【座談会】「不戦の誓い」と「民間外交」

2013年10月28日

明石康氏(「第9回 東京-北京フォーラム」実行委員長、国際文化会館理事長、元国連事務次長)
宮本雄二氏(「第9回 東京-北京フォーラム」副実行委員長、元駐中国特命全権大使)

司会:工藤泰志(言論NPO代表)


 歴史的な「北京コンセンサス」を採択し、閉幕した「第9回東京-北京フォーラム」。日本側の代表として準備段階から奮闘した明石康氏と宮本雄二氏が、フォーラムを振り返りつつ、今後の民間外交の可能性について語り合った。  両氏はともに、フォーラムにおける対話を通じて、参加者の姿勢の変化について言及。さらに、「輿論」に支えられた新しい民間外交の可能性についても認識が一致した。


「第9回東京-北京フォーラム」を終えて

工藤泰志(認定NPO法人言論NPO代表)

工藤:ようやく「第9回東京-北京フォーラム」が終わりました。日中関係が非常に困難で、しかも神経質な時に、このようなかなり大きな対話を北京で開催した。しかも、安全保障などデリケートな分野でも本気の議論ができた。そして今回、私たちが非常に苦心しながらも日中間の合意である「北京コンセンサス」をまとめることができた、ということで、かなり大きなメッセージを出せたフォーラムになったと思います。

 今日、フォーラムを終えて皆さんはどのようにお考えですか。

明石康氏(元国連事務次長、国際文化会館理事長)

明石:和やかで楽観できるような場面も、この北京コンセンサスのような文書をまとめることを諦めかけたような悲観的な場面も両局面ありました。

 今回の対話は、尖閣と歴史認識の問題で日中関係がぎすぎすしている中、真剣そのものであったし、内容も非常に豊かで、しかも日中間で率直に意見をぶつけ合えました。ですから、私は仮に文書がまとまらなくてもそれなりに実りのある対話だったと思っています。最後の数時間で、工藤さん、宮本さん、武藤さんの努力もあって、この文書が採択されました。これは、両国が長期的な視野を持って、客観的な事実に基づく共通の利益がどこかにあるはずだ、と考えて、両国間の何か中間の地点を求めて双方が歩み合った結果だと思います。また、工藤さんの民間外交に対するこだわりの強さが、日本の関係者にも中国の関係者にも伝わった、ということもあると思います。

 それぞれの政府が一生懸命外交関係を再構築しようとしていても壁に突き当たっている。そこで、「民間の知恵に力を借りよう」という新しい志向が出てきた。政府関係者もそれを試してみようという気になったのではないか、という気がします。しかし、それだけに、民間の対話が、外交において本当に有効なものであるかどうかが問われている。そういう意味では、我々はチャレンジも突きつけられていると思います。日中双方に、冷静で長期的な見通しに基づいた理性が問われている局面になった、これに対して日中両国政府がどう反応してくるのか。そこを注視していく必要があると思います。

宮本雄二氏(元駐中国大使)

宮本:このフォーラムの開催に至るまでに、日本と中国の交流や対話が次々に途絶えていきました。文化や地方の交流まで途切れて、ましてや大きなレベルでの対話のチャネルは当然になくなっていった。日本と中国の間の接点が皆無に近くなる、という逼迫した状況下で開催された今回の「東京-北京フォーラム」であったと思います。中国側の友人たちも本当に開催できるかどうか、非常に心配していました。もし、開催できなかったら、このフォーラムは今回で終わり、復活させることは難しかったであろう、というようなことも彼らは言っていました。そういう中で、中国社会の中において、この対話のチャネルの意義が再度認められました。初日は観客が600人を超え、それも大部分が中国の方でした。そういう方々が参加し開催されたこと自体、大変画期的で素晴らしいことだったと思います。このフォーラムは、日本においても、中国においても、「日中関係がしっかりとしていないと、両国にとって良くない、地域にとって良くない、世界にとって良くない」という強い信念を持った人たちが、日中関係に逆風が吹く中で続けてきたものです。今回、北京で多くの人たちが参加した、すなわち、私たちと同じ気持ちを持った人がこんなにもたくさんいた、ということ自体に大変勇気づけられました。その中でさらに「北京コンセンサス」が発表できた、ということで私たちの想定をはるかに越えた積極的な意味を持つ良い成果を得ることができたのではないでしょうか。


