【vol.24】 塩崎恭久×武見敬三×林芳正『イラクの戦争が日本に問いかけたものは何か 第1回』

2003年4月17日

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■■■■■言論NPOメールマガジン
■■■■■Vol.24
■■■■■2003/04/17
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●INDEX
■ 座談会 塩崎恭久×武見敬三×林芳正
  『イラクの戦争が日本に問いかけたものは何か 第1回』


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■ 座談会『イラクの戦争が日本に問いかけたものは何か 第1回』
  塩崎恭久(衆議院議員)、武見敬三(参議院議員)、林芳正(参議院議員)
                       聞き手 工藤泰志・言論NPO代表
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イラクの戦争の大義は何だったのか。この問いが与党の3人の論客たちに投げかけら
れて議論はスタートした。冷戦体制の崩壊後、安全保障の概念が本質的に変化する中
で起こったこの戦争は、国際社会を大きく変える転機となるかもしれない。この中に
あって、日本はその置かれた地政学的な状況の下でどのような国家路線を選択すべき
なのか、戦略的なビッグピクチャーはどう描かれるのか。


●イラク戦争の大義は何か

工藤 まず、イラクの問題で聞きたいのは、この戦争の大義は基本的に何だったので
   しょうか。

林  アフガニスタンの戦争のときにも言われたことですが、従来の主権国家と主権
   国家の間の争いであれば、戦争法規のようなものが適用され、宣言をして戦争
   をし、終戦するという形があります。これが軍事と言われているものである。
   他方で、国内には警察というものがある。軍隊と警察は全く違うものだという
   近代以降の考え方があったと思うのです。これが、多分冷戦の崩壊後、その区
   分自体が変わってきつつあるのではないかと思います。

   例えば、アルカイダというのは国ではありません。多国籍企業が国の枠を超え
   て経済的に非常に大きな影響力を持っているのと同じように、主権国家ではな
   い主体が非常に大きな破壊力を持つことができるようになった。これは科学技
   術の進歩によって出てきた負の側面だと思います。

   警察ということで考えますと、刑法というものがあり、正当防衛とか犯罪の未
   遂ということがある。何か行動が起こるまで警察が何もしないかというと、そ
   うではない。これと対比しながら安全保障というものを今から考えていかなけ
   ればならないという時期にこのようなことが起こっていると考え、今までの国
   連憲章や、いわゆる戦時法規のような考え方だけで議論してはいけないのでは
   ないかと思います。そういう意味では、今アメリカが言っているような理屈立
   てを100%そのまま受け止めるかどうかということではなく、もう時代の流れは
   そのようになっていて、安全保障の概念が変化しつつあるということを前提に
   議論をしなければなりません。

   では、イラクはアフガニスタンと同じように考えていいのかどうかですが、ア
   フガニスタンの場合は、国家組織ではないとはいえアルカイダという組織が特
   定できて、しかもアメリカは攻撃されたわけです。ですから、アフガニスタン
   の場合は、刑法で言うと既遂です。しかし、イラクの場合は実行に着手があっ
   たかどうか非常に難しい。ただ、何度も改善命令を出しても従わないというこ
   となので、その恐れは非常に強い状況だったし、放っておけばそうなることは
   かなり可能性があったと思います。

   どこまでいけば明白にそういう恐れがあると言えるのか、この未遂犯はもう処
   罰していいのかという点については、警察であれば、いろいろな判例や捜査の
   積み重ねがあります。しかしながら、今回の戦争の場合は、今までそのような
   ことをしてきていないので、新しい判断基準ができることになると思います。
   その際に、アメリカが単独でやり、カテゴリカルに他の国は反対という構図に
   なったところが私は不幸だと思いますが、良くも悪くもこれはファーストケー
   スです。明白な恐れがあると本当に言えたかどうかは、今から積み上げていか
   なければならないと思います。私は個人的には、湾岸戦争後も政権が替わら
   ず、合理的に疑いの余地があると認められたのではないかと思っています。

武見 歴史的に整理をしてみますと、1990年代に入って冷戦が終結し、新しい国際社
   会は一体どういう社会になっていくのかという議論がなされるようになった。
   その中で安全保障という概念も、今までのような冷戦期の安全保障の考え方だ
   けでは十分対応し切れない状況になってくるだろう。しかも、「何を脅威とし
   て認定し、それをいかにして防ぐか」というのが安全保障の考え方の基本的特
   質なのですが、まず認定すべき脅威というところから変質し始めたわけです。
   それが90年代です。

