日中間に存在する課題を解決するための対話が今こそ求められている ~政治・外交分科会報告~

2021年10月26日

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 10月25日に開幕した「第17回東京-北京フォーラム」では同日午後、政治・外交分科会が開かれ、「不安定化する世界やアジアにおける日中の役割」をテーマに議論が行われました。日本側司会は工藤泰志(言論NPO代表)、中国側司会は楊伯江氏(中国社会科学院日本研究所所長、中国日本学会常務副会長)が務めました。

 議論ではまず、両国のパネリストから、現在の日中関係を取り巻く諸課題について問題提起が行われました。


日本は全てにおいて米国と行動を共にするわけではない。米中どちらが重要かという問いはナンセンス

s_sugiyama.png 杉山晋輔氏(元外務次官、前駐米大使、早稲田大学特命教授)は、中国側に、「日本は中国ではなく米国側につく」といった懸念の声が多いことを踏まえつつ、「日本から見れば米国は同盟国、中国は隣国である」とその性質の違いが明確であることを強調。「どちらにつくべきか、どちらが重要かという問い自体がナンセンスだ」と指摘しました。杉山氏はさらに、そもそも同盟を結んでいるからと言って、あらゆることで同一のコンセンサスができているわけではなく、単に方向性が同じにすぎないと説明。それはより緊密な関係にある米英関係においても、両国は往々にして異なる路線を取ることでも明らかであるとしつつ、日本も同様に米中が対立しているからといってすべて米国と同じ対応を取るわけではないと中国側に説きました。


新たな日中関係50年に向けた好機は多いが、その前に政治的共通認識が必要

s1.png 劉洪才氏(中国人民政治協商会議第13回全国委員会外事委員会副主任、中国国際交流協会副会長、元中国共産党中央対外連絡部副部長)は、今年が中国の国連加盟50周年であることを指摘しつつ、この間中国が国際協調主義を遵守し、さらに現在もコロナ対応や気候変動、格差などの国際課題に積極的に対応してきたことを強調。同時に、こうした課題では日本とも協力を進める余地は大きく、次の新たな日中関係50年に向けた好機は多いとしました。一方で、日中協力を進めるためには、政治的共通認識が必要であることも指摘。特に、互いに核心的利益を尊重することが大事であるとし、台湾問題やイデオロギー的な問題への干渉などを牽制しました。


冷戦思考に囚われた米国との関係を日本は再考すべき

s2.png 周明偉氏(中国翻訳協会会長、中国人民政治協商会議第12回全国委員会外事委員会委員)は、現在の米中対立を、歴史上しばしば見られた台頭する新興国と既存の超大国の対立の構図になっていると分析しつつ、これが覇権争いに発展しないように事態を管理すべきと主張。しかし、中国側には米国を追い抜く意図も利益を奪う意思もないにもかかわらず、米国側は冷戦思考に囚われ、いたずらに対立を煽るだけと批判しつつ、日本もこうした視点から米国との関係を再考すべきと語りました。


中国は歴史的使命のリーダーと同時にゲームメイカーとなるべき。しかし、時代遅れのゲームをすべきではない

s_ino.png 猪口邦子氏(参議院議員、元内閣府特命担当大臣)は、歴史を振り返るとコンドラチェフの波動と大戦争には相関があるとしつつ、そのパターンで言えば2023年あたりに大きな危機があると指摘。したがって、過去の欧州と同じ轍を踏まずに、大戦争を引き起こさないことがアジアに課せられた大きな課題であるとしつつ、中国がその歴史的使命のリーダーとなることを求めました。

 猪口氏はさらに、中国が新しい時代のゲームメーカーになることにも期待を寄せると同時に、中国が軍拡や海洋進出など"時代遅れのゲーム"をやってしまう傾向があることを指摘しつつ、リーダーとして人権・人道問題にも取り組むべきだと釘を刺しました。


日本は米中間のバランサーになるべき。政治文書で合意してきたことを着実に実行することも不可欠

s_4.png 胡令遠氏(復旦大学国際研究所教授、日本研究センター所長)は、今回の日中共同世論調査では、米中対立が日中関係に及ぼす悪影響を多くの両国民が懸念していることに言及。さらに、中国の台頭は平和的なものであることを訴えつつ、米国は日本の不安に付け込んできていると指摘。これ以上の日米同盟の強化は日中関係に悪影響を及ぼすとも語り、日本は米中間のバランサーになるべきだと提言しました。同時に、これまでの政治文書で合意してきたことを着実に実行することが、日中関係安定のためには不可欠だと主張しました。

 問題提起の後、ディスカッションに入りました。


自由・民主・法の支配といった理念を心から重視し、共有しているからこそ日米関係は緊密

s-5.png 曹衛洲氏(第12回全国人民代表大会常務委員会委員、中国留学人材発展基金会理事長)も、日中間の4つの政治文書について言及。安保条約だけでなく、この文書も国と国との確かな約束であるにもかかわらず、日本は重視してこなかったのではないかと指摘。「だからこそ台湾問題で中国の神経を逆なでするようなことが言えるのだ」と批判しつつ、日米同盟と日中関係の両立を真摯に考えていくことが日本の責務だと主張しました。

kawaguchi.png これに対し、川口順子氏(元外務大臣・環境大臣、武蔵野大学国際総合研究所フェロー)は、同盟があるから日米関係が強固なのではなく、自由・民主・法の支配といった理念を心から重視し、共有しているからこそ日米関係は緊密なのだと説明。この点については、中国側もよく理解する必要があるとしましたが、日米同盟と日中関係の両立については日本も模索していくべき課題であると応じました。


