「新政権の課題」評価会議・安全保障問題/第2回:「北朝鮮に対する日本の対応」

2006年11月03日

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言論NPOは「新政権の課題」と題して、各分野の専門家を招き、継続的に評価会議を行っています。第二回目の評価会議は、先日発足した安倍政権に問われる「安全保障」問題について、倉田秀也氏(杏林大学教授)、道下徳成氏(防衛研究所主任研究官)、深川由起子氏(早稲田大学教授)を招いて、議論を行いました。

「北朝鮮に対する日本の対応」

工藤 北朝鮮に対しては、日本の防衛は何を目標にしなければいけないのでしょうか。小泉政権の間にミサイルを打ち上げ、安倍政権時にはついに核実験にまで及びましたが、日本は北朝鮮有事、脅迫にどう対応し、アジアの安全保障という問題をどう構成していけばいいのか。まず、今回の核実験の話に入る前に、先般のミサイル発射とその際の日本の対応について、お話しいただけますか。

倉田 まず指摘しておきたいのは、ミサイル脅威とは一体何なのかということです。北朝鮮がミサイルを発射したことは非難されるべきと思いますが、ミサイル脅威は発射したから高まるものではないし、発射しないから低くなるものでもない。北朝鮮がミサイルを保有している事実は前からあるわけで、その大部分は既に実戦を配備され、その能力は実証済みです。

それを発射したことに対し、日本、正確に言えば官邸、もっと正確に言えば安倍さんが主導し、一時期は制裁決議まで出そうとしたことが果たして日本の外交政策の上で正しかったかについては、疑問を持っています。ミサイルは飛ばすものであって、本当に怖いのは飛ばされるものです。ミサイルに核弾頭が搭載されるということを我々は一番警戒しなければなりません。

ところが、2003年1月の北朝鮮のNPT脱退表明に際しても、国連安保理は議長声明すら出さずに、地域レベルの多国間協議に解決を委ねました。つまり飛ばされうるものについて一度も国連安保理で公式審議をしていないにもかかわらず、ミサイルを発射したことについては、議長声明を飛び越えていきなり非難決議まで採択したということにまず注目すべきだと思います。しかも、北朝鮮は再度ミサイル発射を行うとも言っていた。そのときには国際社会はまた対応をしなければならないわけで、そのマージンは限られることになりました。ミサイル発射だけで国連安保理が非難決議を採択した例は過去ないのではないでしょうか。

深川 アメリカにとって、もはや核は持っているのだったら、あとはそれが自分のところに飛んできたり、世界に撃たれたりするかどうかの方が問題なのではないですか。積載できれば問題になるわけで、いずれ積載して飛ばすこととも念頭に置いているという前提でやっている。

倉田 配備とは発射することを前提としているはずです。

工藤 ミサイルの発射から、今回の実験と段階があがっているように見えます。その狙いは。

倉田 米朝協議をしたかったからでしょう。先般のミサイル発射の場合、テポドン2と呼ばれている、将来アメリカを射程に置こうとするミサイルで、残りの6発は日本及び周辺をすでに射程に収めているものでした。ミサイル発射は、テポドン2について実験といってよいのですが、それ以外についてはすでに実戦配備されており、実験というよりも示威行為に近いと思います。アメリカが北朝鮮を武力攻撃したとき、これだけの反撃能力を持っているという実験と示威行為を同時に行ったといってよいと思います。

工藤 これは前の小泉政権下の評価ともなりますが、このミサイル発射の際には政府が久しぶりに外交でヒットを打ったということになりました。

倉田 自己主張することが果たして我々を安全にしているのでしょうか。毅然とした外交で我々が危険な状態になるのなら、やらない方がいい。

道下 私は、政府部内でよく準備していて、よくやったと評価しています。98年のテポドン発射の時は対応が混乱したので、今度発射されたら、こう対応するということが決めてあった。だから、当然あんなに早く、うまくやった。ただ、安倍さんの思っていた落としどころとほかの政府、例えば外務省の人々が思っていた落としどころとは多少違う可能性があるから、倉田さんの評価は多分安倍さんのパーソナナリティーを考えての評価だと思います。

日本政府や政策決定者全体を見た場合には、実はそれなりに落としどころを考えてやっていたと思います。制裁もかけていますが、北朝鮮体制の存続を脅かすようなものではなく、北朝鮮の暴発を誘発するようなものではありません。結局、最終的にバランスの良い落としどころに落ち着いたと思います。

いずれにせよ、日本としては、安全保障環境の変化に対して、今回のように健全なレベルで騒くのは悪いことではないと思います。本当は、93年にノドンを最初に発射実験した時に騒ぐべきだったのですが、そのとき日本は、まだ平和ボケしていました。また、まだイージス艦が稼働していなかったので、自分独自の情報収集でとっておらず、アメリカにもらった情報で言っていた。

その次は98年頃からノドンが実戦配備され出した頃でしたが、それに対して日本人はあまり騒がない。この感覚というのはまずいのですが、とはいえ、1回機会を逸したからといって、ずっと機会を逸し続けていいというわけではありません。

日本は安全保障環境の変化への対応に遅れる傾向があります。冷戦でも、西側諸国が70年代の後半から冷戦が大変なことになっていると騒いでいた時には自覚が足らず、ワンテンポ遅れて軍拡を頑張って、冷戦が終わるころになってイージス艦が入り始めた。但し、遅れても、やることをやったというのは評価されるべきだとは思いますし、日本は冷戦の勝利に貢献したと思います。

