米中新体制と日本の外交の進路

2013年3月10日

米中新体制と日本の外交の進路

 2012年はアメリカ、中国など世界各地で新体制が発足した。中国の台頭とアメリカのアジア太平洋へのシフトの中で、日本に問われる外交の役割とは何か。これまで日米関係、日中関係に深く関わってきた三氏が話し合った。


宮本雄二 宮本アジア研究所代表、元駐中国特命全権大使
京都大学法学部卒業後、外務省入省。アジア局中国課長、軍縮管理・科学審議官(大使)、駐ミャンマー連邦特命全権大使などを経て、2006年より駐中国特命全権大使。11年より現職。

藤崎一郎 前駐米大使、上智大学特別招聘教授
慶應義塾大学経済学部在学中に外交官試験に合格したため、卒業を待たずに外務省入省。経済協力開発機構(OECD)日本政府代表部、北米局長、外務審議官(経済)、在ジュネーブ国際機関日本政府代表部特命全権大使などを経て、2008年より在アメリカ合衆国特命全権大使。13年より現職。

田中明彦 独立行政法人国際協力機構理事長
東京大学教養学部卒業後、平和・安全保障研究所研究員、東京大学教養学部准教授、同大学東洋文化研究所教授などを経て、2009年より同大学副学長。12年より現職。

工藤泰志 言論NPO代表(Discuss Japan編集委員長)



米中新体制と日本の外交の進路

工藤:安倍政権が誕生して初めての議論となりますが、世界も、中国も体制が代わり、アメリカもオバマ大統領の2期目となったほか、様々な国で指導者が代わりました。その中で安倍外交に求められている役割は何なのでしょうか。


期待する安定外交

田中:安倍政権ができるまでを振り返ると、自民党の体制から政権交代があって民主党政権が生まれ、それでまた政権交代があって、自民党の政権ができた。これは、日本国民にとって非常に新しい経験だったと思います。その中で外交についても、政権が代わるということによってそれなりのニュアンスの違いが出て、そのことでいろいろな紆余曲折があったわけです。安倍さんが政権をつくるのは2度目であるし、戦後でいえば、吉田茂氏以来の再登板した首相ということで、ここ数年間の総理大臣に比べると、経験がそれなりに蓄積されているし、そういう経験を活かした形で、新しい日本外交をどのように再定義していくのか、ということの課題を問われていると思います。恐らく、世界や日本国民の間には、ここのところ頻繁に日本では政権が交代してきたということもあるので、もう少し安定した形で外交をして欲しいという期待が大きいのではないでしょうか。

工藤:安倍さんが再登場するに至った民主党政権で、一時かなり日米関係が不安定になったという状況があります。また、アメリカがアジア太平洋に軸足を移し始める中で、日本の役割が本質的に問われ始めた、という問題もあります。藤崎さんは今回の安倍さんの登場の意味をどう考えていますか。


揺らいでいない日米関係

藤崎:第一点は、今、田中さんもおっしゃったように、日本のような大国で毎年、総理が交代するということは極めて異常なことで、こういう異常な事態が早く終わって、しっかりした安定的な政権ができる。それは経済においても、外交においても全般に当てはまるでしょうが、それが世界の期待であると思います。

 二点目は、民主党政権は確かに立ち上がりの時に紆余曲折があったというのは事実ですが、全般的に日米関係がずっとおかしかったということではない。例えば、普天間についても基本的には自民党と同じような路線に戻っている。ただ、いくつかの問題において対処する際に、必ずしも信頼関係が十分ではなかったというのは、そのとおりだと思います。

 私は日本の存在感の薄さということについては、若干、誇張されているのではないかと思っています。アメリカで見ていると、問題のある国というのは常に報道され、議論の対象になり、シンポジウムも行われる。その点、日本との関係は確固たるものがあって、そう簡単にガタガタになっていくというものではない、と私は思っています。例えば、ワシントンにいて、果たして日本と中国のどちらがより大きな存在であるかといえば、私は、日本はほとんどの国に比べて大きな存在であると思っていたし、今後もそうであろうと思います。若干、我田引水のところがあるかもしれませんが。

工藤:宮本さん、安倍さんは中国との間ではかなり緊張感が高まる中で登場してきた。その背景には、中国の台頭という現実もがある。中国との関係ではこの二度目の安倍政権は、どういう役割が問われているのでしょうか。


中国の"期待と心配"

宮本:中国に関して言えば、民主党政権の時には交流の仕方というか、対話のやり方、ルール作りが定着しなかった。ある意味、ゼロから始まった政権ということだからなかなか難しかった。双方の政権の意見のすり合わせが難しかったというのが、新しい課題だったと思います。今度、自民党政権に代わったということは、昔に戻れるということですから、日本と中国の意思疎通ということに関して言えば、民主党政権時よりはスムーズになるという感じがしています。

 安倍政権に対しては、中国側は期待と心配が相半ばするという状況ですね。2006年に当時の小泉首相の靖国参拝問題で非常に厳しかった日中関係を立て直したのは安倍さんです。そういう意味で現実主義者としての安倍さんに対する期待はある。しかし同時に、中国側には総理をお辞めになった後のいろいろな言動を心配しているという面もある。従って、どちらが本当の安倍さんなのかということを今、一生懸命に観察しているという状況でしょう。