日中平和友好条約の精神を実現する「北京コンセンサス」

工藤:私も「北京コンセンサス」の発表はもう無理だ、と本当に思いました。では、今回示された「北京コンセンサス」の意味というのは、どういうものだったのでしょうか。

明石:現在、政府レベルの対話の回路が、ますます狭まり、ゼロになろうとしている状況で、この民間の有識者の対話というものを試してみようではないか、と藁をも掴む気持ちで期待している人は多いと思います。しかし、民間対話に取り組む当事者である我々も、政府間交渉が外交の基本であり、政府間の話し合いを再開することが急務だ、と考えています。ただ、どう話し合いを具体的に実現するか、ということになると、頭を抱えるような難しさもあるかと思います。そこで、「とにかく何らかの形で、相互の意思疎通をすることが不可欠ではないか」、というメッセージをこの「北京コンセンサス」の中に含めました。

 また、このコンセンサスの中で、我々は新しい知恵を求めて引き続き対話や相互理解を深めるための共同研究を行っていく、と述べました。この新しい知恵というものは何か、それはどこにあるのか、ということについては、政府だけではなく、この「東京-北京フォーラム」に集まった一人ひとりが考えなくてはならないと思います。今回、私は政治対話に参加しましたが、そこで逢沢一郎さんが、自分がなぜ靖国神社に参拝するのか、という理由について、ご自身のお気持ちを正直に語っていました。逢沢さんが虚心坦懐に語ったことにより、中国側の中から、A級戦犯合祀の問題さえ片付けば、日本の普通の人々の「靖国神社に参詣したい」という気持ちを中国人も尊重すべきではないか、という意見も出ましたよね。そこでは、日本に対する理解に基づく何らかの歩み寄りが生まれてきており、コンセンサスの精神の一端が表れていると思います。

宮本:私たちは民間外交をどう行うのか、という方針をはっきり書き込んだということと、平和友好条約の示した精神を明確に確認できた、という点で積極的な意義を持つコンセンサスになったと思います。

 「第9回 東京-北京フォーラム」では、日中平和友好条約締結35周年を記念し、その現代的な意義を見直す、ということを大きなテーマとしました。中国の中で平和友好条約を語る人がだんだんと少なくなり、同時に中国が周辺諸国に対して取っている行動は平和友好条約の精神に反するというように感じられるものが多くなりました。そのような状況の中で、このフォーラムにおける討議を通じて、この平和友好条約の重要性が100%復権した、平和友好条約の中に書いてあることは正しく、その実現のための努力しなければならない、という認識が120%肯定された、ということは大変大きな意味を持っていると思います。それがこのコンセンサスにある「話し合いで揉め事を解決する」という不戦の誓いに繋がっていると思います。


もはや「民間を」無視できなくなった外交

工藤:中国国内で、しかもメディアのテレビカメラがずっと入っているオープンな形で尖閣問題を含めた安全保障や歴史認識問題を議論できたのは本当に大きな成果だと思います。

 一方で、両国は戦争につながるどんな手段も取ってはいけないなど、「北京コンセンサス」では様々な原則・精神が盛り込まれていますが、本来ならば両国民にとって当然の言葉だと思うのです。しかし、当たり前の言葉が日本の社会でも中国の社会でもなかなか出てこない。なかなか議論が出てこない閉塞感の中で、民間の中からこういう「北京コンセンサス」のような言葉が出てきた意味はすごく大きいような気がします。

 それを踏まえて、私がどうしてもお聞きしたいのは、「民間に何ができるのか」ということです。本来、外交は一義的には政府がやるべきだし、私たちもそう期待しています。一方で、現状ではその政府間外交がうまく機能していない。国民にとっては、非常に困る状況になってきている。その中で私たちの取り組みのような民間による動きが一つの問題提起になっているわけです。この民間による対話・外交を、この局面の中で一体どう考えていけばよいのでしょうか。

