「東京会議2019」歓迎夕食会で岸田政調会長が講演
リベラル秩序の中で生きることが日本の唯一の道。
米中両国にもこの立場で向き合っていく

2019年3月02日

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 「東京会議2019」公開フォーラムを翌日に控えた3月2日、東京・文京区のホテル椿山荘にて歓迎夕食会が開催されました。夕食会では、前外務大臣でもある自民党の岸田文雄・政務調査会長が講演。世界10ヵ国のシンクタンクの代表に加え、言論NPOのアドバイザリーボード・メンバーなど日本の有識者も加わり、総勢19名で意見を交わしました。

YKAA0757.jpg 冒頭、言論NPO代表の工藤泰志は、「日本は、世界の民主主義とリベラル秩序の立て直しに責任を果たす国であるべき。そういう世界的な視野で活躍している」と岸田氏を紹介しました。

kawaguchi.jpg 続いて、アドバイザリーボード・メンバーの川口順子・元外務大臣が乾杯の音頭を取りました。川口氏は、今回のテーマが「リベラル」と「国際秩序」という、深い内容を含んだ二つの概念が含まれていることに着目。「この二つを組み合わせて議論する意味を、改めて考えていきたい」と述べ、その後、参加者らは日本酒を酌み交わしながらのしばしの歓談に花を咲かせました。


米中対立長期化への懸念

 そして、「米中対立と日本の針路」をテーマに、岸田氏が講演を行いました。

kishida.jpg 岸田氏はまず、世界第1・第2の経済大国、また軍事大国である米国、中国との関係が「歴史上も、日本の外交・安全保障に最も大きな影響を与える要素だった」と発言。米中が対立するだけでなく、対立の行方が米中2国間の秘密交渉によって決まるようになれば、日本の国益を大きく損なう事態になる、との認識を示しました。その上で、米中対立は当初の貿易摩擦にとどまらず、デジタルや海洋安全保障などを巡る覇権争いにも発展しているため、対立は長期化、深刻化するのではないかと懸念する岸田氏でした。

 次に岸田氏は、米国、中国それぞれとの関係を巡る日本の課題を挙げました。まず米国について、唯一の同盟国である米国との関係は日本の安全保障にとって基軸だ、としながらも、「TPP、パリ協定からの離脱などトランプ政権の自国第一主義の動きを前に、日本は米国との関係に苦慮している」。そして、最大の貿易相手国であり、年間で1100万人の渡航者の往来が生まれている中国に対しても、「様々な分野で深い関係にあるが、東・南シナ海への進出や、技術取得の強引な手法には強い懸念を持っている。重要な大国だが、緊張感を持って付き合っていかねばいけない」と語りました。

 続けて岸田氏は、日本が米中両国と向き合っていくには、「日本は資源がない島国であり、人口減少も進んでいる。こうした国は国際社会において、まずは自由とか民主主義、法の支配、人権といった基本的な価値観を重視した上で、自由貿易体制を構築し、WTOをはじめとする国際的なルールによる競争の中で生きていくしか道はない。力ではなく、ルールに基づく秩序の中で生きていかねばならない」との認識を示しました。

 最後に岸田氏は、安倍首相とトランプ米大統領の人間関係が安定していることや、自身の外相就任後5年間での日中関係の大幅な改善など、日本外交のプラスの側面にも言及。これらを活かしながら、「米中両国との間でしっかりと意思疎通を図り、適切な関係を維持しなければいけない。そして、国際社会でも日本の役割、責任を果たしていきたい」と決意を語り、講演を締めくくりました。

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トランプ政権の一国主義的な要求にどう向き合うか

 その後、参加者との質疑応答に移りました。欧州からの参加者は、日米同盟において日本の軍事的な貢献を拡大すべきだ、というトランプ米大統領の要求にどう向き合うべきだと考えているかを質問。 

 これに対して岸田氏は、日本が戦後74年間、「自国民の生命を守るための備えをどこまで充実させるのか」、そして「平和憲法との関係で、どこまで軍事的な役割を拡大できるのか」という二つの課題の間で、そのバランスに絶えず苦慮してきたことを説明。「北朝鮮をはじめとする厳しい安全保障環境の中で、引き続き、様々な形で平和憲法とのバランスを取る努力をしなければいけない」と語りました。また、憲法改正の議論については、「現実の中で必要であれば考えていくのは当然だが、国民世論、周辺の国々の国民感情にもしっかり配慮した上で、丁寧に議論を進めないといけない」と述べました。

 別の参加者は、安倍首相とトランプ大統領との関係について、「北朝鮮問題では、日本の頭越しで米朝間の対話が進んでいるように見える。首脳間の個人的関係によって、米政権の政策が日本の国益に配慮するものになっているか」との疑問を表明。今後本格化する日米の経済・貿易協議の行方を、岸田氏に尋ねます。

 岸田氏は、「貿易・経済分野の成果はまだこれからだ」と率直に回答。そして、「長い目で見れば貿易戦争に勝者はなく、関税をかけ合うと双方が不利益を被る。経済・安保両面で極めて大切な日米関係を続けたいという長期的視点で考えていきたい」と、今後の交渉における基本姿勢を説明しました。

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米中対立の複雑化で問われるものとは

 米中対立の本質を問う議論も行われました。通商政策の実務に長く携わってきた参加者は、「米中対立の本質は、中国でなく中国共産党と自由主義世界との価値観の対立だ。中国がインドのような自由民主主義体制の国であれば、このような対立は起きていないのではないか?」と指摘。岸田氏は「その通りだ」と答えた上で、企業秘密の政府への提供義務や、強制的な技術移転など、国家と企業の境界が曖昧な中国で事業展開する日本企業の懸念を代弁。「どの国とも付き合っていくのにもいろいろな難しさがあるが、中でも中国は規模が大きいため、困難も様々である」と語ります。