ビジョンを明らかにしつつ、方向性を共有することから始めるべき

takahara.png 高原明生氏(東京大学大学院政治学研究科教授)が、現状、日米中それぞれがバラバラで何を目指していることが見えてこないことが、不安と相互不信を招いていると分析。こうした中では議論によってそれぞれのビジョンを明らかにしつつ、理念や価値をすり合わせて、方向性を共有するところから始めるべきだと語りました。

tei.png 程永華氏(前駐日本特命全権大使、中日友好協会常務副会長)は、中国側の視点からすれば、日米の2プラス2や、台湾にも言及した今年4月の日米首脳共同声明はどうしても中国を圧迫しているように感じると指摘。

 一方で、高原氏が言うようなビジョンの共有は十分に可能であるとも指摘。それぞれの利益と利益が重なり合う部分は必ず存在するのだから、その範囲をいかに拡大していくかという視点が大事であると主張しました。


 続いて、来年の日中国交正常化50周年と、次の50年に向けた課題について議論が行われました。ここでは対話・交流を重視する声が相次ぎました。


若い世代の交流拡大とともに、相互の自制が必要

 まず日本側から問題提起を行った高原氏は、これまでの日中関係を進めてきた対話と交流がやはり今後もカギになるとしつつ、特に若い世代の交流の重要性を指摘。東京大学での様々な取り組みを紹介しつつ、「来年を若者交流のルネッサンスにすべき」と提言しました。

 さらに高原氏は、世論調査結果が示しているような感情悪化に対してまず取り組むべきこととしては、「象徴的行為が必要だ」と指摘。それぞれ言い分はあっても日本側は靖国神社参拝を控え、中国側は尖閣周辺への巡視船侵入を控えることから始めるべきと提言。また、米国が東京電力福島第一原子力発電所の事故後に実施した日本産食品の輸入停止措置を撤廃したことを踏まえ、中国も同様の措置を取れば日本世論に大きなインパクトを及ぼすとも語りました。

 程永華氏は、午前中の全体会議で福田康夫元首相が「50周年に向けた機運が高まっていない」ことを指摘したことを受け、確かにその通りだとしつつ、まずは政治的相互信頼関係を回復させることが大事だと主張。岸田・習電話会談の流れを切らずに関係改善を進めるべきだとしました。

 また、民間交流、とりわけ若者交流の重要性については高原氏の意見に強く賛同。北京五輪などの機会をうまく活用しながら交流を進めていくべきとしました。

 猪口氏は、核不拡散、高齢化など日中共通課題は多く、協力の機会は多いと指摘。その中でも最優先は気候変動であるとしつつ、この分野はグレタ・トゥーンベリさんのように若者の行動がカギになると指摘しました。


50周年だからといって特別なことをするのではなく、身の丈に合ったことを地道にやっていけばいい

 川口氏は、50周年という節目は日中関係改善にとっての大きな好機であるとしつつ、そこではまず、二国間関係にとどまらず、世界に対する責任を共有するような大きな将来ビジョンを描きながら、次の50年について議論すべきと提言。

 それと同時に、しっかりと足元を固めることも重要であるとし、そのための若者対話に強く賛同しました。もっとも川口氏は、対話の前提として自由な言論空間が必要であると指摘しつつ、現在の中国の状況に対して憂慮するとともに改善に向けた注文も付けました。

037A7646.png 木寺昌人氏(元駐中国大使)も、在任中の経験から腹蔵なき対話こそが相互理解・信頼醸成に不可欠であると指摘。また、日中間の若者の相互ホームスティ事業などを紹介しつつ、若い世代の感動が残るような機会を作ることが大事だと指摘。同時に、50周年だからといって特別なことをするのではなく、身の丈に合ったことを地道にやっていけばいいとも語りました。

 周明偉氏も、先人たちがやってきたように大同小異の観点から小さな食い違いは棚上げしながら、できる分野から協力を進めるべきと主張。そのためにもトップ間の対話を再開しつつ、徐々に様々な対話を拡大していくべきと提言しました。

 胡令遠氏は、長期ビジョンの策定に賛同しつつ、そのためには長期的・継続的な研究・調査が不可欠であるために、学者・研究者間の交流について提言しました。


今こそ課題解決に向けた本気の議論が求められている

kudo2.png 議論を受けて最後に工藤は、平和や協力発展を目指すべきという点で日中両国民が完全に合意していることは世論調査結果からも明らかであるとしつつ、政府間がその方向に動いていないことに世論は反発しているのだと指摘。単なる交流にとどまらず、課題を解決するための本気の議論が今こそ求められると語りました。

037A8189.png 楊伯江氏は、胡令遠氏に賛同しつつ、50周年に向けて、両国の大学やシンクタンクが共同してレポートを出すことも検討すべきとし、白熱した議論を締めくくりました。