 ただ、政権が代わるというのは新年を迎えるようなもので、去年は悪いことがたくさんあっても「まあ、新しい年だから新しい気持ちで励みましょう」というようになる。政権が代わるということにはそういう面もあるので、私はこのチャンスを活かして、中国ともう少しきちんとした対話ができる関係にしていただくことを期待しています。。

工藤:田中さんから、外交の再定義をどういうふうにしていけばいいのか、という話がありました。その場合、考えないとならないのは、日本を取り巻く世界の潮流の変化というものが、この間どのように進み、そして今、日本はどのような位置に立たされているのかということです。田中さんはどう考えていますか。


中国の台頭と試練

田中:世界全体の流れというのは、冷戦が終わり21世紀に入ってから、だいたい一定した方向に動いていると思います。つまり、いわゆる欧米以外の新興国と言われているような国々の経済規模が大きくなっていくことによって、世界全体のある種の経済規模の分布というものが変わっていく。冷戦が終わってアメリカの一極支配というふうに言われたこともありました。もちろんソ連がなくなったことによって、相対的にアメリカの力が大きくなったということがしばらく続きましたが、それをもう少し長い目で見るとアメリカの力自体も、世界全体の中の経済規模の変化の中で相対化されていくという流れだったと思います。

 しかも、21世紀の最初には9.11もあり、対テロの面が非常に強く出て、その中で世界全体のパワーバランスというものが徐々に変わりつつある。また、この10年で、やはり中国の経済規模が相対的に大きくなっているということは否めない。そうした中で、世界全体の政治のあり方をどういうふうにしていくのか、ということが、今の指導者が問われていると思います。これは旧来の世界をリードしてきたアメリカ、欧州、日本にとってもそうですが、新たに登場しつつある国々のリーダーにとってもこれは大変な挑戦だと思う。

 だから、「中国との関係は日本にとって大変だ」と言われるが、私はどちらかといえば、今度の習近平体制の中国というのは、まさに世界中から中国は一体どういうふうに行動していくつもりなのか、と注目される中で中国にとっても大変な試練となっているのではないか。日中関係が非常に難しいと言われ、確かに日本にとって難しいでしょうが、おそらく中国にとってもとても難しい局面になっているのではないかと思います。

 だから、この尖閣問題でも、もちろん我々日本もいろいろと考えなければならないことはありますが、この2つの事態がもたらした中国に対する世界の見方ということを考えると、中国の指導者にとっても今後、どのように物事を進めていけばいいのか、非常に重要な課題になっているはずだと思う。

工藤:田中さんにもうひとつ聞きたいのはアメリカ大統領のオバマさんのことです。オバマさんは就任した2009年に東京のサントリーホールで、「私は太平洋の初めての大統領だ」と語りました。つまり、アジア太平洋ということに強い関心を持ち、そこに重点を置く姿勢をはっきりと示した。こうした変化をどうお考えですか。


アジア太平洋へのシフトと米国の試練

田中:私は先程、中国にとって大変だと言いましたが、これは旧来の世界を主導してきたアメリカという超大国にとっても大変な試練だと思います。オバマというアメリカの大統領は、ややアメリカの一極集中型のイメージの下で行われた外交を修正する大統領として登場したという面があります。9.11テロの後に、テロとの戦いのためにブッシュ政権が非常に強い対応を行った。同盟国との間で亀裂を生じさせても、アメリカの姿勢を貫き、それでアメリカ国内でも十分に支持を得られないという状況になって、新しく生まれたのがオバマ大統領であった。その面で言うと、オバマ大統領というのは新しいパワーバランスの中で、国際協調的な動きの中でのリーダーという形を取ろうと思ったのでしょう。しかし、「協調的に」というのと、「リーダーシップを取る」ということを両立させるのは、なかなか難しい面がある、特にリーマンショック後のアメリカの経済のことを考えると、なかなかリーダーシップという面が見えにくくなってしまった。ただ、その中で2期目も合わせてアメリカは太平洋を重視するということを言っているわけで、そうなるとまさに先程言った中国とアメリカとの関係をどういうふうに持っていくのかということ自体、非常に苦労しなければならない局面に立っているのだと思います。

藤崎:オバマさんを日本人の普通の目から見ると、常識というものを非常に発達した形で示している大統領に思える。したがって今、田中さんがおっしゃったように一極集中ではなく、非常に多面的に物事を見ていくのではないだろうか。例えば、内政で言うと、医療保険制度改革とか、今は銃規制の問題を議論していますが、我々から見ると非常にわかりやすい。外交について見ると、中国の台頭があり、アジア太平洋は未だ不安定な要素があるということからいけば、アジア太平洋にシフトを移していくことが大事だということが、いわば常識から出てくる議論であると思う。

 サントリーホールの話は私も聞いていましたが、その時からずっとその議論をし、実際にASEAN大使を作ったり、東アジアサミットに入ってきたり、いろいろ具体的な政策をとってきている。ただ、それはそれとして、世界の情勢がそれを許すのかどうか、ということを考えると、昨今のアルジェリアやシリア、さらにはイラン情勢もあり、中東は相当な緊張をこれからのアメリカ外交においてもたらすのではないか。イスラエルロビーもこれから活溌に動くであろうし。だから、決してアジア太平洋だけが焦点になるわけではなく、引き続き相当部分、中東というものが大きく影を落としていくと思う。しかし、その中でもアジア太平洋というのをアメリカが重視していくことというのは、初めに申し上げたように極めて論理的な帰結だと思う。

