現在の日本に地球規模課題の解決力があるのか

2015年10月13日

2015年10月13日(火)
出演者:
近藤誠一(近藤文化・外交研究所代表、前文化庁長官)
滝澤三郎(東洋英和女学院大学大学院教授、元国連難民高等弁務官事務所(UNHCR) 駐日代表)

司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)


日本が地球規模課題の解決に貢献していくには「人材」と「言論」が重要

工藤:ここでは有識者のアンケート結果をベースにしながらお話を伺っていきます。

 まず何が地球規模課題で、日本は何を取り組むべきか、ということを聞いてみました。一番多かったのは「地球温暖化防止に向けた温室効果ガスの削減」(44.0%)で、日本は先進性というリーダーシップが発揮できるのではないかという声でした。2番目に多いのが「地域紛争の予防や国際的平和秩序の構築」(26.1%)、そして「北東アジアの平和的な秩序づくり」(23.1%)でした。最後の回答は、ひょっとしたら言論NPOがアジアの問題をやっているということと連動している可能性もありますが、ただ「平和」ということへの関心が非常に強いと感じました。あと貧困や飢餓の撲滅、経済的グローバル化まで様々な回答がありました。つまり経済的な危機が注目を集め、世界中に広まる中で、経済的なガバナンスを維持することができるのか、という問題がありました。

 こうした地球規模課題の解決に貢献していくために、日本に必要なことは何かを尋ねたとろ、「国際機関への人材の輩出、人材の育成」との回答が70.1%で最多となりました。続いて、「国際的な課題に関する国内の議論環境の構築」(61.2%)と「非政府(民間外交)による課題への挑戦」(56.7%)が並んでいるという結果でした。

 最後に、日本の世界的発信力が非常に弱いことについてどうすればいいのか、との設問には、「世界に取り組む人材の育成」が37.3%、「世界の課題について議論する『言論』の舞台づくり」(21.6%)、「地球規模的課題に伴う日本初の議論の世界への発信」(21.6%)の2つが、同率で続きました。今回のアンケート結果をごらんになって、どのようにお考えになったかお聞かせください。

近藤:このアンケートによれば、まず温暖化、その次が平和。この順番が面白いのは、まさに日本に住んでいる人が日々感じていることだということです。例えば、「温暖化」について言えば、近年、温暖化が原因で異常気象が続いていますが、これはまさに自分たちの生活に近い問題だと感じているわけです。続く「平和」ですが、中国や北朝鮮の問題が出てきて、やっと自分の問題として感じてきたわけです。一方で、「地域紛争」や「貧困」はニュースなどで聞いて知ってはいるものの、自分は体験しておらず、危機意識を覚えず、アジェンダ設定もできなくなってしまう。その典型だと思いますね。

 では、実際日本に何ができるのかと言えば、温暖化対策というのは、日本にすばらしい技術があり実績がある、そして、日本は世界で最もエネルギー効率が高い国です。そういう意味で最も貢献できる国だと思います。しかし、主権国家どうしの平等の問題がありますから、平和に貢献していくことはなかなか難しい。しかし取り組まなければならないことは間違いない。日本に東アジアの平和について工夫してほしいという期待はあると思います。

工藤:先程の温暖化の問題ですが、昔は京都議定書を主導する等、日本の役割が非常に高かったのですが、その後、化石国というか、環境問題を解決していくための阻害要因になっているのではないか、という議論が国際社会で出てきました。現在、米中が環境問題に取り組むようになった中で、日本がリーダーシップを発揮できていないのではないか、という問題意識があります。ただ、アンケートでは、政府はダメかもしれないけど、民間でいろいろな動きが始まっているという指摘があるのですが、どのように考えればいいのでしょうか。

近藤:経済が下向きになり、グローバル化が進むことで競争が厳しくなり、財界に余力がなくなったことで、長期的な温暖化のために投資をするという体力がなくなってきた。確かに技術は民間にもありますが、それを実際に実施していくという力が弱まってしまったのだと思います。COP3で大きなイニシアティブをとりましたが、最近の日本はそうしたイニシアティブを取れていない。そこには、経済の体力の問題が大きく関係していると思います。


貧困や紛争、難民問題は、若い学生が国際的な課題に目を向ける気づきとなる

滝澤:私は今、問3にあるようなテーマを授業で教えているのですが、貧困や紛争、それに連動した難民問題などは、学生にとって比較的分かりやすく、印象に強く残るテーマのようです。学生たちは、半径2メートルのことだけで、外国のことは知らないままこれまで生活してきたのですが、世界ではそうしたことが問題になっているということを知り、非常にショックを受けます。例えば、1日1ドル以下で暮らしている人たちがいること、学校に行けない人がいること、あるいは、家を追われたり国を脱出するということを想像できないわけです。そうしたことを学ぶことで、学生たちも凄く変わります。自分たちは当然のように豊かな生活を楽しんできたけれど、それは例外的なことであって、国際的には特権階級的な暮らしです。そういうところから国際的な課題について、私には何ができるのか、私は何をすべきなのか、という問題意識を持つことに繋がり、学習にもつながっていきます。ですから私は、難民問題や貧困問題を教育のツールとしては非常に分かりやすいテーマだと思います。

