【vol.41】 横山禎徳 論文『日本の対アジア戦略をどう構築すべきか 第2回』

2003年8月12日

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■■■■■言論NPOメールマガジン
■■■■■Vol.41
■■■■■2003/08/12
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●INDEX
■ 論文 横山禎徳(社会システムデザイナー)
  『日本の対アジア戦略をどう構築すべきか 第2回』


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■ 論文『日本の対アジア戦略をどう構築すべきか 第2回』
  横山禎徳(社会システムデザイナー)
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先のイラク戦争は世界の与件が大きく変化したことを物語っている。今や「大国の混
迷の見本」となった日本は、こうした外的な環境変化だけではなく、内的環境の変化
の中で、国家戦略の見直しの時期を迎えている。現在、フランス在住の横山禎徳氏は
国家戦略の立案の枠組みを提示、その中で日本が持つべきアイデンティティの一試案
として、日本がアジア諸国の「Thought Leader」になることだとし、そのギャップ
を埋めるための日本の強さの徹底活用を主張する。


●国家戦略立案の枠組み

日本が対外戦略を含めて国家戦略の見直しの時期にあるのは、外的環境の変化のせい
だけではない。内的環境もこれまでの前提とは違った方向に変化し始めている。暗黙
であれ、明確であれ、長年日本が戦略の前提としてきたことを洗い出し、その体系的
な分析作業を通じた吟味に着手すべきだ。既に述べたように、国家戦略の違い、ある
いはその有無による影響の時間軸は長い。どの政府であれ、現行の政府は国家戦略の
時間軸より短い寿命しかない。そう考えると、現行政府の個別意思を超えた次元で大
枠の方向に対する認知と合意が必要であることは明らかだ。

その合意は政治家や官僚、そして、学者やビジネス・リーダーなどの指導的立場にあ
る人たちの間に留まるべきではない。一般市民の素直な感情と国の指導層の思想との
間の亀裂が、できるだけ起こらないよう努力することも必要だ。「無知な大衆と訳知り
の指導層」の対比は、情報過剰時代である現代では急速に崩れ始めている。情報は独占
できない。アメリカも今回のイラク戦争で、前回の湾岸戦争と違いCNNだけが世界の
情報源ではないことを思い知らされた。アル・ジャジーラもフランス2もある。それ
ぞれの視点から異なった映像で一般市民に訴えかけた。

日本が優れた新国家戦略、およびアジアを中心とした対外戦略を打ち出すためには、
戦略を組み立てるための基本的枠組みを全ての参加者が共有することが大前提であ
る。枠組みを共有しないまま議論を進めても、いろいろな信条と見解のぶつかり合い
の中で拡散してしまいがちだ。

超短期の現象に長期の方向が左右され、拙速で納得感のない結論を出すか、あるい
は、結論に収束しないまま、時間を浪費する可能性が高い。結局、疲労感が高まるだ
けで、最終的に意欲的な行動のメリハリと首尾一貫性につながらない。このような状
況に陥ることは絶対に避けるべきである。では、前述の目的を達成する戦略立案の枠
組みは何か。それは異論を唱えるほどのこともなく、誰もが常識的に納得できるもの
でないといけない。その枠組みをここで明確な5つのステップとして提示する。すな
わち、

 1. 世界の中長期的潮流の洞察
 2. 日本の強さ弱さの客観的、分析的把握
 3. 日本のアイデンティティ願望と主要な潮流とのギャップの特定
 4. 日本の強さの徹底活用によってギャップを埋める選択肢の抽出
 5. 永続的優位確立の視点からの選択肢の評価と最適案の決定

である。

この「戦略立案の5つのステップ」を議論の共通の枠組みとして受け入れ、そのス
テップごとに多面的な議論と仮説の抽出、その分析的検証を行っていけば議論は収束
し、その結果として、少なくとも第1段階の戦略と行動指針が導き出せるはずであ
る。それをもとに継続的議論と幅広い認知、そして質の向上を図るのが、その後に続
くステップである。

