「なぜ今、中国との対話が必要なのか」識者3氏が語ります

2021年10月07日

 言論NPOは、先日開催した韓国との対話に続き、10月25日(月)、26日(火)に「第17回東京-北京フォーラム」をオンラインで開催します。
 米中対立が深刻化し、日中の政府間関係も目立った動きができない状況にある中、今回の「東京-北京フォーラム」にもパネリストとして参加する識者3氏に、「なぜ今、中国との対話が必要なのか」語っていただきました。  聞き手は、言論NPO代表の工藤泰志が務めました。

どの国も民意を無視して外交を進めることはできない。
国民レベルで中国と真正面から議論する舞台の役割は極めて大きい

1007sugiyama.png 杉山晋輔(前駐米大使)

工藤泰志:このタイミングで民間が、中国と対話をする意味とは何だと考えますか。

責任ある大国になるように中国を促していくためには、外交当局だけでなく民間の力も必要な局面になっている

杉山晋輔:米ソ冷戦時代、超大国と言われたソ連には二つのポイントがあります。核兵器を何千発持っている核大国であるということがまず一番のポイントでした。もう一つのポイントは、共産主義という強いイデオロギーで資本主義に対抗したということでした。
 今の中国には、共産党という一つのイデオロギーはあります。昔のソ連ほどではないにしてもかなりの核兵器を持っているとされ、軍事的側面も無視できません。
 ソ連と大きく異なるのは、経済力なのです。中国は世界のGDP の16%から17%を占めると言われ、日米貿易摩擦の頃の日本のような存在になりました。経済力ではソ連とは比べ物にならないほどの大国です。さらに宇宙やサイバーなど新領域においても中国が国際社会に与える様々な影響を高めています。
 その中国が、欧米列強にやられてきた歴史の屈辱を晴らそうと、必ずしも既存の国際法・ルールに則らない形で、一方的に力による現状変更をしようとしている。
 この中国にどう国際社会は向かい合うのか。これが今、世界に問われた最大の課題なのです。
 日本は米国と強固な同盟関係にあります。米国が自ら主催するようになった日本と米国、豪州、インドとのQUADも動き出し、最近では西洋の主要国もそれに関心を寄せている。しかし、中国なしではもはや語れない国際社会の中で、この中国を封じ込めではなく、いかに中国自体を責任ある主要国として国際社会に位置付けられるか。それこそが今、一番の日本の課題だと思うのです。
 しかし、それは外交当局だけがやるのではない。あらゆる側面やいろいろな形でそういう努力を行う時期に来ている。そこでは民間の役割も非常に大きいのです。
 その中で、今回、「東京―北京フォーラム」が、日中両国が世界の課題で国際協調の修復を掲げで議論する、ことの意味はとても大きなことなのです。

抑止だけでなく、対話によっていろいろなものを積み上げていく努力が重要

 東シナ海でも南シナ海でも中国は力による現状変更を一方的にやろうとしています。近い将来には空母機動部隊を三つくらい持つのではとも言われている。
 大陸国家の中国はこれまで陸軍を中心にしていましたが、人民解放軍が外洋海軍になろうとしています。こうした中国の海洋での拡張の動きに、政治・軍事・安保の側面でできる限り抑止をしようとする努力は必要です。  しかし、抑止だけやって対話をしない、協力のために努力をしなくていいかというと、全くそうではないと思います。
 たくさん対話をすれば解決できるような簡単なものではないと思いますが、非常に難しいからこそ、対話によっていろいろなものを積み上げていくことが非常に重要な局面なのです。

工藤:安倍政権時には習近平氏の国賓訪日などいろいろ関係改善の動きがありました。ところが、現在の日本の状況を見ると中国外交への立ち位置が定まっていないようにも思える。しかも来年は日中国交正常化50周年です。

杉山:実際に政府ではどういう議論をしていたかは、辞めても公務員法の守秘義務がかかっているので申し上げられませんが、日本の各界のリーダーの皆さん方は中国との向き合い方をどうするか、ということの問題は認識されていると思います。11月には衆議院総選挙もありますから、対中外交をどうすればいいかというのは大きな論点の一つになることは間違いない。そこでは、いろいろな議論も出てくるでしょう。 ただ、工藤さんがご指摘になられたことには私も少し似た認識を持っています。
 アメリカは中国がこれだけ大きな存在になっていることに対して大きな警戒感を持ち、非常に敏感になっています。しかし、地理的にも近く、歴史上深い関わりがある日本にそうした緊張感がないことをアメリカ側からよく言われました。

工藤:緊張感が足りないというのはアメリカと一緒になって「中国に対抗する」ための緊張感ですか。

日本の役割は、中国に責任ある国際社会の大国としての行動を求めること

杉山:そうではありません。例えば1月20日にバイデン政権が成立し、3月6日には安全保障政策に関する暫定指針provisional guideline が発表されました。その中にはっきりdemocracy vs autocracy が軸にあり、そこでは特に「中国」と書いてある。その次に、これを行うために同盟国との協調をより良くやっていくことが重要だと書いてある。NATO、 豪州、日本、韓国と公正な責任役割の分担をしていく、と書いてあるわけです。ここで注意すべきは同盟国との間で、「公平な責任・役割の分担」と書いていることです。「負担の分担」とは書いてない。特に日米同盟がこれだけ盤石になっている中では、日本に対する期待は非常に大きいと僕は思います。
 ただ、何千年もの付き合いがある日中関係と200年ほどしか付き合いがない日米関係が同じということはあり得ない。そこは米国も理解しているのです。それぞれが役割と責任を分担した上で、中国を国際社会の中で責任のある大国として組み込むことを同じゴールとして目指していく。そのための責任と役割の分担です。

