EUの経済危機の本質と日本の財政問題

2011年11月15日

第1部:ギリシャ危機の本質は何か

工藤:こんばんは。言論NPO代表の工藤泰志です。さて、言論NPOでは、私たちが解決しなくてはならない課題をみんなで考えようということで、議論を行っています。
今夜は、新聞紙上で話題になっていますが、「EUの経済危機は解決できるのか」と題して議論して、みなさんと一緒に考えてみたいと思っております。
まず、ゲストの紹介です。お隣が、国際金融情報センター理事長で、前のIMF副専務理事の加藤隆俊さんです。よろしくお願いします。

加藤:よろしくお願いします。

工藤:トヨタファイナンシャルサービス株式会社副社長で、前の日本銀行国際担当理事をなさっていた平野英治さんです。平野さん、よろしくお願いします。

平野:よろしくお願いします。

工藤:最後に、三菱東京UFJ銀行の執行役員で円貨資金証券部長の内田和人さんです。よろしくお願いします。

内田:よろしくお願いします。

ギリシャ発の金融危機になっていくのか

工藤:金融危機に向けたギリシャの情勢が非常に混沌としています。まだ、状況がどうなるかわからないのですが、少なくとも、この前、欧州が出した枠組みに対して、ギリシャの首相は国民投票をすると言い出し、すぐにそれを撤回。首相の信任が問われる事態になっています(その後、首相は交代)。このギリシャの状況が、ギリシャ発の金融危機になっていくのか、ということが非常に気になっています。この辺りについて、みなさん、どのように考えているのか、というところから話を始めたいと思います。まず、加藤さんからお願いします。

加藤:お話しのように、状況は時々刻々と変わっていますので、確定的なことは申し上げられませんけれど、cool heads would prevailということを言っていましたけれども、やはりうまくいかないことのショックというものは、非常に大きなものがあるので、ギリシャ国民、EUの関係者、それからG20の関係者、そういう人たちが相談をして、最後には冷静な判断ができるように期待しています。

工藤:平野さん、どうでしょうか。

平野:私も、今、加藤さんがおっしゃったように、最後は常識が働くと期待していますが、最近のギリシャの混乱を見ていますと、何か突発的におかしなことが起こらないとも限らない、という意味で、大変心配をしています。ただ、世界危機が回避できるかどうか、ということにつきましては、確率としては回避できるほうが高いと思っています。今も、滑った、転んだ、していますけれども、一応、事態の改善に向けて、あるいは時間稼ぎかもしれませんが、そちらの方に少しずつ進んでいるように見えますし、私は、ヨーロッパの問題が他にも波及するということはあり得るけれども、後で話に出ると思いますが,ヨーロッパ以外のアメリカや日本、エマージングカントリーも危機回避能力という意味では、それなりにしっかりしていると思っています。そういう意味で、今回の事柄が、直ちに世界危機に陥る確率は低いという風に思っています。

工藤:内田さん、マーケットを担当されてどのようにご覧になっていましたか。

政府の約束と国の実際の執行とは別問題

内田:流れとしては、ギリシャに関しては非常に難しい、と。今回の第2次金融支援とか、あるいはそれに伴います包括的なEUの銀行資本注入の枠組みとか、色々なものがパッケージでまとまるのは難しいとマーケットは見ていたのですが、意外に各国首脳の意思が固いということで、悲観的な見方が一旦、楽観的なほうに振れた。それを、いきなりちゃぶ台をひっくり返すような状況が起きた、というのが今の状況です。今回のソブリン危機の出発点のギリシャが最後に非常に危ない判断をしている、というのが現状だと思います。

その危ない判断をする背景なのですが、ここはソブリン問題の難しいところで、政府の約束と国家の実際の執行は別問題である、ということです。今回のEUサミットで決定されたギリシャへの金融支援については、一段の公務員給与引き下げや増税などを受け入れるということが前提になっていますので、これをどうしても通さなければいけない。ところが、国内については、6割か7割の人たちがこれに反対しているということで、パパンドレウ首相としては、自分の政治生命をかけて、この第2次金融支援を通すために、国民投票に打って出た、ということだと思います。ただ、現状を申し上げると、ドイツ、フランスの首脳から「非常に危険な賭けである」ということで、基本的には国民投票に対しては手を引くような形になっています。野党の新民主主義と暫定的な政権、つまり統一政権をつくるという合意が受け入れられれば、国民投票は撤回すると言っています。

実は、今日(11月4日)の未明に、国民投票をするかどうかの決断と、パパンドレウ首相の信任投票の2つがかかることになりました。この信任投票と、国民投票を実施しないということは連関しています。というのも、今、与党であるパソックというパパンドレウさんの社会党は、152議席あり、このうち国民投票を否定している人たちは5議席あります。300議席が総議席数ですから、この5議席の方々が、信任投票で不信任に回ってしまうと、パパンドレウ首相は辞任をしなければいけなくなります。ところが、国民投票を実施しないのであれば、信任をするということになるかと思いますので、その場合には、何とか、パパンドレウ首相が信任を受けるという形になります。仮に、こういう極めて危険な状況の中で、パパンドレウ首相が辞任するという観測が、マーケットの中には出ています。

