなどないし、フリーランチなどないということを理解しないといけない」と有権者も課題に対する理解を成熟させる必要性を説きました。


 一方吉田氏が、選挙を軸に「業績評価」をすることによって、政党にプレッシャーをかけていくことでしか民主主義は機能しないと述べると工藤は、各政党は選挙の際、原発再稼働など争点になりそうな問題を避ける「選挙外し」をしているのではないかと問いかけました。

 これに対し上神氏が、選挙期間以外の日常において、「有権者も野党もオルタナティブを政権に対して提示していくことが大事だ」と述べると、吉田氏も「自分の思ったように民主主義が動いていないと感じるのであれば、政治家に対してたまに電話をする、手紙を書く、あるいはメールを出す、という形でこちらから参加をすることによって、ある程度のコントロールを効かせていく。そういう所作が大事になってくる」と述べ、ここでも市民側の自覚を促しました。

公約は最低限、しかし、それに対するチェックは最大限に

 続いて、来月に迫る参院選において、政党が語るべきことに話題が及ぶと、内山氏は、政治に過大な期待を持つべきではない一方で、政治は「ここまでは絶対にやる」とマニフェストで最低限の約束をするべきだと語り、上神氏もその最低限の約束を言論NPOが行っているマニフェスト評価のように、日本の将来課題に見合っているものになっているかという視点から厳しく点検していく必要があると語りました。



民主主義そのものを問い直す

 さらに工藤が、制度論など民主主義のあり方そのものについて議論する必要があるのではないか、と問いかけると各氏はこれに賛同。内山氏が常に民主主義の意味を問い直すことが民主主義を立て直すことにつながると述べると、上神氏はこの参院選から導入される18歳選挙権に関連付けて、学校教育の現場で民主主義について考えるカルチャーをつくり上げるべきだと語りました。また、吉田氏は民主主義を機能させるためには、何が正しくて、何が正しくないのか、常に問いかける「自己検証能力」を高めることの重要性を説きました。

有権者にとって選挙だけではなく、選挙以外の日常をどう過ごすかが重要

 最後に、工藤は今回の選挙を軸として、有権者は何を考えればいいのかを尋ねました。
これに対しまず上神氏は、参院選にあたっては政権与党に対しては業績評価をした上での「業績投票」を、野党に対しては、日本を取り巻く安全保障環境の変化や、少子高齢化や社会保障などの将来課題に対して、「何でも反対」ではなくどのように具体的な対案を打ち出しているかをチェックすべきだと語りました。

 一方吉田氏は、選挙は色々な民意の発露のひとつの局面でしかなく、民主主義には切れ目はないとした上で、「色々なところで民意の発露が多元的に存在した方がデモクラシーは安定していく」と語り、選挙以外の日常をどう過ごすのかが重要との見方を改めて示しました。

 内山氏はまず、日本の政治家のレベルは高いため、一つのポイントを変えれば良い方向に変わる潜在力があると指摘。その上で、マックス・ヴェーバーの「政治というのは堅い穴にじわじわと穴をくりぬくような作業だ」という言葉を紹介し、「政治に悲観的になってもそこで一筋の希望を見失わずに、何とか好循環に持っていくために、有権者も自分の立場からじわじわと頑張ることが必要だ」と述べました。

 議論を受けて工藤は、今の不安定な状況に立ち向かうためには大きな言論の流れを作らなければならないが、そのためには吉田氏が指摘したように選挙以外でもずっとチャレンジしていく必要があると所感を述べ、議論を締めくくりました。

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