安倍政権4年実績評価「外交・安全保障」

2016年12月30日

2016年12月20日(火)
出演者:
神保謙(慶應義塾大学総合政策学部准教授)
道下徳成(政策研究大学院大学教授)

司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)

セッション1:激変する国際情勢と日本の戦略

IMG_1348.jpg工藤:2012年に第2次安倍政権が発足してから今月の12月26日で丸4年になります。そこで、私たちは4年目の安倍政権の実績評価を行っています。今日は、安全保障と外交の分野について議論を行います。

 では、早速ゲストを紹介します。まず、慶應義塾大学総合政策学部准教授の神保謙さんです。そして、政策研究大学院大学教授の道下徳成さんです。よろしくお願いします。

前回の高得点の背景

工藤:今回の外交・安全保障の評価は非常に難しいと思います。というのは、2005年からこの実績評価を行っているのですが、実は去年の5点満点で3.6点というのが最高点になります。私たちはきちんと評価した上でこの高得点を付けたのですが、これを超えるというのであればこの1年間でかなりの実績が必要になるわけです。そこで、これからこの1年の実績はどうだったのかということを議論しますが、まずその前に去年の評価に関わっていただいた神保さんに、なぜ3.6点だったのか簡単に説明していただきたいと思います。

jinbo.jpg神保:毎回申し上げていることですが、外交は1国だけでできることではなくて、広く言えば国際情勢、そして相手国の動静に影響されるわけです。そうした中では、安倍政権が「こうしたい」と思ってもなかなかできないことがあります。しかし、大事なことは、外交問題評議会のリチャード・ハース会長が言っているように、"Foreign policy starts at home"。つまり、外交は国内基盤から始まるということですが、安倍政権の場合、その国内基盤が類まれなる安定性を誇っているということは、安定した外交を進め、成果を挙げていく上で大きかったと思います。安倍政権が発足する2012年の前は、7年ほど日本の政治は不遇の時代が続いて、外交をやろうにも交渉をやろうにもサイクルが回っていませんでした。

工藤:1年ごとに総理が変わっていましたね。

神保:それが政権が安定的になったことで、しっかりとアジェンダを決めて、それにコンセプトを付け、予算を付け、交渉を何度も繰り返すことができるようになった。そういうサイクルの成果を回収できた年というのが去年だったのであり、それが高得点として表れたのではないかと思います。

国際情勢の変化と評価の難しさ

工藤:安定政権である安倍政権だからこそ、今、世界が大きく変わる中でも腰を落ち着けて外交を進めていけるわけですね。

 ただ、それにしても今の世界は激動している。私たちは、来年1月の「トランプ大統領」誕生を控えて様々な議論を始めているのですが、少なくとも安倍政権は、世界の平和秩序に対して、日米同盟を基軸として、日本の立ち位置を守りながら向かい合っていくという方向は貫いてきたし、「法の支配」など普遍的な価値をベースにした外交展開ということもやってきたと思います。

 しかし、状況をみると、これは神保先生も以前、論文の中で言われていたのですが、デモクラシーそのものが今、問われ始めている。そして、中国の台頭がある。そういうかなり難しい局面の中で外交をやらないといけない局面になっていると思います。

 そこで、まず皆さんにお聞きしたいのは、どういう視点で4年目の評価をすればいいのでしょうか。

michishita.jpg道下:まず、1つは安倍政権が何をやってきたかということ。そして、もう1つはその成果がどのぐらい出たかというように、2つに分けて考えるべきだと思うのですが、私の判断では、先程神保さんがおっしゃったように、安倍政権は必要なやるべきことをきちんとやってきたと思います。もちろん、その背景には安定的な政権というものがあるわけですが、集団的自衛権の限定行使を可能としましたし、国家安全保障会議(NSC)もつくりましたし、武器輸出三原則の問題も部分的とはいえ解除したりというように、非常に重要な安全保障上の政策を打ち出してきたということで、90点ぐらいあげてもよいのではないかと思います。

 ただ、同時に外交、安全保障というのは相手があるものですから、こちらが政策を打ち出してもすぐにそのまま成果が出るわけではない。例えば、フィリピンに対しても対中国を意識して巡視船供与など色々支援して関係を強化しようとしていましたけれども、ドゥテルテ大統領が出てきて、ちゃぶ台返しみたいな状況になってしまっている。

 それから、北朝鮮に対しても2014年に拉致問題等を解決するための合意というのをやりましたが、それから2年経ってもまだ何ら動きがないどころか、むしろ北朝鮮は核実験を今年2回やり、ミサイルも対日用のノドンミサイル、グアムを狙ったムスダン、長距離のテポドンなど、色々なミサイルを数多く発射している。このように、いくら安倍政権がうまく外交政策を打ち出しても、その成果がすぐに出るわけではないわけです。