工藤:しかし、実際には中東とアジアへの対応の両方が可能かという問題があります。

藤崎:それはあると思いますが、まさに田中さんが言われた一極集中ではない、いろいろなところを見ていく中での一つであるということです。

田中:ただ、国際社会全体の目から見ると、今の北アフリカ、西アフリカから中東の情勢について、アメリカが十分に積極的であるのか、という疑問が生まれつつある。だから、協調という側面を言う反面、旧来のアメリカであれば行ってきたような行動を十分にしていないのではないか、という見方もできます。

藤崎:これは難しくて、逆にそれをやると今度はやりすぎだと言われるから、そこは両方の問題があります。

工藤:アジアリバランスということの背景にはやはり、アフガンや中東が終わったからこちらに、というだけではなくて、中国の台頭の問題がある。

藤崎:中国があって、それから世界経済におけるアジア太平洋のウエイトがはるかに大きくなってきている。しかし、まだ不安定要素がたくさんあるなど、いろいろな観点を総合すれば、アジア太平洋が極めて重要になりつつあることは論理の帰結です。ただ、だからと言ってこの地域に集中ははなかなかできない、いろいろなことに引っ張られながらそれをやっていくという状況ではないでしょうか。

工藤:宮本さん、どう考えていますか。


中国は、大きな体に相応しい考え方を

宮本:そういう大きな潮流があって、依然としてアメリカが世界のリーダーとしてやってきたし、これからもそうしていく必要がある。中国そのものはかなり図体が大きくなってきましたが、まだまだ自分中心の考え方から抜けきれない。いわゆる公共財としての世界のシステムであるとか、世界の平和や安定にどういうふうに自分たちが積極的に関与していくのか、ということについて、議論は始まっているけれど、大きな国の方針として出てこないし、またそれが具体的な行動に表れてきていない。

 こんなことを言うと中国の方に叱られるかもしれませんが、いわば図体は大きくなってきたが、考え方はその身体に相応しいものになっていない、という状況であると思います。それが実は、先程からみなさんがおっしゃっている中国問題の一番大きなところです。すなわち、世界に対してこれだけ大きな影響力を持つ、そういう物理的な力、つまり経済力も軍事力も持ったにもかかわらず、それがどういうふうに使われるのか、ということについて、彼らは国際社会に対して明確な方針を示すことができないでいる。

 客観的に言って、経済そのものを見ると、中国はグローバル経済を微調整はするけれど、本格的な変革を求めるメリットは何もない。軍事・安全保障についても、予見しうる将来、アメリカに正面から挑戦することはできないと思う。

 そういう中で頭を整理して、何が中国にとって一番良い対外政策ないし姿勢なのか、ということを考えていければよいのですが、今の中国は、それは指導者も含めてですが、国内のことをまず考えて手を打っていかなければならない。つまり、国内に足を引っ張られているという側面が、従来よりもはるかに強くなってきている。国際的なことを考えていかなければならない段階であるにもかかわらず、それを考えるべき人たちは国内的な考慮が先になってしまう。これは世界各国が直面している共通の課題ですが、中国にとっても一番難しいところだと思います。

藤崎:宮本さんに質問したいのですが、今、宮本さんが言われたのは、中国は大きくなったけれど、まだそれに思考がついていっていない、ということです。

 確かにそうなのだろうと思うけれど、こんなことを言うと中国の方が違うと言うかもしれませんが、今のようにそういう思考をとっている方が得である、という計算も場合によってはあるのではないか。例えば、WTOや安保理などいろいろな世界の枠組みを享受しつつ、しかし、そのコストはできるだけ小さくして、第三世界のリーダーとしてのポジションをとっていくことが、外交的には得だ、という考えをとっていることはないのでしょうか。


中国は依然、国内優先なのか



宮本:それは有り得ます。しかし逆に、それだけでもないという状況もある。2009年あたりに胡錦涛さんが国連やアメリカを訪問した時に「和諧世界」を大々的に打ち出して、それはもう孔子の再来か、と思われるような対外姿勢を示したこともある。しかしながら、それが中国の社会や言論界の主流になって、その考え方で対外姿勢が貫かれているようには見えない。そうではない意見も、どんどん聞こえてくるという状況です。

 おっしゃる通り、そういう計算もあるとは思いますが、同時に本当に世界の指導者を目指すという動きもあったし、今日の時点を見ると、それよりもむしろ国内のことを優先するという状況になっているのではないか、という気がします。

工藤:みなさんは国際的な会議に出席することも多いので、多分、日常的に感じておられるかもしれませんが、僕も最近、そういう会議に参加すると、米中が非常に激しくやり合う場面に何度かぶつかります。恐らくそれが当たり前なのだとは思いますが、先程のシリアも中東も、いろいろなところで中国が見方の違う行動をしてくるとなると、それは多極化なのかもしれませんが、いろいろな世界で起こっていることに対して中国ファクターということが無視できない状況になっているのか、という気もします。今、世界は、どういう状況だと考えればよろしいのでしょうか。

