議論し、相手を理解することで、幅広い交流の基盤づくりに ~デジタル分科会報告~

2021年11月26日

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 10月26日午前、「デジタル社会の未来とAIの人類貢献に日中はどう協力するか」をテーマとするデジタル分科会が行われました。日本側司会は山﨑達雄氏(国際医療福祉大学特任教授、元財務官)、中国側司会は許志龍氏(科技日報社総編集長)が務めました。

 冒頭、両司会者が発言。許志龍氏は世界のGDPに占めるデジタル経済の割合が飛躍的な増加を続けており、その中でもアジア各国の存在感が大きくなっていることを指摘。中国政府も「AIやデジタル経済に関する国際協力を強化し、ガバナンス、メカニズムの擁護のために中国のソリューションを提供していく」など力を入れていく方針を打ち出しており、今後も大きな発展が期待できる中で、日中両国はどのような相互補完的な協力をしていくべきなのか、と居並ぶパネリストに問いかけました。

yamazaki.jpg 山﨑氏は、気候変動問題などの地球規模課題や、高齢化社会における医療・介護・福祉といった日中両国共通課題を解決していくにあたって、AIとデジタル技術をどのように活用するか、そしてどのように日中両国が協力すべきか。また、未整備なルールの現状を踏まえつつ、国際ルールづくり、ガバナンスの構築にあたっても、どのような協力をしていくべきかといった問題提起を投げかけて議論がスタートしました。


若い世代が多いゲーム産業などを起点とした日中協力には今後大きな可能性がある

 中国ゲーム大手の網易(ネットイース)副総裁の?大智氏は、同社の人気ゲーム「荒野行動」が日本国内で4000万ダウンロードに達するなど大きな人気を博していることを紹介。欧米のゲーム関連企業が日本市場で苦戦する中、ネットイースが成功した要因として日中両国の文化的共通性があると分析しつつ、こうしたゲーム業界を起点としたデジタルやインターネットの日中協力には、若い世代を巻き込みやすいという利点があり、今後大きな可能性があると期待を寄せました。


AIは未来社会をつくる重要なテクノロジーだが、使い方を誤ると大きな問題が起こる。日中がガバナンスづくりで協力すべき

iwamoto.jpg 岩本敏男氏(NTTデータ相談役)は、この30年間、日本の製造業では就業者数が減少の一途を辿っているのにもかかわらず、生産額はほとんど変わっていないとし、その理由は「工場の自動化」すなわち、人間の肉体労働を機械が代替したからであると解説。その上で、AIについては、「企業、個人全ての中に浸透して社会全体の仕組み、価値観などを大きく変化する、つまり人間の知的労働を代替する」とより大きなインパクトが起こることを強調。「米国において10~20年内に労働人口の47%が機械に代替可能である」との2013年のマイケル・A・オズボーン・オックスフォード大学准教授の予言を引用しつつ、その重要性の大きさを語りました。同時に「AIは未来社会をつくる重要なテクノロジーだが、使い方を誤ると大変大きな問題が起こる」ということも指摘。世界中で規則やガイドラインづくりについての議論が進む中、日中がこうしたガバナンスづくりで協力すべきと語りました。


AIロボットはすでに医療現場で活躍中。日本の優れた医療機関との共同研究を進めればさらなるアップデートが可能

 中国の音声認識最大手である科大訊飛(アイフライテック)上級副総裁の段大為氏は、同社が中国に進出してきた多くの日本の自動車企業に対して、自動車用グラフィックユーザーインターフェイス(GUI)技術を提供してきた実績を紹介。その経験を踏まえた上で、両国の産業界には協力の相互補完性が高いと述べました。

 また段大為氏は、同社が開発した人工知能ロボットが国家医師資格試験に合格し、すでに200もの自治体で導入されていることも併せて紹介。このロボットは、患者情報を自動的に収集・分析し、初期診断を行うことができるために、医療資源の乏しい現場で末端の医療従事者をサポートしているとしていると語りつつ、日本の優れた医療機関との共同研究を進めればさらなるアップデートが可能と主張し、共に少子高齢化に直面する両国にとっての課題解決に資するとの見方を示しました。


まずデータの質が重要。さらに現状不十分なAI精度を高めるためには日本の品質工学が不可欠

shimada.jpg 島田太郎氏(東芝執行役上席常務最高デジタル責任者)は、AIについて議論する前提としてデータの重要性を指摘。なぜなら、「データそのものが良くないとAIはとんでもない答えを出してしまうわけで、AIという出口側でいろいろな規制をしても無駄だ」と問題提起しました。

 その上で島田氏は、データには「人のデータ」と「モノのデータ」の二種類があるとし、前者の人のデータにおいては、個人が自らのデータについてコントロールできるようにするという人間中心の視点の重要性を主張。後者のモノのデータについては、ひとたび大規模自然災害が起こればサプライチェーンが打撃を受けるのは、末端部分のデータの共有が不十分だからとしつつ、今回の新型コロナのパンデミックによる混乱をこうした問題点修正のための好機ととらえ、今までデータの共有について後ろ向きであった企業も巻き込んだ、価値を共有できるコミュニティ、エコシステムを構築すべきだと語りました。

