2015年度予算を検証する

2015年3月06日

2015年3月6日(金)
出演者:
小黒一正(法政大学経済学部准教授)
亀井善太郎(東京財団ディレクター(政策研究)・研究員)
矢嶋康次(ニッセイ基礎研究所経済研究部 チーフエコノミスト)

司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)

工藤:言論NPO代表の工藤泰志です。今日の言論スタジオは、「2015年度予算を検証する」と題して議論を行います。日本は財政再建を成功させることができるのか、あるいは日本の財政が破綻するのではないかとの岐路に立っており、私たちは真剣に向かい合っていく必要があります。しかし、国会の予算委員会を見ても、日本の財政問題が議論されていない。そうなったときに実際、日本の財政をどう考えればいいのか、今回の予算案を見ながら分析していきたいと思っています。

 今日は3人のゲストをお呼びしました。法政大学経済学部准教授の小黒一正、続いて東京財団ディレクター・研究員で元衆議院議員の亀井善太郎さん、最後にニッセイ基礎研究所チーフエコノミストの矢嶋康次さんです。


半数を超える有識者が、2015年度予算案を「評価していない」

 議論の前に私たちが行った有識者アンケートで、今年度の予算について聞いてみました。まず、「今回の予算案をあなたはどう評価しているか」と尋ねたところ、予算案を「評価している」、「どちらかというと評価している」を併せて26.0%にとどまりました。一方、「評価していない」(27.0%)、「どちらかといえば評価していない」(28.0%)を併せて、半数を超える人が評価をしていないという結果となりました。次に、安倍首相がこの予算案について「経済再生、財政健全化を同時に達成するのに資する予算になった」と述べていたことを受けて、「今回の予算案は、経済再生と財政再建に取り組んだ予算と判断しているか」と尋ねました。首相が言うように、「経済再生と財政健全化を同時に達成するのに資する予算といえる」との回答が8.0%でした。逆に「経済再生と財政再建のどちらにも十分に取り組んだと思えない」との回答が43.0%。「経済再生には取り組んだが、財政健全化には真剣に取り組んだといえない」との回答が34.0%となり、特に「財政健全化や財政再建」に真剣に取り組んでいないとする声が大きかったと思います。こうした結果を踏まえつつ、小黒さんは今回の予算案をどう見ていますか。


中長期の財政再建に向かうための試金石がない予算

小黒: 2014年度予算は95.8兆円でしたが、今回の15年度予算は96.3兆円となり、0.5兆円膨らむという結果でした。大雑把にいうと、地方交付税を0.6兆円削り、社会保障費が1兆円伸びているので、予算自体は膨張しています。少なくとも短期的には、真剣に財政再建に取り組み、歳出の抑制に努めているのかわからない予算だと思います。

工藤:今回の予算では、税収の増収分で国債発行額を抑えてはいるものの、増収した分で借金を返済しているわけではありません。基本的に現政権の財政に対する思想がわかりません。矢嶋さんどうでしょうか。

矢嶋:安倍首相の政策運営が色濃く出ていると思います。まず民主党政権時にはできなかった歳入増は達成しています。安倍政権の政策では、歳出をあらかじめ決めるわけではなくて、歳入増の分は歳出も増やしていいという考えのようです。ネットでみて財政再建に資する国債発行額を減らすという運営を行っており、政策の運営を上手くやった点では評価できます。ただ中長期の財政再建に向かうための、試金石になるものがなかった。だからこそ、その点については評価が割れるのだと思います。

工藤:確かに税収を増やすことで結果的に歳入を増やした点は評価できます。ただ、中長期の財政再建に向けての試金石がなかったということで、政府はまだ財政再建に取り組む必要がないと思っているのでしょうか。


「2020年度のPB黒字化」から「GDP比でみた債務残高」へ目標が変わるのか

矢嶋:ここ1か月くらいで雰囲気変わってきたと思います。要は、プライマリーバランスの黒字化についての話がトーンダウンしてきている印象が強くあります。財政再建ではなく、経済成長の方に政府の軸足が動いてきたのではないかと感じています。