田中:私が見たところ、中国のある人たちの発言というのは、「国際秩序、世界秩序というのは常にアメリカが定義して、それを我々が受け入れるのだ、ということではない」と、そういうことを非常に強く言いたいという方が今、多いのだと思います。「第二次世界大戦以降の国際社会の考え方やものの考え方など、いわば常識というものは、だいたいアメリカ人が言う通りのものである」と言われてきたが、それに対して21世紀の現実はそうではなく、アメリカ人だけが課題設定やもののルールを決める特権があるわけではないのだ、ということを、その中国の一部の方々は強く言いたいのだと思う。

 そこで、恐らく宮本さんがおっしゃったような点になってくるのでしょうが、そうやって批判するのであれば、それでは中国ご自身としては、どのような国際的な公共財を提供して、どのような枠組みであれば、アメリカも中国も、あるいは開発途上国も利益が向上することができるのか、そういう疑問が生まれてくる。その時に、恐らく藤崎さんがおっしゃったように、そこのところで実際の中国の外交を見ていると、「我々はまだ開発途上国なのであるから、重要な問題の解決は先進国が責任をもってやればよろしい。我々はまだそのようなことに責任を負うような立場ではないのだ」と言うものですから、そうするとアメリカの下の秩序に対して批判する舌鋒と、やっていることがチグハグである、という感じが生まれるのです。

工藤:中国の動きに、アメリカはどう対応していこうとしているのでしょうか。


国際秩序の恩恵を享受してきた中国

藤崎:確かに今ある秩序は、米国が中心になって作ってきたルールです。これは国連、WTO、IMFみんなそうです。しかし、それが今の社会の根底であるから、日本もそれを受け入れて、ずっとそのルールに従ってやってきたわけです。WTOでも、これが中国の今の大発展をもたらしたわけで、国連でも安保理の常任理事国であるし、ルールの恩恵は非常に享受しています。恐らくアメリカから見ればルールのいいとこ取りではなくて、全体として受け入れるべきなのだ、と。それは海洋法も然り、ということで、それは我々と同じ考えではないだろうか。やはり今のルールをきちんと守った上で、その中での改善をみんなで議論していくということはあり得るかもしれないけれど、「初めから人のつくったルールはダメだよ」というのはないだろう、ということだと思いますね。

田中:実際、現在の国際政治経済秩序を最も享受して、驚異的な経済発展を遂げたのが中国なのであって、その一番の利益を得ている国の方から現秩序に対して不満が出るというのはちょっと変な感じもします。

藤崎:政治も同じではないでしょうか。安保理の常任理事国なのだから。

宮本:中国の人のパーセプションが若干、違うと思うのは、90年代の終わりに彼らは必死になってWTOに入ろうとしていましたが、そこで交渉をしていた責任者の話を聞くと「我々はアメリカ、日本などそういう国際社会のためにWTOに入ろうとしているのではない。中国は経済改革をしない限り先へは進めない。しかし、中国には大きな既得権益がある。我々は国内の既得権益を打破するためにWTOに入るのだ」と。だから、このロジックは「自分のため」である。自分の当面の課題のためである。そこで客観的に冷静に引いて眺めてみれば、中国が大きな利益を得ているというのは事実だとは思いますが、参加している当の中国の人は別のロジックであり、それほど我々が思っているような見方をしていない可能性はあると思いますね。

工藤:宮本さんに質問なのですが、中東という問題も今後の国際政治でかなりウエイトが大きいと思いますが、中東と中国というのはどのような展開になっていくのですか。つまり、中国は中東に関してはアメリカと同じ考えではないですよね。

宮本:一番、典型的なことは、中国にとって現在一番、必要なことについて、最大のメリットを得られるような形で中東との関係を作るということです。まだ中東全体の平和と安定を維持することによって、そこからさらに長期的な利益を得ようとするというところまでいっているかどうかは疑問です。例えば、現時点において、イランやアフガニスタンとの関係も含めて、中国は一定の動きをしているわけですが、これから、どういうふうにしてあの地域全体を安定的なものにしていくのか―長期的には、それは中国にとっても利益になると私は思いますが―そのために中国はどういう役割を果たしていくのか、ということについては、ちょっと見えてきていないのではないでしょうか。

田中:中国は一方で、秩序をマネージする存在であるアメリカに対して、ある程度批判をする側ではあるのだけれど、その批判の前提にはやはり、国際秩序はそれなりにアメリカが守ってくれる、というふうに想定している面がある。現実に今後のエネルギーの依存度を考えていけば、中国の方がアメリカよりもはるかに中東への依存度が高くなるわけですから、中東の安定というのは中国にとっても非常に重要な話です。しかし、具体的に今まで中国が政治的にリスクを取って、物事を安定させようと積極的に動いたという例はあまりないです。


中国にとって大事なのは経済成長

宮本:ひとつだけ議論のために言っておくと、おそらく日本の世論、それから欧米の世論もある程度そうだと思いますが、最近、中国が急速にナショナリズムに引っ張られて、対外強硬姿勢に急に大きく転換した、というのが、現在の論調だと思うのですが、私は最終的な結論を出すにはまだ早いと思います。最近、出された中国の基本的な文献を読んでも、中国共産党にとって一番、大事なのは経済成長だということを再三再四言っている。経済成長をしていく上で、世界中の国と衝突していたら経済成長の足を引っ張りますから、そこが揺らがない限り国際社会との協調、と言ったら言いすぎかもしれませんが、少なくとも、あまり波風を立てないような方向性にもっていくという強い動機付けがあります。

