被災地の農業をどう復興させるのか

2011年6月28日

2011年6月13(月)収録
出演者:
生源寺眞一氏(名古屋大学大学院生命農学研究科教授、元東京大学農学部長)
丸山清明氏(前中央農業総合研究センター所長)
増田寛也氏(野村総研顧問、前岩手県知事)

司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)


第2部 農業や農村復興の「主役」は誰なのか

工藤:東北地域の海水に浸されてしまった農地をまさに応急措置といいますか、ちゃんとした水田に戻せるのか。少なくとも、その展望が見えているのか、見えていないのか、というところをもう少し話していただきたいのですが、生源寺先生いかがでしょうか。


全体の構想下で足並みが揃っていない

生源寺:これは、見方を変えますと、国あるいは県、つまり中央政府・地方政府が責任をもってやることと、まさに、現場の農業者、あるいは住民の方がボトムアップ式にやるべきこと、そこをきちんと仕分けをする必要があるのだと思います。

 私自身は、排水のポンプとか、あるいは基幹的な道路や水路は、これはもともと国や県が土地改良事業などでやってきたことですから、その復旧については、国あるいは県が責任を持ってやる。また、ある時間軸の中で、このぐらいのところまで復旧するのだというようなかたちでやっていく必要があると思います。私は、よく面としての復旧、あるいは復興という言い方をしているのですが、個々の農業とか、あるいは宅地も含めた農村の復旧というのは、その地域の方々が、意欲なりアイデアなりを持って、あるいは持つことができて、それで色々な困難に立ち向かうということが大切だと思います。地域の人たちが意欲を持って動けるように、その働きかけを、どういう形でできるかという問題があると思います。今の話は、農業以外についても同じで、インフラの問題と個々の企業なり、生活者の立ち直りというのは、基本的にはそういう構図だと思います。

 農業が難しいのは、間に色々な組織が絡んでいることです。例えば、土地改良区あるいは水利組合などは、末端の100ヘクタールの田んぼに水をやる水路の管理というのは、大体その地域の人々が共同でやっているわけです。それが、きちんとした組織になっているのが土地改良区です。それから、今後、農業を止めるという人が出てくることは、当然予想されるわけです。ということになれば、これは農地の権利関係の調整になりますから、農業委員会がやるわけです。あるいは、技術指導となれば県が行いますが、農業改良普及センターとか、もちろん農協もありますよね。ですから、色々な組織が農家をまとめるようなことをやってみたり、あるいは調整するようなことをやっているわけです。

 今、私が危惧しているのは、それぞれの組織は一生懸命やっているとは思います。ところが、全体の構想があって、それぞれが何をやるべきかということをきちんと指し示して、その下で足並みを揃えていくという感じが、あんまりできていないことです。

工藤:今の話は凄く興味深いのですが、そういう色々な人達が、バラバラになってしまっている状況ではないのでしょうか。

生源寺:それぞれが色々なことをやっているのは間違いないです。ただし、組織そのものが壊滅的な状態になっているケースもあるわけです。役場が機能していないところもあります。そこはきちんと実態を踏まえて、回復するなり補強なりをする必要があると思います。

工藤:それは、まさに今の災害復興・復旧という大きな目的に沿って、機能しているか。機能していなければどうするかという問題です。増田さん、この辺りはどう考えますか。


まず農地で米を作れる状態に戻す

増田:私が行った時も、普及員の人達が塩分濃度を測ったりしていましたが、農協は農協で入っていると思いますし、農業委員会は農業委員会で次の権利調整の時に活躍してもらわなければいけない。それぞれの組織がそれぞれ思いを持ってやっているのだと思います。国は、とりあえず除塩については、従来の補助を換算して10分の9を出すことになっている。これは、1つのメッセージとして、除塩であそこの農地を元に戻すのだということは、額は別にしてある程度伝わっていると思います。

 そういった、とりあえずの応急的なことで、私はとにかく水路を元に戻して、早く排水ができるようにすることが一番急がれると思うのです。その辺りの計画をきちんとつくる必要がある。それから、経営形態はどうなるかは別にして、農地で米がちゃんと作れる状態に戻す、ということを、まずきちんと伝えることが非常に重要です。結局、二重ローンというか、今でさえ、農業機械については1000万円とか高い機械ですから、何らかの借金を背負っているわけで、2、3年我慢できずにお手上げだとか、息子が後を継ごうと思っていたけど諦めるとか、そういう気持ちを萎えさせるようなことが決してないように、色々な人達がそれぞれの役割で農地を元に戻すようなことに向かっている、ということを伝える必要があると思います。

