「福田政権100日評価」座談会 (2/5) ねじれ状況下での政治運営の評価は

2008年3月09日

080220_fukuda.jpg2008年2月15日
加藤紘一氏、添谷芳秀氏、若宮啓文氏が出席。


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ねじれ状況下での政治運営の評価は

工藤 評価の中身に入ったので、今の話に続けて添谷さんに伺います。大連立の話もあったし、あとは福田さんのリーダーシップの問題や進め方ですね。それを、どう評価しましたか。

添谷 福田さんご自身とその周辺の実態は知りませんが、余り政権構想とか政策構想を首相になる前提でまとめて就任したという感じがしない。ご自身はもちろん何かおありだろうと思いますが。流れで彼が決断をしたときに一気に総理になる可能性が開けてきたという展開だったわけですから、それも無理ないと思いますが。

 そうすると、官僚が準備している、あるいはこれまでの政策体系を大きく外さずに物事をそれなりに前進させていくのが無難なやり方になるわけです。そういう形での成果が当面の成果なのかなという気はします。

 外交の問題で、安倍さんが韓国や中国との関係改善をしたことが安倍政権の数少ない評価理由になっていたという現象は、私にはいまだによくわからないところがあります。思想やイデオロギーに余りこだわり過ぎるのも現実の世界では必ずしも妥当性はないのかもしれませんが、彼は中国に対して一種の敵がい心を持っていた。外交・安保戦略で中国とガチンコ勝負をするつもりが安倍さんにあったとは思いませんが、特に歴史問題等の難しい感情的な要素を含みがちな問題に関して、中国に対して安倍さんが大きな違和感を持っていたことは間違いない。それから、安倍さんの場合、民主主義同盟論というようなものを引っ提げて出てきて、かなりの程度、中国を意識した要素はあったわけです。そういうところと関係を改善したという関係性が余りしっくりこない感じをいまだに持っています。

 小泉さんが靖国ゆえに何もできなかった状態から、これは必ずしもご自分の政策構想ではなくても、例えば官僚、あるいはどこか他で準備をした路線で安倍さんが首相として振る舞えば、ある意味何をやっても改善だ、前進だという状況ではあったわけです。したがって、靖国にも行かずそれをやったということはそれなりに評価できると思いますが、それと、安倍さんが腹の中で持っていたであろう中国を意識した部分のつながりがよくわからない。

 ですから、加藤先生は先ほど安倍さんのとき、韓国と何もできなかったとおっしゃいましたが、まさに中国に関しても、最初はやったけれどもその後のフォローがなかったわけです。そういう意味では、五百旗頭先生(防衛大学学長)が盛んに福田さんと会って、恐らく外交面ではいろんな議論をしているだろうと思いますが、福田さんの対応からは、そこにそれなりの魂を入れるつもりがあるのかなという感じはします。

 安倍さんが中国、韓国との関係改善にそれなりに成功したということは、中国側が一種の戦略性を持って対日関係を荒立てたくない、改善したいというアプローチに徹しているところがあるので、そういう中国側の事情に恵まれたということも非常に大きいだろうと思います。それで、韓国で今、李明博政権ができて、これから中身を入れていくには絶好の外部環境が相手のほうにあるわけですから、福田さんが仕掛けをしていくには格好の機会なのではないかなと思います。

政策課題ごとに小連立が起きてもいい

工藤 大連立についてはいかがですか。

添谷 今のねじれ国会は、争っても仕方のないところで合意をつくるチャンスだというとらえ方もできるのではないかと思います。例えば国際平和協力に関しての恒久法の議論が出てきて、これから進むわけですが、あの程度というと語弊はあるかもしれませんが、あそこで政治的な対立をしている問題ではないのではないかという気がします。要するに、日本ができること、やらなきゃいけないことは、そもそもそんなにオプションはないわけです。憲法でみずから制約を課して、アメリカとの安全保障を基盤にしながら、こういった国際安全保障に関与していこうというときに、日本ができることはそんなに幅はない。ですから、最低限、何ができるかというところで政治のコンセンサスが必要です。その点で政治が対立している場合ではないだろうと思います。

