「ポピュリズムと民主主義の未来」~複合的な台頭の背景を徹底討論~

2017年3月05日

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 この3月、言論NPOは世界10カ国から有力シンクタンクの代表者を集め、「東京会議」を立ち上げました。参加したのは日本、アメリカ、イギリス、ドイツ、フランス、イタリア、カナダのG7参加各国に、インド、インドネシア、ブラジルの3か国を加えた10カ国。東京会議は自由と民主主義と世界の今後を議論し、その中から合意を得たものを、日本政府及び今年5月に開かれるG7議長国のイタリア政府に提案することを目的としています。

 東京会議は、3つの非公開会議に加え、4日に公開セッションを開催しました。場所は東京青山にある国連大学内の「ウ・タント国際会議場」。最後に岸田外務大臣の講演も予定されていたこともあり、参加者は400名を越え、2階席まで埋まる盛況ぶりでした。

MHI_4469.jpg まず言論NPO代表の工藤泰志が主催者挨拶を行い、東京会議の意義を次のように述べました。
 「世界各地でリベラルな規範が揺れ動き、不安定化が進む中、どう規範を守るのか、国家と民主主義のバランスを取るために何をすべきか。今回集まった『G10』のシンクタンクがメッセージを出すことの意義は大きい」

MHI_4463.jpg さらに議論の際の視点として、言論NPOが2月27日から5日間にわたって実施した有識者アンケートの結果を報告。「今回の調査結果が日本の知識層の傾向だが、世界の知識層はどう考えているのか」と、居並ぶパネリストの問いかけ、第1セッション「ポピュリズムと民主主義の未来」がスタートしました。

⇒アンケート結果の分析はこちら

ポピュリズムを恐れすぎることはかえって危険

MHI_4532.jpg 本格的な議論の導入として、まず外務省の杉山晋輔・外務事務次官から基調報告がなされました。

 杉山次官は冒頭、リベラルデモクラシーや多国間主義に基づく国際協調といったこれまでの国際秩序を支えてきた規範が揺らいでいるのは事実とした上で、イギリスの外交官ロバート・クーパーが、1919年と1989年をこの100年間における国際関係のブレーキングイヤーであると語っていたことを紹介。そして杉山氏は、「2017年前後は後世の歴史から見て、そのような変革の年であったと評価されるのかといったら、それは疑問だ」と問題提起。その理由として杉山氏は、日本がリベラルデモクラシーや多国間主義を擁護するための様々な取り組みを続け、一定の成果を挙げていること、さらに、2月10日の日米首脳会談で出された共同声明を挙げました。

MHI_4560.jpg 具体的には、同声明で、理念的な表現は直接盛り込まれなかったものの、法の支配やルールに基づく海洋秩序など、これまでの規範にも言及されていたり、安全保障分野では拡大抑止へのコミットメントへの具体的な言及など、むしろこれまでよりも現実的に踏み込んだ表現がなされていたと指摘。特に懸念が大きい通商分野においても、「地域における経済関係を強化することに、引き続きコミットしていくこと」を確認していることを紹介。現時点ではトランプ大統領はTPP(環太平洋経済連携協定)からの離脱を決断したものの、今後変わっていくことは期待できると語りました。

 最後に、杉山次官は、「もちろん、問題は多い。しかし、ポピュリズムを恐れ、過度に反応し続けると、かえってこちらの視野が狭くなってしまう」と述べ、予言の自己成就のような状況を引き起こさないように注意を喚起しました。

