【vol.35】 座談会 『アジアに門戸を開放せよ―中国人が見た日本 第1回』

2003年7月01日

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■■■■■言論NPOメールマガジン
■■■■■Vol.35
■■■■■2003/07/01
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アジア戦略会議メンバーがナビゲーターを務めるウェブ上の会議室が7月1日13時よ
り始まります。皆さんの議論にコメントを加えながら、自由な議論を建設的に展開し
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●INDEX
■ 座談会 厳浩×劉迪×周牧之
  『アジアに門戸を開放せよ―中国人が見た日本 第1回』

●TOPIX
■ 「アジア会議版ネット会議」始動!!
■ アジア戦略会議アンケート結果

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■ 座談会『アジアに門戸を開放せよ―中国人が見た日本 第1回』
   厳浩(イーピーエス株式会社代表取締役社長)
   劉迪(早稲田大学国際地域経済研究所客員講師)
   周牧之(東京経済大学経済学部助教授)
                       聞き手 工藤泰志・言論NPO代表
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日本経済の長期にわたる停滞とは対照的に、中国の台頭が著しい。中国から留学生と
して日本に来て、その後も日本で活躍している厳浩、周牧之、日本に留学中の劉迪の
3氏に、日中関係の変化や日本が進むべき道について議論してもらった。3氏は、中国
をはじめアジア諸国の経済発展でかつての日本の輝きは失われたものの、アジアとの
関係を深めることで活力を取り戻すことは可能だと指摘する。


●アジアに門戸を開放せよ

工藤 日本は今後、アジアの中でどのように生きていくべきかなどで、私たちはこれ
   まで議論をしてきました。その背景には、経済的な苦境が長引く中で、中国の
   台頭を軸にしたアジアの変化から取り残されかねないという認識もあります。
   こうした日本の状況を中国から日本に来られて、日本で活躍されている皆さん
   と議論をしていきたいと思っています。それではまず自己紹介を兼ねて、いつ
   頃日本に来て、今、どんな形で活動されているのかを話していただけますか。
   厳さんからお願いします。

厳  僕は、1981年に来ました。76年に毛沢東が亡くなって、77年から大学入試制
   度が復活した。多くの日本人は、文化大革命は知っていますが、こういうこと
   は案外知らない。10年間は大学入試はストップしていました。中学校までは文
   革の時期で、われわれの世代は、大学に行こうなどという考えはまずなく、普
   通はどこかの工場に行くしかなかった。トウ小平が出てきて、大学入試が実際
   に復活したのが正式には1978年、昭和53年です。トウ小平は78年に訪日し、
   そのときの有名な話として、新幹線に乗って、自分はむち打たれているようだ
   と。新幹線のスピードに、中国と日本との間にいかに大きな差があるのかを実
   感したわけです。そういうこともあって、留学生制度ができたんです。

   第1期は、中国で78年に大学に入学して、派遣されたのは80年。私の場合は、
   79年に中国で天津大学に入って、半年勉強して、80年に1年間、日本語と、日
   本の高校の教科書のおさらいをして、81年に来ました。海外に派遣されていた
   学部留学生は日本とイギリス、フランス、西ドイツの4ヵ国に100人ずつでし
   た。アメリカには学部生は派遣していなかったんですよ。当時の認識では、ア
   メリカの学部教育のレベルは高くないと。


●留学先の日本で会社を設立

工藤 当時は日本を評価していたわけですね。

厳  当然そうです。しかし、日本に来ると、アメリカは評価されていて日本は評価
   されていないと思い込んでいる人が多い。僕自身は、何も知らないで日本へ来
   た。100人で来て、大学も九州から北海道まで割り振られた。それも来る直前
   に、君はどこどこへ行けと言われて、僕はもう1人と一緒にコンピュータを勉
   強してこいということで、最初は山梨大学の計算機科学科に行ったんです。来
   るときには、服装費などが出ました。

工藤 服装費って何ですか。

厳  当時はみんな人民服だから、洋服を買うわけです。当時の日本と中国は、当
   然、体制の違いから、例えば歌だとか映画だとか、完全に違う世界ですよね。
   今の中国の若者と日本の若者は、ある意味で同時代を生きているんですよ。

   僕は18歳で、日本の大学へ行って、コンピュータを勉強してこいと言われてい
   たのだけれども、興味がだんだんコンピュータから統計のほうに移って、途中
   で統計を始めたんです。大学院も統計の関連で東大の医学統計というところに
   行って、医学データの解析などをやっていた。80年代の後半で、製薬企業も臨
   床研究機関も、抗がん剤の治療効果の評価などには統計を使わなければいけな
   いということが認識され始めてきたときです。

   大学で勉強をしながら、そういう仕事をやっていた。そのうちに忙しくなっ
   て、製薬企業と契約をしたりするのに窓口も必要だから、91年に今の会社をつ
   くったんです。つくってみたら結構ニーズもあって、こっちのほうが専門に
   なって今日に至っています。もう22年ですよ。日本のほうが長いです。