明石:民間外交にとっての大きなチャレンジになると思います。「北京コンセンサス」では、外交とはやはり、政府間の交渉のことである、民間が役割はそのための環境を作ることだといっています。そういう意味では民間外交というのは、やや脇役であるわけですが、政府間外交が行き詰まった状態では民間がもっと主体性を持ち、より冷静に、より長期的な見地から果たすべき大きな役割があるということも言っているわけです。そのためには、民間の人達が本当の意味での「知恵」というものを発信する必要があります。これは大変なことだと思いますが、そういう民間の理性が問われている局面に入ってきているということだと思います。

宮本:政府間外交に40年以上携わって、その初期と終わりの頃で何が一番違うのか、というと「国民世論の力」です。国民世論の動向が国の外交の方針を大きく縛るようになっている。したがって、国民世論が良い方向に進まないと外交も進みにくい、という構図はますますはっきりしてきました。民間を中心とした国民が、外交について主体的に考えることの必要性が格段に増してきています。そういう中で、今回一番大事だったことは、例えば、中国の人たちと話をしていても、「現状の日中関係のままでどこが悪いのか、明日戦争が起こるわけでもない、経済もお互いに大幅に困っているわけでもない。そうすると今のままでも別によいではないか、何を無理して今を変えなければいけないのか」という意見も出てくるわけです。しかし、大局的な観点、長期的な広い視野に立って、日中が協力することで得られたはずの利益と、今の状況を比べれば、現状は明らかにマイナスです。この状況を変えるためには、市民一人ひとりのレベルで大局的な見方をすることが必要です。だから、「北京コンセンサス」もこういう民間対話の場で、まさに大局観に基づいた合意になっているわけです。日中関係を安定に発展させることは、二国間関係だけでなく、アジアの平和利益に不可欠である、という見方は大局観そのものです。そういうふうに考える世論が強くなればなるほど、外交もそういう方向性に転換しやすくなる。言論NPOはまさにそういう市民社会を強くしなければいけないと日頃から活動していますが、私は間違いなくその延長線上にこの民間外交が位置付けられていると思います。


「輿論」に支えられた外交を

工藤:私たちは新しい民間外交のあり方を「言論外交」という名称にしようと考えました。政府間外交は、主権を争う問題の場合、相手国に対して妥協ができず、どうしてもナショナリズムを刺激してしまうため、身動きが取れなくなってしまうという政府間外交特有のジレンマがあります。その政府間外交が停滞している状況を改善するのは、やはり世論の力だと思いました。ただ、そこで求められるのは、浮ついた情緒的な「世論」ではなくて、まさにしっかりとした課題解決を意識した「輿論」のことです。当事者意識を持った「健全な輿論」が強まっていくことによって、政府の動きを後押しし、政府間外交再開のための環境をつくる。そういうことを考えた時に、責任ある意見としての「言論」による外交をすべきだ、ということでこの名称を考えました。その「言論外交」は独りよがりなものになってはいけないわけで、多くの人達に支えられなくてはならない。多くの人達に支えられるというのは、分かりやすく、耳触りが良い言葉ではなく、きちんとした問題提起や、しっかりとした論考を示すことで当事者意識を持った人々を課題解決に巻き込んでいくことです。そういうもので満たされた空間を作ることが、まさに日本の輿論を強化し、それが日本の外交力を強くすることにもつながるわけです。それは言論NPO設立時からのミッションそのものです。

 このようなきちんとした「輿論」に支えられた社会と、その下で展開される「言論外交」という概念を、今回提起したわけですが、これについてご意見をいただきたいと思います。

明石:今回のフォーラムでは、色々なパネリストが言及した日中共同世論調査に関する数字が2つあります。1つは日中両国の9割の人が、お互いの国に対して非常に悪い印象を持っているという数字です。もう1つは、「印象が悪い」とは言いながら、両国において約7割の人達が日中関係を非常に大事だと思っているという数字です。この7割という数字の重さについて色々な人が言及していました。ですから、感情的な「世論」だけではなく、冷静な「輿論」も日中両国の社会には存在しているのです。この「輿論」の割合が徐々に高まり、政府を後押しし、非常にプラスになるようなインタラクションが始まればこれは画期的であるし、その可能性はあると思います。現在、日中両国が置かれた局面が非常に深刻であるが故に、局面の打開を切望した人々が増えてきた結果として、そういう可能性が生まれてきたのだと思います。その意味を我々関係者としても噛み締める必要があります。しかし、この新しいチャンスをいかに賢く活用できるのか。これを一生懸命考え、語り合う必要があるし、いかなる形で国境を越えて行っていくのか、それは全くの未知数ですね。