 今は、応急段階だから、農地の除塩を徹底するし、利水排水の施設はきちんと可能な限り早く戻す。これについては、公的資金や農協の資金、系統の資金とか色々と入れるべきだと思います。それをやって、3年かかるものが、梅雨の時期に沢山雨が降れば、場合によっては2年ぐらいで使えるところが出てくるかもしれない。その間に、今後の本格的な議論、つまり経営をどういう風に前に進めていくかという話し合いの枠組みをきちんとつくるということが大事なのだと思います。

工藤:今は、その方向で動いているのですかね。

増田:まだその手前だと思います。一次補正でもそれほどきちんとしたものは入っていなくて、二次補正に回しているものが多い。

工藤:この除塩とか、利水排水はいつまでに回復させるとか、その目処は見えているのでしょうか。

丸山:よくわかりませんけど、多分、2万ヘクタールの水田は、同じ状態ではないと思います。少し高いところは雨だけで除塩できるところもあると思います。ですから、雨の降り方、海水がどのぐらい滞留していて残っているのか、今だって満潮になれば、海水が入ってくるところもあります。そういうところは、堤防から作らなければ話になりません。ですから、地形によって相当変わってきます。ただ、塩分濃度は簡単に測れますから、それを見ながら、このぐらいだったら稲作ができるとか、畑作ができるとかについては教科書の世界になっていますので、できるところから順番に再開することが必要でしょう。


除塩や利排水の回復の全体像はまだ見えていない

工藤:生源寺さん、こういうことをいつまでにやるということを、政府は言っているのですか。

生源寺:今の一次補正で、大体何千ヘクタールまでは除塩は可能だろう、という見通しはあります。ただ、全体像は描ききれていない。つまり、どういう被害の状況で、どこをどうすればというところまでの調査はほぼ終わっていると思います。ただ、これはそれに使えるリソース、予算があるかということとの相談になってきますから、それとの兼ね合いでどれぐらいのスピードでやるのか。あるいは、地域によってはかなり地盤沈下していますから、完全に元のような水田に復旧することがいいのかどうか。例えば、水田だけれども、時には水が被ることも覚悟するようなタイプの土地利用ということもあるかもしれません。ですから、ある程度は目処が立っていますけど、タイムスケジュールを含めた復旧の全体像を描いているというところには、まだいっていないと思います。

工藤:本来は、それは誰が描くものですか。

生源寺:基本的には国、あるいは県です。当然、土地改良事業については、関係農家の方の同意を得るということはあります。その手続きは、ある程度簡略化できると思いますが、地元の意向を無視して行うことはできないわけですから、そこもまだですね。

工藤:目処が立たない地域では、何もつくれないという状況がずっと続いていく、ということになるのでしょうか。

生源寺:除塩が必要なのに、それが全くでいないということになれば、そのままという状況だと言わざるを得ないと思います。

増田:宮城県が具体的な復興の計画を案としてまとめていますが、あの絵を見ていますと、一番海岸に近いところに堤防を造って、その内側に道路を造って、さらにその内側に鉄道を入れて、三重ぐらいで市街地を守るようになっています。今まで住宅用地だったところが、農業用地として使おうとか、大きな絵が段々描かれてきたと思います。ただ、道路については国がどこまで事業をやるかということと、非常に密接に関係してきます。

工藤:大きな方針は誰が決めるのですか。

増田:やはり、国が大きな方針を立てる。それは、国土保全とか防災の関係ですから、堤防の高さをどうするかとか、最終的には国が決めることになるので、その辺りが8月ぐらいまでに大体の方針を決めるような話をしていました。

 それまでに県でも絵を出そうということを言っているようです。いずれにしても、夏までにそういったことを決める。大きな田んぼが2万ヘクタールぐらいあるわけですが、来年のあるいは再来年の田植えまでにどうするか。場所によっては、来年は少し田植えができるところも出てくるでしょうし、あるいは3年ぐらい先になるところもあるでしょう。とにかく、来年田植えができるところを元に戻す、というところから始めて行くことが必要になるのではないでしょうか。

