「新政権の課題」評価会議・安全保障問題/第7回:「日米同盟で何を目指そうとしているのか」

2006年11月15日

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言論NPOは「新政権の課題」と題して、各分野の専門家を招き、継続的に評価会議を行っています。第二回目の評価会議は、先日発足した安倍政権に問われる「安全保障」問題について、倉田秀也氏(杏林大学教授)、道下徳成氏(防衛研究所主任研究官)、深川由起子氏(早稲田大学教授)を招いて、議論を行いました。

「日米同盟で何を目指そうとしているのか」

工藤 日米同盟はどうすればいいのでしょうか。世界レベルでの日米同盟と言っています。地球的規模ということを小泉さんも言いました。

道下 現実は大して踏み込んでいない。日本の感覚で言うとすごいと思われますが、イタリア、スペインなどは撤退したものの、はるかに大きい兵力を派遣していました。日本は今、ある意味ではずるいやり方はしているのです。グローバル同盟、テロ戦争に参加しますと言って、やっているように見せかけているので、それはうまいとも言えるけれど、ある意味でずるくやっているのは、わかる人には見抜かれている。

工藤 日本は最終的に国連常任理事国になって何をしようとしているのですか。実態的に何か役割をしようとしているのですか。

道下 まずアメリカは、9.11で困って、イラクで困ってということで、日本が少しやったらすごく感謝されるという非常にラッキーな状態で、少しサボってもレトリックでごまかせるところが、次の局面にいったときに本質が問われるというのがまず1つ。ただ、日米は、共通の戦略目標を作りましたし、実質的なオペレーショナルな面の協力、基地再編も着々とやっていますので、日米関係は着実に次の時代へ動いているは事実です。

次の動きは、日米同盟のほかの大国間関係、国際関係全体を見通した中で、日本がどういうポジショニングをとるか。それは国連における日本でもあるし、大国間関係、特に今、非常に積極的にやっているインド、中国との関係、また、中国の台頭に絡んで、インド、中央アジア、オーストラリア、NATO、EU、ロシアとどうするかという地域戦略です。

2004年の防衛計画の大綱とか荒木レポートでは、日本は国際情勢を踏まえ、対処を3つ挙げています。1つは、我が国独自の努力。それから、同盟国との協力を通じた努力。3つ目が、国際社会との協力。この3つで安全保障環境をよくして日本の安全を高めるとしているのですが、1番目と2番目は非常に具体的なスペシフィックなものですが、3番目になると、国際社会と言って大ざっぱな話になっているのです。次の段階でやるべきことは、この3の部分の、大ざっぱで中身は余り詰められてないことを、どれだけ具体的な話にしていくかということで、そういう意味では防衛庁も外務省も、既にインド、オーストラリア、中央アジアなどに対する働きかけをしているので、日本の外交も安全保障もキチンと動くようになった感心しています。問題は、動こうとする意図は明らかですが、それでどれだけの具体的なものに落とし込んでいけるか。それが次のフェーズの課題だと思います。

深川 前の小泉さんは日米同盟さえ健全であれば、あたかも免許を取れば原付がついてくるかのように、アジアも付いてくるといった感じで言っていました。しかし、それは北朝鮮がアメリカとさえ話をすれば、他はみなついてくるという、実に北朝鮮とヒットした発想で、日本はアメリカの原付と思われていたかもしれない。しかし、それでは明らかに破綻していて、ある意味で中国にもっとフリーハンドを与えていた。色々なスキをつくって、かつ、どんどん攻め込まれて、今やアメリカの議会まで、従軍慰安婦だ、靖国だと言う人たちが生まれている。日米の一部さえ、同盟で価値の共有と言って手を握っていれば、あとはアジア全体が何とかなるというのは、もう破綻していると思います。少なくともそこからは違うやり方を考えなければならないし、そもそも米中が悪いのでしたら、アメリカにくっつくことで中国との立場がはっきりすることが、あり得るかもしれないですが、米中は決して悪くないので、ある意味で日中よりはずっといい。中国も、何を考えているかわからない日本よりは、明らかにアメリカの方が、戦略ゲームがきちんとできているから、お互いに信頼感がある。向こうはステークホルダーで、当分とりあえず許してやると言っているわけだし、中国もその分、北で汗をかいたりしていけばいいわけですから、米中の方が大国ゲームができている。日中は子供のけんかのようなものにはまってきたわけです。違うことを考えなければいけない。