その場合は、パパンデモスさんという、元ECBの副総裁の方がいるのですが、この方を総裁に上げて暫定政権をつくるという事になります。これは非常に可能性が高い、とマーケットは見ています。

なぜかというと、いずれにしろギリシャが破綻しないためには、12月に大体80億ユーロの第6次金融支援を受け入れるわけですが、1回のギリシャの国債利払いが12月19日にあり、それまでに支援を受けないと、ギリシャは自動的にデフォルトするという状況になります。総選挙に打って出ると、準備に大体4週間から6週間ぐらい時間がかかりますから、総選挙になった瞬間にギリシャはデフォルトになってしまいます。ですから、暫定政権をつくって、何とか今の支援のスキームを受け入れるということを進めていかなければならない。こういう局面になっていると思います。

最終的に、私は、今回、ギリシャが国民投票をやるのであれば、対象にユーロ離脱を入れる、と思います。ユーロからの離脱については、ギリシャの7割の国民がそれを望まず、ユーロの中にいたいと回答しています。なぜかというと、ユーロから離脱すると、デフォルトになりまして、ギリシャの銀行預金がもの凄く減少する、要するに、モラトリアムみたいに預金者の方々の預金が返ってこない状況になってきます。それから、関税がかかったり、ヨーロッパの支援が受けられないなど、色々なことがありますので、ユーロからの離脱、ということをギリシャ国民は選択しない。そうすると、どのような形になるにせよ、今のスキームを受け入れる形で何とか進むのではないか、というのが、今、一番マーケットで観測されていることだと思います。

工藤:加藤さん、今、内田さんが言っていたのですが、とにかくギリシャは欧州の包括案を受け入れるしか方法はないわけですよね。12月19日までに受け入れないと、お金的には回らないと。ただ、おっしゃったような、政府の約束と実際の執行という問題、その中に国民がいるということで、いつもこういう問題が起こりますよね。今まで、IMFの頃にも色々とやられていたと思うのですが、こういう問題はどういう風に解決していくものなのでしょうか。

加藤:やはり時間がかかる、ということではないでしょうか。例えば、私が担当したジャマイカも債務のレベルがサステナブルではない、ということが政府関係者はわかっているのですが、労働組合はなかなかそれを受け入れないということで、ジャマイカ政府は、かなり時間をかけて労働組合と対話をして、最終的にはデフォルトにいかず、かなり返済期間を長期化したり、金利の引き下げなどを行い、しのいだわけです。だから、民主主義のプロセスは時間がかかる、ということなのではないかと思います。

工藤:僕たち、この番組の前にアンケートをやりました。回答者はそれなりの知識層の人たちなのですが、今回の問題は、「ギリシャ危機は回避できる」という回答が40.5%で一番多いという結果でした。ただ、「回避は難しい」と思っている人も37.8%位いました。回避できるという人は、さっき内田さんがおっしゃったように、やはりEU離脱も含めて、冷静に考えて、金融支援を受け入れないとう選択は結果としてできないだろう、と。しかし、「回避できない」という人たちは、国民が政治に対して納得できない、という不安定要素があるので、判断ができない状況になっているのですね。平野さんはどう思われますか。

当面の破綻を免れても、「競争力回復」の本質的な課題は残る

平野:ここで回避できる、回避できないという回答の対象となっている質問は、当座の破綻を免れるかどうかということですよね。もちろん、私も回避できるほうに賭けたいなと思います。ただ、今回の包括支援策の前提となっているリストラ案をギリシャが受け入れたとしても、抜本的な問題は残っているわけです。

2つあって、1つは、そもそもこのギリシャの約束が果たされるかどうか、ということです。仮に果たされたとしても、問題の本質は残ってしまう。なぜかと言うと、最終的には、ギリシャの問題というのは、ギリシャの競争力をどのように回復していくかということで、そこは手つかずのままなのです。つまり、ユーロに加盟して、為替の切り下げという手を縛られたまま、リストラをしながら、国の競争力を回復させて、税金でもって借金を返せるような能力が回復できるかどうか、ということは全く別の問題としてあるわけです。したがって、今回、仮に破綻が回避できたとしても、この問題は今後繰り返し起こる。そのたびに、こうしたことが問われるということを覚悟しなければいけない。今、加藤さんが言われたように、ある種、それは、民主主義のコストだと言われればそうだし、そういう経過を経ながら、最終的には抜本的な解決策に向かって事態が動いていくことを期待したい。多分、何年もかかる問題だと思います。