工藤:この点に関しては日本では違う見方をしている人もいます。中国は日米共通の脅威である、とはっきりと位置付けるべきだと言う人も結構いる。

日本政府が中国を「脅威」と位置付けたことは一度もない

杉山:日本政府の考え方で言えば、日本が中国のことを「脅威だ」と言ったことは一回もありません。日本が脅威という言葉を使ったのは北朝鮮だけです。かつてのソ連軍も「潜在的脅威」でした。
 日本は、特に中国の外交安保・軍事面について言う時には、「非常に不透明な形で軍事費を増大させていて、力による現状変更を一方的にしている。時には国際的なルールを無視してやっていることに関して深い懸念を持っている」などと表現したことはありますが、中国を脅威と断定したことは一度もないのです。
 まして、日米声明という、表に公表する文書で中国を脅威として名指ししたことも一度もないし、考え方としても、北朝鮮を脅威と断定しているように中国も脅威として日米同盟で対抗しよう、ということは一度も言ったことがないのです。
 また、米国も近い将来に中国との軍事衝突があると断じたことは一度もありません。もちろん、軍事衝突は判断ミスによって起こるし、中国がどのように判断しているかは断定できないから、そういうことが絶対にないということは言えません。しかし、中国が一方的に武力攻撃を始めれば、それは大変なことになります。
 米中両方とも核大国ですから、とんでもないことになるという認識はアメリカだけでなく中国の指導者も持っていると思います。
 ただその上で、中国が自らの影響力を格段に大きくさせようというものが、力による一方的な現状変更などの形になっていることも明らかです。例えただちに武力に訴えなくても、香港で起きていることが台湾でも起こるかもしれない。
 それに対して我々は軍事的抑止力を高めると同時に、あらゆる意味での外交や対話の努力をしながら台湾問題をより多角的に考えなくてはいけない。これが日本外交のあるべき姿だと思います。

工藤:私は、政府間外交だけでなく、民間も日中関係の環境づくりをやるべき局面だと思っています。そのために今年、「東京―北京フォーラム」が果たすべき役割は何だと思いますか。

中国も民意なくして外交を進めることはできない。民間で中国の声を聞き、日本の声を伝え、議論し、合意を作り出す「東京―北京フォーラム」はきわめて有意義

杉山:日本は完全な民主国家ですから、政府だけで対外関係を律することはできません。全部民意と同じようにやれとは言わないまでも、民意を無視した外交はできない。米国もそうです。トランプ前大統領がやったような対中関税はWTOルール上問題があるからバイデン大統領が変えるのかと思ったら、全く変えていない。
 アメリカ国民全体がそれを支持するような雰囲気であり、民意を踏まえないとできないことがある。
 中国は共産党一党独裁が続く国家で、習近平国家主席の力が強大になっていることはみんなが感じていることだと思います。僕はそれでも中国は完全に独裁者が好きなようにやれる国ではないと思います。中国国民のものの考え方、方向性というものもあり、いろいろな言論統制をやっていても、国民の民意をある程度踏まえてないと中国政府も何もできないと思います。
 そういう意味で、国民の議論がどういう方向に行っているかを見るのはきわめて重要なのです。「東京―北京フォーラム」がこれまで日中関係で果たした役割は大きく、政府レベルではない舞台で、中国側の考え方を聞き、かつ日本の考え方も伝え、さらに向こうからの反応を聞いていく、そうした議論が行われること自体が極めて有意義なのです。もちろん、最終的には政府・外交当局がまとめなければなりませんが、そこに持っていくまでには国民レベルの対話や、協調、合意をしていくというプロセスが大事なのです。

工藤:今回の議論で期待するテーマはなんでしょうか。

気候変動やアフガニスタン問題など協力すべき課題での議論を期待する

杉山:日中両国が一緒にやっていかなくてはならない典型的な問題の一つは気候変動です。中国は世界の排出国としてNo.1になっていますから、中国抜きでCO2などの温室効果ガスを削減することはできません。中国もこのままではまずいと思っています。中国と日本とアメリカの立ち位置は必ずしも同じとは言えませんが、典型的な協力があるとしたらこの気候変動問題です。
 これ以外にも、例えばアフガニスタン問題があります。我々が一致している強い想いはテロの撲滅です。日本だって中国だってみんな同じ思いです。特に中国は短いながらもアフガニスタンと国境を接していますから、中国にとってもタリバンが昔のようにテロを支援するようなことがあってはならないと思っている。そのような共通項を見つけて議論することが大事だと思います。
 外交・安保・軍事・経済にしても中国に対してきちんと言わなくてはならないことはたくさんあります。しかし、それを言うと同時に、お互い協力できるところはあるはずですから、それを模索していくことが大事です。 日中二カ国だけでなく、アメリカ、ヨーロッパ、インド、オーストラリアなどを巻き込んで国際協調をしていくことは非常に大事だと思います。
 こうしたことで、今度の「東京―北京フォーラム」の議論が動き出すことを期待しているのです。

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