2019年参院選挙の争点とは何か ― 財政政策 ―

2019年7月17日


財政健全化のために、本当に必要な政策は何なのか

kudo.png工藤:確かに、選挙のときに消費税引き上げを見送りして、「選挙が終わったら完全な財政再建のプランを出す」とかありましたが、結局出なかったのです。そのとき、安保法制とかいろいろあって、国会でそういう議論すらしなかったということがあったのですが、ただ、せっかく消費税を上げて、三党合意があって動いたのだけれど、よく見てみると、その経済的なマイナスを埋めるために、同じくらいの額のお金をどんどん出して、それは継続するかもしれない。何のための増税なのかよく分からなくなって、政策目的が上位の目的とどうつながっているのか、全然分からなくなってきています。中田さん、これはどう考えればいいのですか。

nakata.png中田:今の議論の流れで言うと、財政だけで議論を閉じようとしても無駄なのです。やはり、社会保障と財政をどう整合性を取っていくのか、要は、社会保険でもう少し頑張っていただけるところがあるのであれば、社会保険に頼っていただいて、財政の方はもう少しスリム化する、もしくは低所得者対策に重点化するとか、格差問題に重点化する、というようなビジョンを同時に描いておかないと、財政の中だけで議論してしまうと、やはり長期的な見通しは立てられないと思います。今の政治の議論にどうしても欠けているのは、そこなのだと思います。社会保障は社会保障で、与党も「拡大します」と言う。でも、その中で、財政はどういうふうにスリム化していくか、ということを議論しようとしない、ということです。同時にやればいい。

小黒:社会保険と税の役割分担をはっきりしろ、ということですね。

中田:それに加えて、この間の金融庁の2000万円の話ではないですが、そこに自助、共助をどうやって組み込んでいくかを、本来議論しなければいけないはずだと思うのです。

工藤:経済や社会保障の議論でも、2000万円の問題、あれをきちんと詰めていけば争点化できる一つの大きな種だったな、なぜみんなこれを封印するのか、という議論だったのです。今の文脈につなげて聞くと、財政再建という問題なのですが、自民党の公約の書き方もそうですが、政府が言っていることは「経済再生なくして財政再建なし」ということですよね。だから、財政再建を一つの大きな単独の目標ではなくて、経済政策の効果があって税収が増えたりすることによってどうか、というロジックを必ず言うような状況になるわけです。だから、やはり、財政再建の項目が公約の中でもどんどん後退して、今、メインの項目に入っていない感じなのです。だから、三党合意の前後のときの、財政再建というイシューの優先順位が、かなり後退してしまっている状況です。

 一方で、今、いろんな議論が出てきているのですが、今はかなり金利を抑え込んでいるので、利払いにあまり影響しない状況が成り立っている中で、財政をどんどん拡大していくような仕組みですよね。これはどう考えればいいのですか。確かに、論の立て方として「経済再生なくして財政再建なし」というのは一面では当たっているのですが、これだけで財政再建を考えていいのかどうか、という問題を改めて聞きたいのですが、中田さんからどうですか。


貧困に陥らない人を増やしつつ、税による再分配の役割を本来の姿に戻す。
  社会保障、統治構造の改革なくして、持続的な財政への道は開けない

中田:財政再建をどう考えていくのか、ですが、少し論点がズレるのかもしれないのですけれど、今の与党が、連立政権で、自公政権が出来上がってから20年間ずっと続いて、途中、民主党政権時代もありますが、今、どういう役割分担をしているのか、と。20年間続いた連立政権というのは、ある意味で日本において状態化したシステムだと思います。その中で、今の自民党は、どちらかというと、本質的には小さな政府を目指そうとする色彩が強いかもしれない。それに対して、真反対の、公明党のような歳出拡大の圧力が強い党という組み合わせできているわけです。すると、こういう中で、社会保障に対してワイズ・スペンディング(賢い支出)を促すような政策を、本来は公明党あたりがやらなければいけない話だと思うのですが、どうにも、彼らが出してくる議論は、非常に短期的で安直な話がものすごく多いのだと思います。軽減税率などもそうなのですが、その役割の組み合わせがうまくいっていない。これがちゃんとかみ合うのであれば、もう少し長期的な視野を持った、財政再建と社会保障充実のあり方を議論できるのではないか、とは思います。

工藤:まさに、今回の選挙公約を見てがっかりするのは、完全なウィッシュ(願望)・リストにほとんど変わってしまっていることです。選挙というものの意味が本来そうではなのであれば、それに対して「違う」という声を民間レベルで上げないといけないのですが、しかし、財政再建が言葉としては成り立っているけれど、あまり考えなくていいなのか、努力はしていても、全体的には緊張感が薄れているわけですが、小黒さん、財政はそこまで考えなくていい問題なのでしょうか。

oguro.png小黒:財政は非常に深刻な状況で、2018年度における国の当初予算では、一般会計が101兆円くらいになっていますが、社会保障関係費のところで国が支出している分だけで、約34兆円くらいです。それ以外に、国債費が、元本の支払いと利払いで23~24兆円くらいあります。一方、税収はどうかというと、所得税とか消費税とか法人税が基幹財源で、これから地方に仕送りする地方交付税を除くと、約37兆円なのです。ほとんど社会保障に回ってしまっている。それ以外にも、公共事業や教育・防衛などの政策経費が4分の1くらいあるわけですが、これに充てる税収がないわけです。これはそもそも持続可能なはずがない、というのが一つ。