 基調報告の後、上智大学国際関係研究所代表で、前駐米大使の藤崎一郎氏の司会進行の下、具体的な討論が始まりました。


今年は歴史的な大相転換の年になるのか

MHI_4692.jpg 杉山氏の基調報告を受けて、東京大学東洋文化研究所教授で、前JICA理事長の田中明彦氏は、1919年と1989年に匹敵するような世界史的な大変革が起こるケースとして次の二つを挙げました。アメリカで「安全保障方針の全面的な変革」と「自由主義的民主主義を放棄し、権威主義的体制への移行」が起きた場合です。ただ、前者については、日米共同声明の内容から判断して、「大きな環境変化には至らない」と分析。一方、後者については、「この数週間のトランプ大統領と米メディアの対立を見ると危ない」と懸念を示しましたが、同時に「合衆国憲法(行政・立法、司法)のチェックアンドバランスの仕組みはよくできている。例え非民主的な方向に向ったとして修正が効くのではないか」とも語りました。

 ただ、田中氏は次のように付け加えました。

 「もっとも、調整が全く不要というわけではない。とりわけ格差の問題への対応、すなわち『取り残された人々』をどうインクルーシブ(包摂)するかは大きな課題だ」

MHI_4715.jpg ブラジル・ジェトゥリオ・ヴァルガス財団総裁のカルロス・イヴァン・シモンセン・レアル氏は、「アメリカは常に(大きくチェンジするという)リスクをとりたがるし、しかもその余裕がある国」だと指摘した上で、「だからこそ、アメリカとG7の他の国々とでは意見が一致しないことがある。特に長期的な利益を共有したいのであれば、よく考えながら議論する必要がある」と指摘しました。


ポピュリズム台頭の背景には何があるのか

 「取り残された人々」を皮切りに、議論はポピュリズムと民主主義について展開しました。

MHI_4624.jpg イギリス・王立国際問題研究所(チャタムハウス)シニア・リサーチ・フェローのジョン・ニルソン・ライト氏は、グローバル化の恩恵を受けられず「取り残された人々」の怒りや、2008年のリーマン危機の後というタイミングの悪さ、各国で課題を解決できなかった左派やエリートに対する反発の高まりなどを、ポピュリズムの台頭の背景として挙げました。そして、そうした市民発の怒りが大きなうねりとなって国家や既存の秩序を脅かしているという点では、「1789年(フランス革命)に近い状況だ」と語りました。同時に、これまでの「国家の神話」が崩れた今、それに代わる人々が信頼できる「意味のあるコミュニティ」を構築する必要が出てきていると述べました。

MHI_4646.jpg イタリア国際問題研究所(IAI)所長のエットーレ・グレコ氏は、ライト氏の指摘に加えて、移民や難民の流入など、「人の移動」によって生じる多様化に対する不安や、テロリズムの横行など安全をめぐる懸念が高まっていること、さらには公的機関、多国間機関、国際的組織に対する信頼感の低下なども背景にあると分析しました。特に、「人の移動」については、これまでの政策を根本的に見直し、効率的な管理、抑制策に転換し、「国境を越えた負担の共有」することを提言しました。

MHI_4970.jpg 一方、ドイツ国際政治安全保障研究所(SWP)調査ディレクターのバーバラ・リパート氏は、ポピュリズムには何か一体的なムーブメントがあるわけではなく、それぞれの国ごとに異なる「顔」があると指摘。したがって、各国ごとに対応を考えていく必要があると語りました。ただ、リベラルな価値をもう一度、説得力のある言葉で語ることは、どこの国にとっても必要だとも指摘しました。


課題解決できなかった既存の政府と政治家

MHI_4600.jpg アメリカ・外交問題評議会(CFR) シニアバイスプレジデントのジェームズ・リンゼイ氏は、西洋におけるポピュリズムの台頭によって、いまは民主主義の強さが試されている局面に入ったと指摘。同時に、民主主義によって選ばれた政府がきちんと課題を解決してこなかったことが、こうした事態を引き起こしているのだから、課題にきちんと向き合わなければならないと主張し、それは一方では「政策立案者が民主的なガバナンスの意味を考えるチャンスだ」と語りました。

