ウクライナ問題をどのように考えるか

2014年6月05日

2014年6月6日(金)
出演者:
金野雄五(みずほ総合研究所欧米調査部シニアエコノミスト)
東郷和彦(京都産業大学世界問題研究所所長・教授)
渡邊啓貴(東京外国語大学国際関係研究所所長・教授)

司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)

 いまだ混迷が続き、出口の見えないウクライナ問題。しかし、実はこのウクライナ問題は、日本が新たな外交スタンスを構築し、「グローバル・プレーヤー」へと進化する契機にもなり得るものである。  座談会では、ウクライナ問題のこれまでの歴史的経緯や、現在の課題を踏まえつつ、日本外交の新たな針路について語り合った。


工藤泰志工藤:言論NPO代表の工藤泰志です。

 私は2週間前に、アメリカで行われた国際会議から帰ってきたのですが、そのアメリカでも議論が多かったのがウクライナの問題でした。そこで、今回の言論スタジオでも、このウクライナの問題を議論してみたいと思います。

 ウクライナでは5月25日に、欧州派の新しい大統領が決まりました。しかし、ウクライナの東部では、依然、戦闘が続いていますし、ガス供給の問題に関しても交渉が続いているなど、非常に不安定な状況です。このウクライナ問題が、国際政治、さらには日本外交のこれからの針路にどのような意味を持ってくるのか、ということが、今回の大きな論点になると思います。

 それではゲストの紹介です。まず、京都産業大学世界問題研究所所長で、外務省条約局長も務められた東郷和彦さんです。続いて、東京外国語大学国際関係研究所所長の渡邊啓貴さんです。最後に、みずほ総合研究所欧米調査部シニアエコノミストの金野雄五さんです。

 まず、このウクライナでは、クリミアがロシアに再統合され、そして、今もなお東部地域で紛争が続いているわけですが、なぜこういう事態になったのでしょうか。


クリミアの歴史を正確に理解する必要がある

東郷和彦氏東郷:なぜ、こういうことが起きたのか、という背景にはウクライナという国の長い歴史があると思います。

 そこでは3つほどポイントがあると思います。1つは、ウクライナ東部はロシアとの関係が非常に深かった。ロシア人にとってのキエフというのは、日本人にとって京都のようなものです。それから、ウクライナ人は、自分がウクライナ人なのかロシア人なのか分からなくなるくらい言語も似ている。ところが、ウクライナ西部というのは、いわゆるガリツィアというところで、かつてはポーランド領だったところです。東部とは宗教も違う、言語も違う、それから何と言っても歴史が違う。

 次に、この双方が、第一次大戦と第二次大戦のときに激しい戦争を繰り広げたわけです。だから、同じウクライナといっても非常に対立が激しかったのですが、第二次大戦のときに一つの国になって、ソ連邦が解体された際に、ウクライナとして平和的に独立したわけです。

 最後に、独立して23年経ちましたが、その間も西ウクライナと東ウクライナの間ではずっと対立が続いていた。この歴史の流れをよく考えないと、一方的にどちらが良いとか悪いということが言えないと思います。
 その対立が去年の末からこういう問題に発展してしまった。経緯としては、ヨーロッパ寄りの大統領がいたのですが、それがロシア寄りの大統領に代わって、ヨーロッパ寄りの大統領が結んだ「これからEUと協力してやっていきましょう」という協定を、去年の11月に「ロシアとEUとウクライナの3つで協力していきましょう」という協定に替えました。これで、EU寄りの勢力が激高してしまって、キエフで大動乱が始まり、その結果、今年の2月になって、本当に内戦状態になったわけです。

工藤:クリミア併合に関して、西側の人たちの意見は「プーチンが現状を変更させた」というものですが、東郷さんは「歴史的な背景から見ると、クリミアはロシアに入る方が自然だ」と見ているのですか。

