座談会「世界の金融危機と日本の進路」(1)信用バブルの生成と崩壊のメカニズム

2009年1月26日

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内田和人氏(東京三菱UFJ銀行企画部経済調査室長)
平野英治氏(トヨタファイナンシャルサービス株式会社取締役)
水野和夫氏(三菱UFJ証券チーフエコノミスト)
工藤泰志(言論NPO代表)

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信用バブルの生成と崩壊のメカニズム

工藤 言論NPOでは日本に問われている政策課題に関する議論を、マニフェスト評価の一環で行っています。今回のテーマは、現在の経済危機の問題が日本に何を問うているのかです。ここでは、まず世界的な金融危機の状況をまず分析し、それが今後の世界経済システムにどのような影響を与えていくのか、その上で日本の政治は、短期的な経済対策や安定対策にとどまらず、将来的な日本の進路も含め、どのような対応をしていかなければならないのか、について議論を行います。

 今回は、国際的な金融市場や日本経済の動向に精通しており、言論NPOの活動に協力していただいている3人のエコノミストに参加していただきました。まず内田さんから、今の私たちは世界的な経済危機のどの位置に立っているのか、の危機を押さえ込むことは可能なのか、可能ならどうすべきか、について話していただけますか。


信用バブルの崩壊は5段階中4段階目

内田 三菱東京UFJ銀行の内田と申します。銀行の企画部の調査室にいますが、企画部なので経営戦略を立てているセクションでもあります。今ある危機の分析というのは、我々の業界が真正面にとらえている問題です。今は危機の局面であり危機管理が必要ですが、いろいろな投資のチャンスでもあると考えています。

 一言で言えばリーマンが破綻して、そこから危機が拡大したのですが、その構造自体は、私が8年前にこの言論NPOのウエッブサイトで報告したものと同じものです。そこで考えたポイントはふたつあります。ひとつは相当な勢いでグローバリゼーションが進展したこと。もうひとつは金融資産が膨張し、金融のバランスシートが急激に拡大したこと。これら2つの現象が相乗して進行したのです。この背景には、80年代半ば、冷戦が終結し、市場規制が緩和され、金融テクノロジー、デリバティブなどが開発されたことにより、ある意味レバレッジが効きやすくなり、それが金融資産の膨張に繋がった面があります。その結果、2007年まで3、4年に1回は金融バブルが何らかのかたちで生じ、破綻するといった状況が繰り返されました。今回は、その金融資産膨張が、ついに極まった感があります。

 問題は、金融資産あるいは金融のバランスシートが収縮に入った時に、経済価値が大きく減価されてデットデフレーション(債務不況)になる点です。1930年の大恐慌の時には、大デフレによって銀行が閉鎖、休業する事態に追い込まれ、銀行に預けた預金の価値が大きく減価し、経済価値そのものが収縮してしまうということがありました。そのデフレ構造の本質はかっても今も同じです。

 しかし、現在の危機においては、セーフティネットがかなり整備されていること、また大きくバランスシートを収縮させないような政策を新たに実施することで、こうした経済恐慌への拡大は避けることができるわけです。ただ、その場合でも、ある一定のバランスシート収縮は避けられず、経済が循環的に拡大する局面でバランスシートの負債調整コストを払っていくことしかない。日本の1998年から2005年までが、そのケースでした。具体的には1998年に銀行貸出が戦後初めて減少に転じ、その後、約8年間マイナスが続き、負債デフレの局面に入りました。その間、景気は何度か回復に向かうのですが回復力が弱く、負債調整圧力を受けてまたすぐにデフレに陥る、それを景気対策で支えるという循環のもとで経済全体を維持してきたという状況です。

 アメリカで起こった危機は、それ以上の大不況の瀬戸際にあると思います。私は今回の危機に至る過程を信用バブル崩壊プロセスの5段階として整理していますが、現在はその4段階にあります。まず、最初の信用バブルのきっかけは、サブプライムローン危機で、証券化商品というものの損失が拡大してきたことでした。次に、年明けにモノラインという保険会社が破綻しました。証券化商品というものは、モノライン保険会社が保証することで格付会社がある一定のリスクを評価し、投資家が投資するという仕組みでしたが、モノライン危機によって、リスク評価モデルが瓦解し、証券化市場の流動性が一気に低下しました。第3段階はソルベンシー危機(金融機関の支払い不能リスク)であり、そこの象徴がベアスターンズの破綻でした。

 ここまでは、過去の金融危機と同じようなレベルに止まり、危機はアメリカの中のある一定の金融機関内だけで収まっていました。ところが、この危機が第4段階に入ってしまうのです。私はある段階までは3段階で終わるかな、と思った時期があります。その引き金を引いたのはリーマンブラザーズの破たんでした。

 第4段階の危機では、連鎖的な金融破綻が起こり、金融システムが崩壊します。実際、リーマンシ破綻後の米国内の銀行間取引は急速に縮小し、現実的に資金供給するのはすべて中央銀行、つまり国となりました。資本市場では社債発行も難しくなっています。