 そういう意味では、合意をしなければこれは先に進まない話ですから、そういった議論の雰囲気をつくるのには一種おもしろい政治状況なのではないか、そういう見方もできるだろうと思います。そういう状況の中で大連立という大仕掛けが若干動くかに見えたわけで、そういう政治的なベクトルはあるし、必ずしも大連立ではなくても、政策イシューごとの一種の小連立がこれから起きてもいいだろうと思う。そういう方向で我々国民も政治を見て促していければいいのではないかと感じています。

国民は年金に対して非常に関心が高い

工藤 加藤さん、大連立を含めていろいろ福田政権で行われたことについてはどうご覧になっていますか。

加藤 今、外交の評価、大連立の評価、年金の評価の3つがあって、まず年金の問題は、福田さんと官僚の問題を国民はじっと見ていたのではないか。安倍さんが5000万件の浮いた年金記録について1件残らずと言ったときに、国民がどう評価したのか。いずれにしろ、年金というのはものすごく国民の関心の高いことなのです。だから、我々政治家やマスメディアの人よりも、時には有権者のほうが年金問題に詳しい。毎月自分に 4万8000円来るか、5万5000円来るかといった綿密な計算をしているわけですから。

 安倍さんが1人残らず、1件残らず突きとめますと言ったときに、国民の中には「そんなことは無理だよ。自分は昔、理由があって名前も年齢も詐称で就職していた、自分も厚生年金保険料を払ったし、会社もそれで届けたわけだが、少なくとも自分の分は浮いているはずだ。今さらこの段になってあの3年分を欲しいから自分の忌まわしい過去を役所に言って暴くなんていうことはしたくない」と思っている人もいるわけです。昔、年齢を若く偽ってクラブに勤めた女性は「私の分は絶対わからないはずよ」と言っている。そんな話を党内の年金委員会でしていたら、平沢勝栄氏が、加藤さんの言う通りだ、犯罪者は名を隠して働く、と言っていました。

 福田政権になったときに、総務省が年金業務・社会保険庁監視等委員会をつくって、厚生労働省への勧告をまとめた。そのときに、これがいい機会だから完璧に1件残らずという安倍さんの公約から福田さんが自由になっておかないと、政権の永続性が危うくなる、せっかくの政権なのに重荷になってしまうぞと私は総務会で言いました。そうしたら、伊吹幹事長は詳しい人なものですから、加藤さんの言うとおりだ、役所にもそれをきつく言いましょうと言う。しかし、率直なことを福田さんが言えるように段取ったつもりだったのが、舛添大臣以下、厚労省は福田さんに出すペーパーに方向変換のトーンを入れるのをびびったのでしょう。ですから、プラスに転ずるべきだったのが、逆にマイナスになってしまった。