東郷:ウクライナ自身が、本当にガタガタになってしまっていた状況の中、クリミアがロシアの方に飛び出したというのは、「必然」と言ったら言い過ぎかもしれませんが、歴史的な流れに沿ったものであると思います。そのことは認めないと、ヨーロッパの歴史、そしてロシアとウクライナの歴史を全然分かっていない、ということになると思います。ロシア人にとって、クリミアはアイデンティティの源です。クリミア戦争の話はみんな子供の頃から聞いている。トルストイが最初に文学デビューしたのもクリミアです。そういうことをみんな覚えているわけです。だから、クリミアがほとんど無血でロシアに入ってきたとき、私の知り合いのロシア人は涙を流していました。この涙は本物だと思います。

工藤:もともとクリミアはロシアの領土だったのですが、ロシア・ウクライナ統合300周年のときに、フルシチョフがウクライナに移しましたよね。

東郷:これはソ連邦という同じ国の内部での移動だったので特に問題はなかったし、その国が分かれるということは全然想像できない状況だった。かつてクリミア・タタールに対してスターリンはひどいことをした。それに対する贖罪の気持ちを含めて、スターリンの死後に、ロシア領から分離してウクライナの中に入れたのです。

工藤:歴史的に見ればむしろクリミアはロシア領である方が自然だ、ということですが、ただ、国際政治の観点で見れば、クリミアの住民投票が本当に適切に行われたのかも分からないし、現状を力で変えた、というふうにも見えるわけです。こういうことは国際的な大きなルール、規範という点から見れば、多くの人が違和感を覚えていると思うのですが、渡邊さんはどう考えますか。

渡邊:少数民族の悲哀というものをすくい上げていくということ自体は正論だと思いますが、それを通して一種の大国主義的なパワーポリティクスの世界に入っていくのは問題だと思います。そして、そのイニシアティブを握るのがむしろ変革派の方であるという点が危険なのではないかと思います。今回のウクライナ問題の構造的な論点は、冷静後の西側主導の旧東欧、中央アジアの国際秩序の形成に対する秩序変革派の主張がどこまで適用するのか、という転移あります。少数民族による内乱が起きて、秩序を維持するために国際機関を含む外国勢力が介入するということがうまくいかず、ある特別の大国がイニシアティブを発揮することによって国際的な秩序が変更されるという可能性が、今後出てくると思います。今回のクリミアの問題が、その一つの例として認められるということが、今の国際秩序に対する大きな変革の要因になる。このことを私は懸念しています。

工藤:渡邊さんは、大国主義的なアプローチというものがクリミアでも発現されたと考えているわけですよね。

渡邊:プーチンと比較するのは変ですし、違和感のある方もいらっしゃると思いますが、歴史を振り返ると、手法としては第二次大戦前のドイツのやり方に似ていると思います。そう評する声もヨーロッパではずいぶん出てきていて、はっきり「宥和政策」という論調で語っている新聞もヨーロッパには出てきています。そこまで言わないにしても、ヨーロッパ側はそれを認めて失敗した経験があるものですから、今度はしっかりどこかで止めなくてはいけない、と多くの人が思っている。ただ、ウクライナ東部は、クリミアとは民族感情も全然違っているし、ロシアへの帰属意識もクリミアよりは低いレベルのようですが、どこにこういう話が飛び火していくのかは、まだ分からない状況です。

工藤:プーチンは国内の支持基盤が非常に弱くなり、デモが起こるなど大変だったのですが、今回、クリミア併合をしたら支持率が8割くらいになった。ロシアの中に、自分たちのアイデンティティをつかむための大国的なナショナリズムというものがあり、その兆候をつかみながら、プーチンというかなり強いリーダーシップのある政治家が動き、今回、現状を変えた。私にはそのように見えるのですが、そういう理解でよろしいのでしょうか。

渡邊:私もそう思います。クリミアがロシア人にとってどのように見えるのかという問題は、今回の背景に確かにあると思います。「あそこは子供のときから行っていて、ロシア語も通じるし、私たちのものなのだ」と、一般の市民でもそう言います。それほど彼らにとってアイデンティティのある場所ということです。

 それから、先ほど東郷さんがおっしゃったように、拡大していくEUとの連合協定というのものが、ロシア人、あるいはプーチンからすると、「我々はあまりにも引きすぎたのではないか」と思わせる要因になり、昨年11月からの流れのきっかけになった。逆にヨーロッパから見ると「ロシアにそこまでメンツを失わせてもいいのか」という声もあるくらいです。今年3月、私がヨーロッパに行って向こうの戦略家と話していましたら、「ちょっとやりすぎじゃないか」という声もありました。元々EUには近隣政策というものがあって、南欧、東欧から北欧を含め、その中にウクライナを入れようという発想がある。それが、ロシアから見るとある種の脅威に見えたのかもしれません。