 それから、集団的自衛権についても、これはより広い地域のバランス・オブ・パワー(力の均衡)、特に台頭する中国に対して日米を中心として韓国やオーストラリア、インド、東南アジアの国々とパートナーシップをつくって地域の平和と安定を維持しようというものですが、これも韓国との関係構築がなかなか難しかったことや、さらにオーストラリアとの関係でも日本の潜水艦を買ってくれそうだったのが結局駄目だったということがありました。それから、東南アジアでも先程申し上げた通りドゥテルテ大統領が出てきたり、ということで、実際に出た成果という面で言うと、70点ぐらいかと思っています。ただ、何もしないと50点になりますので、70点というのは相当高い評価であると思っています。

神保:私は最初の2、3年と今年では少し様相が変わってきた印象を持っています。安倍政権が台頭した頃というのは、まさに米中の文脈で言うと、アメリカがリバランス政策を展開し、アジアを外交安全保障の軸足として、中国の台頭にどう対応するかという局面でした。ですから、この枠組みに日本外交がどう参画していくのかというのが評価基準であることは間違いなかったわけです。その中で、安倍政権は日米同盟をガイドラインの改定も含めて強化しながら、国内では安保法制を成立させ、対外的にはパートナーシップを拡大するという方向性を取ったこと自体は非常に理にかなったものです。そのようにして変化する国際構造の中で、日本は外交安全保障のプレイヤーとして高得点を稼いできたというのが私の評価でした。

 ところが、この1年で何が起こったかというのをみると、安全保障問題の軸足が再び他のところにも移ってきた。もちろん、中国の台頭は続いているし、北朝鮮も核・ミサイル能力強化に邁進していますので、従来の問題も依然として大きい。しかし今、深刻な事態は何かというと、やはりシリア情勢です。ロシアが介入したり、国際協調の枠組みが色々なかたちで離合集散を繰り返して収拾がつかなくなっている。そこからスピルオーバーしてきた難民の問題もあります。欧州のガバナンスや民主主義をめぐる問題もあります。さらに昨日(12月19日)、ドイツのベルリンで再びトラックを使った都市型テロが起きたように、欧州主要都市の安全をめぐる問題、つまり、ローンウルフなりホームグロウンテロリズムの問題に再び直面するという事態にもなっています。

 そうやって考えてみると、アメリカのアジアリバランスを補完して日本もそれに加わるということだけが外交の全てというわけではもちろんないわけです。国際情勢における安全保障上の力点が分散化している以上、その分散化した枠組みに日本もとらわれるということになる。例えば、プーチン大統領がどのように日本の戦略的重要性をみなすかというのは、まさにプーチンとヨーロッパ、そして中東との関係によって規定されることというのは多いでしょう。アメリカが世界をみる目線もそうなっていくということを考えると、日本の外交安全保障のウィングをさらに拡大していくことができなければ、なかなか高く評価していくことは難しいという時代に入ったのではないでしょうか。

トランプ新大統領と日米同盟の行方。対ロ外交は戦略的に大きな意義

工藤:お二方がおっしゃったように、安倍政権は日米同盟を基軸にした取り組みを動かし、共同行動ができるような枠をさらに広げていったことによって、力の均衡というものを取り戻した、あるいは安定化させた。

 これは言論NPOが実施した日中の世論調査結果にもよく表れています。中国人は、「日米が一緒になって中国を封じ込めようとするからこちらはロシアに期待しよう」と考えている人が多い。つまり、パワーバランスの展開がそちらの方に動き始めているという国民意識がある。

 逆に言えば、安倍外交の成果として力の均衡が出来てきたから、それに伴って色々な動きが出てきているということだと思います。ただ、平和的な秩序というのはこれで完成しているわけではないわけですから、力の均衡をベースにしつつも、今後どう新しい外交を展開していくべきかということがいずれ問われてくるということが、まず1つ。

 2つ目は、トランプ大統領の出現によって、日米同盟を基軸にするというかたちを今後継続するにしても、今までよりも日本側の役割が問われるという可能性が出てきた場合、国民もきちんと考えないといけない段階に来ているわけですが、このところをどう考えればいいのでしょうか。

道下:まず、力の均衡をある程度確保できる状態をつくったというのはその通りだと思います。しかし、非常に皮肉なことに、この力の均衡を確保できる状態を一生懸命つくったのに、それが完成しつつある頃にドゥテルテ大統領が出てきてフィリピンが(中国側に)転んだ。

 そして、アメリカでもトランプ政権が出てきて、まだどういう政策になるか実際は分かりませんが、少なくとも彼が言っていることをみる限りは、かなり孤立主義的だし、「アジアの安全保障はアジアの国々が責任を持ってやりなさい」という態度です。

 もう一つ、安倍政権が力の均衡という意味で重要視していたのはロシアです。中国とロシアが接近しないように、中国包囲網というか、ロシアをこちらに引き付けるというところまでは無理かもしれませんが、中国と日本の間、あるいは中国とアメリカの間でロシアに少なくとも中立的な立場を取らせるようにしようとした。ただ、それも期待したほどの目にみえた成果にはまだ繋がってはいない。現在進行形ですからまだ分かりませんが。全体的にこちらを手当したら違うところで綻びが生じてきている、という状況です。

