座談会「世界の金融危機と日本の進路」(5)日本は成長よりも質的な向上を目指すべき

2009年1月30日

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内田和人氏(東京三菱UFJ銀行企画部経済調査室長)
平野英治氏(トヨタファイナンシャルサービス株式会社取締役)
水野和夫氏(三菱UFJ証券チーフエコノミスト)
工藤泰志(言論NPO代表)

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日本は成長よりも質的な向上を目指すべき

工藤 平野さん、ありがとうございました。(平野氏退出)。それでは水野さんの話をお聞きしたいのですが、これまで私たちが話し合っていた二つの点にコメントをいただけますか。一つは今のグローバルな金融、経済の危機をどうやって乗り越えていくのか、さらにアメリカを中心とした経済行動をこの危機の後にどう描くのか、という点です。


水野 金融危機についてはアメリカの家計で4兆ドルくらい過剰債務が生まれていますが、EU15の経済規模がアメリカとほぼ一緒で、イギリスの家計の状況を見ると、過剰債務の状況もアメリカの家計と同じかそれ以上ですから、おそらくEU15カ国ベースでもアメリカと同じくらいの過剰債務を抱えていて、合わせて8兆ドルくらい過剰債務があると思います。60兆ドルの世界経済で8兆ドルですから、およそ13%の過剰債務をつくっています。そのうちの1兆~2兆ドルはどう頑張っても返せないので不良債権にして、それでも銀行が償却しないといけない。家計は6兆ドルぐらい過剰借り入れを抱えているということです。これは分母の60兆ドルがインフレになって、60兆ドルが例えば、100兆ドルに膨れていけば相対的に軽くなるわけですが、バブルが崩壊する時はインフレにならずにデフレになりやすいでしょうから、これは相当深刻です。しかもアメリカでは4兆ドルの過剰債務をつくる過程で、2世帯に1世帯がほぼ有産階級から無産階級化するのではないかと言われています。

 日本は22%ぐらいの人が貯蓄残高ゼロで、単身世帯だけですと3割が金融資産はゼロだという状況ですから、この問題はアメリカだけに限ったことではありませんが。ここ30年ぐらいで起きたのは、世界の先進国の中産階級が没落し始めているということでしょう。この金融危機が終わった後、日本や韓国や中国のような輸出国から見ると、先進国は魅力的な市場でないなということになる可能性が高いと思います。


先進国の物的な総需要は頭打ちになっている

水野 またニューディールに期待できるかどうかということですが、民主党は最初1500億ドルくらいの景気対策を打ち出していましたが、オバマ氏が出したのが6000億ドル、7000億ドルだということで、相当な金額だと思います。中身がはっきりしないうちに言っていいのかどうかはわかりませんが、しかし、その資金調達の問題を何とかクリアして、財政赤字の問題は外国が協力して何とかするということがあったとしても、それが総需要対策つまり総需要を一度追加すれば2年、3年目から持続的に成長していくための呼び水政策になることを期待するとしたら、たぶん無理だろうなと私は思います。

 なぜかというと、アメリカだけではなくて日本もそうですが、先進国全体で需要というか、ひとり当たりの物質面での生活水準が天井に来ているのではないかと思うわけです。どうしてそう思うかというと、ひとり当たりの粗鋼生産量を計算すると、先進国では74年をピークにしてずっと下がっているのです。ひとり当たりの粗鋼生産量は、近代化のバロメータです。途上国では97、98年から鉄を使い始めましたので少し違いますが、先進国だけに限ると30数年間、鉄の使用量、自動車やオフィスビルや家電などをつくるための鉄の消費量(一人当たり)が下がり続けている。もちろん軽量化しているということもあるのでしょうが。そういう意味では先進国の総需要は、モノを買うという点では限界に来ている。サービスではもう少し数字が上がっていく可能性があると思いますが、総需要の限界ははっきりしている。

 もちろん新興国の、たとえば中国の対策の57兆円が全て「真水」(実需増につながる支出)ではなくて、相当水増しになっているかもしれません。まだ中国の生活水準という点では日本の50年代、60年代くらいとほぼ一緒で、そこでは粗鋼生産量、ひとり当たりの消費量はまだまだ増えているということで、まだ中国は近代化のスタートラインにたったばかりですから、57兆円が背中を押すということはあるのだろうなとは思っています。

 したがって背中を押して、その後手を離す(財政支出増を平時に戻す)たときに、民間部門が自立的に成長することができるかどうかが問題です。米国の7000億ドルの総需要対策をつければ確かに落ち込むのは何とか防げるでしょうが、それをやめたら来年再来年は上がっていくかどうかと言われるとそれは難しいように思います。


工藤 それでは10年、15年後、あるいは20年を見据えたとき、水野さんはアメリカの世界における位置をどのように見ていますか。


水野 アメリカの地位は相当低下していくと思いますね。15年くらい経つと世界のGDPは今の60兆ドルから、70兆とか80兆ドルとかになっているでしょうが、アメリカのウェイトは相当落ちているのではないでしょうか。今ドル安になっていますし、それだけで20年後には相当ウェイトが落ちていると思いますね。