 そういう1つの歴史的な背景から出てくるメンタリティー、あるいはナショナリズムと言っていいかもしれませんが、それらのせめぎ合いが、今のウクライナ問題の根底にはあるのではないかと思っています。


課題が山積しているウクライナ新政権

工藤:ウクライナにNATO加盟を標榜している大統領がいたけれど、それに代わり、今度は親露側の政権になった。しかし、それに対して市民などの反発があって、大統領選ではまたNATO加盟を志向するポロシェンコが選ばれた。ウクライナの新政権は、EUとの関係を大事にするという方向で動いているわけです。プーチンは「それはそれでいい」という判断なのですか。

東郷:プーチンは、ウクライナがどういうかたちの国をつくっていくのか、ということに関して、1つの案として連邦制の導入を提示しています。その通りに連邦制になるのか、あるいは、あくまでも一つの政府としてやっていくのか。これはウクライナ自身がこれから決めていくことなので、プーチンは当面それを見守っていくという姿勢だと思います。

 ただし、安全保障上の観点からは、ウクライナ全体が反露的になってくるということは困る。つまり、NATOに入ろうという動きに対しては、ロシアは動くと思います。ウクライナがNATOに入るということは、ロシアの安全保障の根幹に関わる問題ですから、そこはウクライナが慎重に考えるべきだと思います。

工藤:国際政治の流れを見ると、冷戦が終わった後、アメリカをベースにした西側の論理で動いてきた。確かに、NATOにはミサイル防衛の展開も含めて、やりすぎというかロシアを刺激するような動きもあります。ただ、それに対して、ロシアが「嫌だ」と反発し、今回の行動があるとすれば、アメリカや西欧は「やむを得ない」と思うのか、それとも、「新しい別の対応をしていくのか」。先ほど、グローバル・ガバナンスがかなり揺れ始めているのではないかというお話がありました。

渡邊啓貴氏渡邊:結局、西側にしてみれば、ウクライナという国をどうつくっていくか、という話です。昨年の11月から情勢が揺れ始めて、2月に前大統領が急に辞めてしまう。その状況で、大きくウクライナの政治状況が変わったかというと、そうではなく、新大統領が誕生してもこれまでの流れをむしろ引き継いでいるわけです。親欧的な人が、ロシアとの綱引きの中で代わり、そして親露的な人が辞めて、また親欧的な革命が2月に起きて、クリミアの問題にまで発展してしまった。そこで今度、親欧的な人が再び出てきても構造上は変わらない。

 そうすると、クリミアの独立などで事情が少し変わってきてはいますが、西側としてはこれを切り離すわけにはいきません。どうやって引っ張っていくか、あるいはウクライナをどう支えていくか。ただ、今までのような支え方だと同じことの繰り返しになるわけですから、国づくりをどうしていくかということではロシアとも協力する。ウクライナは経済的な問題だけではなくて、汚職なども含めて、西側的な意味での民主的なガバナンスがまだしっかり落ち着いていませんから、そういった点にEUが力を入れようとしています。こういうところに世界がどう協力するか、という話が出てくると思います。そのプロセスは単純なものではなくて、長時間かかる複雑なプロセスとなるはずです。

 そのときに、エネルギーや経済の問題をどう整理していくか。これを整理できなかったときには、かつての歴史が繰り返したように、危機に応じて少数民族を使いながら、大国主義的なパワーポリティクスの世界が再現されるのではないか。そういった数年から5年規模の流れの中で、懸念を持っています。


綱渡りが続くウクライナ経済

工藤:このウクライナ問題を経済的な視点から見ると、どのように見えるのでしょうか。

金野雄五氏金野:ソ連邦にはもと15の国がありました。それらが独立して、バルト3国を除く12ヵ国で形成されているのがCIS(独立国家共同体)です。その後、非常にゆるやかなかたちですが、CIS諸国の間ではFTA(自由貿易地域)が成立していた。さらにその中の、ロシア、カザフスタン、ベラルーシの3国の間では、2010年から関税同盟が形成されました。これは非常に完成度の高い関税同盟といえるものですが、その関税同盟への参加を、ロシアがウクライナに働きかけていました。

