第8回日中共同世論調査をどう見るか

2012年6月30日

2012年6月26日(火)収録
出演者:
加藤青延(日本放送協会解説主幹)
高原明生氏(東京大学大学院法学政治学研究科教授)
宮本雄二氏(宮本アジア研究所代表、前駐中国特命全権大使)

司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)


第2部:変わり始めている中国国民の意識

工藤:話を続けます。軍国主義というのは日本人から見ればすごくショックだと思う。なんでこのような意識になるのだろう、と。それで、ちょっと考えていることがあるのですが、この世論調査をやった時に中国の学生にも聞いてみたのです。北京の7大学に聞いたのですが、日本はどんな国かと聞いたら民族主義の国と答える人が67%で、それに並んで資本主義と答える人が69%いました。資本主義と民族主義が並んでいる。そして軍国主義というのが、学生たちでもやはり45%で、増えています。これはどういうことなのでしょうか。高原さん、この民族主義とか軍国主義とかの定義は、日本人と違うものなのですかね。


中国側になお残る被害者意識

高原:ひとつに、学生だけではありませんけれど、中国側に被害者意識が相変わらず残存していることが挙げられます。敏感に日本側の言動に反応しているというのがおしなべて見られる傾向だと思います。それと関わるのがテレビ、映画で抗日戦争ものが相変わらず非常に多く、"日本=軍国主義"というある種の刷り込みが続いているということもあると思うのです。それが今年増えたというのは先ほどから話が出ているように、石原発言のようなことがおそらく影響している。もしかしたら何か映画の影響みたいなものもあるのかもしれないと思います。

工藤:確かこの世論調査をやったのが、4月の末から5月にかけてなので、石原さんの発言の後ですよね。日本の今のこういう状況というのは中国社会でどういう風に報道されているのでしょうか、加藤さん。

加藤:報道はされているのですけれどね。やはりひどいことをしていると書いていますね。本来ならば中国の立場というのは「尖閣というところは中国のものだ」というわけですから、そこで持ち主が誰になろうが、中国からすれば関係ない話なのですよ。最初から自分たちは無効だという主張をしているわけですからね。にもかかわらず、こっちで買ったら買う人はけしからん、とか。それは現状維持に反するからそういうことになるのだろうと思うのですけれど。やはり報道として何かおかしいな、と思います。

工藤:ただ、日本も色々な多様な議論があるわけで、一つの議論だけが出ているというのはメディアの問題もあるのかもしれないですけれど、別の意見を積極的に言えばいいと思うのですね。それで色々な意見があるというのならわかるのですが。多分中国の中の一つの意見しか聞こえてこない状況が今あるのですが、そういう点で言えば、政府も含めて発言が足りていないような感じが少しするのですが、どうでしょう。


フィリピン、ベトナムとの領有権問題も過激化に拍車

宮本:中国人から見ますと、尖閣の問題がこれだけヒートアップというか熱を帯びた1つの背景はフィリピンとの領有権の問題がものすごく大きなインパクト、争点になっていましてね。これはもう中国のネットでも大騒ぎで、最近ベトナムともやりましたね。こういう領有権を巡る問題が中国の中で全体として大きな争点になってお互いに刺激し合いながら過激な発言に向かっているということだと思います。他方、中国当局の方は意識的にそういうところにまともな意見が入るように努力をしている気配はあると思います。日本の場合、ちゃんと政府のスポークスマンは発言しているのですけれど。

工藤:発言しているのですか。

宮本:ええ。しかしながら、それが中国国民にきちんと伝わっていない。ということで、中国のまともなマスコミによる「日本政府はそういう風に考えているのではないか」という報道を最近読んで、ちょっと驚いたのですけれど。言論NPOのこういう努力が、「日本社会には色々な声があるのだ」ということを中国の人に伝える役割を果たしていると思います。

工藤:それは例えば、こういう風な軍国主義とか一つの方に振れる傾向が見られる一方で、中国社会には対話の動きがあるということも今回の世論調査では見られるのですね。例えば、これは両国関係の発展を妨げるもの。これは両国関係に関しても、「今の現在の日中関係は良くない」という見方は日本にも中国にもかなりあってですね。まあ、いつも中国の方がちょっと楽観的なのですが。ただ、経年で見ると「日中関係は良くない」という意識がどんどん高まっているんですね。ただ、それに続く質問で、「両国関係の発展を妨げるものは何なのか」ということを日本と中国の国民に聞いてみたのです。これを見るとやはり一番大きいのは領土問題。日本は領土問題が障害だというのが7割近い、69.6%ですから7割くらいあるのですね。中国は51%。まあ、去年は59%ですから1年経ってそれがちょっと減少していると。僕は下の方で見て気になったのは中国国民のナショナリズムや反日行動が日中関係で障害になるのではないか。当然日本の人は19.6%それを感じているのですが、なんとそれよりも多い21.3%の中国の人が「中国国民のナショナリズムや反日行動が障害になるのではないか」と回答している。これはどういう風に見ればいいのか、高原さん、どうでしょうか。


