リベラル秩序と民主主義の今後 ~「東京会議」9日非公開会議 報告~

2018年3月10日

 「第2回東京会議」の開幕を翌日に控えた3月9日、東京都内の国連会議で「リベラル秩序と民主主義の今後」についての非公開会議が行われました。

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 その前半では、石破茂・衆議院議員をゲストスピーカーにお招きし、議論が交わされました。


民主主義の中核はプロセスの適正

180309hi_0082.jpg まず、石破氏による講演が行われました。石破氏はその冒頭、第二次世界大戦戦中・戦後にかけて長らくイギリスの首相を務めたウィンストン・チャーチルの「民主主義は最悪の政治形態であると言える。ただし、これまで試されてきたいかなる政治制度を除けば」や、古代ギリシャの哲学者・ソクラテスの「悪法もまた法なり」といった名言に言及。

 その上で、「民主主義それ自体が素晴らしいわけではない。短所もある。決定に時間がかかるし、必ずしも正しい結論を導き出せるとは限らない」としつつ、それにもかかわらず、民主主義に正統性が認められるのは、プロセス、手続的な適正を重視しているからであると述べました。

 さらに、「民主主義は独裁と対立的な概念ではなくむしろ親和的」とし、ドイツの哲学者・ニーチェがかつて、「狂気は個人にあっては稀なことである。しかし集団・民族・時代にあっては通例である」と述べていた旨を紹介しつつ、民主主義が独裁や狂気を生み出さず、なおかつ「なるべく良い結論」を導き出すためにもプロセスの適正を確保することの重要性を説きました。

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太平洋戦争期の日本の教訓を今こそ生かすべき

 そして、そうした適正を確保する上で必要となるものとしては、「言論の自由と言論のクオリティ」や「政治家の説明責任」を挙げ、それを裏付けるエピソードとして、第二次世界大戦期の日本の情報統制を挙げ、戦争に反対する論調が抑圧されたことなど国内の言論統制の状況にも触れつつ、「国民がきちんと情報を得て、戦争の是非について考えていたのであれば、あのような無謀な戦争に突入したのだろうか」と語り、まさに「言論」と「説明責任」の欠如こそが悲惨な敗戦につながっていったと振り返りました。

 その上で、こうした教訓を現代日本にも当てはめました。そこではまず、財政健全化を挙げ、「国民は財政状況を知っていても、遠い将来のことよりも今日、明日の生活のことを優先してしまう。しかし、だからと言って政治家までが現実から目を背けて真実を語らないことは許されない」とし、政治家はたとえ選挙時に自らの票を失うことになったとしても、将来の日本の破綻を防ぐために説明責任を果たさなければならないと、その重要性を主張しました。


政治家だけでなく、国民も問われている

180309hi_0278.jpg さらに、石破氏は国民の姿勢についても言及。無責任な政治家を選ばないように「目」を養う必要があるとし、そのためには選挙時に「自分が首相だったらどう判断すべきか」ということを考えて投票すべきと主張。そして、そういう主権者を育てるような教育の必要性を指摘するとともに、「そうした判断ができないのであればもはや主権者とはいえない」と厳しい意見を述べました。

 石破氏は最後に、財政が悪化し、しかも急激な人口減少を続ける日本社会が今後もサステイナブルなものにしていくために、自身も不断の努力を続けていくと語り、講演を締めくくりました。

 その後、海外からのパネリストとの意見交換が行われました。日本を代表する国会議員の登場ということもあり、各国のパネリストから、メディアのセンセーショナルな報道の在り方やフェイクニュースとフィルタリングの問題、中間層の減少にどう対応するか、民主主義的体制下における政治エリートの軍事的素養、さらには日本の地方議会での低投票率の問題に至るまで多岐に渡るテーマの問題提起が寄せられました。

 その後、世界10カ国のシンクタンクの代表間で、トランプ米大統領が登場以来の一年間で、一国主義的な動きが進み、多国間主義への不信や民主主義に対する懐疑的な見方が高まり、民主主義への逆風が吹く中で、民主政治の何が問題なのか、それを支える市民の強靭性を取り戻し、促進するためにはどうしたらいいのか、活発な意見交換がなされました。

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民主主義への危機感を募らせながらも
  民主主義を守ろうとする有権者の姿勢が表れたアンケート結果

180309hi_0081.jpg 議論の初めに、司会の工藤泰志(言論NPO代表)が、3月初めに調査した「リベラル秩序と民主主義の行方」と題した有識者アンケートを紹介。「この一年のトランプ大統領の行動をどう見るか」との設問には、「アメリカ一国主義の意識は変わっておらず、国際協力に対する意欲もないため、国際秩序の不安定化は今後も続くだろう」が57.2%、「世界情勢が不安定化する中、懸念材料は何か」では、「先進民主主義国家で民主主義への信頼が揺らぎ、ポピュリズムや権威主義的な傾向が高まっていること」が50.3%で、それぞれトップを占めたことを紹介しました。また、「国際政治が不安定化する中でも、優先的に守らなければいけないもの」は、「基本的人権」が51.0%で最多となり、44.8%で「民主主義」に触れ、民主主義への危機感を募らせながらも、これまでに手にしてきたものを守ろうとする市民、有権者の姿勢が表れていたアンケートだったと語りました。