 他方、EUはウクライナとの間で連合協定の締結を進めています。これは、将来的にはEU加盟も視野に入り得るものですから、そこで一種の綱引き関係が生じていたということは言えると思います。

 注目したいのは、天然ガスに関する問題です。ロシアがウクライナに関税同盟参加を働きかける手段として、天然ガスを安く供給する、ということをやっていました。ウクライナは、ロシアから天然ガスを非常に安く輸入できるので、経済成長を実現してきたという経緯があります。今回、ウクライナで政変が起きて、新しい大統領がEU接近を志向することが明らかになった中で、ロシアとしては、従来行ってきた安い価格での天然ガス供給をやめるということを決定したわけです。それが、現在のロシアとウクライナとの天然ガス価格をめぐる交渉の紛糾、あるいは、今まで輸出した分に関する代金未払いが相当あるのですが、これをめぐって供給をストップするなどといった、一連のもめごとの原因になっています。

工藤:ウクライナ自体の経済状況は、債務が大きくて非常に厳しいということを聞いているのですが、いかがでしょうか。

金野:対外債務は非常に大きいです。他方で、ウクライナは最近まで固定相場制度をやっていましたので、為替レートを維持するために相当為替介入をやっていました。その結果、外貨準備がかなり減ってきており、IMFからの融資は一応決まったのですが、順調に供与されるかどうかは不透明ですので、現時点では綱渡り状態が続いています。

工藤:ウクライナは経済的に自立をしていかないといけない。ただ、自分たちがどのように経済的に生きていくかというマーケットの問題と、資源をどのように確保していくのかというところで、ある意味で板挟みになっているようなところがある。そういう状況の中で、ロシアは「ウクライナは1つの国として生きていくために頑張ってほしい。そのために何ができるかみんなで考えよう」という姿勢なのでしょうか。それとも、ある程度自分たちの方向に引き寄せる、EUの方に行かないように経済的な支援によって誘導しているのか。どういうふうに見ていますか。

金野:どちらに誘導しようとしているのか、現時点では何とも言えないと思います。それから、ウクライナ経済の自立可能性ですが、どうやるのかはさておき、自立というのは相当難しい問題だろうと思っています。

 先ほどお話しましたように、安い天然ガスを前提に成立しているような経済ですから、それが通常の市場価格になってしまうと、経済そのものが成り立ちません。確かにIMFの支援は決定しましたが、支援を実行するための条件として、例えば家庭向けのガス価格の70%値上げ、また変動相場制への移行も促していますので、エネルギーの輸入価格は跳ね上がります。そうすると、おそらくハイパーインフレに近いような状況にもなりかねません。ということで、相当な痛みを伴う状況になると思います。そうなってしまうと、支援といってもなかなか難しいものがあると思います。

 ですから、当面そういう危機的な状況に陥らないためには、やはりロシアとの間でガス価格において何らかの折り合いをつけて、一定期間割り引いてもらうなどの措置を、EUも交えた交渉の上で決めていくということが、最初にしなくてはいけない作業なのではないかと思います。

工藤:この前、ウクライナは滞納していたガス料金を払いましたよね。けれど、また延びたという状況ですよね。

金野:ただ、今回支払ったのは滞納している料金の3分の1くらいです。残りはまだ払っていません。それから決定的に問題なのは、4月以降の価格の問題です。4月以降、ロシアが従来の優遇措置をやめて完全に国際価格にしましたので、値上がりしました。ウクライナ側はそれを受け入れていないわけです。そうすると、ガスの輸出入をやろうにも、価格が決まらなければ、ウクライナ側としても払いようがないし、ロシアとしても供給のしようがない、というおかしな状況に陥っています。とにかく、まずはガスの価格と、債務をどうやって返すのかということについて、道筋をつけることが最大の重要課題だと思います。