 こういう金融収縮局面では通常の伝統的な金融や財政政策というものが全く効かなくなります。効果があるのは非伝統的な政策のみです。とにかくピンポイントで問題となっている事象たとえば住宅ローンとかCP等に政府や中央銀行が金融支援をしたり、買い取りをすることで流動性をつけて何とか支えられているというのが現状です。

 ちなみに危機の第5段階は、1929年から33年の経済恐慌のような状況です。第4段階と第5段階の違いは、大手の商業銀行自体が破綻し、金融モラトリアムに入るということです。そうなると銀行のバランスシートを強制的に清算させるため、預金価値が大きく減価するというリスクが生じます。5段階というのは、かなりの経済危機で、大恐慌のときには4年間でGDPが25%収縮するというようなドラスティックな調整が起きてしまいます。今のアメリカでは何とか金融政策やセーフティネット、公的資金を投入するシステムによって第4段階に踏みとどまっているという状況です。ただ、全体としてのシステムは中央銀行や政府の金融支援で支えていますから、危機は続いているというのが今の状況だと思います。


金融危機と逃げ場のない不況との連鎖

平野 私は2年半まで日銀にいて、その後トヨタファイナンシャルグループに移り、現在は海外のオペレーションとリスク管理、それから資金調達に関するジャリーを担当しています。トヨタファイナンシャルサービスというのは、世界中で銀行からお金を借り、あるいは資本市場からの調達を行い、調達したお金を自動車ローンあるいはディーラーさん向けの貸し出しという格好で運用している販売金融会社です。バランスシートのサイズは14兆円で、だいたいトヨタの連結バランスシートの半分となっています。今の内田さんの話を補完させていただく意味で若干の感想をまず申し上げたい。

 まず、金融危機の性格ですが、内田さんの話にあったように金融危機が議論され始めたのは、昨年8月、BNPパリバショックというエピソードにおいてサブプライム問題が表面化しました。BNPパリバショックは、BNPパリバが自分の傘下にある3つのファンドで解約を凍結すると突然発表したことが発端です。ファンドが運用しているサブプライム関連証券の評価ができない、ということが解約に応じない理由でした。そこから改めてサブプライム問題のグローバルな広がりが認識されるようになりました。その後、事態がつるべ落としのようにどんどん悪化していったというのがこれまでの状況だと思います。
 
 今回の危機に名前をつけるとすると何だろうかと考えてみると、最初は「サブプライム危機」でよかったのですが問題はそこにとどまりません。私は、典型的な信用バブル崩壊が、世界的な規模で起こっている、と捉えています。今回の金融危機に直接・間接に直面しているのは、世界中のほぼすべての国で、アメリカのマーケットだけではありません。私は2週間前ロシアにいましたが、ロシアの銀行はサブプライム関連の証券をたくさん買っていたわけではないにもかかわらず、完全に金融危機状態で、銀行が機能していない。私たちは銀行免許を持った金融会社を去年9月にロシアで立ち上げたのですが、現地では銀行からルーブルを借りるのが非常に困難だという状況です。いくつか複合的な事情があります。まずひとつは、ロシアは資源国であり、プーチンの主導のもとで相対的には政治環境も安定しているということです。ここ数年間、世界中の、特に欧米の資本がロシアに大きな投資を行っていました。ところが金融危機の表面化にともない欧米の金融機関やファンドの懐具合が非常に厳しくなり、ロシアに投資した資本を引き揚げました。特に、この数ヶ月は特にひどく、資金を取り戻す動きが広がっています。その結果、ルーブル建てで運用しているものを引き揚げるわけだから、ルーブルを売ってドルやユーロ、円に換えて取り戻すと為替市場でルーブルがどんどん安くなる。そうすると1998年当時にロシアが破綻した記憶がよみがえり、ルーブル不安をさらに掻き立てるということが現実に起こります。

 次に、ここ数年間、ロシアの企業も経済が相当好調で、強気に海外進出し、ユーロやドルで資金を調達して国内外での運用を積極的に行った結果、ロシアの民間企業のバランスシートは、外貨建て負債が大きく膨らんでいます。ルーブルが安くなると、外貨建てで借り入れた資金の返済負担が多くなってしまう。これはまずいということで、ロシア企業は外貨建ての負債を、ルーブルを売って外貨を買い、その外貨で返済しようとしています。欧米のファンドや金融機関による資本引き揚げと、ロシア企業の外貨負債の返済という動きが重なることで、ルーブルの引き下げ圧力が強くなってきています。そこで、ロシアの政府、中央銀行が市場でルーブルを買って外貨を売るという介入によって、ルーブル相場を支えています。その結果、5千数百億ドルあったロシアの外貨準備が急速に減り、今4000億ドルになっています。まだ余裕がありますが、今後、更に減少が明らかになると、それ自体がさらにルーブル不安を掻き立てるとことになります。今ロシアでは、ルーブル不安を原点とした金融不安が大きな影を落とし始めています。その結果、株が暴落し消費は冷え込み、私たちの車もなかなか売れない。一時期、非常に輝いて見えたBRICsのひとつであるロシアの経済が短期的に厳しい状況に置かれているのです。