 他方、国内の問題がありますから、短期的なハンドリングとしてはナショナリズムが強く出るかもしれません。しかし、それが中国の基本的な対外姿勢になったのか、という点ではもう少し見守って、場合によっては戻ってくる可能性もあるのだという想定で、中国との関係を考えた方がいいと、私は思います。

工藤:そういうふうな状況の中で、今後の日本はどのような外交的なチャレンジが求められているのでしょうか。世界が大きく変わって、非常に不安定化している中で、日本の役割も外交上問われていると思います。そのあたりもお話ししてください。


様々なレベルで重層的な外交を

田中:外交というのは、世界に200カ国以上あり、国際組織もたくさんあって、日々みんながやっているわけで、アメリカと中国に対する対応だけが日本の外交というのは、やや狭い見方です。最近、安倍総理が世界地図を視野に入れた外交をするとおっしゃっている。もちろんアメリカや中国との関係も大事ですが、そういうものを包み込むような、様々なレベルの、重層的なことを日々行っていくというのが望ましい外交でしょう。

 日本は経済的な存立から考えても世界中を相手に貿易、投資をやってきている国なので、その面で基軸が日米であって、それから友好的な対中関係は重要ですけど、それを全部成り立たせる、世界全体に対する外交というのが重要になるだろうと思います。

藤崎:全く同感ですが、外交の基本方針の話ということであれば、大事なことはやはり、何が良いのかということを自分で決めるという姿勢を、もう少しはっきり出していくということなのだろう、と。諸外国と密接な連絡を取っていくことは大事ですが、何が良いのか、どういう貢献をするのか、ということは自分が決めるべきです。そういうことをやっていた時代もありますが、今はちょっとそういうことが揺らいでいるのかもしれない。だから、きちんと自分のことは自分で決めていく、と。一度決めたら、右顧左眄というか、もういろいろと変えないという重みのある姿勢を持っていくということが大事なのではないかと思いますね。

 日本のイメージというのは非常に良いイメージがあると思いますが、先程言った日本の外交の安定がないようだと、政策の面にもそれが影響してポンポンとそれが変わっていくというイメージになっているとすれば、それを今、是正するべき非常に大事な時期なのではないかと思います。

工藤:自分で決めるというのは分かりますけど、どういうことを想定でのお話でしょうか。

藤崎:日本の、かつての安保条約の改定であれ、日韓基本条約であれ、日中の平和条約であれ、日本が考えながら、やってきた外交です。場合によって、諸外国としかるべき連絡をしたかもしれませんけど、基本は日本が決めてきたという事です。いろんな今、起きている問題についても、例えば集団的自衛権がどうだとか、TPPがどうだという議論をよく聞きますが、自分で決めればいいと考えるべきだと私は思います。

田中:日本のメディアはどちらかというか、外から何か押し寄せてきたのに対して、では政府はどう対応するのか、そういう論調で政府に求めることがあります。外交とはそれにだけ対応しているかに見える場合がありますが、実際、戦後の日本の外交でいうと、必ずしもそればかりではありません。藤崎さんがおっしゃったように、その時にどうするかというのを自分で考えるということで、やっぱり田中角栄さんと大平正芳さんが中国に行って、国交正常化した時とか、福田赳夫さんがマニラで心と心の触れ合いを基にした東南アジア政策を作るのだと言ったのは、それなりに日本の中で考えて決めて行ってきた外交だったわけです。米国や中国と何かあるたびにどう対応するのか、とか言われるけど、それは日本として考えて外交政策ということで出していくということじゃないのでしょうか。

工藤:国際社会での日本の存在感がかなり小さなものになっている、という声をよく海外で聞きます。日本の外交の何が問われているのでしょうか。


与えられた要件を変えるのが大国外交

宮本:私は70年代の終わりごろ国連代表部にいた時に、ある案件で米国の外交官と話していたら、彼はその案件の与件を変えればいいじゃないかと言うのです。私はそれまでは、いかにその与えられた案件に自分を合わせるかしか考えていませんでした。ところが、米国の外交官はその与件、前提を変えればいいじゃないかと発想するのです。これが大国外交だなと思いました。日本人の発想方法というのは、与えられた条件に自分を合わすことばかりで、これが日本社会の基本的な発想なんですね。しかし、与件を変えていくという発想、これは実は中国を含めて、大国と呼ばれる国にはあるのです。そういう世界の中で、何が自分のためにいいのかを考え与件を変えていく、これがまさに日本の社会とか、日本という国をこれからどういう方向にもっていくかということとつながっていくと思います。