官僚尊重がC型肝炎でも裏目に出た

若宮 さっきも言いましたが、福田首相の「公約違反と言うほど大げさなものかどうか」発言は最悪のコメントでしたね。

加藤 最悪のコメントになってしまいました。

工藤 支持率が10%以上一気にストンと落ちましたね。

若宮 自分がした公約ではないのだから、修正するならもう少し言いようはあったと思いますが。

添谷 でも、安倍さんは最初はできないと言っていましたね。

工藤 そうですね。何かだんだんボルテージが上がってきて、できるということになった。

添谷 それで支持率が一気にまた下がり、あるいはマスコミに叩かれ、社会的雰囲気がそんなのあるか、というものになってしまい、それで安倍さんは全部やると言い出した。

加藤 全部はできないと言っていたのは、当時厚労省の率直なブリーフィングを受けてです。ところが、それではだめだと言われたから、だんだん変わっていったんでしょうね。

添谷 要するに、世論調査の結果がすごく気になっているわけです。

工藤 今、日本の政治家はそれほど有権者の声が気になっている。

若宮 その点は、福田さんは安倍さんに比べればはるかに気にしていない。そのよさと悪さが両方出ている。おもしろいと思うのは、この調査で(50.0%と)福田さんは期待通りやっていると評価しているのは官僚ですね。官僚だけが際立って福田さんに温かいというのは、小泉、安倍と官僚いじめが少し過ぎている、やっぱり官僚のいいところを引き出さなきゃいかんという意識が福田さんにはあるからだとと思う。けれども、それが裏目に出たのがC型肝炎でしょう。官僚から評価がいい分だけ、ほかの層から期待外れだというところにつながっているようなところがよく見える結果だと思います。

工藤 とにかく、官僚がすべて悪いみたいなポピュリスティックな議論がずっとあって、そういう世論形成には福田さんは乗らないという意識があるでしょうね。

若宮 自分でもそう言っていますね、気にしないと。すべて本音とは思いませんし、強がりもあるのだろうけれども、相当、本音のところはあるのではないですか。

工藤 先日、官僚と話したら、あの程度の支持率の下落でおさまってよかったとみんな言う。つまり、あれはできないとみんな思っているから、あの程度でよかったと逆の評価をしている人がいました。

大連立は政治をなくする

工藤 加藤さん、大連立はどう思いましたか。

加藤 大連立をやっていたら評価は下がったと思いますよ。なぜなら、それは政治をなくするものだからです。大連立をやったら、1~2カ月はおもしろいと言っただろうけれども、そのうちに「何これ?」ということになる。福田さんが官邸にいて、小沢さんが副総理室にいて、それで国会で討論すると、みんないいですねと言う。違うのは共産党がいるだけでしょう。それで今度は、巨大な与党の中で大げんかを始めるわけです。最初はわけがわからないから、何か大変なことが起きたようだと言うけれども、それは1カ月、2カ月もたなかったと思います。

工藤  そうすると、ねじれのところは大連立とかいう形でなくても、マネジメントはできるはずだと加藤さんは思っておられるのですか。

加藤 できるはずです。小沢さんがその後いみじくも、給油問題は「ちゃちなこと」だと言って大変な顰蹙を買いました。あれは余り大きな話ではない。それを大きくしたのが小沢さんで、その当人が「ちゃちな話」だと言うのでは、メディアもほかの国民も身がもたない。だから、添谷先生が言ったように、小さなところから、どうしようもない、大した対立でもない部分でしこっているようなところから、細かなところから話し合いで解決していく。もう1つ、どうしてもだめなテーマがあったら、それは少し議論は先延ばししておく。双方の政党とも内部で意見が対立していてどうにもならないような問題、例えば昔で言えば脳死は死か、臓器移植テーマとか、今の在日外国人の参政権問題などというのは、民主の中も自民の中もどうにもならないほど価値観が対立していますから、これはクロスボーティングといいますか、党議拘束なしでやるとか、いろんな新たなことを考えてねじれ解消策を必死に考えることだと思います。

政界再編で中選挙区回帰が必ず論議になる

加藤 私は将来、かなりの確率で政界再編を考えなければならないときが来ると思っています。なぜかというと、この次に総選挙をやっても、与党で3分の2の多数はとれないでしょうから、自民党の政治運営はさらに苦しくなるだけということが見えているからです。そこから先は、再編話になったときに、小選挙区、2大政党の対立図式でつくってある今の選挙制度では対応ができないのです。だから、中選挙区に戻すということが必ず論議になると思います。

添谷 無責任なことを申し上げると、福田さんの魂胆はわかりませんが、小沢さんがあれ(大連立)をやったときに、壊し屋の本領発揮なのかなと瞬間的に思いました。つまり、一たん自民党とくっついて、また中から壊す。まさに政界再編成です。民主党と自民党それぞれの党の中で、いろいろなイシューに関してまさにイデオロギー対立みたいなところがある。憲法改正もそうかもしれない。それが内側から整理されていくようなプロセスがそこから始まるとおもしろい。若干、無責任な傍観者的な意見ですが。小沢さんはそういう魂胆もあってやったのかなという感じがする。

