【vol.10】 山口日銀副総裁インタビュー『デフレ脱出に向け先ず需給ギャップの縮小を』

2002年12月25日

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ■■■■■言論NPOメールマガジン ■■■■■Vol.10 ■■■■■2002/12/25 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ●INDEX ■ 山口日銀副総裁インタビュー   『デフレ脱出に向け先ず需給ギャップの縮小を 第2回』 ●TOPIX ■ 榊原英資 論文『構造デフレ下での経済政策とは何か』 ■ 島田晴雄 論文『デフレの解消にはミクロでの挑戦しかない』 ■ 大江匡×松井道夫   対談『自らを破壊できない日本経済に「産業再生」はあり得ない』 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ■ インタビュー『デフレ脱出に向け先ず需給ギャップの縮小を 第2回』   山口泰(日本銀行副総裁)                        聞き手 工藤泰志・言論NPO代表 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 日本で進行するデフレの原因とそれに対する対策は、政府側にそれが貨幣的な現象で あり、金融政策での対応が可能との見方があるものの、日銀はデフレの原因は需給 ギャップの拡大にあり、需要を強化して成長率を高め、それを縮小することとしてお り、認識が微妙に食い違っている。政府が日銀と足並みを揃えて、デフレ対策と不良 債権処理に踏み出そうとしているなかで、日銀の考えるデフレに対する見解は何か。 日銀の山口副総裁に伺った。 ●デフレ・スパイラルの可能性について 工藤 今の日本経済はデフレからデフレ・スパイラル、つまり恐慌的な経済の落ち込    みへのかなり不安定な際どい状況にあるとの見方が一部にあります。岩田さん    はそういう認識でしたし、黒田さんもデフレ・スパイラルだという言葉を使い    ました。山口さんは今のデフレが続いた場合、そこに陥っていく可能性はある    と見ていますか。またそれに対する当面のリスク要因についてはどのようにお    考えですか。 山口 現状が恐慌に近いデフレ・スパイラルになっているという理解だとすれば、私    にはよくわからない理解です。今年に入ってからの経済の推移を振り返ってみ    ますと、1-3月はほぼゼロ成長、4-6月は年率3.8%成長、7-9月は年率3.2    %成長ということで、ヨーロッパ経済などよりも多少ともベターであるという    成長パフォーマンスになっています。消費者物価は引き続き下がり続けていま    すが、年率1%弱程度の下がり方で、特にスピードが増しているということに    もなっていません。なぜ消費者物価の下落が加速していないのかについては、    必ずしも十分解明されたとは言えませんが、ともかく今申し上げたようなプラ    スの経済成長と比較的安定した物価の下落というものがただいまの現状ですか    ら、デフレ・スパイラルというには当たらないと思います。    このことは、実はもっと深く考える価値のある問題だと思います。つまり、概    念的に言えば、物価がじりじりと下がっており、いわゆる実質金利と観念され    るような金利が望ましい水準よりは比較的高いところにあると解釈されるにも    かかわらず、スパイラル的な経済の悪化が必ずしも生じていないのはなぜなの    だろうか。教科書に書いていないようなことが起きていると思います。そこ    で、ご質問の「危機的なデフレ・スパイラルに陥るリスクがあるのか、ないの    か」という点に戻りますと、私は、それは金融システムにどういうことが起き    ていくのかということと切っても切れない問題ではないかと思います。歴史上    の経験を振り返ってみますと、本物のデフレ・スパイラルになっていった場合    は、ほとんどの場合、金融システム上の本当の危機というものが同時に進行し    ていることが多かったからです。そういう意味でも、私どもは、金融システム    が様々な問題を抱えているということは既に明白なことですから、それが文字    通りの危機にならないように、これは政府、日本銀行、力を合わせて金融シス    テムの安定を早期に取り戻すということがぜひとも必要なことではないかと    思っています。金融システムの動揺を伴うデフレ・スパイラルの危険に対して    は、日本銀行は全力を挙げてこれを阻止しなければならないと考えています。 ●政策のプライオリティーは需給ギャップの縮小 工藤 では、現在のマクロ経済運営のプライオリティー、最優先の課題は何なのかと    いうことをお聞きしたいと思います。政府は、財務省や内閣府を含めて、デフ    レを止めることが最優先の課題だという認識を示しています。それについては    どうお考えですか。 山口 私は、冒頭申し上げたデフレーションの原因についての理解ということを前提    に考えますから、やはり需要を強化すること、それによって成長率を上げてい    くこと、需給ギャップを縮小させていくということ、それが優先的な課題だと    考えています。    デフレの解消というものは、それらの結果としてしか実現してこないことだと    思います。