EUの経済危機の本質と日本の財政問題

2011年11月15日

第2部:ユーロの制度的欠陥を乗り越えられるか

工藤:議論を続けていきたいと思います。今回のギリシャの問題は、ギリシャだけの問題ではなくて、イタリアや、ポルトガル、スペインなど、EU自体の問題もあります。では、どうしてこういう事態になってしまったのか、というところを、皆さんで話してもらって、どうしたら解決できるのか、について話を進めていきたいと思います。内田さん、どうしてこういう状況になったのでしょうか。

金融面でドミノ式のリスクを抱える西欧

内田:私見を含めて申し上げますと、今回のギリシャの危機、あるいは欧州ソブリン危機というのは、ユーロ統合の制度的な欠陥とか、矛盾が突かれているのではないかと思っています。ユーロ統合は、第1次、第2次世界大戦の後に、それまでの紛争問題であったはずの鉄鋼関係のところの共同管理から入っていって、関税同盟、あるいは1970年代以降は、欧州共同体(EC)という形から通貨をある程度統合させていくような動きに入ってきたという背景があります。

その後、1980年代前半には、欧州が構造的な経済の停滞局面に入っていた。いわゆる、ユーロペシミズムと言われていますが、日米の経済が急激に成長する中で、欧州は取り残されるということで経済統合、市場統合という方向に入っていった。更に、1989年にはドイツが統合、統一されて、このドイツを強大化させないために、欧州の中に取り込むために市場統合、経済統合をかなり促進させた。そういう色々な軌跡の中で、ユーロが誕生していくわけです。が、いくつかの制度的な欠陥、それはよく言われていますが、第1に、通貨と金融政策、および市場は統合しているけれども、政治については一応、欧州議会というものがありますが、財政政策は一致していません。要するに、財政政策については、各国の責任の下で運営されるという状況です。

第2点目は、ユーロというのは本来、最適な通貨圏であれば、要するに、それが1つのベンチマーク化した形で、経済が安定的に不均衡もなく推移すればいいのですが、かなり経済構造が違う国、例えば、ドイツやベルギー、オランダのように、かなり産業的な競争力があって、経常収支が黒字の国と、南ヨーロッパのように、非常に産業競争力が弱くて、比較的高インフレ、高金利という国々の通貨を統一させると、通貨は統一するのですが、結果的にそこでの経済格差というのがかなり巨大に生まれてしまう。本来であれば、それは労働の移動や財政政策の収斂化という形で構造改革をしなければいけなかったのですが、ユーロの統合直後に、南の方のヨーロッパで、金利が大きく低下して、インフレ率が低下したことによって、経済が活発化して、住宅とか設備投資などに、中枢のドイツやオランダ、ベルギー、フランスからかなり資金が流れ込んだ。その結果として、経済が拡大するので構造改革が非常に遅れた、という矛盾があります。

また、それによって金融が巨大化して、レバレッジがかかっている構造になっています。例えば、各国の銀行の総資産の規模を見ると、大体GDPの3、4倍ぐらいというのが平均値になっています。日本やアメリカと比べると、ヨーロッパは、預金に対しての貸出の比率、これはいわゆる、どれだけ信用創造が起きているか、という比率をみると、日本とアメリカは大体1倍、ないしは0.8倍という数字なのに対して、ヨーロッパは1.4倍になっています。要するに、かなり信用創造が起きてしまっている状態になってきている。こういったような状況で、ヨーロッパ全体が持ち合いになっているのですね。

その一端がギリシャということで、ギリシャが崩れてくることだけではなくて、これから、スペインやイタリアなど、また、矛盾が突かれてくると、コア国のフランス、ドイツにも影響がある。このような、非常にドミノ的なリスクを抱えているという中の一端がギリシャで起きたということで、大騒ぎになっている状況だと思います。

工藤:元々は、ギリシャだけではなくて東欧諸国でもありましたよね。つまり、リーマンショック以降、各国が経済破綻を防ぐために国家財政で埋めていった結果、色々なところで矛盾が出てきて、今、内田さんがおっしゃった構造の問題とつながっていると。

内田:そうですね。ただ、もう少し正確に申しますと、中東欧の場合は、財政が非常に健全化しています。中東欧の場合の危機は、民間の住宅ローンなどがユーロ建てであるとか、そういった民間の部分の債務危機だったのですね。ところが、南ヨーロッパの場合は、財政が構造的に赤字の国が多いので、南ヨーロッパの場合は、ソブリン危機というところで、区分けがされると思います。

工藤:加藤さん、こうした危機の構造を、これまでどのように直そうとしてきたのでしょうか。

ユーロ圏は正しいことをやろうとしてはいるが......

