安倍政権3年の評価を受けて、私たち有権者は何を考えなければいけないのか
~安倍政権3年の実績評価を終えて~

2015年12月29日

(収録は安倍政権丸3年の当日、12月26日に実施しました)
工藤:言論NPOの工藤泰志です。さて、今日(12月26日)は、安倍政権が2012年に誕生してから丸3年の節目の日になります。そこで、これまで安倍政権が3年にわたって行ってきた政策の実績評価結果を公表しました。


政治と有権者の間で緊張感ある関係を築くために実施している政権の実績評価

 私たちがこうした実績評価に取り組んできたのあ、有権者なり国民に向かい合う政治というものをこの国に実現したい、と思っているからです。選挙の時に掲げたマニフェスト・公約が本当に実行されているのか、それから、選挙時には出てこなかった新しい課題について、日本の政権がしっかりと取り組んでいるのか。そうしたことをきちんと見ていくことで、選挙というものを、政治と有権者との間で緊張感あるものしたい、ということが私たちの思いなのです。

 この1カ月間、私たちは評価作業を行ってきましたが、いよいよ、12月27日に評価結果を公表することになりました。今回の言論スタジオでは、その評価にかかわっていただいた方々にお越しいただき、今回の評価をどのように行ったのか、そして、この評価から浮かび上がってきたことは何なのか、ということについて議論ができればと思っております。

 ということで、ゲストのご紹介です。まず、大学評価・学位授与機構教授で、言論NPOの理事でもある田中弥生さん、日本総研副理事長の湯元健治さん、大和総研主席研究員の鈴木準さん、日本総研上席主任研究員の西沢和彦さんです。今日はこの4人の方々と議論をしてきたいと思います。司会は、田中さんにお任せして、議論を行っていきたいと思います。

 田中:今日が(12月26日)安倍政権の丸3年の当日なのですが、昨日までギリギリ、各分野の政策71項目について評価が行われたということなのですが、どのような分野で、どのように評価を行い、その結果何が明らかになったのか、ということから伺いたいと思いますが、工藤さんいかがでしょうか。


安倍政権3年の実績評価は5点満点中2.7点

工藤泰志 工藤:経済、外交など11分野、71項目で評価を行いました。その中の60項目を毎日新聞と協力して評価を行い、毎日新聞でも公表することになっています。私たちは第二次安倍政権発足以来、毎年、実績評価を行ってきまして、今回で3回目になります。簡単に結果をお伝えすると、今回の評価結果は5点満点で2.7点となり、昨年が2.5点でしたので、昨年に比べて微増するという結果でした。各分野において、評価が高まっている分野と、下がっている分野も見られます。

 今回、私が注目したのは、3年続けて安定した政権が続いているということは、ここ10年間で見ても、非常に珍しいということなのです。これまでは、1年ごとに政権がコロコロ変わっていましたので、3年間継続してきちんと評価できるということは、私たちにとっても非常に重要な機会になりました。3年という期間の中で、実現した政策もありますが、内容が修正されるなど、様々な問題も出てきています。そうした場合は、国民にしっかりと説明しなければならないのですが、説明不足のために、12項目で減点する結果となりました。そうしたものも含めて、今回の2.7点という点数は、私たちのこれまでの厳しい評価基準からみても、比較的高い評価結果になったと言っていいと思います。そして、私たちの今回の評価には、名前を公表できる人だけでも29人、公表不可の人たちも含めて約40人の方にお話をお伺いしながら評価をまとめました。

 加えて、今回の評価結果を公表することと合わせて、言論NPOの活動にご協力いただいている方々5000人を対象にアンケートを行い、303人の人たちから回答をいただきました。こちらの回答も併せて公開しているという状況です。

田中:ありがとうございました。評価の方法と今回の結果、そこから見られる課題についてかいつまんで、説明をして頂きました。続いては、それぞれ評価にかかわっていただいた方々からも、ご自身の分野に絡めて、総論的なポイントになるかと思いますが、ご説明願いたいと思います。まず湯元さん、実際に安倍政権の3年の評価をご覧になっていかがでしたか。


有権者が政治を判断できる材料を提供することが政策評価の大きな意味

 湯元:安倍政権の政策の中で、世の中の注目度も一番高いですし、国民の期待も高いのはアベノミクスだと思います。毎年、政策評価を行ってきて、1年目、2年目、3年目と継続して評価を行ってきていると、最初の1、2年では分からない政策もたくさんあったのですが、3年経つと、徐々に何がどこまで進捗したのか、特にマニフェストの中で公約した色々な重要項目について、一定の進捗が見られる項目がありました。一方で、まだまだ進んでいないという項目もありました。基本的にはそういった進捗ベースで評価をするということをやってきました。

