【緊急座談会】「麻生政権の100日評価」結果をどう読むか(2/5)

2009年1月08日

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2008年12月22日
添谷芳秀氏、若宮啓文氏、中谷元氏、仙谷由人氏の4氏が参加

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麻生政権が問われた役割とは

工藤 麻生政権に求められていた政権の課題は、解散を行うということを除けば、先ほど仙谷さんがおっしゃっていた2つのことだと思います。ひとつは、小泉さん以降の構造改革の進め方についてきちんとした総括をしなければならないということ。もうひとつは、今の世界的な経済危機に対して、どうすればいいのかということ。

 それは麻生さんだけの課題ではなく、日本の政治に問われているかだというようにも思います。そこで皆さんにお聞きします。なぜそれがうまくいってないのでしょうか。


仙谷 政治的に見れば、洞爺湖サミット以降、完璧な公明党政局になっています。それは与謝野さんに限らず、福田さんも麻生さんも2兆円の定額給付金なんて絶対にやりたくないはずです。財政規律論からいっても、効果論からいって意味がない。では、何のためにやるのかといえば小選挙区の公明党票をいただきたい、ただそれだけの話です。


工藤 ただ、麻生政権をあえて前向きにとらえれば、少なくとも消費税を3年後に上げると言っています。福田さんは、社会保障財源と、財政再建の今後の展開については秋に答えを出すということが問われていましたが、麻生さんはそれに消費税の増税の明示ということで踏み込んだとは言えませんか。


中谷 麻生政権の役割は福田さんの後を継ぎ、基本的には小泉構造改革の是正です。格差や地方など、痛みの出た所に手当てをするということで、現に年末の予算編成においても、景気対策とか地方対策などかなり答えていますが、ばら撒きではないかという批判に対しては、景気が回復すれば3年後に消費税の増税を行う旨も言っていますので、格差を是正しつつ、構造改革はやらなければならないという、両者を求めている現状対応の政権だと思います。


工藤 では、なぜ麻生政権の支持する人は少ないのでしょうか。経済的な認識が足りなかったのでしょうか。それとも、きちんとした将来の構想を示し、それを実現するための準備が足りなかったのでしょうか。


中谷 色々な提案はしていると思います。総額2兆円の定額給付金や、1兆円の地方交付税などはどれも必要なものですが、残念ながら事前に根回しとか総合プロデュースができていません。麻生総理の主張は二転三転しましたが、一方で、普通の総理なら言わないことをあえて言うことで一つの壁を崩してしまいます。それにより、与党やマスコミなどからリアクションが起こり、最後の落とし所はそれなりにひとつの形になっています。要は、結果が大事なわけで、最初に提案をして、調整の結果落とし所を見つけるという意味においては、今やらなければならない所についてはやっています。その象徴が総理としてやらないといけない、消費税の増税問題ですが、曲がりなりにも閣議決定をしたという点は、非常に評価できると思います。

麻生政権は早期に解散すべきだった

工藤 添谷さんは、麻生政権はそもそも何を目指す政権だと思っていましたか。


添谷 私はただ一つ、選挙だと思います。福田さんが総理を辞め、なぜ次が麻生さんだったのか、ということからも自明です。前回の衆議選挙の結果は「小泉バブル」でしたから、次の総選挙で自民党がそれなりに負けることは明らかでしたから、福田さんは負けるにしても議席が減る分を最小限に抑えられるのは誰かと考えた時、自民党は麻生さんがベストだという選択をした。まさにそれにつきると思います。

 今、皆さんがご議論なさっていることは、ある意味誰が政権をとっても、責任を持って取り組むべき課題であって、別に麻生さんがどうとかいうことは関係ありません。ただ、現に麻生政権が存在するから「麻生政権の課題」という議論はできますが、麻生さん個人の問題とはまた違うと思います。やはり、選挙をするということが、麻生政権が誕生した唯一の理由だったと思います。では、なぜやらなかったのか。その理由は何が本当なのかはわかりませんが、今選挙をやれば思ったよりも議席が取れないという結果が自民党独自の調査から出たということで、その結果延ばさざるを得なかった。そう判断した時、幸か不幸か、私は不幸だと思いますが、経済危機が起きて、選挙をやっている時期ではないという言い方ができたわけです。すなわち、政局よりも経済だ、という言い方自体が、政局の言葉だったわけです。

 もうひとつ申し上げると、麻生さんはずっと総理になりたいと公言していて、ついにそのポストに就きました。しかし、国民の立場から見て、どうして総理になりたかったのかが、さっぱり分かりません。国のリーダーとして日本をどのように導くのかということが、残念ながら全然伝わってきません。これまでにも何をしたいのか、分からない方はいましたが、多かれ少なかれ昔の政治家は、総理というリーダーになった際のビジョンや構想なりを持っていました。

そういうビジョンや構想がないために、麻生さんの歴史問題、中国関係、台湾関係等にまつわる、やや保守的な思想に着目した麻生論のようなものが際立ってしまうわけです。だから、国際会議では、麻生政権は日本を保守的な方向に導こうとしているのではないかという議論を、まともな日本研究者が真面目に議論しているのです。現実はそうではないのですが、これといったものがないために、なかなか力強い反論ができず、日本にとっては非常に損な状況です。
 