ここまでは異議を唱える向きはないはずだ。しかし、これから先、各ステップを説明
するために具体的に述べる内容は筆者の個人的見解であり、十分なデータによって検
証されていない仮説、個人的思い込みなども多く含まれているだろう。反論、議論が
巻き起こることがあれば極めて望ましい。しかし、上記の枠組みを壊さないことを前
提としての反論、議論である限りである。


●世界の中長期的潮流の洞察

まず、戦略立案の第1のステップである「世界の中長期的潮流の洞察」に関して考え
てみる。

このステップでは、他国に頼るのではなく日本独自の多面的な観察と、事実の分析に
基づいた洞察であることが最も重要だ。しかし、それは容易ではない。「他国のことを
語れるのは1週間以内の訪問者か、30年以上その地に住んだ人だ」という表現がある。
例えば、中国に関しても、私たちは狭いほんの一部の地域への「1週間以内の訪問
者」による中国論という印象論の洪水の中にいる側面もある。

ニューヨークに1週間出張をしただけでアメリカ全体を語るのでは、「アメリカ」と
いう複合的な経済・社会を説明できないことは明らかだ。それでなくても、中国をひ
とつの国としてマクロ的に捉えると観念論に陥りやすいことは多くが指摘しているこ
とである。

中国をしっかりと「場合分け」をして、その「場合」ごとの体系的データ収集と分析
の体制を早く確立しないといけない。必ずしもみんなの言う地域だけが「場合分け」
の軸ではない。経済・社会の複合構造の中で、さまざまなセグメントや構成単位の間
には発展段階の時間差が出てくるはずだ。公表される統計データだけでは中国のダイ
ナミズムを捉えるのに十分ではない。日本独自のデータ収集を続ける意思が必要だ。

それと同時に、中国に対する注目の陰に隠れているが、アセアン諸国もそれぞれが人
口も多く、全体として数億を超えた人口を抱えており、総体として教育水準も高い。
それぞれが最近とみにスピード感のある新たな展開を始めており、20~30年の時間
軸の中では、その存在がもっと目立ってくるはずだ。中国はひとつではなく、地域ご
とに考えるべきと言うなら、これらの国々の経済規模はそれに十分匹敵し得ることを
忘れてはいけない。

また、ロシアも急速にイメージを変えつつある。税制改革の成功と石油輸出による国
際収支の改善で、数年前のロシアではなくなりつつある。韓国も数十年の時間軸の中
では南北統一があれば、日本の人口減少が続く中でほぼ同じ人口規模の国になる可能
性がある。これらの諸国も中国の存在を視野に入れた戦略を当然真剣に考え実行す
る。「中国が全て」というシナリオには現実にはならないのである。

ここでいう分析は短期の状況を無視しているのではない。当然、喫緊の課題は吟味す
べきだ。しかし、短絡的に問題の裏返しを答にしてしまう愚を避けるべきである。例
えば、北朝鮮の核ミサイルの脅威に対し、日本も核保有すべしという発想がそれであ
る。60年代の米ソの状況をミニチュアで再現するよりわれわれは賢くなっているはず
だ。北朝鮮が置かれている状況に対するもっと冷静な分析による洞察と、それに対す
る数段構えの施策が答として必要である。

このステップにおいて最も難しい洞察は、個々の分析をどのような全体的コンテクス
トに基づいて理解するかであろう。今後もパクス・アメリカナを信じていいのか、強引
なイラク戦争の後、その様相はどう変化するのか、アメリカは戦争には勝ったが国際
政治には負けるということになるのか、多軸的な力のバランスによる均衡はあり得る
のか、いろいろな可能性がある。

あるいは、中国は強大化する自国の存在をどう位置づけるのか、その体制は不連続に
きしむことはないのか。当事者を含めて誰にとっても将来を見通しにくい状況である
ことは確かだ。複数のシナリオをつくり、ダイナミックな変化を継続モニターする以
外に方法はない。その際、シナリオづくりの作業を通じて常に感覚を鋭敏に保つ規律
が重要だ。


                          ──次号へつづく──


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