 このようにデータについて問題提起した島田氏は最後にAIに言及。現状のAIの精度をいまひとつとした上で、品質保証の重要性を指摘。この領域では品質工学に強みのある日本との相互協力は中国にとっても大きなメリットがあるはずだと語りかけました。


AIを活用した課題解決モデルを東アジアから打ち出していくべき

 AIを用いた画像認識技術を手がける中国のセンスタイム(商湯科技)副総裁の史軍氏は、ホテルや空港など、中国社会の至る所でAIがすでに社会実装されているのは、AIの研究者・エンジニアが多いこと、新たな発想を持ち、開発力のあるスタートアップ企業が多いことがその背景にあると解説。

 その上で、高齢化対応など抱える課題が共通している日中両国は、AIを活用した課題解決に乗り出すべきであると主張。こうした協力を通じて、従来のように西側からではなく、東アジアから先進モデルを打ち出して世界に普及させていくべきと述べました。


AIやデジタル技術を取り巻く問題への実効的な対応を単独の国で行うことは困難だからこそ、日中協力は重要

yamaoka.jpg 山岡浩巳氏(フューチャー取締役、フューチャー経済・金融研究所長、元日銀金融市場局長)は、同社が医療分野も含むAIの広範な社会実装に取り組んでいることを紹介した上で、島田氏と同様の視点から「AIを真に人間のために役立つものにするには、質の高いデータを豊富に与える必要がある」と指摘。しかし同時に、「そうなるとデータは、特に医療分野などではセンシティブな色彩をどんどん帯びていくことになる」とし、だからこそ「十分なデータ・ガバナンスやプライバシー確保の仕組みが確立され、人々から信頼されていなければならない」と問題提起。

 また、AIが人間の能力を超えてしまい、制御不能になることや、データの集積が進んだ特定の主体が強大な力を持つようになり、富の集中や格差の拡大がさらに進むことなど、AIをめぐってはさまざまな懸念があると指摘。さらには、デジタル技術の問題は、サイバーセキュリティや技術の囲い込みなど、今や経済安全保障の問題と大きく重なってきていることなど、課題は山積みであるとしつつ、「しかし、データやアルゴリズムは容易に国境を越えるものであり、この問題への実効的な対応を単独の国で行うことは困難だ」とし、だからこそ、日中協力はきわめて重要であると語りました。

 山岡氏はさらに、脱炭素化にも言及。脱炭素化は、近代以降の経済の仕組みを果たして維持できるのかを深刻に問うものであるとし、「これは、短期的な経済合理性を超え、地球環境という大きな視点も含めた最適な資源配分を、果たして人間が本当に実現できるのかというチャレンジだ」と指摘。それはAIやデジタル技術の徹底的な活用なくしては不可能であると語りました。

 他にも、市場と国家のバランスを崩しかねない中央銀行デジタル通貨を挙げつつ、「世界がこうした共通の大きな課題に直面する中、世界第二位と第三位の経済大国が隣国として、これらの課題を直視し、相互理解を深めながら、協力して対応に取り組むことには、大きな意義がある」と重ねて中国側に協力を呼びかけました。


AI・デジタル技術はすでに実世界のものに。さらなる発展のカギはオープンソース技術

 オープンソースの分散型データベースを提供するPingCap(平凱星辰科技)テクノロジー有限公司副総裁の劉松氏は、新型コロナのパンデミック以降、世界では急速にデジタル・トランスフォーメーションが進み、AI・デジタル技術はすでにサイバーの枠を超えて実世界のものになりつつあるとしつつ、今後もこの流れは変わらずデジタル人口は「飛躍的に増加していくとの見方を示しました。

 劉松氏はその上で、現状の多くのAI・デジタル技術がオープンソースのものだとしつつ、「オープンソース技術は、イノベーションの源になるだけでなく、技術のハードルを下げて、より信頼に基づく協力が可能になる」とさらなる活用を訴えました。


 発言が一巡した後、ディスカッションに入りました。気候温暖化問題におけるAI・デジタル技術の活用については、その可能性に期待する声が相次ぎました。


エネルギーのスマート化だけでなく、環境にやさしい新たな素材開発でもAIに期待

 段大為氏は、デジタル技術を活用して、都市インフラ・施設や運営業務等を最適化し、企業や生活者の利便性・快適性の向上を目指す都市である「スマートシティ」を例に挙げつつ、産業・工業における生産プロセスを最適に管理し、エネルギー消費量を抑えて省エネを促進するためにはますますAI活用は不可欠になっていくと指摘。

 劉松氏も、風力・太陽光など再生可能エネルギーの導入拡大のポイントとして、「このような非連続的発電では、発電のスマート化が不可欠だ」として、さらなるAI活用の必要性を強調。電気自動車(EV)に関しても、最適なタイミングでの効率良い充電を可能にするためには、やはりAI技術がポイントになるとも語りました。