 もう1つ、難民問題の関係でいえば、少ないですが日本にも難民はいますが、彼らの話を聞くことで、日本は素晴らしい国だということを再認識し、学生たちに大きなインパクトを与え、愛国心まで生まれるわけです。安倍総理に申し上げたいのは、愛国心を育てていくためには、道徳の教科書よりも難民を数人連れてくることで、愛国心も育てられるし、平和教育もできるということですね。そうしたこともあり、私は難民の人たちをもっと受け入れるべきだと思います。

 それから、障壁は英語だと思います。アイディアはあっても、発信をするためには、やはり英語が欠かせません。いかに英語をつかって海外に発信していくか、ということは重要だと思います。

工藤:昔、NGO団体と議論をしたことがあります。確かに、世界の貧困を解決していくことは重要だと思いますが、日本も山間地などに行くとお年寄りばかりで、生活ができない人たちが大勢いるわけです。そうした課題になぜ取り組まないのか、ということを議論したことがあります。その時に、東日本大震災が起きて、NGOは国内の課題にも取り組みました。つまり、日本の中にも世界的な課題と共通する課題がある。そうした課題について、何かの形で築くチャンスが出てきているような気がしています。

近藤:そういうチャンスは増えていると思います。世界だけではなく、中東やウクライナだけではなくて、国内にもこうした課題があるということを国民も気づき始めてきた。そうした問題意識、気付きをいかに日常的な議論、思考の場に持っていくか、という仕組みを意図的につくらないと、結局、考えてもよくわからないので、明日も平和だろうから先送りにしてしまう。そうしてずるずると日にちが過ぎていってしまう。そこは政府やメディア、そして民間の志ある団体が思い切ってイニシアティブをとっていく、そういう場を作っていくことが必要だと思います。そしてそれを学校や家庭、職場、地域で反映させていく。つまり、難民の議論は外務省と法務省だけがやっているのではなく、全ての家庭で、職場で議論をしなければいけない。時間はかかりますが、意図的にそうしたカルチャーを育てていくことが必要だと思います。

工藤:私は、課題を解決しようという考え方がかなり広まっていて、課題を感じられるような人が増えてきていると思います。一方で、気候変動などの問題で、日本の外務省や政府の人がCOPに参加して発言しているのですが、あまり報じられず、「そんなことを言っていたの、誰も知らなかった」というような状況があります。つまり、国民が国際的な課題を知ったり、考えるチャンスや空間が非常に少ない。こうした状況がある以上、世界的な課題については、他の人がやっている問題で自分には関係ない、という風になってしまうと思います。

 先程紹介したアンケートで共通しているのは、日本の中に世界的な課題に関する議論の舞台をつくったり、発信したりして人材を育成していかなければいけない、という話があったのですが、いかがでしょうか。


国内的な問題と国際的な問題を同時に議論できる人材を育てることの必要性

滝澤:私の授業では、国際的な問題から始めて、実は貧困問題は日本の中にもある、というアプローチをします。もちろん、その逆のアプローチの場合もあって、日本の国内問題を学ぶことで、国境を越えた国際社会においても、そうした問題があるという場合もあります。いずれにしても、双方向性といいますが、日本の問題と世界の問題が連動しているという意識を若い人たち、特に大学生や高校生に持ってもらいたいと思います。やはり、若い人たちは素直に反応してくれます。高校生は受験も忙しい中で、国際問題についてだけ考えることはできませんが、頭の隅に世界的な課題があったということを覚えておいてもらいたいし、私は豊かな生活をしているけれど、タイのスラムでは貧しい人が暮らしている、そうしたことを念頭に置いてもらって、大学でそうした問題を勉強してもらいたいと思います。そうすることで、今の若い人たちが日本国内だけではなくて、世界に目を開いた世代になる可能性は十分あると思います。

 私が40年、50年前に大学にいた当時の大学生よりも、今の大学生の方がはるかに、世界に目が開かれています。今、スタディーツアーで途上国に行ったりしますが、かつては考えられませんでした。そういう人たちを励ますことで、若者の間に、国内的な問題と国際的な問題を同時に議論できるような人たちを育てることが必要だと思います。

工藤:今日の議論の中で足りなかったことを1つ聞きたいのですが、政府外交や政府の協議体である国連だけで、COPや貿易体制など世界の課題を解決することができるのか、という問題があると思います。ノンステートの人たちの課題解決に対するチャレンジというものが、単なる啓蒙的な意味ではなくて、本当の意味で大事になってきているような気がするのですが、近藤さん、いかがでしょうか。


政府にプレッシャーをかけることで政策提案を実現していく

近藤:領土問題が典型的ですが、主権国家にとってはやはり建前があって、自国内の経済界を守らなければいけない、という大前提があるために思い切ったことができず、限界があります。確かに実行する能力はありますが、いいアイディアを出して、長期的な改善を進めていくことには限界があります。今の時代は、マスコミを含めた言論界と一般市民がどんどん議論をし、政府を突き上げていく。そうすることで、政府も国民の声に気付き、課題実行力を持って政策提案がなされていくと思います。ですから、潜在的に国家には解決能力がありますし、条約を作るのも国家です。しかし、条約を作らせるためのプレッシャーをもっと下から上げなければいけないと思います。

工藤:今日は地球規模的な課題をどうすれば解決することができるのか。その中で日本の果たす役割について、基礎的な問題から議論を始めてみましたが、私たちの挑戦にかかっているなと感じました。他人事ではなくて、地球規模的な課題について私たち自身が、自分の問題として考えられるか、という点からスタートするしかないというのがお二方との議論の結論だと思います。皆さん、今日はありがとうございました。


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