朝鮮半島の非核化はなぜ必要なのか

 2日前の米朝首脳会談の結果を受け、北朝鮮問題に関する質問も相次ぎました。ある参加者は、「歴史上、いったん核を保有した国が核を放棄した例はない。北朝鮮の非核化は本当に実現すると考えているのか?」と質問。岸田氏は、非核化は「する、しない」ではなく、何としても実現しなければいけない、と強調し、その理由を、「北朝鮮の核保有を認めれば、それに対応した韓国の核保有にもつながり、さらには日本の核武装の議論も出てきてしまう」と説明。「それはNPT体制を守る観点からもあってはならないことであり、朝鮮半島の非核化は東アジア全体の安全保障の問題である。核保有を認めないという点で、北朝鮮に今の段階から圧力をかけるのは重要な取り組みだ」と理解を求めました。

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今年のG20への意気込みは

 最後に、今年、日本が議長国を務めるG20への意気込みを問われた岸田氏は、自由、民主主義、人権、法の支配といった基本的な価値の大切さを改めて強調。それらを大事にしながら国際秩序を考える議論を、議長国としてリードしていくことへの意欲を語りました。

fujisaki.jpg 締めの挨拶に立ったアドバイザリーボード・メンバーの藤崎一郎・元駐米国大使は、「明日、明後日の議論に向け、考える材料がたくさんそろった」と総括。「言論NPOのNPOは No Pause Organization、休みのない組織だ」とユーモアたっぷりに、翌日以降もノンストップで続く議論に期待を見せ、夕食会は幕を閉じました。


リベラル秩序と民主主義の試練で何が問われているのか
―非公開第1セッションを開催

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 夕食会に先立って、10ヵ国のシンクタンクの代表が参加し、「東京会議2019」の最初の非公開セッションが開催されました。テーマは「リベラルな秩序と民主主義の試練に我々シンクタンクは何をすべきか」です。

kudo.jpg まず、言論NPO代表の工藤が、今回の東京会議開催にあたっての問題意識を説明しました。

 第一に、「米中対立を、リベラル国際秩序をより高いレベルにアップデートするための契機にすべき」という点です。工藤は、現在深刻化する米中対立は、中国の排除による世界経済の分断に発展する可能性が残っているが、経済的混乱の大きさから、それは避けるべきだと主張。米トランプ政権の中国に対する行動について、冷戦後、米国が主導してきた自由主義や多国間主義、それをベースにしたリベラル秩序の枠組みが現在の延長線上では維持できない、というメッセージだ、という見方を示しました。そして工藤は、そうした国際秩序の動揺こそが米中対立の本質であると語り、自由や民主主義の体制を持つ国々が連携し、リベラル秩序を新しい時代に合わせてアップデートする局面に来ている、と強調。それにつながる動きとして、日米欧で検討が進むWTO改革の提案や、TPP11のようなメガFTAなど、経済のルール作りに向けた取り組みを例示しました。

 「では、我々民主主義国の側に、その力が本当にあるのか」と、工藤がもう一つの問題意識を提示します。工藤は、これまで世界各国で実施してきた民主主義に関する世論調査の結果をもとに、「グローバル化に伴う格差などの問題に既存の政治が十分対応できず、先進民主主義国では代表制民主主義が市民の信頼を失い始めている」との見方を提示。「民主主義をより強靭なものにする、つまり多くの市民の参加とオーナーシップに支えられて課題解決を進める仕組みを再構築しなければいけない。それが、リベラル秩序のバージョンアップにもつながる」と訴えました。

YKAA0145.jpg 工藤の問題提起を受け、司会を務めた米国外交問題評議会バイスプレジデントのジェームズ・リンゼイ氏は、「リベラル秩序と民主主義の現状をどう見ているのか」そして、「今ある危機を乗り越えるため、価値観を共有する10ヵ国のシンクタンクは何をすべきか」と問いかけ、議論がスタートしました。

 最初にマイクを握った新興民主主義国の参加者は、今起こっている危機の要因として、中国の経済的台頭に加え「デジタル化の進展」を提示。SNSによって誰もが発言できるようになった結果、グローバル経済や、国家間の協議で形成される仕組みに対する不満が表面化し、政策決定に世論が大きく影響するようになった、との認識を述べました。

 続いて発言した欧州の参加者も技術革新の影響に触れ、フェイクニュースによる世論操作の危険性に言及。民主主義やリベラル秩序を守るためのシンクタンクの役割として、まずは「エビデンスに基づいた手法で結論を出す」ことだと語りました。そして、社会におけるルール、個人の権利を守るという文脈から、政策決定者に対して知的な情報提供をすること。さらに、ステークホルダー、特に次世代のリーダーによる定期的な議論を手掛け、リベラル秩序の価値を伝えていく努力が求められていると主張しました。

 その後の議論でも、世界の現状認識や民主主義国を代表するシンクタンクの役割について、様々な意見が披露されました。議論の内容は、G7議長国のフランス政府とG20議長国の日本政府への提出を予定する共同声明の記述にまで及び、3時間を超える白熱したセッションは終了しました。

3月3日(日)13時30分より、「東京会議2019」の公開フォーラムが行われます。言論NPOでは、このフォーラムの模様をインターネットにて中継いたします。当日、会場に来られない皆様も、ぜひご覧いただければ幸いです。

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