パリ協定適用まで1年
―誰がリーダーシップを取るのか―

2019年3月13日

2019年3月12日(火)
出演者:有馬純(東京大学公共政策大学院教授)
    亀山康子(国立環境研究所社会環境システム研究センター副センター長)

司会: 工藤泰志(言論NPO代表)



 国際貿易の拡大、核拡散防止など地球規模の課題について、日本からオピニオンを発する言論NPOによる「ワールド・アジェンダ・スタジオ(WAS)」は12日、都内事務所で「パリ協定適用まで1年―誰がリーダーシップを取るのか―」のタイトルで行われました。議論には、有馬純・東京大学公共政策大学院教授と亀山康子・国立環境研究所社会環境システム研究センター副センター長が出席、司会は言論NPO代表の工藤泰志が務めました。

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kudo.jpg 工藤はまず、「来年1月に、気候変動についての『パリ協定(2015年の気候変動枠組条約締約国会議(COP21)合意)』が適用されるが、現在の国際協調の状況はどうなっているのか」とゲストに尋ねました。有馬氏は、「気候変動問題は、グローバル・コモンズ(国際公共財)を追求していくことで国際協力が必要になってくるが、現実に生じていることを見ると、米中貿易対立も含めて内向き指向が高まっている。気候変動に代表されるようなグローバル・コモンズを追求する上では向かい風になっている」と、懸念を隠しませんでした。

IMG_7983.jpg 亀山氏は、「20年ほど前から、科学者が予想していた異常気象をはじめとする気象変動の影響が起きてしまっていることが不安だ。今、豪州は猛暑に襲われ、昨年は日本も含めた世界中で様々な被害があった。異常気象に対して人々の意識が高まる意味ではいいが、危機的状況がここまできてしまったことへの不安を感じている」と、研究者としての危機感を露わにしました。

 それぞれの意見を聞いて、工藤は、「異常気象で、日本の夏は非常に暑い日が続くようになった。こうした異常気象によって、多くの人が"地球に何か起きているのかもしれない"と感じていると思う。今起こっている異常気象や気候変動という重大な問題を解決するために、パリ協定の実現で間に合うのか」と疑問を投げかました。


楽観視できない産業革命以降の温度上昇を1・5~2℃に抑えるという目標

IMG_7978.jpg 有馬氏は、昨年11月に気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の『1.5度特別報告』において1.5度の目標達成には世界全体の二酸化炭素(CO2)排出量を、2030年までに45%削減することが必要だとしていることに触れつつ、「世界最大の排出国である中国は、2030年にやっとピークアウトする」としていることなどを挙げ、「パリ協定には、世界の産業革命以降の温度上昇を1.5度から2度以内に抑えるという地球レベルの目標が書かれているが、率直に言うと、この目標の達成について楽観はしていない」と厳しい見方を示しました。さらに、各国の目標と、パリ協定が求める脱炭素化に向けての道筋との間に非常に大きなギャップがあり、かといって国連が強制するような形で、各国に目標の引き上げを強いることはできないからこそ、パリ協定は合意できたと指摘。目標達成ができるとすれば、「各国の目標数値を引き上げるというよりも、いかに、革新的技術を開発し、手頃なコストで普及していくのか、技術による解決を図っていく以外に、温暖化を防ぐ方法はないのではないか」との見解を示しました。


もっと早く気付いていれば・・・

 これに対し亀山氏は、「残念に思うのは、この問題について30年近く話し合ってきて、もっと早くこの問題に気付き、先に動いていれば間に合っていたかもしれない」と主張。しかし、「その問題を放置してしまったために、今の状況に陥っている。今後、今まで想定していなかったぐらいの大きな変革を次々に実行していかないと、私たちが安心して暮らせるような気候を維持する状態には至らないのではないか、という危機的な状況だ」と、遅きに失した世界の取り組みを嘆きました。


 こうした意見を踏まえ工藤は、深刻化が増す異常気象の対策が間に合わないのであれば、革命的な技術革新がないと、色々な所で予期せぬ災害が起きることを覚悟し、我慢する段階にきているのか、と投げかけます。

 「気候変動というものは、温度上昇を防ぐ緩和という部分と、適応という部分がある。地球の歴史を振り返って見ると、温度上昇が起きた時期もあったがこうして人類は今も生きている」とする有馬氏は、気候変動によって人間の適応能力が全くなす術もなくなるのではなく、技術革新などを活用してうまく適応しながら、長期的な脱炭素化に向けた取り組みの両方を行っていくしか方法はないのではないかと語りました。