工藤 その間、日本に対する評価はどうなりましたか。

厳  その前に、僕の場合、学部生から派遣されてきたんですが、今は大学院から
   で、学部派遣はない。僕らのコースで来た人の特徴は、18歳という若さで来て
   いること。もう1つは、日本全国に行かされ、ある意味で田舎での生活経験が
   ある。また、81年当時の中国留学生は、訪問学者を含めて日本全国で800人し
   かいなかった。周りに中国人はいないわけです。だから、日本社会に溶け込み
   やすいグループだったと、そのように認識しています。

   日本に対する評価ですが、学生のときはそんなに経済に興味があるわけでもな
   く、80年代は日本は景気がよくてバブルの時代だと言われるけど、僕ら学生に
   とってはそんなに感じたことはない。ただ、20年間で、中国と日本の間の経済
   レベルと、さっき言ったように、歌とか映画とか、その辺の差はどんどん縮
   まってきていることは痛感するわけですね。


●中国人の勤勉さは日本人に劣らず

工藤 なぜ日本に来られたのですか。

劉  私は大学で日本語を勉強していたんです。82年に卒業して、社会科学院に入
   り、日本研究を始めた。大学院でも社会学で日本社会の研究を専攻していた。
   卒業して、人民日報社の国際部に入りました。日本の研究の関係で、国際部の
   アジア報道の部署に配属されました。私は91年に日本に来たのですが、それま
   では中国の新聞社に勤めて、アジアの報道を担当していました。来日する前、
   私は日本をはじめアジアをこの目で見て、取材しながら、アジアの真実を中国
   に伝えようと考えていました。そのとき、天安門事件があって、多くの若者は
   進むべき方向を見失って、混迷に陥っていた。私はもう1度勉強をし直して、
   何か新しいものを身につけようと考え、会社をやめてこちらへ来ることを決意
   しました。

   来日後、香港の大公報新聞の友達が、日本特派員がいないからぜひやってくれ
   と言うので、すぐに引き受けて、それ以来ずっと、勉強をしながら記事を送っ
   ています。これらの記事の中で、日本経済の成長と停滞について多く書きまし
   た。私が大学や大学院の時代に勉強した日本の経済成長の理由にはいろいろな
   説があって、近代化論とか、日本人の勤勉さについていろいろ教わったのです
   が、中国人の勤勉さは日本人に劣ってはいない。アメリカの学者が唱えたよう
   な理由であったとは思わなくなりました。

工藤 この10年とか15年の間に、日本は停滞し、混乱している状況にある。最近は
   中国人の留学生も、日本よりもアメリカへ行くという現象があると聞きます。
   つまり日本に対する関心が、昔とは変わって......。


                          ──次号へつづく──

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●TOPIX
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●テーマ
昨年来の拉致問題に、核開発疑惑も加わり、北朝鮮に対する厳しい世論が盛り上がっ
ています。こうした中、北朝鮮の貨客船である万景峰(マンギョンボン)号が6月9日
に予定していた新潟港への寄港について、関係当局による厳戒体制が敷かれ、北朝鮮
側が寄港を中止したという事件も大きく報道されました。政界でも、北朝鮮に対して
は、対話と「圧力」の論調が高まり、日本単独での経済制裁(北朝鮮の資産の凍結、
送金や貿易の停止など)を可能とする外国為替管理法の改正や、特定国の船舶の日本
への寄港を制限できる法律の制定に向けた議員立法などが議論されています。

言論NPOアジア戦略会議では、今後の議論形成の参考に資するべく、去る6月6日~
23日にかけて、インターネットを通じ、日本の安全保障問題を中心としたアンケート
調査を行い、この中で、現在、国民の関心の高い北朝鮮の問題についても、ご意見を
求めました。

アンケートQ5「日本の対北朝鮮対策として、今、何を最優先に取り組むべきとお考え
ですか。」に対し以下の結果が得られました。
 1 (7%)   拉致問題の解決。
 2 (27%) 北朝鮮に対する抑止力(軍事力、経済制裁の仕組みなど)の向上。
 3 (21%) 北朝鮮に対する断固たる制裁措置(送金や貿易の停止、北朝鮮船舶の
      寄港制限など)の実施。
 4 (37%) 北朝鮮との直接の対話の再開と相互理解の推進。
 5 (1%)   アメリカや中国などとともに、北朝鮮に対する国際的な交渉スキームに
      より強くコミットする。
 6 (6%)   経済支援の実行。
 7 (1%)   その他。
最も多い回答は「4」(37%)の「相互理解の推進」でしたが、それに次ぐ答えの
「2」(27%)、「3」(21%)と半数近い方々が、「圧力」を重視しているとの結
果となりました。

あなたはどの考えに近いですか?また理由もお書き下さい。
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●参加方法
 ○発言を読む
  ネット会議では、発言をどなたでもご覧いただけます。

 ○発言をする
  発言するには言論NPO会員であるか、事前に登録が必要です。
  登録はこちらから。
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■ アジア戦略会議アンケート結果
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