亀井:矢嶋さんの話を補足すると、昨年の12月22日、27日、そして2月12日の経済財政諮問会議での議論を見ると非常によくわかります。財政再建とはそもそも何を示すかという数値目標の話の中で、経済再生に軸足が移っているという感覚が確かにあります。政府の中で様々な攻防があり、国会答弁等も含めて、現状はとりあえず維持されています。ただ、前回の選挙時に、財政再建については「消費税は先送りするけれども、経済再生と財政再建を堅持する」という言い方をしました。これを本当に守っていけるかどうかは、6月下旬に政府、その前に自民党が何らかの文書を出すと思いますので、そこに向けて、どんな議論がされるのかをきちんと見ていくことが重要だと思います。

工藤:なぜ雰囲気が変わってきたのでしょうか。

小黒:それは非常に単純です。昨年の7月25日に内閣府が公表した「中長期の経済財政に関する試算」では、2020年度のプライマリーバランスを黒字化に向けて、経済がかなり高成長するという前提でもおよそ10兆円の追加的な増税か歳出カットをしなければ間に合わないという結果でした。そして今年2月に同様の試算が出ましたが、結局中身はほとんど変わらなかった。もともと2回連続で増税の実施を予定していましたが、結局、連続で引き上げを行うことはできなかった。そうなると、今後、更なる追加的な増税と歳出カットを実施していく必要がありますが、現実的に難しい。その過程で出てきた議論が、プライマリーバランス(PB)の黒字化を目的にするのではなく、GDP比で債務残高を見るという指標がでてきたのではないでしょうか。つまりGDP比でみた債務残高は、分母は成長率で伸びて、分子は金利で伸びるので、成長率が金利の上昇スピードより速ければ、比率でみたときの債務は圧縮できるということです。そうすると歳出超過で赤字が出ても指標としては安定している、という論法にすり替えたいという発想が少し入ってきているのだと思います。

工藤:矢嶋さん、こうした目標の変更は、6月に提出する予定の「2020年度までのPB黒字化」がかなり難しいということで、目くらましをしたいという状況なのでしょうか。

矢嶋:そうですね。PB黒字化という目標から逆算した場合、どうしても地方交付税や社会保障経費を削らなければならないと思いますが、今の政権運営でそこを削るということを決断できないのであれば、別の指標でみた目標に変えておきたいという総意になりつつあるのが現状なのではないでしょうか。


歳出を減らすには社会保障への切り込みは不可欠だが、政府内に議論できる場がない

工藤:かつては3党合意の中で、社会保障と税の一体改革の中で、消費税増税もあったわけです。それを延期した以上その合意は既に壊れているわけです。その結果、安倍政権下で社会保障の改革や財政再建化プランを考える必要が出てきたことで、本格的に課題が問われる政治になりつつある、と多少なりとも期待をしていたのですが、それは難しかったということでしょうか。

亀井:率直に申し上げて、そこに関する感覚は非常に薄いと思います。財政や社会保障については、日本では極めて属人的に取り組まれてきた課題と言えます。かつては、例えば、与謝野さんのような方たちが一生懸命取り組まれていました。日本国憲法の下で立法府や内閣府は位置づけられていますが、財政についてはせいぜい憲法に財政民主主義に関する言葉があるくらいで、どこに責任があるのか、どんな位置づけなのかは判然としていません。翻って、各国の動きを見れば、憲法の改正を行い、「財政責任法」などを作り、政治がどんなに揺れたとしても、きちんとした枠組みで財政運営するということを実行してきました。日本はそこがほとんどできていません。財政は、日本では、政治的に人気の取れない政策です。今、日本はシルバー民主主義といわれています。つまり高齢者の投票率や投票数が多く、高齢者に不人気の政策は全く実現しないという問題があります。政治家は若者と話す機会よりも高齢者と話す機会が多いので、どうしてもそこを削るのは難しい。マクロでみれば、社会保障経費を削らなければなりませんが、具体的に誰々さんの何々を削らなければいけないとなった場合、まず顔が浮かぶのは高齢者である、という心理が政治家には働きます。この構造をどう変えるかが極めて重要だと思います。