工藤:今、ウクライナでは、自分たちの国を再建するためにどういうメカニズムで動いているのか、そしてどういうことが必要とされているのでしょうか。

金野:今のところ、経済政策についてはまだ対応ができておらず、もっぱら政治の問題に負われています。唯一、IMF融資の関係で、先ほど言ったようないくつかの問題解決については一応約束をしましたので、これはやらなくてはいけない。しかし、それくらいです。ただ、それは対外債務という資金繰りの問題の対応ですから、構造改革など大きなことに取り組むのはもう少し先にならざるを得ないと思います。

東郷:ウクライナは、地政学的にいうとロシアとヨーロッパの間の非常にデリケートな場所にあるわけです。しかも、激しい内部対立が続いている。だから、今私たちが考えなくてはいけないのは、ウクライナが1つの国としてまとまっていくために、どうやって国際社会で支えていくかということにかかっていると思うし、そのためには経済の安定は本当に重要事項です。国際社会では、天然ガスをどういう値段で買うか、買わないかという話や、疲弊したウクライナ経済を立て直すためにどこがどういう援助をするのか、というような話が中心になってきていると私は理解しています。この流れを強めなくてはいけないと思うし、そこに日本の大きな役割が出てくると思います。


ウクライナ問題は、日本が「グローバル・プレイヤー」になる好機

工藤:最近、日本でもウクライナ問題をどのように考えていけばいいのか、ということに関する議論が始まっています。政府は、ウクライナに対しては経済的な支援をする方針をとっていますが、一方でロシアとの問題をどう考えていけばいいのでしょうか。

 1つには、歴史なり領土をめぐる様々な争いが出てきている中、現状を大きく変更しようとする一方的な力があった場合、国際社会はそれにどう対応すればいいのか、という問題があります。ロシアに対する制裁に日本も加わるなど、基本的には日本もそういう力による現状変更に反対の姿勢を示しています。

 加えて、最近の報道では中国の姿が出てきています。ロシアと30年間にわたる天然ガス供給の電撃的な契約が結ばれている。地政学的に見てもこのように様々な大きな変化が始まっている状況の中で、日本はどうすべきなのでしょうか。

渡邊:ウクライナ問題は、ウクライナだけの問題ではなく、日本外交のスタンスをどう考えるか、という問題にもなります。現在、グローバルな課題解決に、積極的に日本が関わっていくことが求められてきていると思います。言葉のレトリックの話になりますが、「グローバル・パートナー」を超えて「グローバル・プレーヤー」になってほしいと、私は日頃から思っています。そういう活動もヨーロッパとの間でやっているのですが、単なるパートナーではなく、主体的に、どう自分の見識を示しながら国際的な役割を果たしていくのか、ということを世界が日本に対して望んでいるのではないかと考えています。

 そういう意味からすると、先般、岸田外相が訪露を延期しましたが、私は行けばよかったと思っています。オバマ大統領の訪日前だったなど、いろいろな事情があったとは思いますが、今後できるだけ早い時期に行くべきだと思います。

 それでは、何をしに行くのか。もちろん、摩擦をつくるために行くわけではありません。米欧に同調して制裁に加わった、ということに関しては「人道上の見地」などのように堂々と説明すればいいと思います。同時に、もっとグローバルな立場から、議論をしてほしいと思います。安倍外交はまさに「価値観外交」を掲げているわけですから、そういう観点から、いかに普遍的な意味で日本が米欧とロシアの間に立とうとしているのか、ということを示す。例えば、良好な日露関係を世界の平和のために利用していこう、共にそういう役割を果たしていこう、というようなスタンスでロシアと議論をしてほしいと思います。つまり、単に国際機関の中の活動だけではなく、日露の関係をマルチに拡大していきながら、自分たちの役割を果たしていくわけです。

 私はイラク戦争のときにアメリカにいましたが、当時、イギリスがまさに同じことをやっていました。イギリスはフランスのシラク大統領と対立していたようですが、実際は、アメリカに行く前にしっかり話を詰めていた。こういったことを考えると、日本の存在感もまだまだいくらでも示せるところがあるのではないかと思います。