 ただ、アメリカに代わるものはないというのは確かです。しかし新興国が束になって、いわゆる収斂化説という話ですけれども、貧しい国、ひとり当たりの生活費が低い国で、そこからテークオフしていくという3つくらいの条件がグローバル過程で整ったのではないかと思います。3つというのは貯蓄があるということ、所有権の確立があること、それから初等教育が普及しているということで、この3つの条件が揃うとテークオフが始まるわけです。グローバル化で貯蓄は自分の国ではなくてもいいでしょうし。共産圏も少しずつ所有権を確立していますし、教育水準も特に問題がないでしょうから、そのスタートラインに立ったと言えるのではないでしょうか。


成長率ベースではない豊かさにも目を向けるべき

工藤 日本の経済対策の話に戻ります。先ほど日本政府の短期的な経済対策が今の世界的な金融危機に対応しているのかという議論がありましたが、もうひとつ、この世界的な状況の中で、日本の中長期的な経済対策にどのような可能性があるのかについて、もう少し話していただければと思います。


内田 水野さんや平野さんもおっしゃったように、日本の価値観をどこに置くかということですね。やはりこれだけ資源に制約がある中で、日本が世界第2位の経済規模をこれまで通りに維持して、アメリカやヨーロッパのように2%から3%の成長率にもって行くためには、当然のことながら移民政策で労働力の不足を補わなければいけないと思います。あるいはどんどん規制を緩和して、たとえば東京を完全に国際金融市場センターにして、サービス業をそこで伸ばさなければいけない。こういう政策を打たないと、どう考えても産業構造転換あるいは労働力と潜在成長力という要素を考えると、成長力は上がっていかないのではないでしょうか。

 ただし、先ほどおっしゃったような日本人の価値観というものがあります。確かに日本経済は98年の金融危機から約10年間、所得も上がらないし、水野さんの言葉をお借りしますと、無産階級が増えてきているという状況です。しかし一方で、私どもの見る限りでは経済の粘着性といいますか、物価はほとんど変わらず、消費自体も、景気が悪くなって消費や所得が落ちると消費性向を上げ貯蓄率を下げる。要するに自分の貯蓄を落とすか、親戚・親のところで養ってもらうだとか、こういう状況が起こります。景気がよくなると、貯蓄率を上げて消費性向を下げるわけですね。こういう粘着性がこの10年間、日本経済に出てきていています。たとえば最近若い人たちは車に乗らないとか、酒を飲みに行かないとか言われていますがこれも全て、水野さんがおっしゃったような物的な満足度がかなり満たされてきているということなのではないかと思います。

 そうすると、これからは、たとえばウサギ小屋のような家に住む満足度から、多少住宅の価格が下がったとしても広い家に住む選択ができれば、日本経済の一人当たりの質的な向上というものもあり得る。GWP(Gross Welfare Products)という考え方もあります。こういう厚生価値みたいなところに求めているのが日本人のメンタリティであり思想でもあるわけです。もちろん、景気、経済は何とかしなくてはいけない、あるいは株価を上げなくてはいけないという話は、目先の議論としてありますが、より中長期的に考えて、経済システムあるいは年金システムなどは、日本経済のメンタリティに合ったシステムをつくっていくことが重要だと思います。質的な尺度、GDPではなくてGWPなどの尺度の中で測っていくこともひとつ選択肢ではないでしょうか。

 しかし、そういう状況になると、名目値がゼロかマイナスの時代なので、われわれ金融機関は全く儲からない。おそらく日本の金融機関は、海外でグローバルな金融業務を行うという必要性がより増してくるのだと思います。

 もし、そうではなくて経済成長にこだわるとしたら、どうしても移民政策が必要になります。ヨーロッパやブラジルなども多民族国家です。ブラジルはご承知の通り、最後までいわゆる奴隷制度を設けていて、19世紀から移民を受け入れて、今や人口の55%が混血です。そう考えると移民政策も、本当にグローバル化するという覚悟があるのならば、ひとつ国の方向性としては考えられると思います。

 それから、東京国際センター化によって、サービス業を発展させることが重要だと思います。オーストリアは、国際会議都市としてグローバル化サービスを高めています。OPECの本部があるウィーンは世界の会議を行う場所になっています。日本ではサミット以外に国際会議や金融に関する会議はほとんど開催されません。日本は、先進主要国の中でグローバルな国際会議から一番遠い存在になっているように思います。

 なぜならば、英語で議論できる人が少ないのです。したがって本当に経済成長を高めるのであれば、東京を国際会議場にして、会議をどんどん誘致するために英語のビジネスをするという仕組みを真剣に作っていかなければならないと思います。このようにポジティブな成長戦略とウェルフェアの質的戦略、2つの選択肢があるのではないかと思います。