   例えば、従来の国家を基本とする脅威をつくり出すためのツールは軍事力でし
   た。しかも国家が保有する軍事力であった。しかし、そういう脅威だけでな
   く、新たにさまざまな軍事的および非軍事的な脅威が、90年代になって改めて
   認識されるようになります。それによって、暴力の主体としては組織犯罪であ
   り、それと関連した麻薬であり、あるいはテロリズムというものも既に90年代
   の初頭から新たな脅威として、国際社会が共同で取り組むべき課題として認識
   されるようになっていたのです。加えて、エイズのような感染症や環境問題な
   ども、より広くこの安全保障という観点からも捉え直して、新たな脅威として
   認定するという考え方を確立しようという動きになりました。

   こういった考え方が開発の議論と結びつきながら整理されて出てきたのが、
   1994年にUNDP(United Nations Development Programme:国連開発計画)が出
   したリポートの中で使われたヒューマンセキュリティー、「人間の安全保障」
   という概念でした。この考え方が出てきて、確実に、しかも本質的に安全保障
   の議論が変わり始めました。

   こうした中で、まだ議論に決着がついていない時期に9.11が起きたわけです。
   これによって、国家を主体としない新たな脅威というものについての関心が一
   気にテロリズムに集約されて表面化し、それによって、いかに国際社会が共同
   でこの恐るべき脅威に対処すべきかという議論が、ドミナントな議論として国
   際社会の中に出現しました。

   そして、理論的に想定していた以上にこの脅威は深刻だということが経験的に
   分かってしまった。しかも、アルカイダだけでないかもしれませんが、知識人
   を含め、宗教的な理念に心酔した人たちが、国境を越えて、財源や暴力装置を
   確保するための手段を技術として身につけることができるようになり、しか
   も、限られた知識人たちのネットワークでさえも、国境を越えて大規模な破壊
   行為ができるようになったという認識が生まれたわけです。

   大量破壊兵器というものがこうしたテロリズムのネットワークと結びついたと
   きに、その脅威はもはや計り知れないものになって、国際社会としては許容で
   きないという認識に至りました。その際、こうしたテロリズムと最も結びつき
   やすく、しかも核開発、あるいはその他生物化学兵器などの大量破壊兵器を開
   発しようとしている国家というのは、国際社会の中で最も危険視されるべき存
   在だという認識が、米国を中心として先進諸国の首脳部の共通認識になってき
   た。これが今回のイラクの戦争が始まるひとつの基本的な流れだと私は理解し
   ています。

工藤 そうした基本的な流れは非常に分かりやすいのですが、では、その同じ論理構
   成の中でイラクを攻撃するということは正当化できるのでしょうか。

武見 イラクはクウェートを侵略し、湾岸戦争を引き起こした。そして国連決議の下
   で厳しい監視下にさらされたにもかかわらず、巧みにフセインの政権が生き残
   り、そして、大量破壊兵器をも含めた新たな危険な武器の開発を行おうとして
   いる、そういう疑いが極めて濃厚である。従って、国際社会が国連を中心とし
   てその査察を常に求めてきたにもかかわらず、長年にわたってそれを拒否し、
   その不信感を払拭するような行為をとるに至らなかった。その過程で9.11が起
   きて、まさにそれが相乗効果を催してアメリカのネオ・コンサバティストたち
   の理論の中にぴったりと当てはまり、攻撃対象になったわけです。

   その場合に、問題は攻撃する、しないという点だけが実は争点ではないという
   ことです。その前に、実際にこういった独裁国家で危険な要素を持つ政治体制
   が大量破壊兵器を有する。しかも、アルカイダを含めてテロリストたちとの関
   係も、水面下で相当濃厚に持っていると予測される国、こういった国の存在を
   今後国際社会はどのように扱うことができるかという最初の試練が、このイラ
   クのサダム・フセインの政治体制だったわけです。このときに国連が、危険性
   という点については共通認識を持ちながらも、いかなる手段といかなる手続で
   この問題を解決するかという点について、最終的な合意を得ないままにアメリ
   カは攻撃に踏み切った。実はこの点に、イラクの問題の大きな悲劇がありま
   す。やはりアメリカはもう少しきちんと時間をかけて、我慢強く、特にフラン
   スなどを巻き込みながら、国連の安保理の決議をきちんと踏まえた上で攻撃に
   踏み切るという形を整えることが好ましかったと、私は今でも思っています。

   しかし、あえてそういう対応をアメリカはしませんでした。ただ、しなかった
   からといってアメリカの攻撃に大義名分がないかといえば、そうではない。同
   様の性格を持つ危険な独裁国家で明らかに大量破壊兵器を開発していると思わ
   れる北朝鮮。この国を隣国に抱えている我が国の場合には、このイラクの問題
   に対処するアメリカの対応について、同盟国として明確な支持をする以外に選
   択肢がなかったというのが実情だと私は理解しています。


                          ──次号へつづく──

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