東郷:私は、今、渡邊さんのおっしゃったことに全面的に賛成で、まさにグローバル・プレーヤーになるべきなのです。ウクライナ問題を見て、よく「冷戦に戻った」という意見がありますが、冷戦時代というのは米ソの対立で世界ができていたわけです。冷戦時代と現在で一番違うことは、今の世界の最も大きな問題は中国の台頭だということです。中国が、経済・政治・軍事・文化でどういう国になるか分からない。こういう状況になったときに、ウクライナ問題で西側が一番気を付けないといけないのは、ロシアを中国に向かって押しやってはならないということです。今回の西側のロシアへの対応は、結果としてそういう動きを生み出してしまった。その動きを止めて、伝統的な言葉で言えば、中国とロシアの間にくさびを打ち込んで、ロシアをちゃんとしたかたちに持っていくための対話をすべきなのです。私は、その対話を一番やりやすいのは日本だと思います。その対話をすることは西側の利益になるので、アメリカにもきちんと呼びかけて対話をするということが、グローバル・プレーヤーとしての日本にとって大きな外交課題だと思います。ただ、そのためには、アメリカと信頼性の高い対話をしなければいけないという問題があります。

金野:現実問題として、中露のガス供給の合意については、相当大きなインパクトを与えました。中露ガス供給合意に合わせて、これからパイプラインをつくると同時に、東シベリアのガス田の開発をしていくことになります。ガス田の開発は基本的にロシアがやり、パイプラインは共同でそれぞれの領土の部分だけをやることになると思います。開発によって産出されるガス量と、中国への輸出契約量を比較すると、中国向けの輸出量が相当多いですから、日本を含めた中国以外のアジア太平洋地域に供給されるガスないし石油の量は、減るまではいかないにしても伸び悩む可能性があります。そういう意味では、日本の企業の利害とも関係してくる問題だと思います。

工藤:安倍さんはプーチンさんと話をして、シベリアでのガスの供給の問題を含めて「一緒にやりましょう」という話をしていました。これは当面遠のいているという状況なのでしょうか。

東郷:若干遅れているのは否めません。私が一番気になっているのは、安倍-プーチン関係は2月のソチでの会談で、非常に良好な個人的関係になっていた。ところが、ウクライナ問題が起きてから、私の知る限り、1回も2人は話をしていない。オバマとプーチン、メルケルとプーチンがずっと話をしているのに、どうして安倍総理とプーチンが直接話をして、本当に思っていることを言い合わないのか。事務方も然りですね。

 やはり、まず対話を再開して、ウクライナ問題、クリミア問題で十分話をして、その中で日露の経済関係の構築、そして領土の交渉を粛々と進めていく、というところに、早く戻るべきだと思います。そのためには、ウクライナ問題に関して日本がしっかりした方針を出すことが、今は一番大事です。

工藤:そういう点では、政府のウクライナに対する支援策が出てきたというのは、遅いかもしれませんが動き始めているということですね。

 ただ、外交に関する意識としては、日本はまだグローバル・プレーヤーになっていこう、という発想にはなっていないのではないでしょうか。

渡邊:ウクライナに限らず、リビアのときも、マリのときも、復興支援が立ち上がったとき、必ず外務省は早めに代表を送り、お金も出すと表明している。ウクライナのときもそうでした。ですから、世界は日本に対して「ここまでは必ず日本はやってくれるだろう」という信頼はあると思います。問題はその先だと思います。

 東郷さんのお話も引き継いで申し上げますが、日本はある種の仲裁者、あるいはもっと先のビジョンを示す存在になるべきです。私は「見識外交」という言葉を提唱しており、最近では「文化外交」という方にも傾いているのですが、そういう価値外交の発想を持てないのかなと思います。単に、「ソフトだから軍事や経済とは違って当たり障りが良い」という発想ではなく、実はそういうところに世界の外交の最先端は行っている。それがまだ日本に十分に伝わっていない。ですから、これは頭を切り替える良い機会だと思います。

東郷:アメリカとカナダは、これまで西部ウクライナからたくさん移民が入ってきているので、それぞれの国にとってはものすごく厳しい内政問題でもあるわけです。ヨーロッパも地続きですから、これまで何らかのかたちでいろいろと関与しています。その中で日本だけが、まったく手が汚れていない。すなわち、日本は「ウクライナはこういうかたちでやっていくべきではないか」という提案を非常にしやすい立場にある。