それから、この安倍さんのこの発想で見ると、やはり経済センスのなさというか、関心のなさを強く感じます。経済関係なども同盟国、価値観の共有とか、確かにオーストラリア、インドと、関係強化で動いていくのでしょうが、日本は既にあれだけの投資ストックを中国に持っていて、インドなどは幾ら政府が頑張っても、民間はなかなか行かないです。中国の方が現実に儲かっているところは儲かっているし、インドよりは情報もあり、はるかにやりやすい国になっているので、安保のロジックと経済ロジックはなかなか一緒にはついていかない。日豪、日印と、FTA交渉にこれから入るかもしれませんが、農業者は誰が説得するのですか。誰にもわからない。

日米FTAは恐らく霞ヶ関も想定していて、上から突然おりてくるかもしれないですね。現在の米韓FTAは多分できそうにはないですが、アメリカの場合、来年の6月までは大統領が議会に対して独立交渉権を持っているので、非常権限を発動して合意するということがあり得る。その時日本は、中国と米中頭越し外交されたときのように、アメリカとは磐石だと思っていたら、米韓FTAだと言われて焦るようなら醜態です。

工藤 アメリカとは経済同盟を強化となっていますが、これは何でしょうか。

深川 ただ、日米は米韓とは違ってお互いに財の関税は低いですから、低いレベルのFTAならとっくにその状態です。構造協議以来、自由化をめぐる経済協議は毎年やってきていて、やりきれなかった部分だけが残っているので、日本側は攻める材料に乏しく、逆に米国側は具体的にあれこれ言ってくるでしょう。

工藤 日本の産業はどうなるのですか。反対するところはどこですか。

深川 とりあえずは農業と金融ではないでしょうか。アメリカは、この分野では譲らないし、日本としては中途半端なレベルではなかなか譲るものがない。

工藤 世界的な安保であり、日米同盟であり、「強い日本をつくる」とありますね。

道下 これは道筋ができている。先般、共通の戦略目的をつくって、昨年のレポートをつくり、基地のレポートを出して、あとは、それをどう実現するかという話です。しばしば日本では米軍基地の問題に矮小化されていますが、あれは大きい共通の戦略、これからの日米同盟がどういう戦略目標を持ってやっていくかというプロセスの中の最終段階で、実際に落とす基地再編という部分で、政治問題もあるから拡大されたのですが、実はその前の大きい流れがあるのです。

工藤 ただ、世界的な日米同盟というからには、まだ何かをしたいのではないですか。

道下 本当に物すごいとすれば、それこそ日本が集団的自衛権から何からやりますといって、軍事的に出て武力行使もやるということなら、大きなタマが残されていることになりますが。

工藤 そのことを考えている人がいるのではないですか。国際政治では別に日本はそれほど大してやっていない、イメージ戦略だけだというのなら、わかりやすいのですが。

道下 集団的自衛権も2つあって、いわゆる戦争になったときに同盟国、あるいは要請を受けて一緒に戦うという文脈での集団的自衛権と、復興支援とか治安ミッションとかで横の人が撃たれている時、何ができるか。後者でしたら、それは日本にとっては新しいことかもしれませんが、国際社会のレベルから言えば、今ごろやっているの?と言われるだけのことで、大したことではない。日本の国内政治の文脈では、確かに大きいかもしれませんが、国際社会では、そうは見られなくて、また遅れてきて大騒ぎしている人たちがいると言って終わる。

工藤 後者の場合でも憲法改正しなければならないのですか。

道下 その点では、意見が分かれますが、その方がすっきりはするでしょう。

倉田 安倍さんの政権構想では「戦後レジームから新しい船出を」という部分があり、憲法改正まで言っている。まだ国連常任理事国入りを目指すとも言っている。安保理常任理事国になって、集団的自衛権は行使できませんというのはあり得ない。

道下 ですから、集団的自衛権は目標なのですが、集団的自衛権を行使できる状態になったときに第1のことまでやるのか、第2の話をしているのかというのは大きい違いです。

倉田 集団的自衛権はあくまでも権利です。ですから、こうなったら必ず武力行使しなければならないというわけではなく、そのオプションをとれる態勢にあるということが重要です。集団的自衛権を義務のようにとらえる向きもないわけではないのですが、できるだけ奥行きのある権利を持つことが重要なのだということでしょう。