加藤:うまくいかなかった場合のことを考えると、まず、ギリシャには資金が入ってきませんから、デフォルトということが、かなりの確率であると思います。そうなった場合に、イタリアの国債の金利、10年債の金利は6%をかなり超えていますけど、それが更に跳ね上がる。あるいは、ポルトガルはどうなのだ、ということにも波及しかねないし、域外の国にとっては、株価が下がるということで、大きな影響を受ける。

だから、破綻したときの世界経済、あるいはヨーロッパ経済への影響というのはもの凄くマイナスです。それから、平野さんの意見に同感で、包括支援策を受け入れて、今はしのいだとしても、3カ月ごとにプログラムのレビューが出てきますし、第2次支援プログラムも相当な規模のものが必要になってきます。

では、本当にギリシャが1次支援、2次支援を返済する能力があるのか。返済するためには成長率が高まっていかないと、基本的な解決にはならないので、そこのところが今の仕組みの中で本当に可能なのかどうか、ということについて、もう少し、ギリシャ自身が努力をしないと、とても間尺が合わない。そうなっていくリスクが、半年後、1年後、2年後と繰り返していく可能性はあると思います。

工藤:内田さん、さっき聞き忘れたのですが、EUから離脱するということが起こるということはあり得ないのですかね。

ユーロを守る意思はかなり強い

内田:今のヨーロッパの条約は、かつてはマーストリヒト条約、今はリスボン条約になっているのですが、ユーロからの離脱についての規定は明確には定められていません。なので、新しく条文の規定を設けてくるということと、ユーロ離脱ということは、政治的な判断ではできないので、やはり国民投票が必要になってくると思います。その引き金になるのがデフォルトです。要するに、国債の利払いができないというような状況が起きるということが、1つのきっかけになると思います。

ですから、整理して申し上げますと、12月19日に初回の利払い、要するに今回80億ユーロの第2次トランシュの金融支援というのは、今、ギリシャがこの金融支援を受けるための財政緊縮策を受け入れるということが前提条件になっています。それまでは、ずっと資金は出てきません。ですから、それが結果的に、ギリシャが今のような状態が続いて、あるいは今回の第2次トランシュの金融支援策について否定的な答えを出した場合には、12月19日にデフォルトになって、それが引き金となって様々な動きが出てきて、ユーロ離脱という結果になる可能性はないわけではありません。ただ、全体的な動きとしては、ギリシャ自身もユーロからの離脱は選択肢に入れておりませんし、今のヨーロッパの首脳も、今回のEUサミットを見ていても、ユーロを守るという非常に強い意思はドイツを始め、かなりあると思います。あと、次のテーマになるかもしれませんが、あくまでギリシャの問題はユーロの制度的な欠陥の一部に過ぎないわけでして、ここで大きな穴を空けると、これまでのユーロの政治や経済、金融などの様々な制度欠陥が広がってくる。それこそ、大きな金融危機に発展してしまう可能性がありますので、双方において、何とか食い止めて、ユーロ離脱を阻止するということが、政治的にはこれから進んでいくのではないかと思います。

工藤:今の話を聞いていると、結果としては暫定政権で、とにかく今の枠組みの包括案を受けて、12月19日に間に合わせないと、ということですね。

内田:当座は、それしか選択肢がないと思います。それ以外の選択肢は、先程も申し上げた通り、ユーロの制度的欠陥がイタリア、ポルトガル、スペイン、そこまでくるとフランス、ドイツ、ベルギー、そしてアメリカといった形で、どんどん連鎖してきます。ですから、世界の政治がそれを食い止めるという状況になると思います。

ただ、中長期的に考えると、先程、平野さんが、あるいは加藤さんがおっしゃったように、ギリシャをユーロの中でどういう扱いにするのか。これはおそらく、これから色々な財政の統合のシステムとか、そういう枠組みの中で、少しずつ形態を変えてくると思います。ただ、今この局面で、ギリシャをユーロから離脱させるということは、ある意味で、金融危機のトリガーを引くようなことになりかねないので、非常に危ない状況だと思います。

工藤:しかし、その運命はまさに、ギリシャの政治にかかっているわけですね。つまり、民主主義のプロセスと市場の調整、この問題をどういう風に整理していけばいいかという問題があります。平野さん、今のところについてどうですか。

平野:今回の問題というのは、ギリシャの国民投票の話がでた時に、かなりの人が虚を突かれたと思います。

工藤:そうですよね、マーケットも急に悪化しました。

平野:こういうことが四半期ごとに繰り返されるのかと思うと、暗澹たる気分になる。これは、相当、道のりは遠く、事態が長引く。多分、長引けば長引くほど、解決のコストが金銭的にかさんでくる。それは相当なものだと思います。それも含めて、民主主義のコストはやはり重いのかな、と思います。

工藤:わかりました。ここでひとまず休憩を入れて、次はこの問題の根源的な問題に話を進めていきたいと思います。

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