 しかしながら、工藤さんからもお話があったように、一定の目標でやってきたとしても、結果が思った通りの方向にいかなかったという状況もあります。そうした政策については、2年目、3年目に入って少しずつ政策を微修正してきているということは間違いありません。ただそれについては、修正するという説明が必要です。しかし、そうした説明の部分が、自己評価を交えながら、かなり自画自賛的な自己評価もみられました。また、新しいステージに移るといった説明は多かったのですが、最初に目標を掲げたけれど、経済の実態は動いていかない。そうしたことに対する本音の真摯な自己評価を行う。だからこそ政策を変えていく、といった説明がきっちとなされていれば、もっと高い数値になったと思います。しかし、やはり説明が足りない部分が数多くありました。

 政権発足から3年が経ち、去年よりも点数は高くなっているということは、それなりに政策の実行が進んできたということは間違いないことです。逆に、点数が下がってきたら大問題であって、上がってくるというのは当然のことで、非常に良いことだと思います。ただ、本来目標としている地点からすれば、まだ半分にも満たないような項目もたくさんあります。

 政策の目標の立て方については、本当に正しい目標の立て方なのかどうかという、ちょっと価値判断や主観が入るような項目もあります。そうした多少の主観も入りつつも、有権者が自分の判断で何が正しい方向性なのか、ということを自分の判断で考えられる材料というものを我々が提供させていただく。ですから、できるだけ公平、中立、客観的な立場で、評価しつつもそういった価値判断ができるような材料も提供していくということが非常に重要だと思っています。

田中:ありがとうございました。工藤さんの説明にもありましたが、評価をする際に、掲げられたマニフェストに対して何が実現できたか、ということも大事ですが、本来その政策の妥当性も問われるわけです。湯元さんの言葉で言えば、価値判断という所に関わってくるのだと思います。おそらく、政権が発足して3年も経ってくると、その部分がより問われてくるのではないかと思います。続いて、鈴木さんはいかがでしょうか。


評価作業を行うことで次の課題を見出し、解決を政治に問うていくことが重要

 鈴木:湯元さんとかなり意見が似ているのですが、こうした評価をやっている意義というものを考えてみると、当然、有権者との約束である選挙時の公約の進捗がどうなっているかという事が重要ですが、進捗を評価することで、次の課題がどこにあるのか、ということが見えてくる。今、田中さんがおっしゃられたように、政策の中身の妥当性ということもあるでしょうし、政策が実現するようなメカニズムがつくられているのかどうかも問題になってきます。これは、行革や一票の格差などの問題も含めてですが、評価をやっていく上で新しい課題が見えてくるということは、非常に意味があることだと思います。つまり、時間が経てば当然、実行できたことの項目数は増えてくるわけですが、有権者として政治に求めるべきレベルを上げていかなければいけないわけです。そういうことをできるだけ明らかにしていく事がこの評価の意義だと思います。

 一点だけ例として申し上げると、国民生活という意味では雇用というのが一つ重要な課題だと思います。安倍政権になってから、就業者はおおまかに申し上げて、100万人位増加しています。雇用者で言えば、130万人ぐらい増えています。一方で失業者は50万人位減っています。企業の倒産も前年比でみると、年率で1割以上減ってきています。設備投資についても、リーマンショック前に戻ったのかという論点がありますが、足元ではだいたい戻ったという評価ができる所まで来ている。

 一方で、増えた雇用の中身を見てみると、増えたのは全てほぼ非正規雇用で、正規雇用は増えていない、もしくは減っているのが実状です。そうした課題に、今後どのように向かい合うべきか。それから、雇用の量は増えたけれども賃金が上がっていない。賃金が上がっていないということは、裏を返せば、政権発足から3年が経つけれども成長戦略があまり実現していない、ということを端的に表していると思います。

 こうした議論をしながら、いろいろな項目について評価をして、次の課題を見出す、そういった作業を行い、また皆さんで考えていきましょう、という所にこの評価作業の大きな意義があるのではないかと思います。

田中:ありがとうございました。政策も長く続けていけば当然、新たな課題がでてくる。その課題に対してどのような対応を求めていくのか、という所も問われるのだということをご説明頂きました。それでは、西沢さん、お願い致します。


政策をわかりやすく有権者に中立的に伝えるメディアの役割は非常に重要

 西沢:まず評価の意義について、なぜ言論NPOが実績評価を行うのか、ということです。象徴的なのが消費税の軽減税率に関する新聞の扱いだと思うのですが、生鮮食品や加工食品だけではなく、なぜか新聞まで対象になっています。では、新聞各紙がそのことを批判しているかというと、そういった現状はあまり見られません。本来、政策について有権者に分かりやすく伝えるはずのメディアが、それであって良いのかと。私は、政策をわかりやすく有権者に中立的に伝えるというメディアの役割は非常に重要だと思うのですが、そういう意味で、言論NPOが政策評価を行うことは、非常に重要だと思います。