倉田 万景峰号も半年だけでした。

深川 あれ以外にも、山のように船が来ている。

道下 私も倉田さんのおっしゃるとおり、ミサイル発射の際は、ここでいきなり圧力を高めるというのは適当ではなく、それをやらなかったというのは賢明なことだと思っています。そのかわり、法的な担保はでき、やろうと思ったらかなりできる。そこで、中国は慌てたわけです。中国をして、北朝鮮問題に本気で取り組ませるというのが現在の米国の政治目的なのです。WMDの拡散を止めたり、そのための資金、輸出、武器の移転をとめたりするための努力は既にやっているわけですが、抜け穴になっていたのが中国の態度であり、韓国の態度であった。その2カ国、特に中国を本気にさせるというのが、実はあの決議の隠された一番大きい目的です。それはかなりインパクトがあったのではないでしょうか。その後、北朝鮮が核実験を行ったため、中国は北朝鮮問題に本気で取り組まざるを得ない状況になっていると言えます。

倉田 あの決議の本当の意図は中国だとするならば、少々ピントがずれた議論になるのではないですか。北朝鮮はアメリカに向けて一種の瀬戸際外交をやっているわけでしょう。ミサイルを発射したことで中国を動かして、中国に北朝鮮を説得させるとして、北朝鮮が納得するなら、瀬戸際外交は破綻します。

工藤 中国は、北朝鮮をコントロールできないと、これまでの認識を変えざるを得ない状況になっているように見えます。結局、中国が北朝鮮の今後をどう判断するのかにかかっているように思いますが。

倉田 それは今回が初めてではありません。見方を変えれば、冷戦が終結してから、北朝鮮は中国の嫌がることを全てしているといってもよい。

道下 実は今、アメリカは中国に主導権をとらせようとしている。そのため、北朝鮮が瀬戸際外交をエスカレートさせるのを容認している。北朝鮮がどんどんエスカレートしていくと中国が困るわけです。すると、中国が乗り出さざるを得なくなる。そこに追い込むことを今やっているのです。ただ、その政策が長期的に見ていい結果を生み出すかはわかりません。

工藤 これまで、日本は北朝鮮に様々な圧力をかけてきましたし、金融制裁にも踏み切ったところでしたが、その効果はどうだったのでしょうか。

深川 どの程度口座を特定でき、どの程度窓口指導でやるかによるのでしょう。特定個人と朝鮮総連系の幾つかの特定企業についての情報はあるのでしょうが、抜け道がどこまであるか。糊代がゼロになったとは思えません。

倉田 金融制裁という言葉は北朝鮮がアメリカを非難するときに使う言葉です。アメリカはそれを法執行、もしくは司法的措置と考えています。制裁とは、何らかの政治的な意図を強要するために行われるものであって、相手の態度が変われば解除する可能性はあるわけです。今のアメリカが行っているのは、愛国者法に基づいて北朝鮮の不法行為を取り締まるというものですから、金融制裁というのは適切な言い方ではない。日本がやろうとしていることが、違法なことを取り締まるという意味での制裁ではなく、相手の気持ちを変えさせるという意味での制裁でしたら、解除されるという可能性があるのか。そもそも、今回の制裁の目的とは一体何なのか、解除されるとすれば、その条件とは何なのか。そこから再検討しなければなりません。

工藤 ミサイル発射の際は国民から見ると、久しぶりに凛とした、頑張ったというイメージが出たため、次々と追い詰めていくポーズをとり続けなければいけないという感じがあったのではないですか。それが解決につながるかは国民は判断できませんが、追い詰めていったというイメージだけは日本政府はとり続けなければいけない。こうした対応はどう評価すべきですか。

倉田 北朝鮮のミサイル発射には何らかの対応はしなければいけないと思いますが、先日の対応では、後で困ることも考えるべきだったのではないのでしょうか。

道下 その可能性はあって、もちろん困ることになるかもしれなかった。今まで日本は、少しでも強硬に行ったらもう戻れなくなる、政策決定の機構がきちんと機能していないという前提で、平和憲法・平和主義は、戦前のように日本が誤った方向に突っ走るのを避けるビルトインされた安全弁だったわけです。行動の自由度を高めると、「いつか来た道」に嵌ってしまう可能性はもちろんあるわけです。ただ、日本は、それをいかに避けながらバランスよくやっていくかという感覚を探し求めているわけですから、そういう意味で小泉さんの時期というのは平壌宣言もやって、とにかく対話の道は開かれていると言っていて、国交正常化への道筋までつけて、その中で圧力を行使していたのは、非常にうまかったわけです。今から安倍さんがそういうことができるかどうかというのは非常に重要なポイントだと思います。

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061031-michishita.jpg道下徳成(みちした・ なるしげ)
防衛庁防衛研究所 研究部第二研究室 主任研究官
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1990年筑波大学第三学群国際関係学類卒業、防衛庁防衛研究所入所。1994年ジョンズ・ホプキンス大学高等国際問題研究大学院(SAIS)修士課程修了(国際関係学修士)、2003年同大学博士課程修了(国際関係学博士)。2000年韓国慶南大学校極東問題研究所客員研究員、2004年安全保障・危機管理担当内閣官房副長官補付参事官補佐等を経て、現在は防衛研究所研究部第二研究室主任研究官。専門は、戦略論、朝鮮半島の安全保障、日本の安全保障。

061031-fukagawa.jpg深川由起子(ふかがわ・ゆきこ)
早稲田大学 政治経済学部 国際政治経済学科教授
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早稲田大学大学院商学研究科博士課程修了。日本貿易振興会海外調査部、(株)長銀総合研究所主任研究員、東京大学大学院総合文化研究科教養学部教授等を経て、2006年より現職。2000年に経済産業研究所ファカルティ・フェローを兼任。米国コロンビア大学日本経済研究センター客員研究員等を務める。主な著書に『韓国のしくみ』(中経出版)、『韓国・先進国経済論』(日本経済新聞社)などがある。