若宮 「たられば」の話だからわかりませんが、私も、大連立をやっても結果としてはそうなっている可能性が大きかったと思います。どうせ次は総選挙があるんだし、あの小沢さんが総選挙の前にどういうビヘービア(behavior 行動)をとったのかなというのは関心がありますが、ただ、小沢さんがそれをねらったかと言われると、そこはちょっとクエスチョンマークで、もう少し単純に捉えたい。

 ある人によれば、いや、小沢さんは副総理をやりたかったんだという。端的に言えば、つまり総理大臣になりたくないのではないか。影の権力者でいたい、というのが小沢さんのこれまでの流儀だし、今のビヘービアからも、それがうかがえるというわけです。この調査にもそれが反映されていると思います。副総理であれば、国会答弁もほとんどない、あちこち外国い行って首脳外交をする必要もない。でも、連立相手ですから相当なことを注文つけられるというポジショニングです。民主党の公約にもちょっと非現実的なことが盛られている。自分の政権なら実現しなきゃいけないけれども、大連立であれば妥協してもだれも文句を言わない。だから、実は民主党が政権をとって自分が総理大臣になるよりも、大連立で副総理になるほうがいいのではないか。そういう推理です。

添谷 でも、それは状況が安定すればという話ではないですか。

若宮 加藤さんも言いましたが、それは続かないでしょうね。だから、結果としてはまたぶち壊しになる可能性は大きかったと思います。

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Profile

080303_soiya.jpg添谷芳秀(慶応義塾大学法学部教授)
そえや・よしひで

1955年生まれ。79年上智大学外国語学部卒業。81年同大学大学院国際関係論専攻・修士課程修了。同大学国際関係研究所助手を経て87年米ミシガン大学大学院国際政治学博士(Ph.D)、同年平和安全保障研究所研究員、88年慶応大学法学部専任講師、91年同助教授の後、95年より現職。専門は東アジア国際政治、日本外交。主著書に『日本外交と中国 1945―1972』(慶應義塾大学出版会、1995年)、Japan's Economic Diplomacy with China (Oxford University Press, 1998)、『日本の「ミドルパワー」外交―戦後日本の選択と構想』(ちくま新書、2005年)などがある。

080303_wakamiya.jpg若宮啓文(朝日新聞論説主幹)
わかみや・よしぶみ

1948年生まれ。政治部長などを経て、02年9月から現職。著書に「忘れられない国会論戦」「和解とナショナリズム」など。06年1月、渡辺恒雄読売新聞主筆と雑誌で対談し、靖国問題の「共闘」で話題になった。連載コラム「風考計」をまとめた「右手に君が代左手に憲法」もある。4月から朝日新聞のコラムニストに。

080303_kato.jpg加藤紘一(衆議院議員、元自由民主党幹事長)
かとう・こういち

1939年生まれ。64年東京大学法学部卒業、同年外務省入省。67年ハーバード大学修士課程修了。在台北大使館、在ワシントン大使館、在香港総領事館勤務。72年衆議院議員初当選。78年内閣官房副長官(大平内閣)、84年防衛庁長官、91年内閣官房長官(宮沢内閣)などを歴任。94年自民党政務調査会長、95年自民党幹事長に就任。著書に『いま政治は何をすべきか--新世紀日本の設計図』(99年)、『新しき日本のかたち』(2005年)。

071113_kudo.jpg工藤泰志(言論NPO代表)
くどう・やすし

1958年生まれ。横浜市立大学大学院経済学修士課程卒業。東洋経済新報社で、『週刊東洋経済』記者、『金融ビジネス』編集長、『論争 東洋経済』編集長を歴任。2001年10月、特定非営利活動法人言論NPOを立ち上げ、代表に就任。