気候変動適応法ができたが、個人個人が直面する危険性を理解しなければいけない

 適応策という意味では昨年、日本でも異常気象による被害などを抑える気候変動適応法という法律ができました。亀山氏は、「適応というのは、国がやりなさい、ということで済む話ではない。洪水が来るという時には自分で判断しなければならず、個人個人が自分たちの直面する危険性を理解しなければいけない。そういったことも含めて、適応していく必要がある」と訴えます。同時に、「さらにこれ以上、酷くならないためにも、脱炭素に向けた動きも同時に必要になってくる」と有馬氏の見解に同意しました。


不安をベースにした、再生可能エネルギーの技術発展が進む

 「気候変動というものが絶対的なリスクであるのなら、2度を目標にしながら1.5度を努力目標にして幅を持たせるのではなく、1.5度を実現しないと間に合わないのだ、ということで合意した方が、非常に大きなインパクトを与える気がするが、どう考えればいいのか」という工藤からの問い掛けに亀山氏は、「国際交渉では、常に右と左のバランスをとっていく。片方では気候変動は非常に重要な問題で地球の危機であり、対策をとらなければいけない。もう片方では、対策をとろうと思うと、コストがかかってしまう、というグループがある」と合意形成の難しさを指摘しました。

 その上で亀山氏は、過去に気候変動の問題が動かなかったのは、気候変動対策がコストであると考える人が多数いたからだが、企業でも気候変動が10年後、20年後に大変な問題になると思っている人たちが技術開発を行い、再生可能エネルギーのコストが下がるような状態までやってきた。そうした技術開発が十分に蓄積されて、2010年頃から急激に新しいビジネスで儲かる人たちが増えてきて、"脱炭素に向かった方が儲かる"、という人たちが増えて、国際協調を支持する企業の数が増えていった。こうしたパワーバランスの変化、パラダイムシフトによって、2015年にパリ協定が採択に至ったと解説。さらに亀山氏は、こうしたベースには多くの人たちの漠然とした不安があり、その漠然とした不安をベースにして技術発展が進み、技術発展が十分に進んでビジネスとして儲かるような流れができれば、今後も国際交渉で合意ができるのではないか、と今後の更なる技術発展による"追い風"に期待を寄せました。

 続いて工藤は、「中国の排出量は、2030年でようやくピークアウトをするということだが、既に2030年の時点で1.5度は上昇しているというレベルだと思う。そうなってくると、2度を何とか達成することすらギリギリだと思うが、有馬先生が指摘するように、技術革新などで、何とか再チャレンジできるような目標設定なのか」と問いかけます。


水没の危機感を抱く島嶼国は、重要なプレイヤー

 2度という目標自体は、パリ協定に先立つカンクン合意(2010年のCOP16で採択)の頃からあり、地球全体の排出量はそれ以降も増え続けたにもかかわらず、なぜ、1.5度という目標を新たに加えたのか。この疑問に答えるのは有馬氏です。1つ目の理由として、海水面の上昇によって、国が水没するなどの危機感が強い島嶼国が、交渉の中でも非常に重要なプレイヤーになっており、彼らの言うこともある程度入れる必要があったと指摘。2つ目の理由として、1.5度、2度というのは地球全体の目標なので、どの国がどういう責任をとるかということは、必ずしもはっきりしておらず、長期の目標であればあるほど、政治家というのは安易に野心的な目標を設定してしまう傾向があった、と語ります。その上で有馬氏は、「目標を達成するためのロードマップやフィージビリティースタディをやって、確たる見通しをもって1.5度目標を提示したとは思えない」と強調しました。

 続けて、「1.5度については、このままだと破綻する可能性が高いし、2度についても非常に厳しいのではないか」と指摘。その理由として、各国政府は選挙を抱えてコストアップをするような政策は国民にどうしても不人気となってしまうため、気候変動の防止に伴うコストアップや痛みというものを、できるだけ和らげていかないと各国の政府が持たなくなってしまう。そこで、「そうした抵抗を抑えるような形でやろうとすると、今の再生可能エネルギーだけでは無理だと思う」と、更なる技術開発に期待をかける有馬氏でした。