 もう一つは、難しい話ですが「ドーマー命題」というので、財政赤字のGDP比と名目成長率が分かると、将来、GDP比の債務残高がどうなるのかが計算できるのです。分母が名目成長率で、分子が財政赤字のGDP比。先ほど話した内閣府の中長期試算だと、国と地方を合わせた財政赤字は2028年度でだいたいGDP比2.7%。でも、それがトレンドとしてはもっと悪化していくわけです。だから、3%に据え置いて、名目GDP成長率が今0.5%くらいなのですが、仮に少し頑張って0.8%くらいになるとしても、300%を超えてしまうわけなのです。これは持続可能なはずがないですよね。


 では、現実問題として、財政再建をどうするのか、と考えたときに、税収をどこまで上げられるのか。所得税も、これだけ低成長で貧困、そして労働市場が二極化している中で、累進税率をある程度見直すとしても、そんなにたくさん税収を取れるわけでもない。法人税はどうかというと、グローバル経済の中で、最近GAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)などが出てきましたが、税収がなかなか取れなくなってきています。ある程度増税する余地はあるかもしれませんが、限界がある。

 消費税はどうかというと、今回、軽減税率を入れてしまったので、今までであれば1%増税すれば2.8兆円くらい手に入ったわけですが、今回、消費税を2%引き上げても、本当であれば5.6兆円くらい入るはずなのに、軽減税率で1兆円ちょっと減収してしまうわけです。軽減税率の最大の問題は、所得が高い人も低い人も恩恵を受けるということです。何が言いたいかというと、税収が今後上がっていく余地がこれだけ少ない中だと、歳出や減税をするときの考え方としては、低成長で貧困化していくのだとすると、本当に困っている人に税財源を集中投下して、むしろ、困っていない人は、増税するとか支出を配分しないようにする、というのが本来あるべき姿なのですが、それに反している。

 一番の問題は、社会保障をどうするかという話ですが、今、社会保障の国庫負担という形で、地方も負担していますが、公費がどんどん入っているわけですが、保険との関係で言えば、保険の一番重要な基幹財源は社会保険料なのです。保険はリスク分散がメインで、年金であれば寿命の不確実性、医療であれば疾病リスク、介護なら介護リスクです。税は、本来は所得の再分配で、本当に保険料がきつかったり、医療の自己負担がきつかったりする人に配分する機能なので、そこに特化しないといけないのに、今、年金であれば、基礎年金に2分の1、公費が入っている。すごく収入が高くて、厚生年金とか企業年金をたくさんもらっている人にも、公費が入っているのです。そのような分配の仕方がいいのか。保険と税をきちんと切り分けて、リスク分散機能と再分配の機能とを切り分けて、税は本当に困っている人に入れていく、というような切り分けをしないと、この問題は解けない。


 もう少し言えば、もう少し上の段階にある話というのは、そのような社会保障改革とセットで、財政が再建されるというようにしないといけない。これは国と地方の関係、交付税などの問題もそうです。その辺の話が抜けていて、金融庁の報告書の話で言えば、税で再分配して救う人というのは、本当に困っている人なのですが、今後、高齢化で貧困化がすごく進んでいくわけなのですが、困っている人が大量に増えたら、支えられないわけです。だから、困らない人を増やすということも重要で、貯蓄を増やしたりとか、あるいは長く働ける人に働いてもらったりする。働き方改革とか、金融庁の報告書で挙げられたiDeCo(個人型確定拠出年金)とかNISA(少額投資非課税制度)の利用者、そちら側も増やすということが重要で、その辺の全体の整合性、困らない人をなるべく増やしながら、本当に困っている人を税制の再分配で救っていく、というふうにしないと、この問題は解けない。

 それは国と地方の関係でもそうで、そこのところの統治構造の改革をしないと、この問題は解けないのです。

工藤:この前の「2000万円」の問題も、本当は議論しないといけないのに、与野党どちらも、結局、封じ込めてしまいましたね。

小黒:年金制度、マクロ経済スライドで言えば、基礎年金のところも刈り込んでいるわけですが、ここも刈り込まないようにするとか、いろんなことを考えないといけない。

工藤:鈴木さん、財政再建はそんなに優先的な課題ではなくなったのでしょうか。公約を見ると、誰が見ても、後退しているように思えます。

経済成長を果たしたところで、財政再建に必要な改革は変わらない

suzuki.png鈴木:「経済重視」に見えるということだと思いますが、経済がうまくいけばいくほど金利が上がりますから、先ほど小黒さんがおっしゃったように、利払い費で財政赤字が大きくなって、マネージできなくなる可能性があります。成長すればするほど、財政再建も同時にやらないと、大変なことになるということなのです。

