「コロナ以前」にはもう戻れない中、新たな発想が求められる ~座談会「コロナ禍の世界や日本の経済について、我々は何を心配しているのか」~

2020年7月16日

 言論NPOは7月3日、活動再開後第二弾の議論として、「コロナ禍の世界や日本の経済について、我々は何を心配しているのか」と題しWeb座談会を開催しました。三菱UFJ銀行顧問の内田和人氏、経済協力開発機構(OECD)事務次長、財務官などを歴任した国際金融情報センター理事長の玉木林太郎氏、元日本銀行副総裁で、現在は日興リサーチセンター理事長の山口廣秀氏の三氏が参加し、司会は言論NPO代表の工藤泰志が務めました。

 議論では、今回のコロナ危機という、これまでの世界危機とは異なる、新しい性質の危機が、世界と日本の経済・財政に及ぼすマイナスの影響は甚大であるとの指摘が相次ぐとともに、仮にGDPなど経済指標が元に戻ったとしても、経済や社会の姿はコロナ以前とは一変しているとの認識で各氏は一致。さらに、日本の政策対応が危機の実態に適合していない現状も明らかにされました。

 その上で、そうした状況の中では、持続可能性などを意識した新たな発想が求められる、といった意見が寄せられ、特に若い世代の行動に期待が寄せられました。

 一方、崩れつつある国際協調の行方に関しては、米中、とりわけ中国との付き合い方の難しさが露わになりましたが、だからこそ両国と近い関係にある日本がリードして国際協調を立て直していくべき、といった提案が寄せられました。


今、何を懸念すべきことは何か

kudo.png まず、工藤が現下のコロナ禍の中、特に懸念していることを尋ねると、山口氏は、コロナ以前からすでに世界経済は後退に向かっていたこと、グローバルな資産バブルが弾けつつあったことを指摘。したがって、コロナが終息するか否かに関わらず、その二つの動向は依然として関心事項であると述べました。同時に山口氏は、政府や企業の借入が膨らむことから「先進国でのデフレ発生」、さらには、その結果としての「金融システムの不安定化」も注視していく必要があると語りました。

tamaki.png 財務省在職中に、アジア通貨危機(1997年)、世界金融危機(2008年)という異なる構図の二つの危機に対処した経験を持つ玉木氏は、それらの危機から「次の新たな危機というものは、今回とは別の顔をしてやって来る」という教訓を得た、と振り返りつつ、今回のコロナウイルスはまさしく「別の顔」をして我々を襲ってきたと語りました。また、コロナの危機は、金融危機ではなく、あくまでも公衆衛生の危機であること。通貨・金融危機は、日本人からすれば生活感のない、いわば対岸の火事であったものの、コロナ危機はまさに一人ひとりの生活に直撃するものであるとしました。

 その上で玉木氏は、「別の顔」の危機である以上、対応の方策も過去のものを踏襲するものではない、新たなものが求められると指摘。中央銀行や政府の財政出動は重要であるとしつつも、あくまでも「サイドプレイヤー」であると語りました。

uchida.png 内田氏は、玉木氏の見方に補足するかたちで、過去に前例のない規模で打ち出されている各国の経済対策に言及し、この反動リスクを懸念事項としました。内田氏は続けて、サービス業などが大ダメージを受ける一方で、ナスダック株式市場の高値更新が示すようにIT産業は好調であることを指摘。コロナ禍でリモートワークなどIT活用がさらに広がる中、ITによって恩恵を受けられる者とそうでない者の間で、デジタルデバイドが飛躍的に拡大していくことも要注意であるとしました。


もはやコロナ以前には戻らない

yamaguchi.png 次に、今回大きなダメージを受けた経済の今後の見通しについて議論が及ぶと、山口氏は、「夏場から秋にかけて少し回復に向かう」とする一方で、世界経済が来年2021年には危機前の状況に戻るという楽観論に対しては否定的な見方を示しつつ、それどころか年末から年明けにかけて「二番底」に向かう可能性があることを指摘しました。

 玉木氏は、航空や観光などコロナによって大きなダメージを受けた産業については、人々の行動様式が大きく変化していくことから「もう二度と元の状態には戻らない」と悲観的な見方を提示。そうしたことを踏まえ、仮にGDP(国内総生産)が元の水準に戻ったとしても、「コロナ以前とはずいぶんと違う風景になっているはずだ」と、経済のあり方そのものの大変革を予想してみせました。

 こうした経済構造そのものの変化については内田氏も同様の見方を示しつつ、"ポスト・コロナ"ではなく、"ウィズ・コロナ"の発想が不可欠であると主張。さらに内田氏は、「100年に一度の危機」がこの10年スパンで頻発していることの背景として、経済成長再優先のあまりサステナビリティ(持続可能性)を無視してきたことがあると分析。経済政策にせよ、企業の経営戦略にせよ、今後はESG(環境・社会・ガバナンス)、SDGs(持続可能な開発目標)といった視点が不可欠になるとの見通しを示しました。


出口がなく、危機の実態にも適合していない政策対応

 各国の政府が巨額の財政出動に踏み切ったり、中央銀行が資金を投入し続ける今の構造が「果たして持続可能なものなのか」と工藤が問うと、山口氏はこれを言下に否定。コロナによって企業の売り上げも、消費者の所得も「瞬間蒸発した」事態への対応として金融・財政政策を矢継ぎ早に実施しているが、いずれ必ず限界が来ると指摘。これは「極端な話、全ての企業を国営化し、全ての消費者を公務員化する」ことでしか解決できないが、それは不可能であるし、だからといって終わらせてしまうと企業も消費者も破綻してしまうという難しさがあると語りました。