デフレの克服は重要なことであるという点においては私も認識を共    有いたしますが、しかし、物価だけ先に引き上げるということがどうやって可    能なのか、私にはよくわかりません。何となく物価という表面に現れた現象    を、流動性の供給、通貨の供給によって是正することが先にあり、それができ    れば、あとは景気の回復がフォローしてくるというように理解される方がおら    れますが、順序が全く逆だと思います。 工藤 ただ、デフレが進行すると、結果として企業や個人の持つ債務の実質負担を高    めてしまいますし、今は名目賃金の下げが物価の下げを上回り、実質賃金も下    がる段階になっています。こうしたデフレ問題の持つ意味の重大性ということ    に関して、政府の方はかなり強い意識を持っています。これに関しては、内外    価格差の是正やグローバリゼーションの進展の中で良いデフレと悪いデフレが    あるという話もあります。この点では竹中平蔵さんともよく議論したのです    が、相対価格の下落は良いとしても、絶対価格の下落は阻止しなければならな    いということをかなり強く言われます。やはりデフレは困るものだ、非常にま    ずいものだという認識なのではないでしょうか。 山口 私もそのように認識はしております。ただ、政策論として、まず物価の下落を    止める、それは主として金融政策や通貨の追加的な供給によって可能であると    いう理解に対して、私は異議を唱えているのです。まず必要なのは、そういう    意味ではデフレ対策というより、需要強化対策であり、成長政策であると思い    ます。なぜなら、物価というものは需給バランスが引き締まることの結果とし    て下げ止まるし、上がり始めるわけで、現在の日本は供給力に対して需要が非    常に少ないわけですから、強引にでも供給力の方を整理淘汰するか、需要を何    とかして追加的に創出して需給ギャップを改善するか、どちらかが必要なわけ    ですね。    ただ、供給力を強引に整理淘汰するというのは、一時的にはデフレ圧力がさら    に強くなるということになりますから、やはり私は需要の追加、需要の創出を    何とかして知恵を出して考えていく必要があると思います。デフレ阻止を優先    させるというのであれば、その方向で財政政策にも知恵を出してもらうことが    必要かもしれません。 ●不良債権処理と需給ギャップ縮小とをどう両立させるか 工藤 ただ、このようなデフレの中で不良債権処理の加速と産業の建て直しという課    題を日本経済は今、背負っています。これらの問題と需給ギャップの議論はど    のようにして両立していくのでしょうか。時間軸を違う形で考えるのでしょう    か。 山口 これはなかなか難問であり、ジレンマだと思います。つまり、不良債権の処理    を加速させることは、金融システムを早期に健全化させるためにはぜひとも必    要なことだと思います。しかし、加速させる措置が一時的、短期的には経済の    デフレ圧力を強める可能性を持っているということも否定できません。ですか    ら、本来的には総需要を何とか改善・強化していくということと、不良債権の    処理のスピード・アップということを、同時に進行させる必要があります。そ    れが望ましいということになりますが、総需要の追加と、特に民需の可能性を    もっと引き出すということが言うは易く実現するのは簡単ではないわけです    ね。    しかし、金融システムの方も今のままでは脆弱で、これを早期に健全化させて    いくという必要性もかなり切実です。ですから、金融システム政策については    新しい竹中プランが内容を整えつつありますので、整々と処理を進めていくと    いうことが必要だと思います。それが結果として本当に経済にデフレ圧力をさ    らに持ち込むことになるのかどうかということは、具体的な状況を見ながら判    断していくほかないと思います。具体的な状況を見ていったところで、例えば    金融機関による貸し出し態度が非常にタイト化していくとか、あるいはその結    果としてマクロ的な成長率が著しく弱まっていくというようなことが心配され    る場合は、それに対するマクロ的な需要強化策を打っていく必要が出てくるの    だろうと思います。    ただ、今申し上げたのはあくまで考え方で、現実にどういうことが必要になる    のかについては、今後の実際の状況の推移の中で考えていくほかないと思いま    す。 工藤 需給ギャップの解消の問題は、例えば、潜在成長率を上げ経済の天井を上げる    という点ではサプライ・サイドの問題があります。財政政策などの需要の問題    をおっしゃいましたが、どちらの方が優先に考えるべきなのでしょうか。 山口 これは日本国全体の経済の運営の問題になりますから、政府が一体何に最優先    の目標を置くのかということによって決まるのだろうと思います。文字どおり    デフレ圧力を弱め、克服していくということに最優先目標を置くのであれば、    財政だけではありませんが、財政の持つ需要追加という機能も軽視すべきでは    ないということになると思います。    構造改革を優先させるという場合には、構造改革の定義ははっきりしていませ    んが、やはり一般的にサプライ・サイドの強化だと解釈されていると思います    ので、そういう解釈に立ちますと、これは目先のデフレ圧力を甘受しながら、    より長期的な観点に立ってサプライ・サイドを強化し、将来に向けて成長力の    天井を引き上げていくことを目指すということになります。