藤崎:日本の外交の大事なツールを考えてみると2つか、3つあって、その一つはODAです。これを10年、聖域なき財政改革の旗の下で減らしてきてしまったこと、これをもう一回、反転させるということが、抜本的に日本の重みを増すために大事だろうと思います。2番目は聖域なき行政改革の下に、例えばスクラップビルドを一生懸命やろうというのは大事なことなのですけど、外交ツールの重要性をもう一度、認識し直すことも大切だと思っています。たとえば外交はその場その場で人を置いてやっていく、また地元と密着してやっている。米国で中国の総領事館は5つぐらいしかない。日本は15ある。そうして何十年に亘って積み重ねてきた人間関係があります。米国のように一極集中でない国は、ものすごくこうしたツールが大きな意味を持っているのです。もちろん財政改革大事ですけど、あまりフラットにシーリングとかいう発想で考えないというのが、私は大事なのではないかと思います。私は冒頭に申しましたように、少なくとも米国にいた時に日本のウエイトが非常に下がっていくとは思いませんでした。しかし、今のままで放置していけば、そうなる可能性はあるのではないかと思います。

 だからこれは心配だと。ですから、今の時点で早く直した方がいいのではないかと思います。好感度という意味では、米国人の84%が日本を好きであると、日本人の82%が米国を好きであると、こういう関係というのは世論調査だけで判断してはいけませんけど、相当大きな話なのでそこが基本なのではないかと思います。


もう一つの外交、草の根交流の大切さ

宮本:世界への議論の発信と言った時に、我々長いこと外交の現場にいて、日本語をそのまま直訳しても発信にならないことを痛感しています。相手が理解できるロジックと言葉で、日本の主張を伝えていく努力が必要です。しかし、日本は社会の体質として発信を不得手とする社会です。「沈黙は金なり」ですから。それをもう少し発信する方向に転換すべきだと思います。とりわけ日中関係でいいますと、ネット空間で日本に関する中国語のコンテンツが増えれば増えるほど直接中国の人により多くのことを伝えることができる。そういう形で中国の社会に入っていく。そういう発信はさらに強める必要があると思います。それからもう一つ忘れられているのは草の根の交流の重要性です。中国とミャンマーの経験で言えば、この草の根の交流が、実は私たちの想像を超えて両国社会を結び付けているのです。勿論ODAが助けている部分もたくさんありますし、自力でやっている方もいらっしゃる。この草の根の交流が日本と中国の間、日本とミャンマーの間では、大変大きな役割を果たしている。絶えることなく、場合によっては強化されながら、多くの方々が草の根で一生懸命に日々努力していただいている。これを、日本社会としてきちんと見て頂いて、敬意と感謝の気持ちを持つべきです。


日本ほど「顔の見える援助」をしている国はない。

田中:やっぱり政権が短期でしばしば変わって、総理も変わるし、外務大臣も変わるというあたりが一番大きい問題だと思います。日本の存在感がないといった時に、こうしたことがイメージされるのだと思います。

 しかし、日本の存在は非常に強いものがありますし、日本語を習っている人数も増えています。自分の田に水を引くようなことですけど、開発途上国のほとんどの地域に行けば、日本ほど顔の見える援助を行っている国はあまりありません。藤崎さんが言われるように、これだけODA減らしてきているのでそれ自体問題ですけど、開発途上国でこれだけ高く評価されている日本の活動はめったにありません。青年海外協力隊、シニアボランティアを併せて、世界中で2500人から3000人近くが活躍していますけど、至る所の村々に入り込んでいろんな活動をやっています。こういうところからすれば、日本人の存在感はそれほど低くないと私は思います。

 残念なことに、総理も外務大臣も1年で変わってしまえば、開発途上国に行ってもらう前に交代してしまう、ということがあって、その面でも安定政権の安定的な外交ということがあれば、さらに良くなると思います。

 ただ、日本のODAについて反省すべき点があるとすると、先ほど宮本さんがおっしゃった発信というか、日本のODAとかその他の活動でやっていることに対する、知的な発信、とりわけ先進国の中における知的な発信がやや足りない気はしていまして、ですからその面ではまだ改善の余地はあると思います。


重みある外交を取り戻せ

藤崎:中国あるいは米国にもあると思いますけど、構えとか、重みとか、そういうことを非常に上手くやっている。場合によっては大きく構えたり、固い姿勢を示したりすることを非常に上手くやる。日本も、そういうことをもう少しきちんとやることが大事だと思います。それが、昔と比べると段々揺らいでいるのではないかと。例えばカウンターパートのレベルをきちんとやるとか、行ったり来たりする順序をどうするとか、つまらないこだわりのように見えるけれども、それは国として重みにつながると私は思います。中国ではその辺のところはどうですか。

宮本:中国は間違いなく、大いにこだわります。その意味でバランスすべきだと思います。日本の中では日本のロジックというか日本の価値観というか、大政治家といえども一市井の人に対しても胸襟を開いて話し合うべきだと、そういう考えがあります。これは一種の美徳です。そういう感じだとすると、高いランクの方でも中国の普通の人に会ってどこが悪いのだという発想ですが、中国にその発想はありません。

藤崎:米国にもありません。それは日本独特のものです。それを世界は、分かっているかどうかという問題があります。


工藤:話を少し変えたいのですが、海外には日本の右傾化を指摘する論調があります。よく読んでみると誤解も結構あるので真正面から取り上げる必要があるかと思うのですが、意外にその認識があるようなので、こうした世界の一部の論調には皆さんはどうお考えでしょうか。