 こうしたアンケート結果も踏まえながら、パネリスト間では、自由・民主主義やポピュリズム、権威主義といった抽象的議題は、現実の政治を例にとりながら、議論が進められました。


アメリカの将来に危惧を示す多くの意見が出された

180309hi_0232.jpg 例えば、「トランプ大統領を生んだ選挙では、100万人以上の都市ではヒラリー・クリントンが大勝し、25万人以下の地方都市ではトランプが大勝した結果からもアメリカは分断状態で、中道左派は低迷している。2020年の選挙では、その中道左派からバーニー・サンダース的な人物が登場してくるのではないか」、「トランプはブッシュ(子)以上に世界情勢に無関心で、予測不能状態を好んでいるようなところがある。同盟国がアメリカを利用している、とも解釈しているようで、これからも暗い絵を描かざるを得ない」、「トランプは現状の原因ではなく、症状という意見があったが、雇用状態、移民、人種差別など今のアメリカの怒りを表している」など、アメリカの国内情勢を悲観的に見る意見が各国から多数出されました。


中国への警戒心が飛び出すなど、厳しい意見が続出

180309hi_0390.jpg 国家主席の任期撤廃法案の成立など習近平率いる中国に対しては、各パネリストからは警戒心を示す意見が続出しました。「20年ほど前までは、中国が経済的にもっと豊かになれば中間層が増え、そうなれば政治への関心も増して、中国の民主化は進んでいくだろう、と政治評論家は話していたが、とんだ見込み違いだった。独裁化で専制政治が進み、勢力圏を拡大しようとしている。これにどう対応すべきか。さらに国際秩序、国際ルールに対する考え方も中国は違うようであり、これにどう対処していくのか」、「中国へのジレンマは、彼らを封じ込める戦略をとりつつも、彼らに関与していかなければいけないこと。そのバランスをいかにとるかが重要だ」など、中国への警戒を示す一方、中国とどう向き合えばいいのか、模索している各国の姿が明らかになりました。

 さらに、中国に対しては、「民主国家が不安定化する中、中国は南シナ海、尖閣諸島などで混乱を起こしている。中国の国益は、西に向かっていて、ヨーロッパ全体を狙っているのではないか。将来的には、ヨーロッパを巡って中国とロシアが対立し、そこから紛争が起こるかもしれず、中央アジアからヨーロッパへ、中国の動きを管理し、議論すべきだ」と、非公開の場ならではのかなり厳しい意見も飛び出しました。


民主主義やグローバリゼーションについて、各国はどう考えているか

 さらに、民主主義や世界情勢については「これまでの、民主主義を基盤とした世界システムは挑戦を受けている。自由システムの基盤も揺らいでいて、国内でのチャレンジに加えて、それぞれの挑戦が共鳴しあって、問題を大きくしているようだ」、「自由民主主義を守って、促進していくのが難しくなっていて、それによってグローバリゼーションに対応出来ていない。国際的には、ロシア、中国から二重のチャレンジを受けていて、ロシアと綱引きしているヨーロッパの脆弱性が目立つ」、「中国の影響力も東アジアを不安定にし、地域内の力関係を変えていくのではないか」との見解が示されました。

180309hi_0494.jpg また、グローバリゼーションについては、「自由国際秩序は、グローバリゼーションの成果をもたらすべきものでWin-Winの状態になるはずだった」、「エリート層にしがみつかず、多様化を尊重し、もっと自由を語り、いろんなことに取り組むべきであり、国境を閉じるだけでは本来の解決にはならない」と、現状を懸念する声が続きました。


ポピュリズムが勢いを増す中、有権者自身が政治家を選ぶ目を持つ必要がある

180309hi_0544.jpg 最後に、今回の非公開会議での議論を受けて工藤は、「地元民の心をつかみ、選挙に強い政治家がいる。人気取りのためのポピュリズムに流れる必要もなく、自分の理念、理想に向かって、時には選挙民の耳に痛いことも口にする。そうした政治家を選ぶだけの見識を、有権者は持っているのか。このところ勢いを増しているかのようなポピュリズムは、こうした選挙民と政治家の関係をも変えてしまうことになりはしないか。自由民主主義と法の支配。私たちは、何を守っていけばいいのか。真剣に考えるべきだ」と締めくくり、非公開ならではの活発な意見交換は終了しました。