 今回、評価の結果を見てみると、総じて外交分野が高くて、財政・社会保障分野が低いという結果でした。これは安倍政権の性格をよく表していると思います。確かに外交については、安倍首相が各国を訪問したり、安保法制を成立させたりして、非常に積極的な動きがみられます。一方、社会保障に関する話題というのはほとんどありません。また、社会保障に関する話題としてでてきても、どうもキャッチフレーズ的であって中身が深まっていない。そうしたことを踏まえると、外交の点数が高くて、社会保障や財政について、あまり積極的な動きが見られなかったことからすれば、今回の評価結果は安倍政権の姿勢がよく出ているなと感じました。

田中:ありがとうございました。言論NPOがなぜ政策評価を行う理由があるのか、という言論NPOのミッションに関わるような説明をしていただきました。皆さんの意見を踏まえて、工藤さん、いかがでしょうか。


課題には向き合っているが、説明が足りない政策項目が多数あった今回の評価

工藤:皆さんがおっしゃった通りです。言論NPOは、やはり政治と有権者の間に緊張感ある関係を本当につくっていかなければいけないと考えています。私はこの評価を2004年からずっとやってきましたが、当初、安倍政権は課題に挑んでいるという感じがしました。つまり、選挙の時は仕事をするというイメージをかなり強めていったわけです。だからマニフェストも民主党とは違う形で、ある程度きちんとした評価可能な政策目標があった。但し、問題は、昨年の選挙の時、消費税増税を先送りして解散したわけですが、今年の夏までにはきちんとした具体的な財政再建計画を出すと言っていました。つまり、課題を抽出し、きちんとやると言っていたのですが、その後の国会での議論を見ていると、選挙で大きな争点になったものが、国会で大きな議論になるということがないのです。今年の国会は、結局、安保法制一色になってしまった。つまり、国会の立法府としての責任、選挙というものの大事さということを、もう一度考え直し、そうしたサイクルを作らなければいけないと考えています。

 結果として去年出された衆議院選挙の2014年のマニフェストでは、公約の中身がかなり抽象的になりました。湯元さんがおっしゃったように3年前の公約が、かなり具体化されて、実現できた政策が出てきたのですが、一方で出来ないものも見えてくるわけです。そうなってくると、急にできた公約の成果だけに注目する状況になってしまわないように、やはり政治が国民にきちっと向かいあって、課題解決に向けてきちんと競争していくような社会、私たちはそうした社会が良いと思っているのです。こうした評価を続けている理由は、これから政治と有権者の間に緊張感がある関係を作り、政治にきちんと仕事をしてもらう、という流れを作っていかなければいけない、と思っているからです。

 ただ、私たちの有識者アンケートでもそうですが、今までの政権とは違って、やはり安倍政権の点数は高くなります。これは事実で、私たちは政権を批判するためにやっているのではなくて、きちんと評価をして、湯元さんがおっしゃったように、国民に、判断する材料を提供したいと思ってやっていて、結果として点数が高ければ高くて良いと思っています。ただ国民に対する説明が足りない、ということも含めて評価を行っていますし、アンケートでも説明不足、という結果が出ています。やはりいろいろな問題があった時、課題に挑むのであれば問題があることを国民にきちん説明して挑んでいく、そうした形でこれからはやっていただかなければならないと思います。

田中:少し時間があるので、工藤さんに質問したいのですが、選挙公約で掲げたことが実際、国会の議論で網羅されていないとなると有権者はどうすればいいのでしょうか。


選挙は単なるイベントではなく、国民と向かい合い、課題を解決するサイクルの起点に

工藤:本当にそれは困ってしまいます。ただ、有権者にも問題があるし、野党の問題もあるし、政治家全体の問題があるわけです。つまり選挙というものが、国民と向かいあって課題を解決するためのサイクルの起点、というものではなく、一つのイベントになってしまい、選挙こなせばいい、という感じになっている可能性があります。ただこうした状況は日本だけではなく、世界でもそういう傾向が起こっています。だから「デモクラシーの危機」と言われていて、市民が政治から退出し始めている。その結果、投票率が低いという問題が出てきているわけです。しかし、それではダメだと思っています。

 先日の国会は、安保法案の審議や採決がすごく話題になりましたが、あの時は実を言うと、骨太の方針が出され、財政再建のプランが出たにもかかわらず、大きな議論にはほとんどならなかった。また、原発の再稼働の時も、もっと国会で議論になってもいいだろうと思います。そうした大きな課題があるにもかかわらず、いろいろなところで議論が足りない。こうした状況をどう考えるのか、私たち言論NPOもそうですが、有権者側もきちんと考えていかなければならないと思います。

田中:評価も選挙の時だけではなく、連続的にやってかなければいけないということですね。

工藤:そういうことです。ほんとはメディアも一緒にやっていただければいいと思っています。

田中:ありがとうございました。


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