宮本:「言論外交」というのは、良いネーミングだと思います。やはり、言論は民主主義の根幹です。言論を戦わせて、世論を作っていく。これはまさに民主主義の王道です。ですから、「言論外交」という名前は、まさに言論NPOのバックボーンを表していて良いですね。そういう観点からすると、この「東京-北京フォーラム」は、まさに言論を戦わせて、世論を形成していく、という取り組みですので、言論外交そのものであるといえます。参加者たちが、課題に対して何故自分はそう考えるのか、と薀蓄を傾けながら理詰めをしていく。そして、インターアクションがあって議論をする。それを多くの方々がご覧になり、各自が当事者意識に目覚めていく。そういうサイクルで、まさに「言論外交」を作り上げていくための空間がこのフォーラムの場に現出されるわけです。実際に今回は会場からも色々なご質問、ご意見をいただきました。観客がパネリストと同じ土俵に乗って、同じ目線で議論ができたということで、従来とは違うフォーラムになったと思います。

 同時に、私はあらゆる議論を聞いていて、日本側も中国側も依然として相手に対する理解が不十分であると感じました。そして、その不十分な理解で勝手にステレオタイプ化した相手像を作り上げ、延々として相手国批判をする、という状況に陥っています。残念ながら、日中間の、相互理解の溝の深さというものをしみじみと感じました。そこで、言論の力で、どうにかしてその溝を埋めて、等身大の相手像に基づく建設的な議論をしていかなければならない、と感じました。

 「東京-北京フォーラム」は、このような我々の取り組みを外国に発信していくための一つのテストケースになっていくのではないか、と思います。

工藤:「北京コンセンサス」の作成過程で、中国側となかなか合意が進まなかったため、体制の違う国との間で、どのように言論空間を作っていけばいいのか、途方に暮れたこともあります。しかし、最後の最後で中国側も合意したということで、色々な困難はありつつも、国境を超えた言論空間や新しい対話を構築できるのではないか、とかすかに感じ始めています。

明石:「言論外交」という言葉にちょっと引っかかるところはあります。言論、すなわち論議を戦わすということよりも、もっと地味な対話に基づく理性的な議論というものも必要です。日本と中国の対話は、「2つの国」というよりは、「2つの思考体系」、「2つの文化」の間の対話ですよね。それだけに皆さんがおっしゃるように、相手に対する見方がステレオタイプ化ということは避けられないものです。日中で理性的な対話をしていくためには、そのステレオタイプ化した見方をいかにして突き破っていくか、という大変な作業がそこに待っていることになるわけです。ですから、我々としても大変な荷物を背負ったことになると思います。

宮本:荷物は誰かが拾わなければならない、ということで、我々がその役割を引き受けていきましょう。中国側も今回のフォーラムは成功したものと思っているはずですので、名称はともかくとして、新しい外交のあり方について議論を深めていくと同時に、具体的な行動を実践の中でやっていきながら来年に備えていきたいですね。

工藤:仮の名前ですが、しかし、それが何か意味を持つ言葉にしたいですね。

宮本:活動を通じてもっとぴったり感覚の合う言葉があれば、それを当てはめていけばよいでしょうね。

工藤:まだまだこれからも本気で取り組みますので、またお力を貸していただければと思います。どうもありがとうございました。

歴史的な「北京コンセンサス」を採択し、閉幕した「第9回東京-北京フォーラム」。日本側の代表として準備段階から奮闘した明石康氏と宮本雄二氏が、フォーラムを振り返りつつ、今後の民間外交の可能性について語り合った。 両氏はともに、フォーラムにおける対話を通じて、参加者の姿勢の変化について言及。さらに、「輿論」に支えられた新しい民間外交の可能性についても認識が一致した。