工藤:予算でいつも気になっているのは、財政の支出規模がリーマンショック以降、高止まりしたまま、歳出のキャップすらないという状況です。しかし、どんなに経済成長しても税収は50兆円か60兆円ですが、歳出が90兆円以上であれば、誰が考えても30兆円足りず、ずっと借金が膨らんでいくことは分かるのですが、この支出構造を変えることは無理なのでしょうか。

小黒:予算を細かく見れば、この予算は必要ないなど色々な話がありますが、ざっくりと日本の予算を分類してみたいと思います。すると一般会計がおよそ96兆円で、そのうち30兆は社会保障関係費です。残りは借金の返済が大部分を占めていて、ある程度、融通の利く政策経費はおよそ30兆円しかないのが現実です。その30兆円には防衛関係の予算などがあって、実際裁量的にカットできる予算はおよそ10兆円しかないのが実情です。その10兆円の中身をしっかり見る必要もありますが、やはり最も大きい社会保障関係費の抑制を考えなければ、予算の膨張というのは止められないと思います。

 先程申した社会保障関係費の30兆円というのは、一般会計で見ている負担分のみですが、国と地方の社会保障予算の合計、つまり社会保障給付費はおよそ110兆円になります。これ自体の伸びが年間平均で2.6兆円、年度によっては4兆円伸びている場合もあるなど、非常に大きなスピードで伸びてきています。この社会保障費に何らかの形で制約をかけなければ、予算の膨張に歯止めをかけることはできないと思います。

 ただ、こうした社会保障の問題を議論する場は、政府の中ではおそらくないのだと思います。国の予算編成で見る部分は社会保障関係費のみですが、社会保障給付費は110兆円から115兆円くらいあるわけです。具体的に中身を見ると30兆円くらいが国の負担、年金積立金等の資産収入が10兆円くらい、社会保険料収入で60兆円が賄われていて、その差額が地方の負担です。社会保障を考える際には、全体としての議論をしなければ話が進みません。しかしその議論はおそらく経済財政諮問会議のような場所で、110兆円の中身を洗い出していくしかないと思いますが、そうしたアジェンダ設定には今のところなっていないと思います。

工藤:矢嶋さん、この前、3兆円越えの補正予算が組まれました。税収増分をこれで全部使っているではないかと思ってしまうのですが、いかがでしょうか。

矢嶋:いろいろな方と話すと、「結局、予算は何なのか」ということを聞かれることが多くあります。補正予算が組まれ、決算がよくわからず、何が会計なのかがわからない、という質問をよく受けます。結局、政策運営は予算が最重要で、予算と補正と決算の関係が不透明で、何が本当の姿なのかがわからない。するとだんだん関心がなくなり、そういう難しいことはもういい、という国民が非常に多くなっていると感じます。


与野党共に、財政破たんに対する危機感は乏しい

工藤:補正を含めると、税収で増えた分だけ、支出を増やしていますよね。亀井さん、日本の政治は財政破たんということに関して、全く危機感がないのでしょうか。

亀井:与野党共にないと思います。財政については、国民から見ると選択肢がないという状況です。昨年12月の総選挙時に、民主党は自民党が消費増税を先送りするなら、自分たちはそれに反対するという選択肢がとれたはずです。しかし、三党合意を実現した野田さんを含めて「仕方ない」と認めたことで、結果的に国民の選択肢を奪いました。今回の予算についても、実はリーマンショック以降、政権交代があったのにも関わらず、財政ベースでみると動きがありません。自民党も民主党も、財政政策でいうとほとんど変わらないということです。アベノミクスは民主党に対する抱き付き戦略みたいな側面があって、国際的にみると、アベノミクスは、金融緩和して歳出を増やす、事実上国債ファイナンスをやっている点は社会民主主義的政策をやっていると見られています。そういう意味では、財政政策としての政策的差異がなくなっています。予算委員会の議論が政策ベースにならないとか、財政ベースにならないという一つの原因なのではないかと思います。


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