工藤:安倍政権の平和を守るための力の均衡をベースにした取り組みはまだ進行中であるわけですね。そういう狙いからみれば先日の日露首脳会談は、北方領土問題を目的としたものですが、新たな一歩を踏み出したものになっているということですか。

道下:非常に合理的な一歩だと思います。

工藤:以前、神保さんがおっしゃっていましたが、アジアの平和秩序は、アメリカとの2国間同盟関係を軸とするハブ・アンド・スポークスという構造になっている、と。それで現在、このスポークス間の連携が動いているけれど、ただ中国も内陸部を中心に様々な動きをみせているので、こうした対立構造による緊張状態が今後も続いていく可能性がある。そして北朝鮮も出てきている。平和を考えていく上で、こうした複雑な問題の解をどう目指していくかを考えないといけないような気がしています。国民はまだそういうことを考える段階ではないのでしょうか。それとももうそれを考える段階なのでしょうか。

神保:これまでは日米同盟を主軸としたアメリカのこの地域への関与は一つの義務というか当然のことであり、そこからどう広げていくかという議論でした。新しいトランプ政権が同盟に関する政策をどう定義するかにもよりますが、日本も新しい目標値を立てるとしたら、「アメリカの信頼ある関与をどれだけ引き付けることができるか」ということに最大の力点を置く必要がある。だからこそ、安倍総理がトランプ新大統領就任後直ちに訪米をして、日米首脳会談を行うというところに目標値が設定されたということは大きいと思います。

 とはいえ、オバマ政権からトランプ政権へと移行する中で、何か大きく転換したものもあるのですが、実は両政権に通底して流れるものもあるような気がしています。それは、もはやアメリカは世界の警察官として世界のどこにでも関与していくような存在ではない、ということです。中国だけではなく、多くの新興国が台頭している中、問題解決能力をアメリカだけではなく、色々な国も担っていくというダイナミクスをどう回していくか。ここを少し後押しする必要がある。

 リバランスというとアメリカが広域に関与する枠組みと捉えがちですが、よくよく考えてみると、アメリカは同盟国やパートナーシップ国同士の関係を積極化することを後押ししたいわけです。だから、日本が進めるべき課題というのはそういうところにも隠されている。そうして地域内での問題解決能力をどうやって高めていくのかが問われてくると思います。

 さらに言うと、工藤さんがおっしゃったように、中国もまたそこに仕掛けてきている。今までパワーで言えばアメリカ、制度で言えばASEAN、ビジネスネットワークで言えば日本、というような主導の方式がありましたが、中国はまずビジネスから言うとインフラ、高速鉄道、AIIBというところで攻めてきて、パワーで言うとアメリカに対するA2/AD(接近阻止・領域拒否 Anti-Access/Area Denial)というか拒否力の拡大。次に制度ということになると思いますが、中国自身がマルチの制度をつくっていくという時代にもし入っていくとするならば、そこに日本はどう向き合っていくのか、というのは我々自身に問いかけなければならない課題になってくると思います。

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工藤:神保さん、先日の日露首脳会談と、27日に安倍首相が真珠湾に行きますが、これらについてはどう評価していますか。

神保:まず、ロシアに関しては領土問題解決の期待値を上げ過ぎたきらいがあった気がしますが、戦略論から考えると、道下先生のおっしゃったことに大賛成です。日本の外交を多角化し、ポートフォリオを多元化することができたわけです。石油を輸入する際にはサウジアラビアだけでは駄目だ、というのと同じ発想です。

 特に、ロシアと中国が、日米同盟やNATOに対して戦略的な対峙をし続ける構造を我々としては避けたいわけです。そのためには、ロシアと中国の間に楔を打ち込むことがものすごく大事です。そこで、ロシアとの経済的関係を強化し、さらに安全保障関係も若干高めることによって、中国の計算を複雑化していくというのが我々にとって有効なストラテジーになると思います。その意味で言うと、ロシアとの関係を強化するというこの方向性自体が非常に正しいのですから、単に領土問題の進捗だけを全ての評価軸にするのは間違いだと思います。

 次に、真珠湾訪問についての評価ですが、これは昨年からの流れで言うと、戦後70年の節目に安倍総理が訪米して上下両院演説で日米の和解と戦後の発展を訴えかけ、そしてオバマ大統領が広島に来て、さらに安倍総理が最終的に真珠湾に行くという、日米の和解が完成する一つのストーリーとなっているとみることができるわけですから、そういう点ではやはり非常に優れた判断ではなかったかと思います。次期トランプ政権にとっても歴史というのは大変重要なので、再び戦後70年間の日米の歩みをポジティブな形で考えさせるという点では非常に良い判断ではないかと思います。

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