中国では経済発展による隆盛と深刻な社会問題とがナショナリズムを育む

高原:一言で言えば、自国の社会のことを客観的に評価できる能力が高まってきたということではないかと思うのですね。もうひとつは、じゃあどうして中国国民のナショナリズムが高まるのかということなのですけれど、2つの大きな要因があると思っています。1つはもちろん、自国の隆々たる台頭に、中国国民は自信を持つのでナショナリスティックになるという要因と、もう1つは、実は中国のその発展の内実がかなりいろいろ深刻な問題をはらんだもので、現状に対する不満、将来に対する不安という風に呼んでいますけれど、そういう行き詰まり感みたいなものが中国社会の中にも広がりつつある。そうした自信と不安がないまぜになったような社会的な心理状態、これがナショナリズムを育む豊かな土壌となっている、そういうことではないかと分析しています。

工藤:非常に深い分析ですね。宮本さんはこの現象をどうお思いですか?


中国では4人に1人が大学に行く社会に

宮本:やっぱり中国社会が変わってきた大きな証拠だと思います。調べたことがあるのですが、1998年の大学進学率はたった6%でした。それが2008年、たった10年で23%にまで増加しているのです。おそらく今は25%に迫っているか、超えたくらいではないでしょうか。4人のうち1人が大学教育を受けるような、そういう社会になって情報量も増えて自分で考えることができる中国国民が増えてきたということを、この数字は表していて、これは良い傾向だと私は思いますけれどね。

工藤:こうした中国国民の意識の変化は、国民に余裕が生まれて自国を冷静に見られるようになったということなのでしょうか。

加藤:このように考えられないでしょうか。元々、中国のナショナリズムはものすごくありました。反日デモの時も若い人はみんな反日だったはずですし。今、ここでそれが日中関係を妨げる要因として挙げられてくるようになったということは、「それが自分たちにとってマイナスの要因だ」という風に思う人が出てきたということですよね。つまり、今までは「ナショナリズム」、「反日」というのは妨げる要因ではなくて当然のことだと思っていた。それがそうではなくて妨げる要因として「良くない」、または「それは一部の人たちがやっていることだ」という認識を持つ人たちがこれだけ出てきたということで、それは逆に言うとやっぱり宮本さんがおっしゃったようにすごく良いことだと思います。中国人の中でも意見が多様化してきて、日本に対する考え方、あるいは自分たちのナショナリズムに対する考え方も変わってきている。そういうことを示すものになっている。また。それが今回の世論調査に正確に反映されてきたという意味でも、この世論調査の正確さが示されたのではないでしょうか。


中国には自国の問題を認識する声が増えている

工藤:世論調査には、もう1つ歴史問題の質問もあり、「日中間の歴史問題で解決しなければいけない、解決すべき問題というのは何なのか」という設問があるのですが、その時も「あれっ?」って思いました。今までは歴史問題というと相手のことを言うのです。日本で一番多いのは中国の反日教育についてです。それから「教科書の内容がおかしい」とか、それから「中国メディアの日本に対する報道がおかしい」とかもあります。日本ではこういう相手国の問題を指摘する声がやはり増えている。いつも増えているのですよ。

驚いたのは、中国のそういう相手国に対する認識はもう大きくは増えていない。たとえば、南京大虐殺に対する認識も2%減りました。それから日本の教科書問題に対する認識もあまり変わっていません。日本のメディア報道に関しても11.9%から11.5%とほとんど変わっていない。ただ、増えているものがあるのです。これは3つあります。目立って増えているのは、1つが中国の「歴史認識」と「教育問題」です。それが25.6%から32.5%まで増えている。これは中国人の世論調査です。それから「中国メディアの日本に対する報道」、それが15%から20%まで増えている。それから「中国の政治家の日本に対する発言」です。僕は日本人の政治家が結構刺激する発言をしていると思っていたのですが、中国の人たちの中にも中国の政治家の発言を指している人がいるのですね。中国の政治家の日本に対する発言が16.4%から22.4%まで増えている。何か自分たちの国の問題を指摘する声が増えているという現象、これを見ると、1つの傾向として認識していいような気がするのですが、加藤さん。

加藤:まったくおっしゃる通りで、先ほどの話と同じだと思うのですね。今まではそうするのが当たり前だと思っていたから解決すべき問題だとは思っていなかったけれど、今回は解決すべき問題、つまりマイナスの要因として自分たちの国の歴史教育の問題とか政治家の発言とかメディアの報道、こういうものを挙げ始めたということは自分たちの中にそういう問題があるということを考え出すことになった。つまり、より客観的に日中関係あるいは自分の国の持っている弱点を正確に把握して答えられるそういう土壌ができたということですね。これは今までの世論調査ではなかったすごく新しい傾向だし、中国の社会が変わってきたという感じがします。

工藤:一方で、中国の歴史認識と教育問題とか中国の政治家の発言というのは政府に対する批判になりますよね。こういうことが世論として見えてしまうという状況に対して高原先生はどういう風にお考えでしょうか。