もし、選挙ができなかったとしても、麻生さんに「選挙は止めたが、俺はこれでやる」といった、強烈なものがあればまた違ったのかもしれません。しかし、実際には経済危機を政局の具にしようとしている姿が透けてみえて、国のリーダーとしてはやや興ざめです。


若宮 僕も添谷さんの意見に同感なのですが、麻生さんの政治哲学が何なのか、少し右っぽいというだけではっきりしません。いうなれば、オポチュニストで状況対応型。秋葉原的に人気があるということは分かりますが、中身がはっきり見えないまま首相になってしまった。それでも強いて言えば、この経済状況のもと、本人も自分は企業経営者だったから経済に強いと言っているし、大企業の課長みたいな福田さんより、ベンチャー企業のオーナーみたいな麻生さんの方がこういう時期には案外いいのかもしれない、という期待があったと思います。ところが蓋を開けてみれば、ばら撒きのような定額給付金でしょ。首相の話は二転三転するし、2次補正を臨時国会でやるのかと思えば、やらないとなってしまった。結局、政局に踊らされてしまって手を打てなかった。本当に経済に命をかける意気込みで突破していけば、逆に政局も開けてきたのかもしれないのに、自分でそれを塞いでしまったような気がして仕方ありません。


添谷 麻生さんの中にも何もないというよりは、多分それなりに個人の思想や、哲学はそれなりにあるのだと思います。しかし、それを前面に出して、対応できないという時代環境がある。私は、麻生さんの思想哲学として、内向きの、アンチグローバリズム的なものがあるように思えます。ただ、だからこそ、新しい体系を打ち出すことができず、何も本質的な政策が出ないということかもしれません。

 例えば、これまでの構造改革の議論に関しては、日本の旧来の政治・経済・社会構造を改良していかなければ、これからの日本は新たに飛躍できないのではないかという問題意識が、一般的感覚としてありました。他のうまい言い方がないので使いますが、日本社会の「土建国家」的な体質とがっちり三位一体化した経済・政治システムをどう変えていくのかというのが、一番大きな共通の問題意識であり、それが改革論者の間の一定のコンセンサスだったと思います。しかし、その実現は簡単な話ではなく、様々な障害にぶつかっているうちに、今回のアメリカのサブプライム問題に端を発した世界経済の危機が起きてしまいました。

 先ほど中谷先生がおっしゃったように、今の時代の構造改革路線というのは、負の部分の手当てをしながら進めていくというのが、多分落としどころだと思います。ここでいう負の部分とは、構造改革路線が全面的に間違っていたという証拠ではありません。システムを変えるということは、当然負の部分、犠牲者が出てくるわけです。ただそこに何らかの手当てをするということは、改革を進めて行く上で政治の当然の責任であって、それは必ずしも違ったシステムを志向するという話ではありません。そうしたシステム全体にバランス感覚を忘れず目配りをしながらも、構造改革の基本路線は踏み外さないという王道を歩むのが現在求められる日本のリーダー像だとすると、麻生さんはミスマッチなのかなという感じはします。


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Profile

080303_soiya.jpg添谷芳秀(慶応義塾大学東アジア研究所所長・法学部教授)

1979年上智大学外国語学部卒業後、同大学大学院修士課程修了、ミシガン大学大学院で博士号取得。88年慶應義塾大学専任講師、91年助教授、95年教授。07年より同大学東アジア研究所所長。主な著書に『日本の「ミドルパワー」外交―戦後日本の選択と構想』(筑摩書房)他。


080303_wakamiya.jpg若宮啓文(朝日新聞社コラムニスト)

1970年東京大学法学部卒業後、朝日新聞社の記者となる。政治部長、ブルッキングス研究所客員研究員を歴任。2002年論説主幹を経て、08年より現職。著書「和解とナショナリズム」(朝日選書)は中国でも翻訳出版。他に「右手に君が代、左手に憲法―漂流する日本政治」(朝日新聞社)など多数。


090107_nakatani.jpg中谷元(衆議院議員)

1980年防衛大学校卒業後、陸上自衛官。退官後、議員秘書を経て、90年衆議院議員初当選。自由民主党国防部会長、国会対策副委員長などを歴任し、2001年防衛庁長官就任。現在6期目。主な著書に「誰も書けなかった防衛省の真実」(幻冬舎)他。


090107_sengoku.jpg仙谷由人(衆議院議員)

東京大学在学中に司法試験に合格後、1971年から弁護士活動を開始。90年衆議院議員に初当選。衆議院憲法調査会会長代理、民主党政策調査会長、公共政策プラットフォーム代表理事を歴任。現在5期目。主な著書「焦眉―土建国家日本の転換」(ごま書房)他。


090107_kudo.jpg工藤泰志(言論NPO代表)

1958年生まれ。横浜市立大学大学院経済学修士課程卒業。東洋経済新報社で、『週刊東洋経済』記者、『金融ビジネス』編集長、『論争 東洋経済』編集長を歴任。2001年10月、特定非営利活動法人言論NPOを立ち上げ、代表に就任。

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