水野 日本の政治が考えなければいけないことについては、第一に、成長でものごとを解決できると思わないことです。結果として成長することはもちろんいいことだと思いますが、成長させることによって問題を解決しようとするからいろんな無理が出てくるのだと思います。たとえば、日本のひとり当たりGDPは1ドル90円くらいで計算すれば4万ドルくらいになるので、今まで18位だと嘆いていましたが、為替レートによってすでにアメリカに次いでG7の中では第2番目くらいになっているのです。その4万ドル経済の日本が、もっと成長しないと問題解決できないというのは、やはりおかしいのです。

 今新興国のひとり当たりGDPが中国では2500ドルで、その国がこれから成長しようという時に、4万ドルになってもまだ問題を抱えているのというのであれば、日本はさぞや無駄が多いのだろうなと思われてします。今「ジャパンクール」でいろんな日本のライフスタイルをカッコイイと思っている人たちがたくさんいますが、彼らのGDPが2500ドルから5000ドル、1万ドルになったときに、「日本を見習っても、まだ日本は成長、成長と言っている」と思われてしまう。そうやって支持を失って、ジャパンクールの人たちがいなくなってしまうということですね。そうすると日本のファッション、あるいは日本のアニメなどに対する支持も失ってしまうと。それから日本の医療制度でもお医者さんが足りないと言っているけれども、MRIやCTスキャンといった機械の人口何万人あたりの数値はG7も中で日本が普及率No1です。2番目がアメリカで、3番目がイギリスですが、1位と2位の間に、確か5倍くらいの差があります。そういう意味ではどこのお医者さんに行っても必ず機械がある。しかし、お医者さんが足りないといって、救急車が走り回っている。これは不思議な光景です。

 東大医局と京大医局、そして慶大医局が、お互い独立して交流がないという話を聞きます。それをひとつのピラミッドにすれば、お互いお医者さんも交流するでしょう。今はカルテについても使っている用語が違うらしく、他大学の医局には移動できない状況なのだそうです。これは成長率を押し上げなくても改善していけることだと思います。

 そして、資本係数(=資本ストック/実質GDP)で見ても、日本が2.2倍で、ドイツが1.8倍、アメリカが1.5倍。日本はダントツに工場・店舗・建物が多い。それから、ひとり当たりの公共投資の戦後からの累積額も、他のG7の国の何倍にもなっていて、ダントツです。そういう意味ではいろんなものをいっぱい持っているのに、それが生活水準の改善につながらない。そこは先ほど平野さんもおっしゃったように、そういう面の構造改革をやらないといけないということです。しかし、この間進めてきた「アメリカではこうだ」という構造改革は定義が違ったのではないかと思います。もう一回、日本が既存で持っているストックをどう生かして、生活水準を上げていくかということを考えるべきです。ひとり当たりのGDPが上がらなくてもすぐにお医者さんにかかれるだとか、そういう仕組みに変えていくことが、まずは大事なのかなと思います。あとはこれまでも話が出ていましたが、セーフティネットもしっかりつくることです。つまり、あとは、国内の仕組みをどう変えていくかも大事だと思います。


工藤 今日はどうもありがとうございました。ここでの議論を言論NPOの評価作業に反映させていただこうと考えています。

<了>


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profile

内田和人(三菱東京UFJ銀行 経済調査室長)

1985年慶応義塾大学卒業後、三菱銀行入行。2001年調査室(NY駐在)チーフエコノミスト、資金証券部資金グループ次長を歴任。円貨資金証券部円資金グループ次長を経て、07年より現職。約20年にわたり、内外の金融市場、経済の分析、ポジション運営に携わる。主な著書に「米国経済の真実」他。

平野英治(トヨタファイナンシャルサービス株式会社 取締役 エグゼクティブ・バイス・プレジデント)

1973年日本銀行入行。国会・広報担当審議役(97年)、国際局長(99年)、理事・国際関係担当(02年)を経て2006年退任。同年6月トヨタファイナンシャルサービス取締役に就任。経済同友会幹事、同行政改革委員会、及び米国委員会副委員長。

水野和夫(三菱UFJ証券株式会社チーフエコノミスト)

1953 年生まれ。80年早稲田大学大学院経済学研究科修士課程修了、八千代証券(81年合併後は国際証券)入社。以後、経済調査部でマクロ分析を行う。98年金融市場調査部長、99年チーフエコノミスト、2000年執行役員に就任。02年合併後、三菱証券理事、チーフエコノミストに就任。2005年10月より現職。主な著書に『金融大崩壊―「アメリカ金融帝国」の終焉』他多数。

工藤泰志(言論NPO代表)

1958年生まれ。横浜市立大学大学院経済学修士課程卒業。東洋経済新報社で、『週刊東洋経済』記者、『金融ビジネス』編集長、『論争 東洋経済』編集長を歴任。2001年10月、特定非営利活動法人言論NPOを立ち上げ、代表に就任。