工藤 国際協力法とか一般法ではできないのですか。

道下 憲法が変わらない限り、武力行使との一体化でない範囲内でのミッション、活動ということになって、武力行使ではない、あるいは武力行使と一体化してはいない活動という範囲を広げてやる可能性はありますが、それはもう限界です。

工藤 そうならば、そういう話は、新政権はきちんとこういうふうに目指しますと言うべきですね。これでは何かよくわからないのです。

倉田 集団的自衛権の行使についての政府解釈を変えるべきという議論が片一方であり、憲法を改正すべきだという議論がもう一方である。集団的自衛権の政府解釈が変われば、憲法改正へのモメンタムは減速するでしょう。安倍さんがどちらを目指しているのかはわからない。しかし、このままでいけないという意識はもっている。ですから、最初に書いてある「世界とアジアのための日米同盟」というのは、単なる枕言葉ではないと思います。「戦後レジームからの新たな船出」というのは、それを裏書きしていると思います。「専守防衛」はスローガンとしてはわかるけれども、懲罰的抑止とか拒否的抑止というに抑止論として日本の防衛を考えるべきで、日本は拒否的抑止の部分は持ち、懲罰的抑止の部分はアメリカが担当する役割分担を明確にしなければなりません。また、「拉致・核・ミサイル」という優先順位はどういう認識なのかということです。拉致問題の重要性は否定しませんが、「核・ミサイル」問題とリンクして解決しなければならない構造になってしまっているし、日本はそれにコミットしている状況がある。さらにいえば、国連常任理事国入りをまだ言っています。「戦後レジームからの新たな船出」を言うのなら、最初にやるべきことは国連憲章の改正です。国連がいわば体質改善をして、もはや第2次世界大戦の延長線上に国連があるのではなく、第2次世界大戦との連続性を切るかたちで国連憲章を改正してから、日本は常任理事国になるべきであって、既成事実の積み重ねの上に「戦後レジームの新たな船出」を位置づけるべきではないでしょう。

深川 敵国条項をもしも変えようとしたら、過去の反省が足りないと、中国や韓国はブツブブ言うのではないですか。

工藤 とにかく、まずは入った方が先だと思っているのでしょう。

深川 入ってから変えるというのは失敗したのでしょう。そこも無理がある。中国は明らかに反対するのに靖国に行き続けて、でも入りたい。アフリカなど数を頼めば何とかなるのではないか。しかし、中国は拒否権を持っていますし、アフリカでもとっくに読まれて先回りされていた。甘すぎです。

profile

061031-michishita.jpg道下徳成(みちした・ なるしげ)
防衛庁防衛研究所 研究部第二研究室 主任研究官

1990年筑波大学第三学群国際関係学類卒業、防衛庁防衛研究所入所。1994年ジョンズ・ホプキンス大学高等国際問題研究大学院(SAIS)修士課程修了(国際関係学修士)、2003年同大学博士課程修了(国際関係学博士)。2000年韓国慶南大学校極東問題研究所客員研究員、2004年安全保障・危機管理担当内閣官房副長官補付参事官補佐等を経て、現在は防衛研究所研究部第二研究室主任研究官。専門は、戦略論、朝鮮半島の安全保障、日本の安全保障。

061031-fukagawa.jpg深川由起子(ふかがわ・ゆきこ)
早稲田大学 政治経済学部 国際政治経済学科教授

早稲田大学大学院商学研究科博士課程修了。日本貿易振興会海外調査部、(株)長銀総合研究所主任研究員、東京大学大学院総合文化研究科教養学部教授等を経て、2006年より現職。2000年に経済産業研究所ファカルティ・フェローを兼任。米国コロンビア大学日本経済研究センター客員研究員等を務める。主な著書に『韓国のしくみ』(中経出版)、『韓国・先進国経済論』(日本経済新聞社)などがある。

061031-kurata.jpg倉田秀也 (くらた・ひでや)
杏林大学総合政策学部教授

1961年生まれ。85年慶應大学法学部卒、延世大学社会科学大学院留学、95年慶應大学大学院法学研究科博士課程単位取得。91年より常葉学園富士短大専任講師・助教授を経て2001年より現職。その間、日本国際問題研究所研究員、東京女子大学、東京大学などで非常勤講師。主著『アジア太平洋の多国間安全保障』等多数。

 言論NPOは「新政権の課題」と題して、各分野の専門家を招き、継続的に評価会議を行っています。第二回目の評価会議は、先日発足した安倍政権に問われる「安全保障」問題について議論を行いました。