MHI_4675.jpg インド・オブザーバー研究財団所長のサンジョイ・ジョッシ氏は、「民主主義には一歩前進したら、二歩後退する」ような漸進性があるのだから、「トランプやルペンのような政治家が出てきたからといって、いちいち過度に反応すべきではない」と訴えました。また、政府についても、財政をはじめとして様々な制約がある以上、短期的に国民受けする政策ではなく、長期的に見て課題解決に重要な政策を選ばないといけないと語り、そのためにはポピュリズムの波に揺るがないように、民主主義が「より強靭にならなければならない」と主張しました。

 民主主義の仕組み自体についての指摘も寄せられました。インドネシア・戦略国際問題研究所所長のフィリップ・ベルモンテ氏は、ポピュリズムが勃興するはるか以前からすでに政治不信は各国で起こっていたとした上で、「国内の意思決定のメカニズムをより市民の側に取り戻す必要があるのではないか」と語りました。

 リパート氏は、民主主義は一つの方向に振れやすいが、各国国内で人種、宗教、文化、ジェンダーなどによって、人々の見方や価値観が多様化している以上、それにどう対応するかが大きな課題であると述べました。


不満への対処は「包摂性」がキーワード

 では、ポピュリズムの背景にある人々の不満に対して、どう対処していくのか。

 この点に関しては、田中氏も指摘した「包摂性」をキーワードとして挙げるパネリストが相次ぎました。

MHI_4723.jpg カナダ・国際ガバナンス・イノベーションセンター総裁のロヒントン・メドーラ氏が、「グローバル化が問題なのではなく、グローバル化による果実を国内で適切に再配分できなかったことが問題だ」と指摘すると、グレコ氏も、米欧では依然として国家による配分を期待する層が多いと語りました。

 同時に、グレコ氏は各国がそれぞれ国内セーフティーネットを整備することだけでは対応としては不十分であると主張しました。
 「G7、G20、EUなど、国際協調システムによって、グローバル化の影響をコントロールし、格差の原因を断ち切ることも重要だ」

 その典型が国境を越えて瞬時・大量に移動する資本(マネー)で、リーマンショック後も有効なコントロールの枠組みはできていないと言えるでしょう。


ネットメディアに対するリテラシーと教育の重要性

 まさに現代を映し出す課題として、SNSなどのネットメディアが世論形成にどのよう影響を及ぼすかについても問題提起がなされました。今回の米国の大統領選挙では、「フェイク(偽の)ニュース」が言論空間を席巻し、問題となっていたからです。

MHI_4978.jpg ジョッシ氏が、ネットメディアは様々な情報を瞬時に得られる利点がある反面、自分でチョイスした情報しか流れず、しかもバイアスがかかっているものが多いため、「実は人々の判断能力を低下させている」と指摘すると、フランス国際関係研究所(IFRI)所長のトマ・ゴマール氏もこれに同意。「聞きたい意見だけ聞き、聞きたくない意見は聞かない」姿勢になりがちになるため、異なる意見を持つ相手に対する受容性を低下させると警鐘を鳴らしました。

 ゴマール氏はさらに、教育の重要性についても協調しました。

 「リベラルな価値を支えるのは教育だ。知識がないからフェイクニュースに騙される。また、国際関係についての無知が国際協調に対して背を向けることにつながっている」


議論のまとめ

MHI_4593.jpg 議論を受けて司会の藤崎氏が総括を行いました。

 「地域によって現象が異なる以上、単純に『世界中でポピュリズムが席巻し、民主主義が後退している』とひとくくりにして述べるのは適切ではないことがわかった」
 「トランプ大統領については、安全保障面に関して選挙時の発言と比べて修正が見られるため、大きな懸念はない。だからといって、他の分野についても、『振り子が戻ってくる』のを座して待つべきではない。やはり、価値を共有し続けるために折に触れてトランプ大統領に話をし続ける必要がある」

MHI_4613.jpg 最後に、藤崎氏はグローバリゼーションの弊害を軽減するため、「包摂性」の重要性についても指摘するとともに、「教育はやはり重要だ。また、(民主的な)価値の重要性について、子どもの頃からしっかり認識できるようにすべきだ」と語り、第1セッションを締めくくりました。

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