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2度さえ達成すれば、という問題ではない

 亀山氏は「2度を少しでも超えると、急に何かが変わるわけではない。2度というのは1つのメルクマールであって、その目標を少し超えても超えなくても、影響のあり方は少しずつ上昇カーブを描いているのだと思う」と指摘。さらに、現在、地球は1度しか気温が上がっていないもかかわらず、これだけ様々な異常気象が起きている現状に触れ、「2度目標の達成をするのも難しいかもしれないが、2度さえ達成すればいいということでもなく、今以上に様々な所で異常気象は起きるだろうし、異常気象が起きた時に、島国をはじめとする途上国に対しては、何らかの支援が必要になるかもしれない」と危機感を露わにしました。

 続いて工藤は今後、国際社会が目指すべき具体的方向性を両氏に尋ねました。


先進技術国が技術革新を追求していくことが世界全体のCO2削減につながっていく

 有馬氏はまず、パリ協定の第14条に規定されている「グローバル・ストックテイク※」について言及し、アップデートをしていくための仕組み自体はあると解説しました。しかし、削減目標と現実とのギャップが大きい中ではこれだけでは不十分と指摘。そもそも、これまでの気候変動対策が、削減目標最優先のレジームではうまくいかなかった以上、削減目標のさらなる引き上げよりも「やはり重要なのは技術革新だ」と再三にわたって強調。AIを活用したエネルギー利用のスマート化や、水素、CCS(二酸化炭素回収貯留)、さらには人工光合成に至るまで様々な新技術を紹介した上で、こうした技術発展の進捗度に関して目標を設定し、そこに向かって注力していくべきと主張しました。

 同時に有馬氏は、193カ国もある国連でどのような合意を形成するか、ということを追求するよりも、G7など少数の先進技術国が技術革新を追求していくことが、結果的に世界全体としての削減目標達成にもつながっていくとも語りました。

※パリ協定の目的及び長期的な目標の達成に向けた世界全体の進捗状況を定期的に確認し、各国がそれぞれの取り組みを強化するための情報提供を行う仕組み。2023年に第一回を実施し、それ以降は5年毎に実施する。


断熱性向上など、できるところからも始めていく

 亀山氏も、削減目標の上積みは困難を伴うとしつつ、技術革新の必要性について改めて同意。一方で、既存の温暖化対策を見直すことの必要性も指摘し、その中で特に日本の課題として住宅の断熱化促進について言及しました。日本の住宅には断熱・気密性能が決定的に不足しているため、これを向上させなければ冷暖房設備をいくら充実させてもエネルギーの無駄遣いになってしまうとし、こうした既にある技術でも是正できるものから見直していくべきだと語りました。

 さらに、亀山氏はより根本的な改善策として、人々の生活様式の見直しの必要性についても触れ、社会全体での意識改革も重要であるとしました。

 最後に工藤は、日本がこの気候変動問題において国際的なリーダーシップを発揮していくことは可能なのかを尋ねました。


国境を超えた発想でリードしていくべき

 有馬氏は、技術革新こそが気候変動問題解決に向けて前進させるカギとなる以上、技術的優位性を持つ日本は十分リーダーシップを発揮できると主張。また、国際的な共同開発を主導していくことや、途上国への技術移転、能力構築支援なども必要であるとし、リーダーシップを発揮していくためにはそうした「国境を超えた発想」を持つことが求められると語りました。


少子高齢化社会とそれに伴う新たな街づくりを好機と捉えるべき

 亀山氏は、今後の日本では少子高齢化と人口減少に伴い、それに適合するような街づくりの見直しを迫られることを予測しました。その上で、そうした変化を好機と捉え、環境負荷が少なく、効率的なエネルギー活用を可能とする持続可能な脱炭素型の街づくりを進めることを提言。そして、その成功モデルを世界に示すことが日本のリーダーシップにもつながっていくとの見方を示しました。

 議論を受けて最後に工藤は、米国を中心として自国第一主義的な傾向の国が増加する中、多国間協力の機運が低下していることに懸念を示した上で、気候変動のような地球上の誰もが影響を受ける問題は、国際協力活性化の起爆剤になり得ると指摘。同時に、「今日の議論を聞いて、"追い風"が吹いていることはよくわかった。目標達成に向けて各国が知恵を競い合っていかなければならない」と総括し、議論を締めくくりました。