政府としてどちら    を選択し、どちらに軸足を置くのかという問題なのだろうと思います。 工藤 政府としては後者の方ではないでしょうか。改革なくして成長なしと小泉総理    はおっしゃっていますから。 山口 今はそういうような方向を目指しているように見えますね。                           ──次号へつづく──            (このインタビューは2002年11月28日に行われました。) ●記事の全文はウェブサイトに掲載されております。 https://www.genron-npo.net/jp/summary/frameset/021211_i_01.html ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ●TOPIX ■ 論文『構造デフレ下での経済政策とは何か』     榊原英資(慶応義塾大学教授) 現在のデフレが金融的で現象であり、また需要不足に基づくものという議論に榊原英 資慶応大学教授は真っ向から異を唱える。榊原氏はそれをグローバリゼーションの中 で世界的に進行している構造的な現象とし、世界経済は構造デフレの時代へと大転換 しており、政策目標は激しいデフレの阻止に置かれると主張する。その視点にたっ て、同氏はデフレ下での不良債権処理は一種の徳政令であり、国が企業再生ファンド を組成するなどの提案を行い、産業や業界の再生の視点から取り組むべきだと語る。 https://www.genron-npo.net/jp/summary/frameset/021224_a_01.html ────────────────────────────────────── ■ 論文『デフレの解消にはミクロでの挑戦しかない』     島田晴雄(慶應義塾大学経済学部教授) デフレ論議で気になるのは、経済実態に即した議論が少ないことだ、と内閣府特命顧 問で慶應義塾大学の島田晴雄教授は言う。経済構造が大きく変わる今の日本では、投 資をしても儲かるという国民の確信、そして民間の挑戦がなければデフレは解決でき ない。個人の意識低下と政府依存の傾向を懸念する同氏は、内閣府で担当するセーフ ティーネット、企業の立て直しや規制緩和の問題に踏み込み、空虚なマクロ議論から の決別と個人の挑戦が必要だと主張する。 https://www.genron-npo.net/jp/summary/frameset/021224_a_02.html ────────────────────────────────────── ■ 対談『自らを破壊できない日本経済に「産業再生」はあり得ない』     大江匡(プランテック総合計画事務所代表)     松井道夫(松井証券代表取締役社長) いくつもの難問を抱えながら、日本経済はいまだ表面的にかろうじて安定感を保って いる。だが、ここで対策のさじ加減を間違えば、再生への道筋を自ずからシャットア ウトすることになるだろう。竹中経済財政・金融相が新設を決めた「産業再生機構」 は問題企業を立て直すことができるのか。プランテック総合計画事務所代表の大江匡 氏と松井証券社長の松井道夫氏は対談で、「あらゆる問題企業と旧体制を破壊しない 限り、産業再生などあり得ない」と提言する。 https://www.genron-npo.net/jp/summary/frameset/021224_c_01.html ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━   ┏━━━━━━━━━━━━ 会員募集 ━━━━━━━━━━━━━┓    言論NPOは、ウェブサイト以外に、出版、政策フォーラム、    シンポジウムなど、多様な活動を展開しています。    また、自由闊達で質の高い言論活動を通じ、日本の将来に向けた、    積極的な政策提言を繰り広げていきます。    この活動は、多くの会員のご支援があって初めて成り立ちます。    新しい日本を築き上げるため、言論NPOの活動をご支援ください。    あなたの第一歩から、日本が変わります。     入会申し込みはこちらへ    https://www.genron-npo.net/jp/frameset/membership.html   ┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛ ──────────────────────────────────────  このメールマガジンのバックナンバーはこちらに掲載されております。  URL https://www.genron-npo.net/jp/melma/melma_index.html ──────────────────────────────────────  配信中止、メールアドレスの変更はこちらで。  URL https://www.genron-npo.net/jp/melma/melma_index.html  このメールマガジンについてのご質問・ご意見などはこちらで。  info@genron-npo.net ──────────────────────────────────────  発行者 言論NPO  URL 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