高原:まあ、細かく調査しないとわからないことだと思いますけれど、想像するに、中国のいわゆるマスメディアが、他の情報源からいろいろな情報を得て情報を相対化して評価できるようになってきているということではないか、と強く推測できます。

工藤:宮本さんはいかかでしょう。


中国は良い方向に変わりつつあると実感

宮本:中国社会もそういう意味で「良い方向に変わりつつあるな」と最近実感したのは、しばらく前に中国に行って30代、40代の若い人たち、高等教育を受けた人達と話をして日本の立場をよく説明したのですね。なんで日本はそういう立場をとるのか、と。すると、彼らの反応は反発ではなくて、「考えてみれば自分たちは一回も日本の立場に立って考えたことがなかったな」というのが彼らの反応でした。こういう中国の人たちも出てきたのか、と。私とそういう対話ができるのか、と非常に感銘を受けましたけれどね。中国社会は確実に変わっているのではないでしょうか。

工藤:これは一方で中国国民の自国に対する政治批判が増えていることが、これの要因として捉えられないですかね。

宮本:それはそうなのですけれどね。政治批判は昔もありましたけれどね、それを自分の言葉というか自分の考えで表現する市民が増えたというそういう側面と、それから中国自体の社会の管理が昔よりはよくなってきたという側面といろいろな面が絡んできていると思いますけれどね。高原先生が言われたように調査しないと推測の域を出ませんけれど。

工藤:そうですね。これはちょっと大きな変化で。一方で、それに対応して今度は日本を見れば、日本は非常に中国に対してはマイナスの意見が全般的に強まっていますよね。そこで、加藤さんは日本メディアによる中国報道の構造に対してどのようなお考えをお持ちですか。


日本の外国報道はマイナスのニュース中心

加藤:どうしても日本の中国報道というのは辛口になりがちであると、これは仕方のないことだと思うのですね。私たちは中国だけじゃなくて他の国に対しても、「他の国はこんなに素晴らしい」という報道はあまりしませんね。事件とかいろいろな問題が起きた時に問題があるということで、どうしてもマイナスの面とか私たちにとって意外な面とか、こういうものを報道することになってしまうので、プラスの面とマイナスの面、どちらが多いのかというとそれはマイナスの面が多い。これは中国だけにかかわらず多いのですが、ただ、中国のニュースというのは隣の国でもあるということもありますし、私たちとのかかわりも非常に大きいものですから、非常に多くのニュースが流れます。それがやはり、マイナスなニュースであることが多く、そうしたニュースが多く流れることで日本の視聴者あるいは国民の方や新聞読者の方が、どうしても中国に対してマイナスイメージを抱くようになってしまうかもしれない。「こんなに良いことをしました」、というのはなかなかニュースにはなりにくいというか、新聞にも出しにくい。その辺が我々マスメディアの1つの限界でもあるし、これからその部分をどう埋めていくのかということを考えるのが課題だと思います。

工藤:ただ、僕たちのこの調査なり対話を始めた2005年頃というのは、日本国民は中国について本当に知りませんでしたよね。日本国民の関心はほとんど歴史問題でしたから。それから見ると、メディア報道も結構相手のことを伝えてきていて、色々な形の多様な情報を得られるチャンスは出てきていると思うのですね。ただ僕が気になっているのは、知れば知るほど中国との違いが見えてくるじゃないですか。それから宮本さんも先ほどおっしゃったように中国は経済的にすごく大きい。それを日本国民としてどう判断すればいいのか。なかなか僕たち自身も両国に違いがあるということを捉えきれない、そうした問題が出ているという気がしないでもありません。高原先生はどう思われますか。

高原:まったく国情や制度が違いますし、色々な意味で日本と中国は違うわけですので、分かりにくいというのは当然のことだと思うのですけれど、ちょっと気になるのは、加藤さんなどメディア関係の方を前にして申し訳ないのですけれど、1つの設問で「自国の新聞や雑誌、テレビの報道が両国関係について客観的で公平な報道をしていると思いますか」という問いがありまして。一般世論は変化がないのですけれど、有意識者に関しては「そうは思わない」という人が2ポイント減っているくらいなのですが。

工藤:日本の有識者ですね。

高原:客観的な報道をしているとは思わないという人のパーセンテージが7.5ポイントも増えているのですね。だから、ちょっとメディアの報道のあり方が変わってきた、そういう認識を持つ有識者が日本でかなり今年は増えたというのが事実だと思います。

工藤:そうですか。それがやはり一般の世論に影響しているのかもしれないですね、報道の内容が。

加藤:そこのところは、私も是非知りたいところなのですよね。私たちが報道している内容が要するにマイナス報道が多すぎて実際よりも悪く言っているという見方なのか、逆に本当はもっと悪いのに我々は良く中国を報道しているという意味で信頼できないのか、その辺を私たちはもっと知りたいですね。

工藤:前者のような気がするのだけれど。確かにこの調査では、わかりませんよね。それでは、もう一回休息を入れて最後のところに入りたいと思います。


   

1 2 3