 先ほど、公費と保険料のバランスの話が出ましたが、保険料も相当増えてしまっていて、今、「賃上げ、賃上げ」と言っていますが、保険料を取られてしまうので、可処分所得が増えないという状況が起きています。また、社会保障費が増えているということが、財政悪化の最大の要因であるということは、ほぼ全員の見方が一致しているところですから、社会保障改革が財政再建においての大玉、一番重要なポイントだというのは間違いありません。

 「経済成長をすれば解決する」とは全く思えない。ただ、経済成長をある程度しないと、社会保障改革としての給付の抑制や必要な負担増も実行していけませんから、ある程度の経済成長は必要だと思います。しかし、経済成長しても、物価が上がれば、これはいろんな物価が同時に上がるので、政府の歳出も増えてしまって財政再建にはならないのです。それから、実質成長というのも、例えば介護や医療の分野で働いている人の実質賃金を上げないといけませんから、これもやはり財政再建にならない。結局、物価が上がっても上がらなくても、経済成長してもしなくても、財政再建のためにやらなければいけないことは変わらない。成長実現生ケースでも、ベースラインケースでも、あれは中身の前提が違うのですが、経済成長してもしなくても、財政再建のためには社会保障改革を相当やらないといけない。

 あと、工藤さんがおっしゃった、「その割に足元で財政をばらまいているのではないか」というのはおっしゃる通りで、消費税対策は本当にテンポラリー(一時的)なものにしないといけない。税率10%への引き上げを万が一にでも失敗したら、その先の議論が全くできなくなるという意味では、慎重すぎる対策も理解できるわけですが、ただ、本当にテンポラリーにしないといけない。一度お金を配ってしまうと、それが地域の経済や人々の生活の前提になってしまうので、対策はそういうものであるということを政治は、きちんと明確に示さないといけないと思います。

工藤:これから評価に入るのですが、「日銀が国債を引き受ければ、財政をどんどん拡大してもいいのではないか」という議論が出ています。これに関してはどうなのでしょうか。

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「日銀の国債引き受けによる財政再建不要論」の嘘

小黒:日銀が国債を引き受けると、民間に流通している国債が減るので、例えば、今、政府は1000兆円くらいの借金があるわけですが、これを全部日銀がオペレーション(国債の買いオペ)で買ってしまえば、市場に流通する国債はなくなるわけです。「そうすると、財政再建する心配はなくなる」という意見はあるのですが、それは嘘です。

 その理由は非常に簡単で、日銀が持っている国債が誰の資産で支えられているかというと、もとをただせば、我々の預金です。個人金融資産が1800兆円くらいあります。これが民間銀行に預けられていて、状況によっては投資信託とか保険商品になっていることもありますが、銀行は、基本的には融資をして、お金の余った遊休部分で国債を買って、持っていたわけです。金融政策とは何をやっているかというと、この国債を日銀が買うわけです。それは取り上げるわけではなく、等価交換で、国債の代わりに購入代金を支払っており、それは日銀当座預金の中にお金を振り込んでいるわけです。だから、もともと我々の預金が日銀当座預金になって、日銀当座預金が日銀の負債で、日銀の資産として国債を持っているだけなので、これでバランスしているという関係にあるわけです。そうすると、国債は減っているのだけれど、日銀当座預金になっていて、金利が上がったときに、当座預金の金利がつくかどうかがけっこうポイントです。市場金利が上昇すれば、当然、国債の金利も上がりますよね。貸出の金利も上がるはずです。にもかかわらず、日銀当座預金の金利が上がらないと、我々の金融資産の利回りがカットされているわけで、それはおかしいわけです。実は、日銀というのは政府から見れば子会社で、日銀当座預金というのは、実は政府からするとスーパー短期の国債のようなものなので、政府と日銀を一体でみた国の債務が、別に減るわけではないのです。例えば、親会社と子会社がいて、子会社が親会社の社債を買ったときに、子会社が代わりに社債を出しているだけで、何も変わらない。

 だから、「日銀が何かするから財政の問題が解決される」ということはないわけです。金利が本当に上昇すれば、政府と中央銀行を一体でみれば金利の上昇リスクが顕在化するので、そういう意味では、非常に難しい問題です。本当にちゃんとやらないと、今後金利が上昇したときに、日銀と政府を一体でみると、金利が1%上がったら10兆円、デュレーションが10年くらいだから、10年かけてということですが、利払いのコストで跳ね返ってくるわけで、これは今からちゃんと対応しておかないと、先ほど鈴木先生が言われたように、金利が上昇したときのインパクトが非常に大きくなっているということだと思います。

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