工藤:これはどうなるのですか。来年、再来年までという形になると、農家とか日本全体の米の生産量とか、どうなるのでしょうか。影響はあるのでしょうか。

丸山:お米に関しては生源寺先生の話になると思うのですが、全体としては、がんばれば宮城や福島にそれほど期待しなくても生産はできる、そのポテンシャルはあるだろうと思います。ですから、国全体というよりも、むしろその地域の農業がどうなってしまうのか。そのことで考えるべきだと思います。単に供給という話はないと思います。

工藤:次の何年後に向けて復興が動いていくという時には、農家の意欲などは、どうなっていくのでしょうか。


政府の出口に向けたメッセージは弱い

生源寺:これは、私が説明できる立場ではないのですが、とにかく打ちのめされて、今ようやく、何とか立ち直ってきている人がいるというところだと思います。

 ですから、繰り返しになりますが、どれぐらいのスケジュールでということが重要だと思います。もちろん、当座の生活の資金などの支援は当然ですが、むしろその後のデザインができるか、その土台をどうやってつくるのか。そういう意味で言えば、現場の復興の仕組みをどうするかということもありますけど、先週もある会議の場で、農水大臣と立ち話的な話をしたのですが、今、宮城県あるいは岩手県、福島県もそうですが、県レベルで復興についての構想を具体化しているわけですよね。国は国で、6月に復興会議の1つの方向性が出す。そのすり合わせをきちんとする必要があると思います。つまり、理念はいいのですが、具体的にどうやっていくかということになると、まず、国と県の間で齟齬がないようにする。例えば、スケジュール感と言っても、国の責任でやるべき基幹的な設備があって、その元で枝葉になるところは県がやるとか、そういう部分もありますので、そういうところは、シンクロナイズドというか、調整して手順が前後にならないようにとか、基本的なことについて詰める必要があると思います。それがあって、ここは申し訳ないけど3年待ってもらうしかないとか、あるいは、ここはもう少し早くできるとか、農家に対する説明はそういう形になるのだと思います。そこがまだ弱い、ということが率直なところです。

工藤:増田さん、今回の震災にたいする政府の取り組みは、全体的に遅いのですが、農業の問題についても遅れているという認識でよろしいのでしょうか。

増田:避難所にいる人の命をきちんと守るという面では非常に遅れています。農業については、基幹産業の姿をどうするかという話でもありますから、ある程度、時間はかかると思います。今、生源寺先生からあったように、国の意向と県の意向、市町村の意向、それから、様々な農業団体の意向が多重に分かれているので、それぞれについてすり合わせをしていく。田植えの時期は、来年の春とか再来年の春ですから、少しそこのところは時間があります。ただ、今、大事なことは東北の農地をきちんと元に戻して、必ず使えるようにするということ、です。そのことをきちんと決めて、後はやり方の問題。経営形態が強くなって、それで農業者に一番収入が入ってくるようなやり方を工夫する、そのことをきちんと決めれば、私は今いいのだと思います。まだ、そこまではいっていないのですが、それは8月に決めれば十分メッセージとして伝わると私は思います。

 だから、除塩とか色々なことがでてきましたが、私は二次補正をできるだけ早くやって、2万4000ヘクタールの土地を守るということは、二次補正の額の中に排水にかかる費用などが入ってくることが、そういうことにつながるわけですから、具体的なメッセージとそのための予算をどんどん入ってくる、ということが大事だと思います。

工藤:二次補正の中ではその流れになっているのでしょうか。

増田:この間も、財務省の人が勉強に来て、主に水産業の話でしたが、あそこの基幹産業が一次産業なので、これはできるだけ早く元に戻さないと、全体の産業が死んでしまうという認識を持っていました。相当のことは考えているのではないでしょうか。

工藤:いよいよ、次は、東北の農業をどういう風に復興させるかという本格的な議論に入りたい、と思います。その前に少し休憩を入れたいと思います。

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 6月13日、言論NPOは、言論スタジオにて生源寺眞一氏(名古屋大学大学院生命農学研究科教授、元東京大学農学部長)、丸山清明氏(前中央農業総合研究センター所長)、増田寛也氏(野村総研顧問、前岩手県知事)をゲストにお迎えし、「被災地の農業をどのように復興していけばいいのか」をテーマに話し合いました。

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