自由貿易体制の行方(下)
日本がリーダーシップを発揮する好機

2017年6月15日

2017年6月9日(金)
出演者:
川瀬剛志(上智大学法学部教授)
菅原淳一(みずほ総合研究所主席研究員)
中川淳司(東京大学社会科学研究所教授)

司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)


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第3セッション 日本はどのような通商戦略を描くべきか

 最後のセッションではまず、日本はどのような通商戦略を描くべきなのか、TPP11への対応を中心として議論が展開されました。ここでは各氏から日本のリーダーシップと実行力に期待を寄せる発言が相次ぎました。

2017-06-11-(55).jpg 中川氏は、日本はTPP11やRCEP(*)など戦略的重要性の高い広域FTA(自由貿易協定)の多くに関与しているため、本来アメリカが思い描いていた世界的自由貿易体制構築において、主導権を握ることができる好機が到来しているとの見方を示しました。

2017-06-11-(45).jpg 菅原氏も中川氏の見方に同意。その上で、「TPP11やRCEPができることによって、アメリカの輸出企業は日本やアジア市場で協定に入っていない分不利な立場になる。そうなればアメリカ国内で『やはりTPPに入っていた方がよかったのではないか』という圧力が高まる」とし、アメリカをTPPに引き戻すためにも、TPP11を進めていくことは重要であると語りました。

 さらに菅原氏は、「仮に日米二国間で交渉し、アメリカにとってTPP以上に良い条件の協定に日本が応じてしまえば、アメリカは『ベトナムやマレーシアとも二国間でやればいいだろう』と思ってしまう」ため、ますますアメリカが多国間の枠組みに背を向けてしまいかねないと注意を促し、アメリカが日本に対してかなり厳しい要求を突きつけてくるであろう夏から秋にかけてが、日本にとっても世界の自由貿易体制にとっても正念場になると指摘しました。

2017-06-11-(50).jpg 川瀬氏は、「日本だけでできることはないので、地道に説得を続けるしかない」と前置きしつつ、「明るい兆し」として、アメリカ抜きのTPPに後ろ向きだったベトナムが、日本の説得に応じてTPP11に積極姿勢に転換したことを紹介。また、RCEPをめぐって、5月の交渉会合では、低水準の自由化率で妥協しようとする一部の国の動きに対して、あくまでも包括的で高いレベルの協定にするために、日本がそれらの意見を押し戻したということにも言及。その上で、「様々な枠組みで日本が先頭に立ちつつ、説得を地道にやり続けるという点で見れば、現在のところ安倍政権の通商政策の舵取りの方向性は良い」と評価しました。

 川瀬氏は同時に、「20世紀的なWTO(世界貿易機関)のルールは、生産の多国籍化の現状についていけていないなど、一部時代遅れになっているところがある。それをアップデートするのがまさにTPPだ」とその意義を強調しました。

 この発言を受けて菅原氏は、「トランプ氏は、そういった国際的な分業体制や、グローバルサプライチェーンの意義を理解していないのではないか。NAFTA(北米自由貿易協定)を見直してメキシコに対する関税を引き上げても、結局一番困るのはアメリカの自動車メーカーだ」と指摘。そして、トランプ氏がそういったことを認識し、自由貿易重視に転換するか否かは、周辺の人間の説得次第との見方を示しました。


「1930年代」の危機は再来するか

2017-06-11-(14).jpg 工藤は最後に、自由貿易体制の今後の行方について尋ねました。

 これに対し中川氏は、トランプ氏が公約通りに保護主義的な通商政策を推し進めていけば、「保護主義が世界全体に感染症のように伝播していく」としつつ、「世界恐慌の後、1930年代に世界貿易がどんどん縮小し、それが第2次世界大戦の遠因にもなったという苦い経験が再来するかもしれない。そこまでいかないとしても、世界情勢の不透明感は広がっていく」と今後のワーストシナリオを描いてみせました。

 菅原氏は、そうしたワーストシナリオの実現を阻止するためには、「パイを大きくするという貿易自由化の動きと、そのパイの恩恵をあまねく広げていくための国内政策を両輪で進めていかなければならない」と語り、改めて「包摂的成長」の重要性を強調しました。

 川瀬氏は、ワーストシナリオ実現を阻止するためには、「WTOの出番だ」と主張。2008年から2009年にかけての世界的な金融危機の際には、WTOがパスカル・ラミー事務局長(当時)のイニシアティブの下、各国の保護主義的な措置を監視するレポートを半年に一度出していたことを紹介し、WTOのリーダーシップに期待を寄せました。そして、そうしたWTOの役割をより実効あらしめるために日本がすべきこととして、WTOの各種委員会や貿易政策検討会合などにおいて、積極的な問題提起や主張を続けていくことや、前述の紛争解決手続きを活用して、貿易相手国の保護主義的動きを牽制していくことなどを挙げ、ルールをベースとした現行の通商秩序を守り続けていくことの重要性を説きました。

 これを受けて菅原、中川両氏も、「WTOなど既存のルールを、空気や水のように『あって当然だ」と考えるのではなく、しっかりと足元を見直しながら守るための努力をしなければならない」と応じました。

 議論を受けて工藤は、「多国間の様々な協力の枠組みは本当に大事だ。それを守るために日本の積極的なイニシアティブが求められる」と所感を述べ、議論を締めくくりました。

(*)東アジア地域包括的経済連携。日中韓印豪NZの6カ国がASEANと持つ5つのFTAを束ねる広域的な包括的経済連携構想であり、2011年11月にASEANが提唱した。

※ 議事録は後日公開させていただきます。

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