加藤:内田さんの発言に多少付け加えますと、平野さんもご経験があると思いますが、ベラジオグループという実務家と学者の集まりがありまして、そこでEUの単一通貨の是非を議論しますと、アトランティックディバイドと言って、ヨーロッパの人とその他の人たちの意見が完全に違ってしまいます。ヨーロッパ勢は、単一通貨と単一の金融政策の下で、経済パフォーマンスを段々コンバージする、再編されていく、と。しかし、その他の国はそうは簡単にいかず、むしろ、ダイバージェント(異なった)のままではないか、ということになります。今のギリシャの問題、ポルトガルもそうですが、単一通貨の下で、経済的なパフォーマンスより、もっと格差が広がっている。ドイツのような非常に強い国と、ギリシャやポルトガルのように成長余力が乏しくて、ギリシャの場合は債務負担が非常に大きい、そのような国がバラバラのままである、ということが一番の問題であるように思います。
そういった中で、どのように対応しようとしているのか、ということについて、3本の柱で対応しようとしています。それは正しいと思いますが、1番目の柱がギリシャの債務負担の軽減で、50%の債務削減をギリシャの債権者に求めるということです。2番目の柱は、そうなってきた場合、ギリシャ国債を持っているヨーロッパの金融機関が資本不足にならないかという心配が出てくるので、来年の6月までにTier 1キャピタル(銀行の自己資本比率)を9%まで引き上げるということも正しい対応だと思います。

3番目の柱は、欧州安定化基金(EFSF)の資金力を強化するということで、EFSFから部分保証するとか、あるいは特別目的会社(SPC)をつくって、そこに資金拠出を仰ぐという案が出ています。正しい方向だとは思いますけれども、まず、それが本当にワークするのかという具体的な中身をもう少し見てみたいと思います。仮に具体的な中身が固まったとしても、それで十分なものか、ということについて改めてテストされると思います。だから、今、ユーロ圏がやろうとしていることは正しい方向ですけれども、仕上がりを見てみないと何とも言えない、ということだと思います。

工藤:平野さん、どうですか。今のままで枠組みが十分かという問題と、それがワークしない場合はどうなっていくのかという問題なのですが。

平野:先程、内田さんが言われた、今回の問題は、そもそもユーロの制度的矛盾が表面化したということでしたが、私もそう思います。それから、加藤さんが言われたように、ユーロペシミズムという、ユーロに対して非常に悲観的に捉えた多くの人たちは、元々こういう矛盾があるではないか、ということを古くから指摘していました。ただ、私自身は、当時、アトランティックディバイドの議論に即して言えば、ヨーロッパが言っているように、この統合する結果として、人・モノ・カネがより自由に動くようになり、かつ、経済的に遅れた国も低利の調達ができるようになれば、それをテコに構造改革を進めて、全体として経済の格差が縮まっていく、ということは単なる夢物語ではなかったという風に思います。


もし、色々な前提がクリアすれば、そういう方向に進んだかもしれない。しかし、現実にはなかなかそうはいかなかったというのが問題です。

それはなぜかという風に考えますと、これは日本への教訓でもあるのですが、例えば、南欧の国からすると、安易にお金が借りられるという環境の下で、構造改革を進めるということは難しいことなのです。国が、これまでと違って、もの凄く安い金利で資金調達できるようになりました。すると、それをベースに痛みを伴う改革を進める、というモードになかなかならない。これは、国家も人間も同じです。それを助長したのが、金融なのだと思います。では、金融がなぜそうなったのかというと、多分、巨大なモラルハザードが働いていたと思っています。つまり、世界的な金融緩和の状況が、随分長いこと続いたわけです。そうすると、金融としては少しでも高いイールド(支払い)、少しでも高いリターンがあるところに、どうしても投資をせざるを得ないというプレッシャー。

工藤:危ないところほど買いになる。

平野:そうです。みんな、ユーロの中でもドイツの国債は一番金利が低く、ギリシャの国債の金利は、今ほど高くはなかったけれど、元々高かった。だから、どうせ買うなら、イタリアの国債を買った方が少しはましではないか、ギリシャの国債を買った方が少しでもましではないか、という気持ちが働いていたに違いないと思うわけです。これは、ある種のモラルハザードなのですね。

そういうものが生まれる素地を、ユーロシステム自身がつくり上げてしまったということと、金融緩和のある種の影の部分として、ここでも発生してしまった。そういう意味では、アメリカの住宅バブル、信用バブルと、今回のギリシャ危機というのは何の縁もないようだけれども、共通する部分があるなと思っています。

それから、支援策が十分かということですが、当座のギリシャの破綻を乗り切るためには、ともかくこれをやっていかざるを得ないと思います。ただ、これ自身を取ってみても、問題はもの凄くあります。例えば、ギリシャの民間債権者の借金の5割を棒引きするわけです。しかし、これはデフォルトではないと言っています。つまり、ボランタリーで、自発的に債権放棄すればデフォルトではないという理屈を立てているわけです。しかし、常識的に考えて、5割も債権を放棄させられて、それは本当にデフォルトではないのですか、ということがあります。

これから、どういうことになるかというと、この支援策が仮に通ったとしても、ソブリン危機、つまり国家の借金に対して、市場の見る目がもの凄く厳しくなるだろうと思います。もちろん日本にもインプリケーションがありますけれども、ユーロシステムの中で、どのようなメカニズムが働くかわからないな、と。そういう波及効果は怖ろしいものがあるなという風に思っています。

