【毎日新聞】 日本の選択: 増税か 給付減か 岐路の社会保障

2004年6月18日

2004/06/18 毎日新聞

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昨参院選の意義はどこにあるのか。マニフェスト(政権公約)選挙を提唱した北川正恭・前三重県知事と、マニフェスト検証に力を注ぐ非営利組織(NPO)の工藤泰志・言論NPO代表が対談し、「日本の将来を決断する選挙」との認識で一致した。北川氏は「観客民主主義から脱却できるチャンス」、工藤氏は「候補者と政党にコミットメン ト(約束)を求める選挙」と主張した。

 

●「観客民主主義から脱出する好機」――北川正恭・前三重県知事

――政権選択選挙ではありませんが、参院選の意義は?

北川氏 政権に重大な影響を及ぼす選挙だ。イラクの問題、年金を含めた社会保障問題は戦後政治の岐路の象徴。今回の参院選は21世紀の針路を決める選挙だ。利害調整ではなくて、この国の姿が問われる1回目の国政選挙と位置付けている。

工藤氏 (当選した議員の)任期6年間がたつと2010年。この重みを考えている。この間に日本は財政問題の立て直しを迫られ、増税か否かの決断が迫られる。年金、介護、社会保険問題の「給付」と「負担」について国民は決断しないといけない。日本の将来に向けて、候補者と政党にコミットメントを求める選挙だ。日本の岐路にもかかわらず、政党や候補者から将来についての議論が出てこないのは不可解だ。

――昨年の衆院選でマニフェストが出たが、具体的な内容ではなかった。
マニフェストを問う2回目の選挙ですが、変化はありますか?

工藤氏 十分ではないが政策を国民に提示して形でも実行するような風潮が出てきたのは進歩だ。ただ、マニフェストが「国民との契約」という概念まで高まったかという点はもっと進化して深める必要がある。

北川氏 与党はマニフェストを堂々と書いたら強い内閣になるということを理解してもらいたい。野党は前回のマニフェストで点が取れなかったわけだから、その分析、検証の中身を国民に公開すべきだ。それで国民に「この野党なら内閣を任せる」と思われたら政権交代が実現する。緊張感のある民主主義を実現する一つのツールとしてのマニフェスト選挙を、各政党がさらに進化させてほしい。マニフェストを軽く考える政党が、選挙で厳しい判断を下されると自覚すべきだ。

工藤氏 マニフェストは有権者の視点で今の政治のあり方を変える試みだ。政党は政策形成や実行プロセスを変えないといけないが、有権者も問われる。「政治に任せておけばいい」という人もいるが、自分たちの将来、運命に有権者としてかかわらないといけない。――年金問題が大きな争点になりそうです。

工藤氏 一番重要なのは、国が保障すべき最低の給付水準はどのくらいか。そのため国民の負担はいくらか。この姿を見せてほしい。「既存システムは高齢化社会でもたない」と正直に語れる政治家かどうか問われる。「給付は守る」「負担はこれ以上上げない」と言う政治家は信用してはいけない。持続可能でない年金制度を維持することは、現役や将来世代に背負い切れない負担を押し付けること。将来にコミットメントできない政治は無責任だ。

北川氏 年金だけではなく社会保障全体や税とも一体化して、給付と負担の関係をこうする、ナショナル・ミニマム(最低限の保障水準)はこう確保するということを、政党が明確に掲げられるかだ。選挙前に堂々と言い切れば強い政党になる。国民は意識し始めていて、苦い薬の入った公約でも誠実に説明すればきちんと反応してくれる。説明責任を果たし、負担と給付を明確に打ち出せるかだ。

工藤氏 私も説明責任が気になる。小泉改革で決定的に不足しているのは政治側の説明責任だ。国民に今の状況が持続可能でないことを正直に説明し、合意を形成すべきなのに、その努力を怠っている。つまり、有権者を信じていないと感じる。自信をもって語る将来像を政党、政治家が見いだしていないと思う。

北川氏 戦後の日本の方向、政治のあり方を変えるときに、自らが進んで、説明責任を果たせないといけない。年金問題やイラクの多国籍軍参加問題で政治不信が極まってくる。誰がやっても難しい問題だからこそ、徹底的に説明し、審判を仰ぐことを参院選から実現してほしい。

 


●「候補者と政党に約束求める選挙」――工藤泰志・言論NPO代表

――財政危機はどう考えていますか?

北川氏 私は仕組み直しだと思っている。だから、パラダイムシフト(社会の価値観の移行)という言葉を使っている。今までの考え方も、コンセプトも、あるいは実行の仕方も変わらずに、やれるかというとやれない。だから、例えば「地方でできることは地方」と言った以上は断固としてやる。実行形態や期日を提示して、ロードマップ(行程表)で出す。持続可能な経済というのを理念として示すべきだ。

工藤氏 財政再建はもう制度論に入った。つまり、社会保障制度や、国と地方との制度問題を解決しない限り突破口は開けない。ここでもナショナル・ミニマムの水準が問われる。政治がどれだけ指導性を発揮できるかだ。これをやれないと、財政再建には増税とインフレしかない。

北川氏 国と地方の長期債務残高が700兆円というのは、政治家も行政も無責任だったが、国民も無責任だったことを自覚すべきだ。だからこそ、投票に行って、どちらが正しいかということを自分たちが決めるべきだ。バイ・ザ・ピープル(国民による政治)が決定的に欠けている。今回の選挙は、観客民主主義、お任せ民主主義を脱却できるチャンスだ。

工藤氏 今まで有権者は政府や政党に依存し、政治を自分の問題として考えていなかった。これはメディアにも責任がある。今は自分たちの将来は自分たちで決める、という段階になった。今回の選挙は、有権者がリアルな生活実感を持って、候補者の正直さ、ウソを見抜く。そして将来に対して、この6年にコミットメントできる人に投票すべきだ。

2004/06/18 毎日新聞