 玉木氏は、日本の中で困窮している層とそうでない層ではっきりと二分されている現状を踏まえつつ、10万円の特別定額給付金のような皆に対して平等に「空からお札を撒く」ようなことは、かえって「世の中に偏りを生んでしまう」とし、政府の政策対応が危機の実態と整合していないことを明らかにしました。

 内田氏は、企業債務の増大に着目。中央銀行が短期社債の購入など直接的に企業をファイナンスしたり、信用緩和をすることは確かに効果的であるが、それは企業債務の増大にもつながると指摘。これは持続可能性のないものであるが、かといって、この政策対応を止めることは政府・中銀が企業破綻の引き金を引くことと同義になっており、非常に難しい局面にあるとの見方を示しました。内田氏は、出口に向かうためには最終的に政府の決断が必要となるが、それを可能にするのはツケを払わされることになる「次世代」が声をあげ、持続的な経済構造に向けたパラダイムシフトを求める動きが出れば、出口に向けた戦略も見えてくるだろうと予測しました。


国際協調が退潮する中での中国との向き合い方とは

 続いて工藤は、国際協調を取り巻く問題について質問しました。感染症のような国境を越えた課題を解決していくにあたっては、国際協調が不可欠だが、今回のコロナ危機では、金融危機とは異なり、国際協調が機能していない、むしろ米中両大国はそこから離れようとしているとした上で、こうした問題をどう考えるべきかを尋ねました。

 山口氏は、コロナ禍によって、人と人、組織と組織のつながりが希薄となる中で、「個」の重要性が意識されるようになってきたとした上で、それは個人レベル、企業レベルのみならず、国家レベルでも起きていると分析。こうした「それぞれの個性が剥き出しになる」ことが国レベルでも起こったことが、国際協調の方向性を不透明にしているとの見方を示しました。しかし、国境を越えた危機が生じた場合にはやはり国際協調で対処していくほかないと山口氏は主張。米中両国が独自路線を歩もうとしている中でも、それ以外の国々は「やはり孤立主義ではやっていけない」という意識があるはずなので、そうした諸国が連携して国際協調を立て直し、米中もそこに引き戻していくべきと語りました。

 玉木氏は、西側諸国が、中国とはリベラルな価値観を共有できないということを理解するまでに随分と長い時間がかかり、しかもその間に経済的相互依存関係が深まったために、切り離せない関係になってしまったとした上で、その相容れない中国と「これからお互いに折り合いをつけていくことは簡単な作業ではない」と指摘。OECDやIMF、世界銀行などの国際機関が、「様々なあり方の企業、振る舞いや価値観が異なる様々な国がおり、しかもそれはとても大きな勢力」であることを遅まきながらようやく気がついたことにも言及しつつ、そうした複雑性に対応した新しい国際システムをつくっていくことが、国際協調再興のためにも不可欠であるとの見方を示しました。

 内田氏は、中国に対する国際社会の風当たりが強まっているからといって、アジアの中で中国を外し、対立関係を強めていくことは「愚の骨頂」と手厳しく批判。あくまでも、中国と共存共栄していくために、新たな経済圏、安全保障軸をつくっていくという「第三の選択肢」を目指すべきとし、それはまさに日本がリードして進めていくべきこととしました。


今こそ中長期的な視点から日本の将来を考えるべき

 議論では、最後に日本の将来について話し合われました。工藤が、日本の先行きについての見通しと、日本の将来に問われる課題について各氏に尋ねると、これに対して山口氏は、コロナ危機は、医療提供体制の充実など日本が抱えてきた様々な課題の解決が、実は全く進んでいなかったということを白日の下にさらしたと指摘。それにもかかわらず、財政や金融が大きく毀損されるような状況になったことで、将来に対して「暗い見通ししか持っていない」と嘆息しました。その上で山口氏は、今後経済状況が悪化する中では、短期的な視点での対応に追われるために、なかなか中長期の視点でもって「自らの姿論を語る時間を取れない」としつつも、それを議論しないと日本の将来は本当に危うくなるため、政治が長期的な方向性を示していくことに強い期待を寄せました。

 玉木氏はまず、これまでの日本社会は、起業家精神が乏しく、さらにいわゆるゾンビ企業が跋扈するなど新陳代謝が遅い社会であったと指摘。しかし、コロナ対応として行われる膨大な経済対策が、ゾンビ企業を延命させたり、新たなアイディアが出てくることを阻害し、ただでさえ遅い日本の新陳代謝をさらに遅くしかねないと懸念しました。
 
 玉木氏は続けて、経済の回復のあり方についても言及。ただ単にGDPの総額を元通りにすればよいというのではなく、EUが進めようとしている、新型コロナウイルスによって影響を受けた社会や経済を、脱炭素、循環型経済など持続可能な方法で復興しようとする「グリーンリカバリー」などの新たな視点が日本にも求められるとしました。同時に、閉塞感のある、「白色矮星のような」将来の日本にしないためには、若い世代が政治的にアクティブになっていく必要があるとも語りました。

 内田氏は、玉木氏が指摘したような新陳代謝の遅さが日本にはあるとしつつも、日本が世界最大の純債権国であることや、経済、教育の水準が高いことなどから、「まだ日本の国力自体は非常に強い」との見方を提示。したがって、この遺産がまだ残っている「次の10年」に対しては、希望を失う必要はないし、危機の局面になっても復活できるだろうと明るい見通しを描いて見せました。


 その後、視聴者との質疑応答を経た後、最後に工藤は、「今日は経済の議論だけでなく、これからの私たち自身の生き方を問う議論になった」と切り出し、今後も生じるであろう様々な危機からは、もはや我々は逃れることはできないのだから「当事者として向かい合う」しかないと所感を述べました。そして、そのような課題に向かい合う当事者が増えていけば、新たな変化が起こってくるとしつつ、議論を締めくくりました。

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