 ですから、単にお金を出すだけではなくて、ウクライナの国づくりに関して、日本は本当にいろいろなことができるはずです。そして、積極的にウクライナの建設に役に立つような外交がグローバル・プレーヤーとして日本に期待されていることだと思います。そういう日本を、G7もロシアも評価すると思います。

渡邊:その点について一番重要なのは、お金と同時に人ですよね。人というと、すぐ自衛隊の海外派遣の話になります。EUでも「欧州統合軍」が最近よく話題になりますが、必ずしも軍人が出て行くわけではないのですね。欧州共通防衛政策と言われていますが、実際は、文民活動をやっているのです。そういう意味では、単独で出にくいのならば、西欧と協力するようなかたちにする。ウクライナ、ロシア、その他の米欧に対して、後出しではなく、こちらから先に言ってみるということが、非常にビジブルな面になるのではないかと思っています。

工藤:アメリカをベースにしたグローバルな仕組みが機能しなくなってきている。少なくともオバマ政権は武力行使などあまりいろいろなことはできない。そういうかなり足元を見られている状況の中で、おそらくプーチンさんも地政学的な利害も考えながら、様々なチャレンジを起こしてくる、という何か新しい状況に入ってきているのではないかという気がするのですが、考えすぎでしょうか。

 グローバルという点では、経済的な利害を考えるとほとんど対立ができないというベクトルがあるわけです。どこかが戦争を起こしたら世界全体に波及してしまう。今もウクライナで戦争があると、ロシアに影響が行くし、ロシアにお金を出しているイギリスなどにも波及します。だから、なかなか本格的な対立にならない構造がある。しかし、その状況の中でかなり強引な動きがあっても、誰も動けない、また、初めに動いた人がナショナリスティックな支持を得てしまう。そういう何か不安定さを感じます。

渡邊:キーワードは「介入」ということではないかと思います。介入といえば従来は軍事介入だけでしたが、そうではないいろいろな介入の仕方が出てきています。例えば、財政基盤が良くないから介入する、というのはEUがずっとやってきたことです。そういう色々な介入の方法は世界のグローバル・ガバナンスを維持するためのものです。その方法を工夫してどうやってマルチなかたちで問題を解決していくか、ということがポイントになると思います。

 かつては、アメリカ一国主義と言われました。軍事面で突出しているということで言えば、今でもプライマシー(優越性)はアメリカが維持していますが、「一極」から「多極」へという流れの中で、「介入」の仕方の工夫を考えていくことが、マルチで問題を解決していくためのきっかけになるのではないかと思います。

工藤:今、世界は大きな時代の変わり目にあるという感じがしませんか。

東郷:間違いなく変わり目にあると思います。冷戦があって、ポスト冷戦のアメリカ帝国の時代があり、さらにアメリカの陰りと中国の台頭という状況の中でウクライナ問題が起き、国境線が一つ動いたわけです。それは、一つのシンボル、象徴であって、この状況の中で、それぞれの国の外交体力が試されているのだと思います。

 一方で、日本にとってはものすごく大きなチャンスだと思います。台頭する中国のインパクトをもろに受けているのは日本だし、ロシアとの関係が良い方向に動き出している最中にウクライナ問題が起きたわけです。だから、日本の外交の体力、マルチとバイを組み合わせたものを、本当に展開できるチャンスであり、面白い時期に入ってきたと思います。

工藤:ただ、ウクライナの人たちがどのようなことを考えているか、ということがなかなか見えません。

東郷:見えないし、大変な混乱が続いていると思います。でも、そうであればこそ、混乱を彼ら自身が収めて、かつ、周りの国がそれをサポートしていくために行動していく。私は、そこに日本の大きな役割があると思います。

工藤:最後に、今後、ウクライナの経済的な自立についてはどのような活路がありますか。

金野:政治とも関係しますが、やはり、EUともロシアとも政治的には良好な関係を維持する。これが、経済発展の最低限の前提条件になるということだと思います。

工藤:冒頭で申しあげたように、ウクライナの問題はアメリカでも盛んに議論されていました。日本でもこの議論を色々なかたちで続ける必要があると思うので、また議論していきたいと思っています。今日はどうもありがとうございました。