日本は"右傾化"したのか

田中:フランス革命の時や、第二次大戦の後半の右と左はそれなりに意味がありましたが、現代の冷戦が終わった時代に、右と左は意味がありません。おそらく右傾化と言っている意味は、あまり望ましくないナショナリズムが影響力を増しているということだと私は思います。ただ、実際に日本の過去何年かを見ていると、実感として望ましくないナショナリズムが増えているようには見えません。ですから憲法改正の話とか、それから集団的自衛権の解釈の問題とか、これはナショナリズムとはあまり関係のない、どちらかと言えば普通の国として、日本国がどうするかという議論なんじゃないかと思います。

宮本:これも発信の問題だと私は考えます。日本の社会の実態なりを、どれくらい国際社会にきちんと発信出来ているかと。例えば、右とか左とかいう言葉に敏感に反応するというのは、私たちよりもさらに上の世代です。その方は間違いなく、青春時代をその中で生きて来られたので右と左に敏感に反応されて、それである程度の頭作りが出来ているかもしれませんけれども、私は若い世代の反応は違うと思います。ただ、日本という国が今後どういうふうにして生きていくのか。とりわけ先ほど北朝鮮があって、中国の動きがあった時にどういうふうにして日本の安全を守るのかと、多くの人が素朴に感じ始めたのは事実です。

工藤:それは右傾化ですか

宮本:それは右傾化ではありません。日本の安全について皆、感じ始めて、皆、どうしようかということに、右も左もありません。自分の住んでいるところに、これまで全く感じることがなかったことが外から来て、それが一種の脅威として映ると、実際の脅威とは別問題として、そういう状況の下で皆が考え始めて、いろんな意見が出てきてきます。その結果、日本でも昔の右と呼ばれた人たちのアジェンダが、より多くの支持を得られるということかもしれません。しかし、私は、そこはもう少し、国際社会に対して今の社会のメインストリームの意見を説明していく必要がある、と思っています。

工藤:結構こういう日本の「右傾化」を主張しているのが、米国のメディアが多いのですが、そういう報道が出てきている背景を藤崎さんどう思いますか。


必要とされる質の高い、知的な広報

藤崎:宮本さんが言ったように、安倍首相のかつての発言や何かを見て、というのもありますでしょうし、あるいは日本が今まで色んな問題について対処してきたことを知らないで、無知からそういう議論がでているという場合もあるでしょう。

 メディアの場合にはある程度、強い表現を使ってこうだ、と言わないと論説にならないので、やはりどっちかに振った形を書く場合があると思います。この前、NHKの番組を見ていたら、ニューヨーク領事館が一生懸命広報しているのを取り上げていまして、いろんな働きかけをしていることで、非常に好意的な反応が出るようになってきている、という番組でした。その時のポイントは何かと言いますと、米国で、例えばワシントン・ポストやニューヨーク・タイムズを読む人は、新聞に一面広告で中国側が出す尖閣の島の写真が出たからといって、米国人は本当にそうだなぁと思うわけではありません。もっといろんな形で説明をしていって事実関係がわかっていく、と。日本もなぜ広告を出さないのか、日本の対応についてよく見えないという議論がありますが、メディアに大きな広告を出せばいいというわけでは必ずしもない。裏から見えない形で説明していくことが重要だということがよく説明された番組だったのです。

宮本:私は別に今の日本の状況が左でも右でもないと思っています。中国の日本社会に関する解説というものは、我々にとってものすごく違和感があるわけです。一つのそういう彼らの頭の中で発現され出来あがったストーリーを彼らは持っていますから、それには事実をぶつけて変えていく必要があります。別に中国のようなパフォーマンスをやる必要は全くないと思いますけど、質の高い材料をもっと国際社会に息長く提供し続けていくことが、大事だと思っています。

工藤:最後の質問になります。日本と中国は、尖閣諸島の問題が緊張感を高めています。アジアへのリバランスの動きの中で日本はどういう役割を果たしていけばいいかということです。


共通目標はアジアの平和と発展

宮本:やっぱりアジアの共通の目標というか、そういうものをもっと口に出して、日本側も強調していくべきだと思います。すなわちアジアの平和やアジアの発展というものが日本にとって一番、大事なのであって、日本の対中外交でも、そういう大きな目標を追求していくという姿勢をもっと打ち出すことが大事です。この方向に中国は反対できません。その目標を追求する、という視点の中で尖閣問題に対応すべきですし、中国も当然、そういうふうにすべきなのです。

 しかし、現在はそれぞれの国内の国民感情のしがらみの中で、そういうオーソドックスな外交が取り難くなっている。それが、今の事態を非常に難しくしている最大の理由です。ですから、お互いの社会を静かにさせることが喫緊の課題でそのために知恵を絞ってやっていく段階だと思います。

藤崎:私は、宮本さんが言われた、中国にナショナリズムが定着してそれがさらに進んでいくと見るのは早計だと、もう少し様子を見る必要がある、と言うのは大事なポイントだと思います。もしかしたら数年後に、今の状況は若干、行きすぎだったと、中国にとって必ずしも得策ではなかった、と明示的に言うかどうかは別として、方向が軌道修正される可能性もある。むしろ、そういう方向にどうやって持っていけるかどうか、ということだと思います。