それから、ESFSの資金力強化について、加藤さんも指摘しておりますが、これもやらざるをえないのだけれど、イタリアまで危なくなったときにこれで足りるのか。あるいはフランスまで、という話になってくると、今の資金力では話にならないわけです。ですから、十分かと言われれば、あり得るべきリスクに対しては、不十分です。でも、とりあえずこれが通らないことにはどうにもならないな、ということです。
それから、もう1つは、この中でSPCなど、色々な議論がありましたが、個別・具体的にこれをどうやって使っていくか、ということについては、何も詰まっていません。これは、結構、技術的にも難しい問題があると思いますので、仮に、これが通ったとしても、色々な問題がある。ただ、これが通らなければ、どうにもならないというのが現在の状況だと思います。

工藤:最終的に、どのような形になったら解決するという道筋が見えるのですかね。

財政統合しかユーロの制度的矛盾を解決できない

平野:さっき内田さんが言われたように、論理的には2つしかなくて、いわば財政統合か、ユーロ崩壊ということです。但し、ユーロ崩壊は誰の得にもならないと思えば、色々経ながらも、何年かかけて財政統合の方向に向けて進んでいくのではないか、ということを私は期待します。財政統合へ向けた動きがない限り、ユーロの制度的矛盾というのはいつまでも残るわけだから、解決できません。論理的にはそれしかないと思います。

アジアも影響を受けているから、ユーロ圏にものを言うべき

加藤:先週のサミットで合意されたことが、完全に実行されたとして、ユーロ圏の先行きがすっきりするかと言ったら、多分、すっきりしなくて、色々な節目、節目でマーケットから試されるということが起きてくる。ただ、それをみんなが協力して、その都度対処していかないと、もっと大変なことになる。だから、一度ユーロという仕組みができてしまった以上、潰れないようにみんなで努力していくしか仕方がない。日本も傍観者ではなく、これだけ影響を受ける。アジアの国もヨーロッパの金融機関が手元流動性のために資金を引き揚げて、それで通貨安になったり、株が下がったりしていますから、アジアの国も影響を受けているので、もう少し主体的にユーロ圏にものを言っていく必要があるのではないか、という気がします。

工藤:内田さんは本質的な解決をどのように描いていますか。

内田:今、おふたりがおっしゃったように、本質的に解決するためには、EUの制度をもう一度設計し直さなければなりません。いずれにしても、それは1年、2年の話ではない。これまで欧州の経済、あるいは市場統合に向けて、古くから言えば50年以上、市場統合に向けては30年かかっているわけです。だから、10年単位で考えなければいけない話です。但し、より重要なことは、短期的な解決に向けて、あまりにもドラスティックな政策をとりすぎると、かえって危機を増幅させるおそれがある。具体的に言うと、合成の誤謬とよく言われていることなのですが、先程、加藤さんがおっしゃった3つの政策を進める上で、2番目の銀行への公的資本注入については、健全であることを証明するために、ストレステストというのをやります。これはかなり高いハードルになっています。これを無理矢理、強制的にやるということになると、今の状況で銀行の自己増資はなかなか難しい環境にあるので、結果として、貸し出し、ローン、市場性資産とか、こういうものを売却して、そういうテストに合格しようとする。そういうことが起きやすい。

無理に財政緊縮すると、恐慌になる可能性も

それからもう1つは、ギリシャ自身、あるいはポルトガル、スペインでも一部出ているのですが、先程、平野さんがおっしゃったように、経済がこれから加速度的に悪化する中で、無理矢理財政を緊縮すると、これは1930年代のアメリカのような、ちょっと大きな経済のクラッシュになる可能性がある。どこかで現実的な選択肢に引き戻すということをやっていかなければいけない。ですから、こういうことを3カ月ごとにあるいは、首脳会議ごとなどの政治的日程に合わせてやる。おそらく、一喜一憂していくと思うのですが、最終的に落ち着くのは、5年、10年という形でみなければいけない。世界経済はまだ、何とか拡大をしているわけですが、いずれ失速という状況になりますので、その前に、全体的に持続性のあるパッケージをつくって修正していく、ということも必要なのではないかと思います。

工藤:ギリシャに今問われていることは、かなりドラスティックな改革になっていますが。

内田:ギリシャもそうですし、EU全体、イタリアもポルトガルもそうです。ここで重要なことは、経済構造改革が必要なのです。例えば、イタリアで言えば、非常に硬直的な労働を解放するとか、ギリシャで言えば、民営化を進めるとか、こういうことはどんどんやっていただいたほうが、競争力が上がっていいのですけれども、例えば、需要を無理矢理押さえつけるような政策、年金制度改革はやらないといけないのですが、年金や賃金、人の雇用を切っていくような政策を無理矢理推し進めたり、先程申し上げた銀行の金融収縮を早めるような政策を進めると、かなり危険な状況になると思いますので、そこをうまくコントロールできるような状況になってくると、落ち着いてくるのではないかと思います。

工藤:わかりました。それでは、ここで休息を入れます。

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