 今回の現象はグローバルに起きています。問題の震源地であったアメリカは金融危機の真っ只中にあります。ヨーロッパはあまり問題が見えてこないが、状況はアメリカよりも悪いかもしれない。デカップリングという、先進国がだめでも新興国の経済がそこそこ好調を維持するので世界経済全体としてはそれほどではないという議論がありますが、申し上げたようにロシアはここへ来て急激に状況が悪くなっているし、同じことはブラジルにも言えます。インドでもムンバイでテロ事件があり、それがマイナスの要素として多少響いてくるでしょうから、経済不安も少し広がるでしょう。中国は世界では相対的には好調を維持していますが、中国といえども輸出が落ちると輸出関連の企業が厳しくなります、リストラが行われることで消費者のコンフィデンスの低下を招き、それによって国内の消費も落ちます。そこで政府は一生懸命テコ入れをしています。この前発表された50兆円分の財政からの景気刺激策、あるいは政策金利を思い切って1%以上下げるということで金融財政面から手を打っていますが、それでも経済の減速感は明らかです。したがって世界全体を見ると、もちろん大恐慌時代に比べて新興国の経済が世界経済を支える部分は小さくはないのですが、全体としては逃げ場のない不況と金融危機が双方に連鎖しながら先行きに大きな影を落としているというのが現状だと思います。

 金融危機と経済危機を分けると、金融危機については世界中でいろんな手が打たれています。不良資産の買い上げから公的資金の注入、銀行の負債を政府が保証するということまで行われている。日本がバブル崩壊後の不況でとったような政策パッケージを世界のいろんな国がやっているのです。したがって金融危機については対応ができていると私は理解しています。

 ただ実体経済の悪化についてはメディアでも話題になっていますが、まだ不況の入り口に立ったばかりという認識で、アメリカ経済について言うと今、失業率が悪化したといってもまだ6.7%です。この先失業率がどこまで上がるかということですが、エコノミストによる直近の予想平均値は確か8.5%ぐらいだったと思います。しかしこの予想は、来年の後半には少し明かりが見えてくるということを前提としています。もしそうならないのであれば10%を超えるという予想もありうる、そういう不透明感があります。いずれにせよ、悪化が本格化するのはこれからだということです。どこまで悪化するかはわかりません。

 それから住宅価格、ローンというものも当然、今後のアメリカ経済を見るうえでのキーファクターとなりますが、調整は徐々に進んでいるにもかかわらず、住宅価格が下げ止まるのは早くても再来年の春頃だろうと言われています。現在、2006年のピーク時から20%くらい下がっていますが、さらに20%くらい下がるだろうと言われていて、それが見えるのは早くても再来年の春、場合によっては先ずれするだろうとも言われています。もちろん、意外に早まるという可能性もありますが、どちらかというと下に振れていく可能性が高いとみんな思っています。それが経済活動そのものを冷え込ませるという心理的なファクターにもなってくるので、非常に難しい環境にあると言えます。

 そのように経済不況が長引くと、そのこと自体が金融機関のバランスシートを傷めることになります。金融機関のバランスシートにおいて、資産側には企業や家計に対する貸し出し資産とか、有価証券がありますが、不況が長引けば資産の質が悪くなるわけです。状況によっては経済不況と金融不況がスパイラル的に作用して、経済がどんどん落ちこんでいくというリスクもあります。それがどうなるかについては、今後の政策対応にかかっている部分も相当大きいのではないかと思います。

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profile

内田和人(三菱東京UFJ銀行 経済調査室長)

1985年慶応義塾大学卒業後、三菱銀行入行。2001年調査室(NY駐在)チーフエコノミスト、資金証券部資金グループ次長を歴任。円貨資金証券部円資金グループ次長を経て、07年より現職。約20年にわたり、内外の金融市場、経済の分析、ポジション運営に携わる。主な著書に「米国経済の真実」他。

平野英治(トヨタファイナンシャルサービス株式会社 取締役 エグゼクティブ・バイス・プレジデント)

1973年日本銀行入行。国会・広報担当審議役(97年)、国際局長(99年)、理事・国際関係担当(02年)を経て2006年退任。同年6月トヨタファイナンシャルサービス取締役に就任。経済同友会幹事、同行政改革委員会、及び米国委員会副委員長。

水野和夫(三菱UFJ証券株式会社チーフエコノミスト)

1953 年生まれ。80年早稲田大学大学院経済学研究科修士課程修了、八千代証券(81年合併後は国際証券)入社。以後、経済調査部でマクロ分析を行う。98年金融市場調査部長、99年チーフエコノミスト、2000年執行役員に就任。02年合併後、三菱証券理事、チーフエコノミストに就任。2005年10月より現職。主な著書に『金融大崩壊―「アメリカ金融帝国」の終焉』他多数。

工藤泰志(言論NPO代表)
くどう・やすし

1958年生まれ。横浜市立大学大学院経済学修士課程卒業。東洋経済新報社で、『週刊東洋経済』記者、『金融ビジネス』編集長、『論争 東洋経済』編集長を歴任。2001年10月、特定非営利活動法人言論NPOを立ち上げ、代表に就任。