 許志龍氏はESG投資の観点から発言。製造過程においてグリーンで環境に優しく、カーボンニュートラルを実現しているのか、その企業が企業の社会的責任を果たしているのかどうか、という点を分析する必要があるとした上で「AI技術はカーボンフットプリント(炭素の足跡)をトラッキングするための大変強力なツールだ」と期待を寄せました。

hasegawa.jpg 長谷川氏は、二次エネルギーを生み出す過程で排出される二酸化炭素に着目し、「これをどう削減していくかが非常に重要な問題だ」と問題提起。その上で、「新しい材料、触媒などを開発していかないとなかなかエネルギー消費削減はできないが、新しい素材の開発でAI技術を活用できるのではないか」と主張しました。


AIが農畜産を脱炭素的な産業に変えつつある

 庞大智氏は、農業・畜産の視点から自社の取り組みを説明。例えば、養豚ではビッグデータを活用しながら飼料、風通しなどを自動管理するシステムを導入したことで、脱炭素につなげたことを紹介。「養豚を徹底的に省エネで脱炭素的な産業に変えた」と誇示しました。

 山岡氏も「日本には環境に優しい農業をしている農家がたくさんいる」とした上で、自社の取り組みを紹介。「これは職人芸として経験に照らしながらやっている方が多いが、日本の農業従事者は相当高齢化している。このままだとそうした経験が継承されなくなってしまう」と懸念を示しつつ、「AIを使ってそういうノウハウを"見える化"して多くの方に共有できないかという試みをしている」と語りました。


デジタル技術自体が二酸化炭素の排出源に。この省エネ化でも日中協力を進めるべき

 一方、デジタル技術自体が多くの二酸化炭素排出につながっているという指摘も寄せられました。史軍氏は、自社の中で「最もエネルギー消費が大きいのはデータの計算と移動だ」と説明。エネルギー消費をどう抑えるかが課題になると指摘しました。

 長谷川氏も、「データセンターの電力排出は山のように増えてきている」としつつ、「そこの電力を削減して効率の良いコンピューターシステムをつくる、というところでも日中両国が協力できるのではないか」を述べました。


ルールづくりで日中協力を進める上でCPTPPは良い舞台になる

 ルールづくりについても議論が展開されました。データセキュリティ法をはじめとする中国のデータ関連法制のあり方を日本側から問われた劉松氏は、データ法制で重視すべきはデータの効果的な移動促進であるとしつつ、移動が活発になればなるほど国の安全や個人のプライバシー保護など運用の安全性をどう確保するか、という点は大きな課題になると指摘。データセキュリティ法などの制定にあたっては、上記のような観点から「欧米の法制度を参考にしながら法制化した」とし、日本側が懸念するようなものではないことを示唆しつつ、国境を越えるデータ移動のルールに関しては、国際協力が必要になってくると語りました。

 劉松氏はさらに、中国が正式に加入申請したCPTPPに言及。この協定がデータを巡って流通の透明性や公平性を確保する原則を定めていることを踏まえ、「ここでデジタル経済のルールについて議論ができるのではないか。また、地域に特化したルールなども考えていくべき」と提言しました。


中国のルールに対する日本側の懸念は依然として大きい。民間・政府間でさらに議論を詰める必要がある

 一方日本側からは、山岡氏が「例えば、デジタル人民元によって本来民間の金融機関が管理するようなデータがどんどん国に管理されていく。それは本当に民間が必要に応じてアクセスできるものなのか」などと日本の企業・金融機関が中国に入っていった時のデータの扱いに対する懸念を表明。山﨑氏は、CPTPPの高いレベルのルールを中国が受け入れたら「そうした我々の不安も落ち着くかもしれない」としましたが、そこに至るまで長い道のりを要するとし、「ビジネス間で、あるいは政府関係者の間でよく議論して何をこちらが不安に思っているのか、実際にどうなのかという議論もかなり詰めていく必要がある」と語りました。


ルールだけでなく、倫理指針も課題

 一方、史軍氏は、AI倫理の重要性について指摘。センスタイム社では2年前からすでにAI倫理についての研究を始めていると語ると、劉松氏もこの倫理の策定にあたっても「日中両国は定期的な協力のメカニズムを構築すべき」としました。


具体的な技術協力以前に、開かれた協力の態度が必要

 また、実務的な協力を求める意見が日中双方から寄せられました。翻訳サービスを手掛けるGTCOMテクノロジー株式会社副会長の于洋氏は、CPTPPの内容にはデジタル経済に関する協力も入っているとしつつ、「中国はAI、ビッグデータに強みがあり、日本は先端的なものづくりの企業がたくさんある」とその相互補完性を強調。

 こうした相互補完性に着目する意見は他のパネリストからも寄せられましたが、中国側からは、米中対立を背景として世界的な技術の分断が懸念される中では、「具体的な技術協力以前に、開かれた協力の態度が必要だ」といった指摘も見られました。


 議論を受けて最後に許志龍氏は、「フォーラムを通して相手をより認識・理解することができ、より踏み込んだ幅広い交流のための基盤づくりになった」と手ごたえを口にし、白熱した議論を締めくくりました。