 米国は第一次オバマ政権の時に中国に対して一時、手を差し伸べたことがあります。ところがその時には、中国はこれから政権交代の過渡期に入ることがあったかもしれませんけれども、コペンハーゲンの国連の気候変動の会議での対応を含めまして、非常に中国側の強い態度があり、それから海洋法関係、南シナ海の問題に関しても極めて強い姿勢で向かっている。こうしたいろんな問題も踏まえて、米国側に、中国は国際的なルールをもっときちんとやっていかないと駄目なんだなぁ、という感じが出ているのが現状だと思います。しかし、オバマ政権も第2期政権に入り、人もかなり入れ替わりました。中国も習近平体制に入ったわけで、もう一回関係を組み直そうかという議論があると思います。それに中国がどういうふうに対応出来るか、かなり中国が鍵を握るのではないかと思います。そういうことに日本としてどういうふうに関係し、一緒に対応していけるかどうかが、日本の対アジア太平洋外交の一番、重要なポイントになってくる。

 また私は、今の島の問題については、前から3つのことが大事ではないかと主張しています。"譲らず"、"油断せず"、そして"挑発せず"というこの3つでいくべきだと。今度、外務大臣が訪米した際の、岸田文雄大臣の記者会見での抱負でも、またクリントン国務長官との記者会見でも、挑発せずということを説明しました、という話をしていたので、これは非常にいい方向だと思っています。


どちらかが正しいかでは出口見えず

田中:これは外交でも人間関係でもそうですけど、常に何か焦ってやっていなければいけないということではなくて、日本のようなある種の大国はそれなりにどっしりと構えているということ自体が大事だという面があります。もちろん日本と中国の関係は昨年の夏から後、中国の国内でいろんな反日的な活動もあったのでそれ自体は遺憾なことですけど、中国との間では経済関係もそれなりに動いているし、人的交流も続いている。日本には依然として10万人以上の中国の留学生が勉強しているわけです。こういう平常な関係はそれなりにあるわけです。ですから、当面はその動きをゆっくり見定めるということで、先ほど宮本さんがおっしゃったように静かに時を過ごすというのも、それなりに賢明なやりかたではないかと思います。これは日本だけの話ではなくて、中国もそうではないかと思います。実際、外務大臣もそのような方針のようですし、安倍政権もそのような形で動いているのではないかと思います。ただ、中国は大事ですけど、中国だけが日本の外交をやる相手ではありませんから、この間にもいろんなことを、世界中を相手に積極的なことはやっていくことはできると思います。

宮本:私は、藤崎さんの3原則に大賛成です。日本から挑発したという形はまずいと思います。他方、最初の"譲らず"、"油断せず"というのも、口先だけではなく実際の行動でちゃんとやっておかなければいけません。ただ、尖閣について言えば、双方の国家権力が直接対峙する事態はもう起こってしまったわけです。我々は次の出口の段階を考えなければいけないということです。そうすると、どっちが正しいのか、というその議論を始めていきますと、出口の見えないところに入っていかざるをえないので、しばらく脇に置いておくと言うのが外交上の知恵だと思います。


ASEANの重要性――広い視野に立った外交を。

田中:日中を越えた話で現在の世界を見渡してみると、安倍さんが東南アジアに出かけたのは大変よかったと思っています。これは中国との関係で語られる場合もありますが、私は中国との関係ではなく、日本にとって、日本の国益にとって、東南アジア地域がそれ自体として、重要性を持っているということです。世界の経済成長の今後の動きを見ていけば明白です。中国ももちろん大事ですが、東南アジア地域の経済成長率を見れば、日本はそこに関与していかなければいけないというのは明白です。

 特に、ミャンマーにおける民主化の動きを考えれば、ここにフォーカスしていくというのは当然の話ですし、それからさらに経済成長とか民主化という動きを考えていくと、もう少し広い視野で言えば南アジアもそうだし、それから南部アフリカもそうだし、中南米もそうです。こういうところを重視するというのは、それ自体、重要な話だと思います。幸いなことに東南アジアも、南部アフリカ、南アジアも中南米も、それぞれ日本に対する評価が非常に高い地域でので、日本にとって大変、得点を稼げる地域です。そことの関係をさらに強化すること自体、日本の国益にもつながるわけです。米国と中国だけが外交のように見えるけれども、全体的に見ると、より広い視野に立った外交がより重要なのではと思います。

工藤:そうした取り組みが日本の存在感をより目に見える形にするはずです。

藤崎:先人が残した遺産にあぐらをかいてはいけませんが、この60年間の日本の外交を考えるとだいたい王道を歩んできている。米国との関係も、中国との関係も、ロシアとの関係も、東南アジアとの関係も、中東との関係も、それはすべてが正しかったと言うとあまりにも自己正当化になりますけど、基本的なところでは、そう違わずにやってきている。従って、さっき言ったことと重複しますけど、どっしりと構えて、そういう外交を進めてきたという自信を持って、やっていくことなのではないか、と思います。よく言われるのは、米国の戦略的発想、中国3000年の知恵、英仏の老練なる外交、そして日本は全く無為無策だと。これはマスコミで語られることですが、大きな目でみれば、決してそうではないんだと、私どもは考えていいのではないかと思います。

工藤:今日はありがとうございます。